くらしの中の相談事ねぇですかい? 四角い羽佐間が丸〜くおさめやすぜ♪
からくり法律相談室
からくり法律相談室へようこそ。あっしが室長の羽佐間です。
さて当室では毎週法律に関するいろんな相談事にお答えしておりやす。さて、今週はどんな相談でしょうか。
Q私は5人兄弟の長男だ。母は既に亡く、大企業グループの総帥だった父も今年の2月、高速道路で事故死した。ところが、父の遺言状には、全財産一八〇億円を、愛人に生ませて養子にした三男に相続させると書かれてあったのだ。こんな馬鹿な話があってたまるか、何とかしてくれ。弁護士の奴がコーセーショーショがどうとかイリューナントカがどうのと言っていたが、正直難しくてよくわからん。やはり殺し屋を雇うべきか……?
(不動産会社社長・三二歳)
A質問者に訊いたところ、家族構成は図のようになっておりやす。お父さんが亡くなっちまいやすと、法律上はその財産は五人の子供さんで全額分割して相続されることになりやすね。ところが遺言状で、養子にした三男に遺産全部を相続させるってことで……
Qだから、その遺言状をなんとかできないのか!
Aおやおや、せっかちなお人で。ええと、この遺言状……ちなみに法律じゃ『イゴン』って読むんですぜ……は「公正証書遺言状」ですね。民法六九六条に規定されてんですがこいつはつまり、証人の立ち会いの元で公証人が遺言者の口述による内容を公正証書として作成する遺言状で
Q難しくてわからん! もっと簡単に説明してくれ。
A要するに、公文書として作られる信頼性の高い遺言状なんです。遺言状は他に自分で作る「自筆証書遺言状」と、自分で書いて公証人が承認する「秘密証書遺言状」が法律で決められてやすが、これらと比べても家庭裁判所の検認が必要ねぇとかメリットがあって、内容に間違いがねぇってのが証明されてんで、遺言状の無効を訴えることはできやせんね。
Qええいっ、なんとかならないのか。
A手がねぇ事もありやせんぜ。遺言状はね、後の日付の遺言状で取消にすることができるんです(民法一〇二二条・一〇二三条)。
だから、例えばあんたが親父さんの遺言を偽造して公表すりゃ、前の遺言状は取消になって財産分割はやり直しになりやすぜ。……ただし、それまでに弟さんが使っちまった分は取り戻すことができやせんがね。
まぁ少なくとも、殺し屋雇うよりよっぽどマシだと思いやすが。有印私文書偽造及び行使は三月以上五年以下の懲役ですが、殺人教唆は死刑又は無期若しくは三年以上の懲役ですからね……っと、殺し屋のあっしがこんなこと言ってちゃいけねぇですよね。
Qもういいっ、なら次は「イリュージョニスト瞬殺正教」を説明してくれ。
Aイリュージョ……
……そりゃ、もしかして、「遺留分減殺請求」のことですかい?
Qど、どっちでもいいだろう!
Aへいへい。「遺留分」ってのはですね、こんな風に誰かに全財産を持ってかれねぇようにって、法定相続人が最低限相続できるように定められた財産を言うんです。遺贈された人物が……この場合は弟さんですね……財産を相続するときに自分の慰留分を残しておくよう裁判所に請求することができんです、これを「遺留分減殺請求」って言いやす。民法一〇三一条に定められてますぜ。ただし、相続開始を知った時から一年以内に請求をしねぇと時効になっちまうから気をつけてくだせぇよ。
Qなるほど。で、いくら取り返せるんだ?
Aへぇ、そう訊かれると思って図に書いときやした。民法一〇二八条の規定では直系卑属のみによる相続、五人兄弟で相続する場合は相続財産の二分の一が遺留分になりやすから、法定相続が一人あたり五分の一で三六億で、その二分の一の一八億が遺留分として請求できる財産になりやすぜ。
Q一八億? 本当なら三六億が相続できたんだぞ! おのれ、勝のやつめ……。
A……あっしにとっちゃ一八億でも天文学的な数字ですがね。悪いことは言わねぇ、これで我慢しときやせんか?
Qおまえら貧乏人と一緒にするな! こうなったら、やはり勝を殺して財産を奪い返してやるしかないな……。
Aあ、そりゃやめた方がいいですぜ。
Q何だと! 私に指図するつもりか!
Aいや……わかってるとは思いやすが。その……だって、無駄ですから。
Q無駄ぁ?
Aいえその……相続法の基本中の基本ですから、社長もわかってらっしゃるとは思うんですがね……ですからその、読者さんのためにちょっと説明しやすよ。いいですね?
ほら、図を見てくだせぇ。弟さんは親父さんの死後に叔父さんの養子になってるでしょ? これで相続の順番が変わっちまうんですよ。たとえ弟さんが死んだって、財産は全部直系尊属、つまり叔父さんのものになっちまいやすからね。
Qな、なに……?
Aこれも基本ですからご存じでしょうが、民法八八七条と八八九条の規定でね、配偶者がいない場合の存続順位は@子又は孫A直系尊属(親)B兄弟姉妹と順番づけられてます。で、前の順位の人が存命してる限り、後の順位の人が相続することはできねぇんですよ。
……まぁ、叔父さんも弟さんも皆殺しにすりゃ話は別ですが……
でもね、あっしは思うんですが、そこまでしたって、他の兄弟さんが黙っちゃいねぇと思いやすぜ。
民法八九一条には「故意に被相続人又は相続について先順位若しくは同順位にあるも者を死亡するに至らせ、又は至らせようとしたために、刑に処せられた者」は相続の資格を失うって決められてんです。知りながら告発しない者も同様です。ですから……あっしがもし他の弟妹さんだったら、お兄さんを警察にちょいと密告したら、相続人が一人減って自分の取り分が増えると……。
Q……あ、あいつら……。
Aま、まぁ、あっしの勝手な考えです。仲うるわしい才賀ご兄弟に限って、そんな骨肉の争いなんて……ねぇ♪ それにほら、無駄骨だってわかってながら殺し屋雇うほど、社長だってバカじゃねぇでしょ、ねぇ♪……あ、あの社長……?
Q…………ヴィルマ、依頼しちゃった…………。
Aえ、あ、そうなんで? その……まさか、知らなかったんですかい?……
……あ、あの……そうだっ、ついでですから相続税の話でもしやしょうか? 相続税は一人あたりの法定相続分から税率を求めて計算して、そうして算出した相続税額を、実際の配分にあわせて各人に案分するんですぜ。一人アタマの相続額三六億円に税率七〇%を掛けて……ごちゃごちゃしててすいやせん。ま、図のとおりなんですが、
……ほ、ほら。勝のガキだって三〇億チョイしかもらえねぇんですぜ。ざまーみろってんですぜ! もっとも、皆さんも五億ちょっとになりやすがねぇ……まったく、何でこんなに税金で持ってかれるんでしょうね? あっしなら、勝殺す前に総理大臣殺したくなりやすがねぇ……あ、あれ社長……? しっかりしてくだせぇよ、しっかり!……
くらしの中の相談事ねぇですかい。四角い羽佐間が丸〜くおさめやすぜ♪
今週の相談はこれまで。それでは皆さんまた来週♪
(fin)
(H14.12.8_R.YASUOKA)
おことわり:
本作は現行法に基づいたフィクションです。作中の法理論は筆者の解釈に基づくものであり、実社会のケースにそのまま適用できない場合があります。
また、相続税の計算に当たっては基礎控除等を省くなどして簡略化しておりますので、実際の税額と異なることをお断りしておきます。