月光条例オリジナルストーリー
「月光条例施行規則〜第二編 鶴女房〜

 

むかしむかし あるところに てんどうという

くちびるのぶあつい ばんちょうが にゅういんしてました。

てんどうは ゆうめいな はしりやだったのですが

とうげみちで しんでれらと ばとるして やぶれ

くるまを たいはされ おおけがを したのです。

それで こうして びょういんに かつぎこまれたのですが

もともと きたえかたが ちがうので いのちに べつじょうは なくて

びょうしつに みまいにきた しゃていたちと たのしく くらしてました。

 

あるとき てんどうは しゃていたちに むかって

しかし ここも へんな びょういんだな

はこばれたときには ちりょうして もらったが

それっきりで あとのしんさつや かいしんとか ぜんぜんなくて

まるっきり いしゃや かんごふが きやしねえ

いったい どうしたこと なんだろかな と ぼやきました

 

すると てんどうのまくらもとで りんごを むいていた

がんぐろの しゃていが こたえました。

そんなんあたりまえっすよ てんどうさん

おれらのだいじな てんどうさんを

こんなびょういんの まずい びょういんしょくとか

いいかげんな いしゃの いりょうみすとか なんとかで

ひでえめに あわすわけに いかねえじゃないっすか

そうっすよてんどうさん と となりにいた

にきびづらの しゃていが つづけました。

だからおれらが こうしてびょうしつで いちにちじゅう たむろって

いしゃやかんごふを ちかづけねえように がんばってんじゃねえっすか

それだけじゃねえ このへやにいた かんじゃも じゃまだから おいだして

てんどうさんのために こしつに したんじゃないすか

そうすよ てんどうさんのためなら おれら いのちも おしくねえっすからね と

くちぐちに みんなして いいました。

 

そうした しゃていの はなしを きいて

てんどうは くちびるを ふるわせて はげしく いかりました。

てめえらか てめえらの せいなんだな

がんじょうで めったに いしゃのせわにならない おれが

せっかく にゅういんしたって いうのに てめえらが

びじんのじょいとか びじんのかんごふとか びじんのにゅういんかんじゃとかと

であう ちゃんすを つぶしやがってたのか

ゆるせねえ と いって あばれました。

 

すんません かんべんしてくださいす てんどうさん

おい おまえ いまから いそいで びでおやに ぱしって

てんどうさんごのみの きょにゅうの じょいものと

きょにゅうの かんごふものを ごろっぽん かりてこい

と いった しゃていを てんどうは なぐりたおしました。

そんなてんどうさん びでおじゃ だめなんすか

はっ それじゃ まさか まさか おれらに

てんどうさんごのみの きょにゅうの じょいとか きょにゅうの かんごふを

このへやに らちってこいと いうんすか

いくらてんどうさんのめいれいでも そんなはんざいは かんべんっす

と べつのしゃていが くびをふったので てんどうが

おめえらは まともなはっそうは できねえのかと いいながら

そいつの はなのあなに みまいの めろんを ねじくりこもうと してたとき

びょうしつの どあが のっくされました。

 

なんだこら ここは おれらと てんどうさんの びっぷるーむだぜ と

しゃていたちの ひとりが すごんだのを けとばして

てんどうは どあを あけてやりました。

もしかしたら びじんのじょいとか びじんのかんごふとかが

てんどうのために しんさつに きたかと おもったのです。

 

ところが どあのむこうに いたのは

ゆかたすがたの にゅういんかんじゃらしい

ちゅうがくせいか こうこうせいくらいの しょうじょ だったのです。

からだつきが こがらで てんどうの このみと ちがいましたが

それでも ひさびさに みた おんなのこ だったので

てんどうは びみょうに ほほを そめながら

なんだおめえ ここにいったい なんのようだと ききました。

 

すると しょうじょは おどおどした ようすで

あ あの わたし

きょうから てんどうさんの びょうしつに にゅういんすることに なりました

つう と いいます よろしくおねがいします と いって

ぺこと あたまを さげました。

 

てんどうは つうと なのった しょうじょをみて

その ぶあついくちびるを だらりとゆるめ えがおをつくりました。

そうか つうちゃんて いうのか

だがまてよ どっかできいたような なまえだな と いってから

まがおになって かんがえこみました。

つうは ちょっと びっくり して てんどうを みてましたが

ああそうか わかったぞ みやもとむさしの おつうから とったんだな

きっと おやが みやもとむさしの ふぁんなんだな と

てんどうが かってに なっとくして てをたたきますと

そうなんです おとうさんと おかあさんが みやもとむさしの ふぁんなんです

けっして やまのなかで わなにかかった ところを

てんどうさんに たすけてもらった つるのなまえじゃ ないんですよ

と すこし あわてながら こたえて いいました。

 

