からくりサーカス
オリジナルストーリー
「屋根の上は大騒ぎ」

 

 オレの名前は仲町ヒロオ、ヒロと呼んでくれ。

 人形劇とサーカスとをミックスした出し物で人気を呼んでいる、「仲町サーカス」の2枚目花形スターさ。

 今日も長野にある「スマイル学園」って、親のない子供のための施設でのボランティア興行を終わらせて、その余韻にひたりながらクリスマスイブの夜を過ごしているところなんだぜ。

 そうとも、今夜はクリスマス・イヴ

 さっきまで、身内の団員で、打ち上げも兼ねてちょっとしたクリスマスパーティをやってたんだ。オレと、オヤジの団長とアニキのノリユキ、それから猛獣使いのリーゼさんと勝って名前の坊主。そして、勝のお姉さんらしいけど、謎に包まれている美貌の女スター、しろがねの6人が、料理をつくって、クリスマスソングを合唱して、シャンパンで乾杯して・・・。

 こんな楽しいクリスマスイブは、久しぶりだったぜ。

 ・・・これが、しろがねとふたりきりのイブだったら、最高だったのにな。

 まあ、いいさ。

 これからがいよいよ、最高のクリスマスイブを演出するための、オレの出番というわけさ。

 オレは、「スマイル学園」の駐車場の一角にとめている、サーカスのトレーラーに近づいた。

 このトレーラーは、移動はもちろん、団員が寝泊まりできるように改装されている。

 ひっそりと静まり返っているところを見ると、もうみんな、眠ってるのだろう。

 オレは密かに調達したサンタクロースの衣装に身をつつむと、トレーラーの屋根の上に、音を立てずによじ登った。

 待ってろよ、しろがね!

 ことのおこりは、数日前にさかのぼる。

 オレ達、オレとアニキとオヤジとは、「スマイル学園」の園長と興行の打ち合わせをしていた。

 まあ、園長と話をするのは団長であるオヤジの役目で、オレとアニキは、その隣でもっともらしい顔をしてうなずいているだけだったけどな。

いやあ、仲町さんにもう一度興行を打ってもらえるなんて、夢のようですよ」

 嬉しいことを言ってくれるじゃないか、園長・・・なんでもこの人、オヤジとは古いつきあいらしい。それに、死んだオフクロがこういう施設で慰問興行すんのが大好きだったから、サーカスが潰れるまではこの学校には時たま公演に来ていたもんだ。

 オヤジもつねづね、サーカスを再開できたら、真っ先に「スマイル学園」で興行しなけりゃと言いつづけていた。

 だから、再会を喜び合った二人は、こうしてクリスマスイブに子供たちのためにサーカスを開くという段取りをすすめているんだ。

「・・・子供達の喜ぶ顔が、今から目に浮かびますよ」

「ええ、そういってくださると、光栄ですな」オヤジが答える。

「フサエも・・・女房も、きっと喜んでくれてますよ」

「それで、仲町さん・・・謝礼のことなんですが」園長が口を開いた。

 その言葉に、オレとアニキは思わず身を乗り出していた。

 実のところ、サーカスの台所がちょっとヤバい状態だったんだ。なんとか交渉して、まとまったカネを手に入れないと・・・がんばれよ、オヤっさん。

 ところが、

「謝礼だなんて!! とんでもありません、ばちがあたりますよ」

 え?

「ですが仲町さん・・・それでは」

いいんですよ、園長さん。そうだろ、おめえら」

 ちょ、ちょっと待ってくださいよオヤっさん・・・口を開こうとしたとき、

 いでぇぇぇ!

 オヤジ、思いきり足を踏みつけやがった。

「おめえらだって、そう思うだろ・・・な?」

 ・・・ええ、よろこんで。

「・・・なーに大見得切ってんすか、オヤっさん」園長が帰ったあと、真っ先にアニキが口を開いた。

「バカヤロ! あの園長さんはな、私財をなげうって子供達の面倒を見てんだぞ。そんな人から金なんて取ったら、フサエに叱られるじゃねーかよ」

 オフクロに・・・そりゃわかりますよ。でも、現実問題、

年が越せないっすよ。今のフトコロ状態じゃ」アニキが言葉を続ける。

「心配するな・・・あてなら、ある」

 え、本当ですか?・・・ヤですよ、またパソコン盗みに忍び込むなんて。

パソコンを、どうするって?」うわっ! いつの間に来ていたのか、勝としろがねが隣でオレ達の話を聞いている。・・・いやいや、何でもねーんだよ、勝。

「お金のことなら・・・」しろがねが言いかけるが、オヤジがさえぎる。

「いつまでもあんたに頼りっぱなしってわけにもいかねえ。大丈夫だ、あてがあるから」

 まーたオヤっさん、見栄はっちゃって。

 

