「ぼ……僕の記憶が……情報が……燃えてゆく……」

 

「おや、どうかしたっスか? 貞義サマ」

 

「おおグリポン……聞いてくれっ、僕の……僕の記憶を勝に〈転送〉するためのデータが、正二に燃やされてしまったんだよぉ!」

 

「なァんだ、そんな事で泣いてたんスか……ご安心ください貞義サマ!」

 

「え?」

 

「こんな事もあろうかと、貞義サマの大事なデータはすべて、このグリュポンめがバックアップをとってございますっスよ」

 

「なにっ、それは本当かグリポン?」

 

「はい! 貞義サマの記憶は、もう脳みそのシワの奥の奥にあったもんまでぜ〜んぶ、この完璧な自動人形の頭脳に、すべて刻銘に記憶してるっス」

 

「よくやった! でかしたぞグリポン!」

 

「えっへっへ、そんなことないっスよ♪ ほらほら、データのバックアップは常識中の常識じゃないスか」

 

「えらいっ、天才! 大明神!!」

 

「そんなァ貞義サマっ、おだてたって何にも出ないっス……何にも出さないのも悪いから、試しに記憶を出すっスね♪ ほらほら、ええと……1819年8月13日午前10時19分、アンジェリーナさんが使ったソファに顔を埋め、かぐわしい香りを思う存分吸い込んだ記憶とか、1940年9月30日午後11時48分、初めてベッドの中にエレオノールちゃんの写真持ち込んだ夜の記憶だってばっちり残ってっスよ。それから同じ年の10月2日午前3時14分、エレオノールちゃんの名を呼びながらマクラを撫で回してた記憶なんてのだって、シルクのマクラの感触ともどもし〜〜っかり覚えてるっスよ。それに1852年12月24日午後9時32分、ついに我慢できなくなってアンジェリーナさん人形に……おっと、これ以上言ったら摘発されちゃうっスね貞義サマ!」

 

「ぐ……グリポン! ぼ、僕はそんな事してないぞ!!」

 

「やだなァ貞義サマ♪ さては、無意識にやってっから忘れちゃったんスね? 安心してください、ジブンら自動人形の完璧な頭脳は、貞義サマが識域外に堅く堅く封印しといた記憶から、うっかり書いたら司直の手が伸びてきそうでとてもここには書けないココロのヒミツまで、ことごとく刻銘にバックアップしてますから〜」

 

「お……おいっ、グリポン!」

 

「覚えてます? 貞義サマ。1924年7月3日午前9時2分、正二サマに嫌がらせをしたくて、でも貞義サマの悪意を気づかれたくないからって、思い悩んだ結果正二サマの靴に松ぼっくりを入れといた事があったっスね。それから1899年4月19日午前2時0分ちょうど、明治神宮の境内で丑の刻参りしようと藁人形に五寸釘打ち付けて、それを警邏巡査に見つかって追っかけ回された事もあったっスよね。あの時は若かったっスね、懐かしいなァ……はっ! 貞義サマ! 実はね、今気がついたんスけど、記憶をコピーしたって事はつまり、これってその……《転送》っスよね? ということはつまり……、困ったなぁ、今日からジブンも貞義サマっスか♪」

 

「……」

 

「いやァ、なんか実はっスね、さっきからなんとなくジブンが貞義サマじゃないかなぁって気がしてたんスよ♪ 大丈夫、これでジブンも完璧に貞義サマっスよ! ううっ、そういえばエレオノールが大好きになってきたっス♪ エレオノールさーん、好きじゃぁぁぁぁ! ぼかぁ、死んでも君から離れないよぉぉ!……もう安心してください貞義サマ! 今日からジブンが貞義サマの生まれ変わり、貞義サマの全ての記憶を受け継いで、エレオノールちゃんはきっとジブンが幸せにしてみせますっス! だからもう貞義サマは安心してどっか行っちゃってください……あ、あれ?……どうしたんスか貞義サマ、おでこにいっぱい血管浮いてるみたいっスけど」

 

「貴様……!」

 

「ちょっと冷静に貞義サマ! そんなに揺さぶっちゃ……ジブンの頭には大事な大事なデータが……」

 

「ええぃ黙れグリポン! 貴様の腐った記憶なんぞに頼るよりより、三年でも三十年でもかけてやり直した方が百万倍ましだ!……こっち来いっ、その脳を引っ張り出して、FAT32で領域確保してシステムデータごと初期化してやるわ!」

 

「腐ってない腐ってない! ジブンは正真正銘の貞義サマっス! ジブンの記憶は貞義サマの記憶じゃないスかぁ! だから、ジブンが腐ってたら貞義サマだって腐……ひえええっ! 許して! 許して……きゃ〜〜っっ!」