そっかあ みやもとむさしは おもしれえもんな と てんどうは いいかけて

なんだおめえ わなが どうとかって いま いわなかったか

だいいち なんで おれのなまえを しってんだ と ききました。

つうが びっくりして へどもど してましたが

それよりさきに しゃていが こたえて

そりゃあれっすよ てんどうさん

このへんの はしりやで てんどうさんのことを しらねえやつは もぐりっすからね

と いいますと つうも うなずいて

そうなんです そうなんですよ

けっして わなから たすけてくれた てんどうさんの ことを

その くちびるを てがかりに しらべたんじゃ ないんですよ

はしりやだから てんどうさんのことを しってるんです と いいました。

そうか えへへへ てれるなあ と てんどうが あたまを かきましたが

えっ おまえ めんきょ もってんのか と

ぎもんに かんじて たずねますと

つうは わかりやすく どぎまぎしながら

あ あの えーと その わたしが はしりやじゃなくて

おとうさんと おかあさんが はしりやだからなんです

けっして やまで わなにかかってたからじゃ ないんです と こたえました。

 

つうの くちから もういちど わな と いう ことばを きいて

てんどうの のうりに ある きおくが よみがえりました。

じつは てんどうは しんでれらに くるまを こわされたときに

そのしょうげきで やまの おくに とびこんでしまい

もりのなかを ひとばん さまよいあるいて いたのですが

そのときに こぶとりじいさんの おにたちと さかもりを したり

ほかにも いろいろと へんなめに あってたのです。

そのなかで たしか

わなに かかって ばたばたしてた いっぴきの つるが いたので

かわいそうに おもって わなを こわして

つるを にがしてやったような きおくが あったのです。

そんなあとで いま つうとなのる しょうじょが あらわれたので

なんか つるのおんがえし みたいだな と おもいましたが

けど そのあとすぐに はしりやの わだいに うつったので

かれの のうみそは はしりやもーどに きりかわり

かんたんに なっとくして しまったのです。

 

そうか おやが はしりやってのは すげえな

おやごさんは どんな かすたむかーを あやつってたんだい と ききますと

あ あの よく わからないけど ふつうの くるまです と つうが いいました。

そうか ちゅーんなっぷなしの のーまるかーか

それじゃきっと ましんの せいのうさを てくにっくで かばーしてたんだな

ふうふの はしりやってのなら もしかして

おれらもしってて でんせつになってる だいせんぱいかも しれねえな

なんてなまえか おしえてくれねえか と てんどうは たずねました。

 

え えっと あの それは と しばらく つうは くちごもりました。

ですが すぐに

あっ そうだ このおへや けっこうよごれてますから

わたしが おそうじしましょう と いって そのばを にげて

どこからか ほうきと もっぷと ちりとりと

ごみぶくろと みずのはいったばけつとかと

それから ぽりっしゃーという ゆかみがきのきかいを もってきました。

 

よごれていると いわれて てんどうと しゃていたちは

じぶんらの まわりを みまわしました。

たしかに びょうしつは よごれてました。

ぎょうぎのわるい しゃていたちが すわりこんで

こんびにべんとうやら じゅーすのあきかんやらを ちらかすうえ

そうじのおばさんまでも おいかえして いましたので

だれも そうじをするひとが いなかったのです。

おっすまねえ と てんどうは いってから

しゃていたちに おい おまえらも てつだって そうじしろ

と めいれいしましたが つうは

あっ いえ いいんですよ

よひょうさんの おうちでも よく そうじしてましたから

わたし おそうじは だいすきなんです と いってから

つぶらなひとみで にっこりと ほほえみました。

つうに みつめられた てんどうは ひとつ せきばらいをして

ああ そうか それじゃあたのむ と いいました。

はい と つうは いってから ほら てんどうさん

にんげんの せかいには こんなに べんりなどうぐも ありますし

と いいながら ぽりっしゃーのこーどを こんせんとに つなぎ

すいっちを いれました。

 