 ・・・でも、本当にきれーだよな、しろがね。

 オレの脳裏には、数日後にひかえたクリスマスイブに、ホテルのディナーをともに過ごすオレとしろがねの姿が浮かんでいた。

 そうとも! 恋人の季節、クリスマス。

 一流ホテルの22階の一流レストラン。キャンドルが照らすテーブルで、囁きをかわす二人。

綺麗な夜景ね。まるで、宝石みたいだわ。ヒロさん

”いや、どんな宝石だっておまえの美しさの前では、色褪せてしまうぜ。しろがね”

まぁ! ヒロさんったら・・・”そういって、頬を赤く染めるしろがね。

あら・・・なんだか私、酔ってしまったみたいですわ

 そこで、そこでオレはすっとルームキーを取り出して、こうキメるんだ。

朝にはさめるぜ、しろがね

 ・・・うっふっふっふっふっふふふひひひひひひ!! 完璧だ、これで墜ちない女はいなーいっ!

 そうだ! オレはこの夜を夢見て、つらいバイトの日々を送って軍資金を貯め込んできたんだ。あとは、あとはしろがねを誘って、クリスマスイブを・・・。

 

 と思ってた時、オヤジが、

「ほら見ろ、金ならここに!」と、現金の入った封筒を両手にかざした。

 おおっ! 何だオヤっさん、ヘソクリがあるんならはじめからそういえばって・・・。

 だけど・・・見覚えのある封筒だな、妙に。

ああーつ! それは俺のォォォォォ!」アニキが突如叫んだ。

 えっ何・・・いやあァァァァァァ!! オレもまた、ムンクと化して悲鳴を上げていた。

 なにしろ、オヤジがもっていたのはまぎれもなく、オレ達が必死の思いで貯めていたバイト代だったんだ。

 バレないように隠していたというのに、いつの間に・・・。

「うんうん、持つべきものは親思いの息子達だよなァ・・・フサエよ」封筒を堅く握りしめたまま、オヤジが瞳をキラキラさせている。

「オヤっさん! ちょっと待ってくださいよ。それはオレとしろがねの・・・」アニキが抗議して、封筒を取り返そうと手を伸ばした。

 オレだって、しろがねとのロマンティック・ディナーが! オヤジめがけて突進する。

 だけど・・・うううっ・・・オレ達の行動は一瞬遅く、オヤジは大きな金庫に(いつ用意したんだ)カネをしまいこんでしまった。

「おめえらの好意、確かに受け取ったぜ」金庫に鍵をかけながら、オヤジがつぶやいた。

 はあああああ、オレとしろがねのホーリーナイトが・・・。オレとアニキは呆然としてしゃがみこんだ。

「もうすぐだね、クリスマス」オレ達の落胆をよそに、勝はしろがねに話しかけていた。

 このガキィ、何を気楽そうに・・・。

「そうですね、お坊っちゃま」しろがねが答える・・・う、銀色の髪がまぶしいぜ。

「・・・僕も、さあ」そういったら勝のヤツ、いきなりさみしそうな顔をしやがった。「クリスマスの夜って、お父さんやお母さんとお祝いしたこと、ないんだ」

 えっ・・・? オレ達は、いっせいに耳を傾けた。

「お母さんは、クリスマスの夜もパートだったし・・・お父さんも、いつも家にいなかったからさ・・・だから、こういう子供たちって・・・きっと、さびしいよね

「坊っちゃま・・・」しろがねは言葉をつまらせた。

 しろがねだけじゃない・・・だれも、返事ができなかった。

 ・・・勝よぅ、おまえって、つれえ思いをしてきたんだな。

「・・・ねえ、しろがね。サンタさんって、本当にいるのかなあ?」

「・・・・・・」しろがねは、答えなかった。

 おお、マイディアーしろがね! そんな悲しい顔をするのはやめてくれ!

