(電話の呼び出し音。受話器を取る音)
班長「はい、松山空港派出所……もしもし? もしもし……なんだ、切れちゃったよ」
(自動ドアの開く音。外から漏れ込む空港のざわめき)
班長「おや、おかえりアッちゃん」
敦子「中家巡査、ただいま空港内巡邏より戻りました……さあ、こっちに来なさいっ」
男「ててて……ちょっと、あんまり引っ張るなよ婦警さん!」
敦子「女性警察官って言うのよ、知らないの!?」
(ドアの閉まる音。ざわめきおさまる)
班長「どうだった?」
敦子「はい、搭乗カウンター前で挙動不審者を見つけました。職質したところ逃走を図ったため、これより任意同行で事情聴取を行います」
男「ちょっと! これのどこが任意だってんだあんたは!」
敦子「いいから座りなさい!」
班長「任意……誰を?」
敦子「ですから、この男を……」
班長「…………誰もいないじゃないか」
敦子「え?」
男「ほら、だから言ったろ? 普通、人間には見えないの! 俺は」
空港日誌
「松山空港〜空港内派出所〜」
男「へぇ……。こんな所に交番があるんだ、松山空港は……結構広いじゃん。
じゃ、そういうことで……」
敦子「ちょっとあなた待ちなさい!」
男「いてててっ、やめやめやめっ! わかったよ、わかったから放してくれよ……」
敦子「とにかく座って。説明しなさい、どうして逃げたの!」
男「そりゃあ、追っかけられたら誰だって逃げるだろ?」
敦子「あなたが逃げたからでしょう!」
男「大声出さない方がいいよ……あんた、ハタから見たら一人で喋ってるんだから。ほら、ハゲオヤジがこっち見てるだろ?」
敦子「ハゲオヤジ……あっ、あなた班長に向かってなんて事を!」
班長「……どうしたの、アッちゃん?」
敦子「あっ。ですから、この男に事情聴取を……」
班長「誰に?」
敦子「ですから……」
男「ムダムダ! 言わない方がいいって」
班長「……アッちゃん? 誰もいないじゃないか……」
敦子「え……?」
男「だから普通は見えないんだってば。あんた、霊感強いって言われたことない?」
班長「アッちゃん……少し休んだ方がいいと思うよ」
敦子「いやあの……すみません……」
男「へぇ……アッちゃんって言うんだ? 本名はアツコ?」
敦子「あなた!……(声をひそめて)そんなことよりあなた! それならどうして、カウンターであの親子をつけ回していたの?」
男「しょうがないだろ。仕事なんだから」
敦子「仕事って……何?」
男「死神」
敦子「警察をからかうんじゃない!」
男「本当だよ! まあ、どうせ信じちゃもらえないだろうがね」
敦子「あなた……殺し屋か何かなの?」
男「だからそんなケチなもんじゃなくて、正真正銘の死神なの! それともお役所向けに『死者管理専従職』とか、今風に『デッドリーヒューマンコーディネーター』とでも言おうか?」
敦子「ふざけないで! あなた、名前は?」
男「死神」
敦子「本名は!?」
男「だから、死神。それで住所は三途の川、年齢は一〇万とんで三一歳ね♪」
敦子「(机を叩き)ふざけるんじゃない!」
男「ああっ、静かにした方がいいと思うけどな……」
班長「(足音とともに)アッちゃん……どうしたの?」
男「あーらら、こらら……そのうち救急車呼ばれちゃうよ」
敦子「いえ、何でもないんです。ちょっと……」
班長「ねえ、このところ……仕事に打ち込んでくれてるのはうれしいけど……本当にね」
敦子「……すみません」
班長「あんなことがあったからかな? 職務で頑張って、忘れようとかしてないかい?」
敦子「いえ、そんなことは!……違いますから。大丈夫です」
班長「そう……もし疲れているようだったら、今日は早引けしていいから」
男「(班長のセリフにかぶせて)しっかし、
間近で見るとホントにピッカピカだな……
毎朝磨いてんじゃないの?