いいわすれてましたが

ぽりっしゃー と いうのは びるとかの ゆかみがきにつかう きかいで

まるいぶらしが れこーどみたいに すごいはやさで かいてんして

ゆかを ぴかぴかに みがくのです。

よく わからない ひとは あとで ねっとで けんさくして ほしいのですが

とにかく かいてんする いきおいが つよいので

つかいなれないひとが へたに あつかうと

ぶらしの かいてんのいきおいを せいぎょできずに

とんでもない ほうこうへ はしりだしたり

ほんたいが いきおいづいて まわりだしたり

ての つけられない じょうたいに なるのです。

 

もちろん つうに そんな きかいが つかえるわけもなく

たちまちに ぽりっしゃーは ぼうそうして しまいました。

まわりの べっどとか しゃていとかに はげしく ぶつかりながら

いきおいよく はねあがった ぽりっしゃーが

なぜか べっどのうえの てんどうの かおを ちょくげきし

かいてんする ぶらしが てんどうの かおと くちびるとを

しばらくのあいだ はげしく はげしく みがきつづけました。

きゃーごめんなさいごめんなさい と いう つうの ひめいと

ぐえぐおぐわぐぎゃがぐほ と いう てんどうの さけびと

ぽりっしゃーの がーきゅるきゅるういーーーーん と いう きかいおんが

びょうしつの なかで ひたすら こうさくしました。

 

ようやく ぽりっしゃーが とまって

やっとのこと てんどうの かおから はなれました。

てんどうの かおと くちびるが ぴかぴかに みがかれて

おとこまえが あがったりするなんて まんがみたいなことも とうぜん なくて

ただ あかむけした かおと くちびるとを

てんどうは むごんのまま つうに むけました。

つうは あああ てんどうさんごめんなさいごめんなさい と なみだごえで

ゆかにへたってしまって かおをおおい ないてました。

てめえこのあま おれらのてんどうさんに なんてまねを と

つめよろうとした しゃていたちを てんどうは とめました。

おおつぶの なみだを こぼしながら てんどうを みあげる つうを みると

てんどうじしんが なにもできなく なって しまったのです。

まあおまえら つうちゃんも わるぎがあって したんじゃねえから

と いいますと しゃていたちも

そうすか てんどうさんが そういうなら と なっとくして そして

じゃ ここのそうじは おれらが してやるから

つうちゃんは おとなしく てれびでも みててくれ と いって

てわけして そうじを はじめました。

 

すみませんみなさん と いいながら つうは

てんどうの となりの あきべっどに はいって

てれびの がめんを じっと みつめました。

しずかになった つうに てんどうが しせんをやりますと

つうはまるで うまれてはじめて てれびを みるみたいで

たいへん しんけんな まなざしを してました。

その むちゅうの よこがおを けなげに おもって

しばらく てんどうは だまって つうのことを みつめてたのですが

きがついたのか つうは てんどうを みて

すごいですね あの ちいさなはこのなかに

おおぜいのひとが すんでるんですよ

と いいながら むじゃきに ほほえみかけました。

つうの ことばに いわかんを かんじたものの

その ほほえみのせいで てんどうは いうことばを うしない

てれくさくなって まどの そとへ めを そらしました。

 

そうこうしてるうちに そうじが おわりました。

しゃていたちは いいあせを かいて たっせいかんに ひたってます。

ぴかぴかに なった びょうしつを みて

てんどうもまた すがすがしい きもちに なりました。

それも つうのおかげかなと となりの べっどに めを むけますと

いつのまにか つうの すがたは きえてました。

おい つうちゃんは どこへいった と しゃていに ききますと

あ さっきそとへ いきましたよ といれじゃ ないっすか と こたえました。

 

しばらくして つうが もどってきました。

わあ きれいですね みなさんすごいですぅ と いいながら

てにしていた にもつを べっどのうえで ひろげました。

みると それは まほうびんと ばすけっとです。

ぴくにっくみたいに つうは おさらとか こっぷを とりだしますと

てんどうさん みなさん おそうじで おなかが すいたでしょう

おそうじが できなかった おわびとして

びょういんの おだいどこを かりて おべんとうを つくってきちゃいました

みなさんで めしあがって くださいね と つうは いいました。

ええっ おれらもいいんすか と しゃていたちが ききますと

はい みなさんに たべてもらいたくて いっしょうけんめい つくったんですよ

じつは よみてのせかいのりょうりは よく わからないので

ちょうど あのはこのなかで つくってたのを さんこうにして と いって

つうは びょうしつの てれびを ゆびさしてから

みなさんに たべてもらおうと おもって まねしちゃいました 

と そういうと つうは にっこり ほほえみました。

てんどうはもちろんのこと しゃていどもも どいつも こいつも

おんなのこの てりょうりは いっしょう えんがないと おもってたので

むねに あまずっぱいおもいが こみあげてくるのを かんじつつ

てわけして つうの つくったりょうりを もりつけると

いっただきまーす と いいながら いっきに ぱくつきました。

 