「・・・あっ。ごめんよ、しろがね」そんなしろがねを見た勝は顔をゴシゴシとこすって、そして、どうにか笑顔を見せた。

「だからさ、せめてぼくたちが、楽しませてあげようね!」

ええ、そうですね

 ああっ! しろがねがやっと微笑んでくれた。

 うん、勝の笑顔が、しろがねにとってもうれしいんだろうな・・・って、待てよ?

 ふふふふふ、ひらめいたぞ。

 将を射んと欲せば、まず馬から射よ・・・だ。

 しろがねのハートをゲットするには、勝を喜ばせるのが一番だと気づいたオレは、このプランを思いついたのだった。

 作戦名、「メリークリスマスいい子にしてたかな勝くんしろがねゲッチュー計画」!

 まず、オレは手持ちのマンガとゲームをたたき売って、そのカネでサンタの貸衣装一式を調達した。余ったカネで、なんとかプレゼント用のおもちゃを買うこともできた。

 そして今夜。屋根にある通風口からトレーラーに入る。

 その通風口は、普段は金網とファンでふさがれているけれど、ドライバーでネジを外せば人ひとり通るスペースは充分に確保できるのだ。

 あらかじめ、内側の金網ははずしておいた。あとはこれから、外側から金網とファンをとっぱずせば、苦もなく内部に忍び込むことができる。

 ・・・なにも、こんなドロボウみたいなことしないでもとも思うけれど、煙突のかわりになるような出入り口が他にないから、しょうがないさ。

 あとは、中で眠っている勝の枕元に、そっとプレゼントをおいてやる。

 オレに気がついて、寝ぼけまなこをこすっている勝のヤツに、

メリークリスマス! イイ子ニ、シテタカナ?」って囁いてやれば、喜ぶだろうな。

 それだけじゃない。

 勝の隣に添い寝している(うらやましいぞ、勝!)しろがねが、気配に気づいてきっと目を覚ます。そして、サンタの格好をしているオレを、じいっと見つめるわけだよ。

 もしかして、素肌が透けて見えるようなネグリジェ、着てるかもな・・・。

メリー・クリスマス。・・・起こしちゃったかな、しろがね

 オレはしろがねに優しく微笑んで、こういってやるんだ。

いや・・・勝のために、ちょっとサンタの真似事をしてみたんだけどよ

まあ、坊っちゃまのために(ここでよ、かああって頬を染めるんだぜ)・・・ありがとうございます。ヒロさん

なあに、気にするなよ、しろがね

そうですか・・・優しいんですね

いやあ、当然のことさ。おまえの弟ならオレにとっても大事な弟だからな。しろがね

うれしいわ、ヒロさん

おっと、さん付けはやめてくれ、ヒロでいいぜ

ええ・・・ヒロ

 そして、そしてよっ! 二人の体は少しずつ、少しずつ近づいていくんだ。

 そしていつしか、お互いこう、かたく抱きしめあって熱いベーゼをかわして・・・かわしてぇ・・・それから、二人の唇とくち、唇が静かに重なって・・・うひひひひひひ!

 わっ、しろがね・・・大胆にもディープキスかよ・・・二人の舌が、口の中で激しくからみあう。でも、ヤケに・・・生々しい感触。それに、しろがね、筋肉質だな・・・。

 ヤな予感がして、オレはつむっていた眼を開く。

 腕の中にいたのは・・・神よ!・・・オレと同様サンタの服を着た、ノリユキアニキだった。

 トレーラーの屋根から見下ろすと、地面って、けっこう遠くに見えるもんだ。

 オレとアニキはしばらく、互いに背を向けあって、屋根の上から吐いていた。

 (さようなら、クリスマスケーキとフライドチキンよ!)

 それから唇を何十回も拭い、あのおぞましい感触を(舌まで入れやがって!)忘れ去ることができてようやく、話をする気力がよみがえってきた。

 あ、アニキ。どうしてこんなところに!

「おまえこそ何してんだよ、ヒロ!」

 何って・・・オレはただ、勝にプレゼントを。

「ウソつけっ! オマエっ、イブのどさくさにまぎれて、しろがねさんに夜這いをかけようとしてやがるな!」

 何をしっ、失礼な! ア、ア・・・アニキこそ、サンタのカッコまでして、しろがねさんに悪さしようと企んでんでしょう!?