これ……もっと磨けばもっと光るかな?
はぁ〜っ、ごしごしごし」
敦子「何してるの、やめなさいよ! 頭を磨くんじゃない!」
班長「えっ?」
敦子「いっ、いえ! すみません……」
班長「……いや、いいから……ま、仕事熱心もほどほどにね(遠ざかる足音)」
敦子「すみません……はあ。あたし、おかしくなっちゃったのかな……」
男「大丈夫、あんたはマトモさ。それより……ねえねえ、アンナコトって……なにかあったの?」
敦子「……」
男「ま……言いたくないならいいけど。それじゃ、俺いいかな? 飛行機が出るまでに追いつかないと……そろそろ時間が」
敦子「待ちなさい」
男「あ痛っ! わかった、わかったから腕を……! ちょっと、マジで痛いよっ!」
敦子「死神って言ったわね。だったらあなた、あの親子をどうしようっていうの?」
男「親子じゃないよ、あの子供だよ! だから腕を……」
敦子「あの子をどうしようっていうの!」
男「いててて、言う! 言うよ。どうせ信じちゃくれないだろうけど……あの家族の乗る羽田行きがあるだろ? これから出るヤツが……あれ、離陸しそこねてオーバーランすんだよ!」
敦子「オーバーラン?」
男「そうだよ、滑走路をはみ出して……機体も他の乗客も無事だけど、あの子だけ衝撃でベルトからすっぽ抜けて……締め方がゆるかったんだな……で、打ち所が悪くてそのままあの世行きになる予定なの! 俺が行かなきゃあの子、助かっちまうん……あいたたたたっ! ちょっと、腕っ! 締めすぎ……」
敦子「それが本当だとしたら……」
男「えっ、信じてくれるの?」
敦子「……百歩譲ってそれが本当だとして、どうしてそのまま行かせると思うの!? 死神なんて……子供を殺すなんて、そんなひどいことを!」
男「ひどいって……しょうがないだろ、こっちだって仕事でやってんだ! そういう運命なんだから……やめ、やめろこの暴力婦警っ、腕が折れるぅ!」
敦子「なにが……何が運命よっ。それじゃユウジも……あの人が死んだのも運命だっていうの!?」
男「えっ?」
(またしても、近づく足音)
敦子「あっ……班長」
男「無理ないよな、これだけ騒いだんだから。ざまぁみろ……ああ、痛かったぁ」
班長「(灰皿を置く音)ちょっと、いいかな?」
敦子「はい……」
(椅子に座る音)
男「あっ、それ俺の椅子……」
班長「……(煙草に火をつけ、一服。間)……そろそろ一ヶ月だっけ? その……ユウジくん、亡くなってから」
敦子「……はい」
班長「その直前……仲人頼みに来てくれたのが、まだ昨日の事みたいだよ……いい青年だったよねえ」
敦子「ええ」
男「なんだ、恋人だったんだ……いや、フィアンセかな?」
班長「(煙草をふかす)交通事故なんてね……私もね、この年になるまでいろんな事故や事件を見てきたけど、遺された人って、見てると痛々しいもんだよ。色々とね……」
男「交通事故か!……俺も結構扱ってるよ。
なにしろ、年に一万人だもんねぇ。
その点飛行機事故は少ないから。ホント、久しぶりなん……
ありゃ、混ぜっ返しちゃったかな?」
班長「正直言って、ここのところのアッちゃんもそう思えてね」
敦子「……えっ」
班長「うん。なんだか……無理して仕事に打ち込んでるみたいでさあ。それが悪いとは言わない、ただ……そういうのって、そのうちどこかでポキンと折れちゃうんじゃないかって……心配でねえ」
男「本当だよ! もう少しでポキンって折られるんじゃないかって。ああ、まだ痛ぇ……」
敦子「……」
班長「今はつらくても時間がね、いつか必ず癒してくれるよ。だから今は……無理して忘れたんじゃ、ユウジくんがかわいそうだし」
敦子「……はい、すみません」
班長「いや、謝ることは……ごめんね、つい説教じみたことを。でも、あんまり気になったから……」
敦子「いいえ、すみま……」
(間をおいて、ジェットの爆音と振動)
男「あ……
「ああーっ、飛行機が! 俺の飛行機がぁ(振り絞る叫び)……!」
(かなり長く続く後、異様なブレーキ音。そして静寂)
班長「なっ、なんだ今のは……?」
男「くぅぅ、間に合わなかった……
あんたのせいだぞ暴力婦警!