それに あわせて つうは てんどうに むかって

はい てんどうさんも あーん と いって

すぷーんにのせた なにかのりょうりを その くちもとへ はこびました。

てんどうは ええっ そんな てれるじゃねえか と いいながらも

はなのしたを のばし ぶあついくちびるを ひらいて

ぱくっと つうの りょうりを のみこみました。

 

そのちょくごの さんげきについては このばで かたるのも はばかられます。

あまずっぱいおもいとは べつの あまずっぱいものが

みんなのむねに こみあげてきたとか かくと

おしょくじちゅうの ひとたちに わるいからです。

とにかく ひめいと うめきごえとが こうさくし

じごくえずと かした びょうしつで

うすれゆく いしきのなかで てんどうが さいごのちからを ふりしぼり

いったい どんなりょうりばんぐみに こんな くいものが と

てれびにと めを むけますと

そのがめんに うつっていたのは りょうりばんぐみ などではなく

にじかんすぺしゃる げいのうじんばつげーむたいしょうの こーなーの

わかてげいにんたいこうげきまずりょうりじゅうばんしょうぶ だったのです。

それからしばらく てんどうのいしきは とんでましたが

おはなばたけの なかから しんだ おばあちゃんが

こっちへきたらいけん いけんよ と いったので

ようやく かいふくすることが できました。

われにかえると じぶんの からだに つうが とりすがり

てんどうさんごめんなさいごめんなさいおねがいどうかしなないで

と ないているのに きが つきました。

 

てんどうが いきをふきかえしたのに きづくと

つうは かおを あげました。

てんどうは てっ てめえ おれたちを ころすきか

いますぐでてけ でていきやがれ と いおうとしてたのですが

つうが ああよかった てんどうさん と いいながら

てんどうの くびったまに おもいきり だきついてきたので

いおうとしていた ことばを のみこんでしまいました。

もちろん てんどうは おんなのこに こんなふうに されたことが なくて

みみもとから くちびるまで まっかに して

おいよせやめろ みんなが みてるじゃねえかと どぎまぎしながら いいました。

つうは われにかえると きゃっごめんなさいてんどうさん と いいながら

あわてて みを はなしました。

つうもまた どきどきして みみもとまで まっかに なってました。

 

すると ほかの しゃていたちも つぎつぎと いきかえってきたので

あらためて つうは みんなに あやまりました。

ごめんなさい ごめんなさい まさか

みなさんを こんなめに あわせて しまうなんて

わたしみたいな なんにもできない どじっこは

もう このおへやから きえさってしまったほうが いいんです

こんなおべんとうも いますぐ すててしまいます

みなさん ありがとうございました さようなら と いいながら

びょうしつを でていこうと したので

てんどうは あわてて とめに はいりました。

お おい ちょっとまて なにも でてかなくとも と いいましたが

でも でも わたしがいたら みなさんに ごめいわくが

と つうが くびを ふりました。

 

そこで てんどうは はらを くくって

ばか そんなことはねえよ

このりょうりだって じつは とっても おいしくて

それなもんで あ あんまり う うめえんで

それで うれしくて きを うしなってた だけなんだ

だからよ すてるなんて もったいねえこと いわないで

おれたちみんなで たべさせてくれよ と いったのです。

みんなで と いったのが しゃていたちに つたわったとき

その かおに きょうがくの ひょうじょうが うかびましたが

つうが おちこんでるのを みて なんとか なぐさめたくて

そ そうだぜつうちゃん

おれら こんな う うめえもんくったのは はじめてなんだ と

あぶらあせを ながしながらも えがおを つくって みせました。

それで つうは なっとくして

そうだったんですか ごめんなさい わたしったら はやとちりして

ではみなさん おなかいっぱい めしあがってくださいね と

のこりの りょうりを それぞれに よそいました。

 