「バ、バ・・・バカ! 人聞きの悪いこというんじゃねぇ! オレだってただ、勝のヤツが可哀想だから、プレゼントをと思って・・・」

 へーえ。

 じゃ、大変でしょうから、オレが一緒に持ってってあげますよ。

 どうかアニキは、ゆっくりとお休みになってください。

「だめだ! こういうのは長兄が代表するもんだから、おめえこそ、プレゼントをさっさとよこしやがれ」

 わっ、何するんですかアニキ! ・・・人のプレゼントを盗らないでくださいよ!

「てめえこそ、その手を放しやがれっ、ヒロ!」

 こうして、オレ達がすったもんだやってるときだった。突然、

「なーんだ。うるせえと思ったら、おめえらだったのかよ!!」

 聞き慣れたドラ声に振り返ると、

お、オヤっさん!

 オヤジが、これまたサンタのカッコをして、屋根によじ登ってきた。

 オヤっさん、その袋・・・もしかして勝に、ですか?

「おめえらも、勝か?」

 ええ、そうなんですけど・・・まあ。

「いやだぁ! しろがねは、オレのものだぁ!!

 ・・・ねえ。とりあえず、落ち着きましょうよ、アニキ。

「あたりめえよ。オレはおめえらにだって、こうやってきたんだぜ・・・覚えてるだろ?」

 ・・・覚えてるって・・・忘れられないっすよ、絶対。

 サーカスの羽振りのよかった頃だったけど、毎年こういうふうにして、プレゼントをくれたっスよね。

 クリスマスの晩、オフクロの隣でオレ達は、布団に入っても寝つけなくて、だから寝たふりをして、サンタが・・・オヤジが来るのを待ってたんだ。

 夜も遅くになって、オヤっさんが、やっぱり今と同じカッコして、枕元にそうっとプレゼントをおいていってくれたっスよね。そして、プレゼントをおくついでに、オレ達ののど元をコチョコチョって、必ずくすぐっていくんスよね。

 ・・・本当に、うれしかったなあ・・・。

 ・・・だけど、

「覚えてますよ! オヤっさん、外ウロウロしてて職務質問された年がありましたよね」

 そうそう! それで、警官相手に大暴れしちゃってね。

「う・・・そ、そんなこともあったっけ・・・?」

「あったも何も、パトカーが何台も出動する騒ぎになったじゃないスか!」

 結局、公務執行妨害とやらで逮捕されて、オフクロと一緒に警察署に迎えに行ったんじゃないスか・・・忘れたとはいわせませんよ!

「え、・・・ああ、そうだったか・・・スマン」

 オヤジ、思い出したのか、萎縮している。ここぞとばかりに、アニキが言葉を続けた。

「だいたい、その顔で大きな袋を持ってたら、絶対ドロボウだと思われるよな、ヒロ」

 そうっスよね、アニキ。・・・あれで煙突に登ろうもんなら、脱獄囚が民家に押し入ろうとしているようにしか見えないッスよ! ホントに凶悪なツラしてますからね、オヤっさんてば。

「そうだよな、まったく・・・オレが近所の人間だったら、間違いなく110番通報してるな、うんうん」

 あはっ、オレもオレも! オレ達は顔を見合わせ、爆笑した。

「何だとテメエらっ!!」という怒鳴り声にオヤジを見ると、

 ・・・やべぇっ、目が血走ってる!