まったく愛媛県警も、
何でこんな不祥事の火種みたいなのを雇ってんだ……」
(電話の呼び出し音)
班長「(受話器を取る)はい、松山空港派出所……管制塔? ご苦労さんで……えっ、オーバーラン? 羽田行が?」
敦子「えっ……!」
班長「怪我人は……え、ええ……。わかりました、今すぐ向かいます。では(受話器を置く)」
敦子「班長!」
班長「オーバーランだ、全日空の羽田行が離陸に失敗したそうだ」
敦子「そう、ですか……。それじゃあの子は!……いえ、死者は!?」
班長「ああ……大丈夫みたいだ。機内からの連絡によると、乗員乗客とも全員無事のようだな。今、脱出中らしい」
男「そりゃそうでしょうよ、くそっ! だから俺が行かなきゃって……はぁ〜〜」
班長「巡回中のみんなと合流して、これから滑走路に行って来るから……君は、ここで待機していてくれ」
敦子「待機、でも……」
班長「まぁ、いいから……こっちは任せなさい」
(遠ざかる足音、自動ドアの開閉する音)
男「はああ〜、行ってらっしゃいハゲオヤジ……」
敦子「あなた……」
男「はい?」
敦子「あなた、本当だったのね……」
男「本当にって……信じてなかったのか! 半信半疑であんた、俺の仕事を妨害したってのか! どうしてくれるんだよいったい……うわっ!」
(男の叫びにあわせて殴打音、派手に転倒する音)
男「(殴打音にかぶせて)なっ、なんだよ逆ギレか!? ちょっ……いてぇ! やめてちょっと電話帳は……きゃあああっ! 誰か助けてっ、おまわりさぁん!」
敦子「絶対許せないっ、あんたが死神なら……絶対許さない! あの人を……ユウジを返してっ!」
男「(殴打音にかぶせて)や、やめろっ! イテテッ、マスコミに……愛媛新聞に訴えるぞ!」
敦子「どうして……どうして軽々しく、人の命を軽々しく奪えるのよ!」
男「ふ……
おい、ふざけんなよあんた! ちきしょうアタマに来た、こっちも逆ギレだっ。誰が軽々しくだと……いいかっ! 俺は死神稼業を長いこと続けてきたが、死っていうのは、死っていうのはな!……あっ、鼻血が。チリ紙ちょうだい……死はなぁ、誰にでも公平なんだよ。老若男女関係なく差別ないんだよ! 『かわいそうね。うふ♪』って逃れたり免れさせたりってのは、絶対にやっちゃいけないんだよ! だからあんたの彼氏だって……!」
敦子「……わかってるわよ、そんなの!」
男「わかってるだと! わかってるならなんで……」
敦子「わかってるわよ! わかってるけど、でも……
……(静寂、間)……
……ユウジ、ユウジぃ……」
男「こら聞けよっ!……あ、聞いてる?(間)……あのぅ、聞いてます? 俺の話……ちょっと、言い過ぎちゃったかな?……ごめん」
敦子「なんで……なんであの人じゃなきゃいけなかったのよぉ……」
男「なんでって言われても、俺の担当じゃないからな。ただ……げっ、泣くなよオイっ!」
敦子「……それなら、それなら……」
男「ったく、泣きたいのは俺の方なんだぜ。こんな大ポカやっちまって………ん、何?」
敦子「私を……私を、あの人の所へ……!」
男「……はぁ?」
敦子「あの子の……助かったあの子のかわりに、私の命をあげるわ。だから……」
男「えっ、いいの♪
……っておい! あんた、自分が何言ってるのかわかってんのか?」
敦子「ええ……。だから、だからお願い、あの人の所へ連れて行ってよ!」
男「ちょ……ちょっと待ちなよあんた。そんな簡単なシステムじゃないんだよ! だいたい、んなコトしたって彼氏は喜ばないぜ。だって……」
敦子「……お願い……」
男「あのね、あんた……
……(間)……
……ええいっ、もうヤケだ! ちょっと電話借りるぜ」
敦子「あっ、何っ?……」
男「ま、いいからいいから(受話器を取る音、ダイアル音)
……あっ俺、お疲れさん。どうよ景気は?