てんどうと しゃていたちが りょうりを ぜんぶ たべおえた ころには

いつのまにか ひがくれて しまっていました。

さいごの ひとくちを どうにか のみくだすと

しゃていたちは ひとり またひとりと ゆかに たおれました。

だれの くちびるも まっかに はれあがって

みためからして てんどうふぁみりーに なっていました。

おおそうか おめえら そんなに つうちゃんの りょうりが うまかったんだな

あまりの しあわせで てんごくに いっちまったんだなあ と

きをたしかにもって いしきをふりしぼって てんどうが いいますと つうは

てんどうさんに そんなにいってもらえて うれしいです

そうだ それでしたら おやしょくも つくってきましょうか と いったので

いや それはいいぜ と あわてて てんどうは とめました。

ほ ほら つうちゃんの つくったものに なれちまうと

ほかのものが まずくなって くえなく なっちまうからな と いいわけすると

そんなぁ そんなこと ないですよぉ と つうは てれながら

でもそれじゃ てんどうさんへの おんがえしが できなくなって しまいます

と いいました。

おんがえし と いうことばに はんのうできるだけの せいしんてきよゆうが

いまの てんどうには なかったので なんとなく ききながしてますと

つうは おもむろに おもいついて

あっ そうだ わたし てんどうさんのために

まふらーを あんで いいですか

わたし はたおりとか あみものが とくいなんです と いいました。

 

まふらー と きいたしゅんかん

てんどうは りょうりのくるしみもわすれて にやつきました。

もちろんてんどうは おんなのこから てあみのまふらーなんて

いっぺんも もらったことなど なかったのです。

だから まふらーという ことばを きいただけで まいあがり

それでも みかけは へいせいを よそおって

おお そうか それはうれしいな と こたえました。

よかった では さっそく あみますね と つうは いって

となりのべっどに もどると べっどのかーてんに てを かけました。

そこで つうは こういいました。

ひとつだけ おねがいをして いいですか

わたしは こんやひとばん あさまで かけて

てんどうさんの まふらーを あみますが

どうか わたしが あみものを している あいだ

けっして そのようすを のぞいたりしないで くださいね

なんだ そんなことか と てんどうは うなずいて

あんしんしな のぞきなんて ぜったいに しねえからよ

と こたえますと

つうは あんしんした かおをして

それじゃやくそくですよぉ と いいながら

ちいさな てを ゆびきりに さしだしました。

だから てんどうも こゆびを のばして

ゆびきりげんまん と うたって やくそくしました。

 

それから つうは べっどの かーてんを しめて

そのなかに すがたを かくして しまいました。

そうこうしてるまに しゃていたちが ふっかつし

あれっ つうちゃんは どうしたんすか と きいてきたので

てんどうが じじょうを はなして やりますと

げげっ てんどうさん てづくりのまふらーっすか

うらやましいっすよ ひゅーひゅー と はやしたてました。

てんどうは ばか と てれかくしに そいつらを なぐりたおしながら

つうの かーてんのとじられた べっどにと めをやりました。

みみをすますと かーてんの むこうから

あみめをかぞえる つうの こえが きこえてきました。

 

よるもふけて まよなかに なりました。

てんどうと しゃていたちは てれびを みたり

ちゅーんとか かすたむかーの はなしを したり していました。

はなしをしながらも てんどうは ときどき

となりのべっどの ようすを ちらちらと うかがっていました。

それに きがついて しゃていたちが

てんどうさん つうちゃんが きになるんすか

そんなに きになるんなら すきまから のぞいたら どうっすか と

くちぐちに いいました。

ば ばか そんなこと するはずねえだろ

おれはなあ つうちゃんと ゆびきりまでして

のぞかねえって やくそくしたんだから と てんどうが いいますと

まじっすか けどてんどうさん のぞくなって いわれたら

のぞきたくなるのが にんげんって もんでしょう

つうちゃんだって ほんとは てんどうさんに

のぞいてもらいたがってるかも しれねえっすよ と しゃていが こたえました。

てんどうは そいつを けりたおして

ばかやろ おとこが いったん くちにだして

のぞかねえって やくそく したんだぜ

おとこは やくそくを いのちがけで まもらなきゃ ならねえんだ

と いってやると けられた しゃていは

ううっ まじかんどうしたっす てんどうさん

やっぱりてんどうさん おとこっすね

わかりました それじゃおれらも てんどうさんに したがって

つうちゃんとの やくそくを まもります と なきながら いいました。

そして みんな かーてんのしめられた べっどを みまもることに したのです。

 