「待てこら、ぶっ飛ばしてやる!!」

「ごめんよっ、オヤっさん」狭いトレーラーの上を逃げ回りながら、アニキがいった。「やいヒロ! おまえが凶悪犯なんていうから、オヤっさん怒っちまったじゃねえか」

 ああっ、凶悪犯なんていってないスよ! アニキこそ、犯罪者風とか強盗とか前科者とかいってたじゃないスか・・・。

「てめーらっ、まだいうか・・・ぶっ殺す!」

 うわあぁ! 恐怖にかられたオレは足をもつれさせて、トレーラーの縁ですっ転んだ。

 思わずアニキをつかんだものだから、アニキも一緒に転倒する。

「ほーら、捕まえたぞ」その上に、オヤジがのしかかってきた。

 殺される! と観念したその目の前に、

アラ・・・こんばんは、皆サン」リーゼさんが、ひょっこりと顔をのぞかせた。

 ありがとう、リーゼさん! キミは・・・命の恩人だ。

 絶妙のタイミングで屋根に登ってきてくれたから、オヤジの怒りもどっかに消えてしまったようだ。オレ達と一緒に、ギョッとしてリーゼさんを見たままだった。

皆サン、どうされマシタか。そのサンタの格好は・・・?」上がってきたリーゼさんは、オレ達の服装に気づいて訊ねてきた。

「これか・・・まあ、勝にな」少し照れたようにして、オヤジが答えた。

まア、では、私と同じデスね!

 嬉しそうなリーゼさんを見ると、確かに、彼女もサンタの格好をしているのに気がついた。

 ただ、オレ達が標準的なサンタスタイルをしているのに対して、リーゼさんは深紅のツーピース綿飾りつけて、サンタ風にアレンジしている。足元はミニスカートにブーツ、そして頭には白いボンボンつきのベレー帽を、それぞれ身につけていた。

 リーゼさん・・・かわいい。オレ達は言葉をなくして、彼女を見つめていた。

「あ、アノ・・・何か、変デスか?」オレ達の視線に気づいて、リーゼさんが困った顔をした。

 いや、変なんて! そんなことはないよ。

 ホントに、可愛いなぁ。14歳かあ・・・オレとは6つ、違うのかな?

 うう・・・ごめんよ。

 リーゼさん、残念だが、オレの心の中には、すでにしろがねがいるんだ。

 もう少し早く、きみと出会っていれば・・・悲しいと思うけど、オレのことは忘れてくれい。

 ああ、オレって罪作りな男だな・・・。

「なにニヤケてんだよ、おめえら」オヤジの声に我に返ると、リーゼさんが不思議そうにオレとアニキを見ていた。

「な、リーゼさん」オヤジがつづける。「せっかく用意してくれたのに悪いんだが、これだけ頭数がそろっちまっているんだ。・・・みんなで押しかけるより、誰かが代表で行った方がいいと思うが、どうだろう?」

エ・・・そ、そうデスね

 そうだよリーゼさん。悪いけど、しろがねの・・・いや勝のところにはオレが行くからさ。

「まァあとは、このノリユキに任せて、いい夢をみててくれよ。リーゼさん」

 なにいってんだよアニキ! 任せられるのは・・・このオレだってば!

エエ、ミンナでいってハ・・・勝サンも起きてしまうでしょうカラ。・・・残念デスが

 リーゼさんは、とても悲しそうな顔をしてうつむいてしまった。

「・・・すまねえな。あとは」オヤジが言いかけたとき、

 !

 突然、オレとアニキとオヤジの3人は背後から、何か強い力に押し倒された。

ア、ゴメンなさいっ。・・・ドラム、離れなさい!

 ドラム・・・ドラム!?

 うわああああっ! リーゼさんのライオン、ドラムだよっ!

 つけツノに、つけ鼻。鈴付きの首輪までつけて・・・どうやら、真っ赤なお鼻のトナカイを模しているらしい。

 そのドラムがオレ達を押さえつけて、子犬がじゃれつくように、顔をなめ回してきているのだ。

 舌ばかりじゃない。時には間違いなく、牙の感触が顔面に伝わってくる。

 オレ達は息もできず、硬直していた。

 リーゼさんが、必死でドラムを制止する。

ドラム、ストップ! ・・・拾い食いしちゃ、いけまセン

 ひ、拾い食いって・・・だけどそのかいあってか、ようやくドラムが離れて、オレ達は起き上がることができた。

 顔が青ざめているのが、自分でもよくわかる。

 リーゼさんの背後に座り込んだドラムは、まだ、オレ達をにらみつけている。

せっかく勝サンに見せたくて、動物園から連れてキタのに・・・本当に残念デス

 寂しそうに話すリーゼさんの後ろで、ドラムが口を大きく開けた。

 鋭い牙があらわになる。まるで、”この顎でかまれたら、いてぇだろうなぁ”といっているようだ。

デモ・・・仕方のないことデスよね。女のサンタなんて、変デスものネ

 ドラムがそのしっぽを、例の毒入りのトゲのついたしっぽをパタパタと振っていた。

わかりマシタ。アトはお願いしマス!

