からくりサーカスオリジナルストーリー

「羽佐間氏の密かな奮闘」

 

『兄貴へ

今夜遅くなります。

冷凍庫のドリアとコーンサラダを、

チンして食べてください。ハザマ』

 

とにかく、目立つとまずい。

だから、万馬券を狙うようなこともせず、

対抗馬を主軸にした一点買いにしぼることにした。

しかも、オッズに影響が出るほど大金を投じることもできないから、

手下を通して各地のノミ屋にまで手配しなければならなかった。

(ノミ行為は違法です:JRA)

大井のティンクルを選んだのも、地方競馬は荒れるレースが多いので、

多少の番狂わせも認められる、とふんだからだ。

あちこちで買わせた馬券の束をポケットに握りしめ、

羽佐間は、観客席の最前列で最終レースに臨んでいた。

 

阿紫花の口座より密かに引き出した金が5000万

このレースに勝ちさえすれば、それが5億には膨れ上がるはずだ。

羽佐間は、勝利の報告に耳を傾ける阿紫花の姿を想像した。

 

”そうかい。それじゃ、詳しいハナシは、

・・・風呂に入りながらでも聞かせてもらおうか・・・一緒にな”

 

「一緒に、風呂、ですかい?

いえ、いいんですっ兄貴ィ!

あっしはただ、兄貴のためにしただけのことですから・・・」

顔を赤らめ、興奮した口調で独り言をつづける羽佐間の姿に、

周囲の観客はあきらかにおびえていた。

 

いよいよ始まった。

順調な展開を見せたレースは、最終コーナーを回ったところで、

対抗と目されているボルムスエレザールが他の馬を引き離し、

ゴール目指して最後の直線を駆けていった。

その後ろに続くのは、3番人気のマドロスバーガー

ずばり、羽佐間の狙い通りだ。

本命馬アツザワンは、それに追いつくことすらできないでいる。

騎手の鞭さばきに、勢いがない。

金井から没収したグリセルを使い、前の晩にちょっと脅したのが、

うまくいったようだなと、羽佐間はひとりうなづいていた。

(騎手脅迫は違法です:JRA)

 

しかし、次の瞬間、彼は目を疑った。

大外から一気に加速し、ボルムスエレザールに追いすがってきた、

カタヤマカガミに気がついたのだ。

ダークホースとされていたその馬は、ついにボルムスエレザールに並び、

そのまま抜き去り、残り20メートルを駆け抜けようとしていた。

 

まずいっ、このままじゃ5000万が・・・”

羽佐間は、5000万も穴をあけたことが阿紫花にばれたら、

どんな目に遭わされることだろうかと想像した。

”・・・それも、・・・いい・・・かな・・・?”

一瞬うかんだ妄想を振り払うと彼はポケットから右手を出し、

馬券を握ったまま、手袋の指先につないだ糸を、ぐいと引っぱった。

 

カタヤマカガミが転倒するのを確かめると、

羽佐間は手袋をさらに引いた。

やはり前夜に、コースの反対側に結んでいた糸はたちまちほどけ、

またたく間に彼の手元に引き寄せられてきた。

これで、証拠はない。

(走行妨害も違法です:JRA)

 

ボルムスエレザールが、つづいてマドロスバーガーが、

さらにその他の馬が、次々にゴールしていった。

競馬場が歓声と怒号につつまれていくなかで、

羽佐間はひとり、口笛を吹きながら換金窓口へ歩いていった。

目立たぬように歩いているつもりだったが、

これからを想像する彼は、自然にスキップを踏んでしまっていた。

 

倒れたカタヤマカガミは、馬も騎手も、ぴくりとも動かなかった。

 

(fin)

(H10.9.13_Y.YASUMITSU)
(Presented_By_R.YASUOKA)
(Drown_Wallpaper_By_Miss.K)

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