へへへへ、商売繁盛ね♪ 結構結構っ、こけこっこう!
……ちょっと頼まれてほしいんだけどさ、ユウジって……
(敦子に)ちょっと、フルネーム教えて」
敦子「え……中家敦子、です……」
男「あんたじゃなくて! 彼氏のフルネームと、それから命日とできれば生年月日も」
敦子「……伊藤ユウジ、命日は二月四日で生年月日は……」
男「OK。イトウユウジ、命日二月四日で……あっ、いる?
じゃ、ちょっと出してよ♪……
いいって、責任は俺がとるから!
……なに、とった試しがないだろって? ははは、そうだったっけ?
……まぁ、お互い黙ってりゃバレないから。頼むぜ♪
(敦子に)ちょっと待ってな。今呼んでるから」
敦子「呼ぶって……え?」
男「いいって事よ。どうせ怒られついでだから……あっもしもし、はじめまして。ちょっと待ってね、今替わるから……ほら」
敦子「はい……これを?」
男「いいからほら! バレるとうるさいんだ、手短に……一分だけだぜ!」
敦子「……もしもし。お電話替わりました……
(間)……ゆ、ユウジなの! どうして、どうして……」
男「特別出血大大大サービスだぜ、誰にも言うなよな」
敦子「……うん、うん……元気だよ。
その……ごめん、何ていうか言葉が……うん、ごめんね。
…………ありがとう。うん、がんばるよ……じゃあ」
(受話器を置く音。
(そして、長い沈黙)
男「……ホントにナイショだよ。約束してくれよな」
敦子「……あの、あなた……」
男「いいからいいから! 礼ならいいから。殴った分謝ってくれるなら聞いてやるけど……」
敦子「あっ……ご、ごめんなさい……」
男「謝ってくれたらそれでいいんだ……まあ、県警にはチクらないでやるから安心しな♪」
敦子「……うん。あの……」
男「?」
敦子「……ありがとう。いつか、また……」
男「やだよ、願い下げだね! あんたみたいな暴力女……(間)……まぁ、どうしてもってなら、あんたが死ぬ時にはお迎えに来てやるがな……でも、当分はヤだぜ」
敦子「……うん」
男「じゃあ、行くから……(遠ざかる)
あ〜あ、また始末書かぁ。
しゃあない、
温泉でも行ってウサ晴らしだ……」
(遠ざかる足音、自動ドアの開閉音)
敦子「……(間)……ありがとう」
(突然鳴る電話の呼び出し音)
敦子「(受話器を取る音)はい。松山空港派出所、中家巡査です」
(敦子の応答フェードアウト、重なるように音楽)
(fin)
(H12.3.10 R.YASUOKA)
おことわり:
本作はフィクションです。文中の人物・団体・事件はすべて実在のものとは無関係です。
なお、取材不足のため事実と異なる点も多々あること、何卒ご了承ください。