 ドラムの眼がキラン、と光った。つづいて、前足に生えた爪がきらめいた。

 いつのまにか、ファイティングポーズを・・・いつでも飛びかかれる態勢をとっている。

 オレ達はそれぞれ、自分の持っていたプレゼント袋を手にすると、黙ってリーゼさんにさしだした。

まあ、コレは・・・それでは、もしかシテ・・・私がいってよろしいのデスか?

 オレ達3人は同時に、コクコクコクと声もなくうなずく。

 ・・・頼む、リーゼさん! 早く受け取ってくれ!

アリガトウございマス! 皆サン、とても優しいのデスね

 リーゼさんは大喜びでオレ達のプレゼントを受け取ると、用意していた袋の中にうつしかえた・・・これで、背後のドラムも、ようやくおとなしくなってくれた。

 ごめんよぅ・・・ごめんよ、しろがね。

 オレとアニキは泣きながらドライバーを手にして、通風口をふさぐ金網とファンを取り外して、リーゼさんの・・・ううっ・・・リーゼさんの通る入り口をひらいた。

 そのときだった。

 通風口の内側から、大きな人形が、ひょいと顔をのぞかせたんだ。

10

 その人形こそまさに、しろがねが操るマリオネット、あるるかん。

 いつもの黒服のかわりに、オレ達同様サンタ服を着込んでいる。

 あるるかんは、通風口から顔を出したかと思うと、そのまま屋根によじ登ってきた。

 それだけじゃ、なかった。

「あれぇ、にぎやかだと思ったら、やっぱりみんなだったんだ!」

 ああぁぁっ、その声は・・・勝!

 あるるかんの背中におぶさっていた勝が、屋根の上にあがってきた。

 しかも、勝まで、サンタの衣装に身をつつんでいる。

 いったい、何がどうなっているのやら・・・考えあぐねていたときだった。

 通風口からさらにもうひとりの人影が、鮮やかに跳躍してきて、姿を現した。

「ああっ! しろがねさん!」

 しろがねだ・・・華麗な着地を見せたしろがねもやはり、赤いレオタードをサンタ風にアレンジしていた。う・・・ダイナマイトバディだぜ、しろがね!

「どうしたんだおめえら、その格好は・・・」と、オヤジが二人に聞きかけた。

 しかし、その言葉の終わらぬうちに、勝がいった。

「ああ、みんなも行くんだね。スマイル学園!」

 え、学園にか? ・・・もしかして、おまえ。

「じゃあ、一緒に行こうよ。子供たちに、みんなで配ってあげようよ、プレゼント!」

 プレゼントって・・・あ、嬉しそうに話す勝の後ろで、しろがねが大きな袋を引き上げてきた。

 オレ達は、しばらく返事ができなかった。

「・・・一本とられたようだな」オヤジが、静かにうなずいた。

 ・・・そうっすね。

デハ、行きまショウか」そういって、リーゼさんとドラムが、屋根から飛び降りた。つづいて、オヤジが降りる(オヤっさん、足を折らないでくださいよ・・・トシなんスから)。

「勝よお」オヤジについて降りようとした、アニキが振り返った。「お前のトコにも、サンタさん、来るといいな」

「えっ・・・でも、僕には・・・」ちょっと照れたように少しの間をおいて、勝が答えた。

「僕にはさ、もう、こんなにいるもん・・・」

 短い、沈黙。

 うわっははははっ! うれしいことを言ってくれるじゃねえか、こいつよ!

 オレは、そしてアニキは、勝の肩に腕をかけ、抱きしめた。

 はじめはびっくりした勝も、にっこりオレ達に笑いかけてくれた。

 オレ達は、肩を組んだまま、一気に飛び降りた。

 飛び降りる瞬間、オレはちょっとだけしろがねを見た。

 しろがねは、わずかに・・・ほんの少しだったけど、微笑みをうかべていた。

 まぶしいよ、ホントにきれーだよ。しろがね。

 ・・・いまは、これで・・・じゅうぶんかな。うん。

 気がつけば、雪が、静かに降りはじめていた。

(fin)

(H10.12.2_Y.YASUMITSU)