ところが ようすを うかがうと

さっきまで なかから きこえてた つうのこえが まったく しなくなって

しずまりかえって しまったのです。

あんまり しずかだったので きになった てんどうが

つうちゃん と こえを かけましたが

なんの はんのうも かえって きませんでした。

て てんどうさん なんか やばくないっすか と しゃていが いいました。

ちょっと ようすをみたほうが いいんじゃないすか と

べつの しゃていも いいました。

けれども てんどうは くびをふって

ばかをいえ そんなこと できるかよ と いいました。

けどもしかして なんかのほっさとかで たおれてたら と

べつの しゃていが いいました。

ば ばか ふきつなことを いうんじゃねえ と

てんどうは こえを ふるわせながら

となりのべっどの ようすを うかがいました。

しゃていたちも きにはなって いましたが

かーてんから むこうの けはいが まったく しなくなってました。

 

よ よし こうなったら おれが てんどうさんのかわりに と

がんぐろの しゃていが かーてんに てをかけようと したので

あわてて てんどうは そいつを けりたおしました。

ばか なんてこと しやがんだ と てんどうが どなりますと

だって つうちゃんが しんぱいなんすよ

てんどうさんが つうちゃんと やくそくして

なかを のぞけねえって いうのなら

このおれが わるものになって ようすをみるしか ねえんですよ

と ひとみを うるませて しゃていが いいますと

ばかやろう この てんどうを みくびるんじゃねえ

おれが しゃていを わるものにするやつだと おもうのか

もし やくそくをやぶるなら このおれみずから やぶってやる

だがいまは とにかく かのじょを しんじるしか ねえんだよ

だから おめえらは へんなきづかいを したり

よけいなこと したり するんじゃねえ

と てんどうが いいますと

うわあああん てんどうさあああん と

しゃていたちが てんどうに なきながら すがりつきました。

それを だきしめて てんどうは ぶあついくちびるを つよく かみしめ

こころにうずまく かっとうに たえながら

ただただ となりのべっどのようすを うかがっていました。

 

やがて ひがしのそらが あかるくなり

たいようの ひざしが びょうしつに さしかかりました。

おっ よあけだ あさがきたー と しゃていが さけびました。

ついに てんどうと しゃていたちは ひとばんじゅう いっすいも せず

つうとの やくそくを まもりとおしたのです。

てんどうさん おれら やったんすね ぐすっ と

しゃていたちが はなをすすったり なみだをぬぐったり してました。

ああ そうだ おめえら よくがまんしたな と いう てんどうの めにも

うっすらと なみだが うかんでました。

いまや てんどうと しゃていたちとは

きょうつうの もくてきを たっせいした かんどうで

いっそう れんたいが つよまって いたのです。

てんどうは なみだを てで ぬぐって

べっどのかーてんの むこうにいる つうに

つうちゃん あさだぜ もういいかい と こえを かけました。

 

つぎのしゅんかん かーてんの むこうから

きゃっ わたしったら なんでねちゃったのよぉ

やだー ぜんぜん あみものが すすんでないじゃないのぉ と

びっくりしている つうの こえが したかと おもうと

なかから かーてんが いきおいよく ひらかれました。

 

ところが なんと なかから でてきたのは

つうの にんげんの すがたでなく

いちわの しろい おおきな つるだったのです。

あみかけの まふらーを てに いや はねに もったまま

すっかりあわてて ぱにくって しまって

びょうしつじゅうを ぱたぱたと かけまわって

それから てんどうに きがついて

ごめんなさいごめんなさいてんどうさん

ゆうべのうちに かんせいさせる つもりだったんですが

うとうとしちゃって きがついたら あさに なってたんですぅ

あ あの きょうじゅうに できあがりますから

もうちょっとだけ まってて もらえますか

それであの おねがいなんですけど それまでのあいだも

やっぱり のぞかないでくれると やくそくしてもらえますか

と ここまで しゃべったときに

みんなのしせんや ふんいきが なんとなくちがうと きがついて

つうは あたりを みまわしてから

それから ふと おもいついたように

はねで じぶんのからだを あれこれと さわってみました。

ほそくて ながい くびとか くちばしとか あしを さぐって

それだけでなく おのれの はねを みて

ようやく じぶんの すがたに きがつくと つうは いきなり

いやああああああ と ひめいを あげました。

ひどい ひどいです てんどうさん

あれだけ のぞかないでって やくそくしたと いうのに と いいました。

いや のぞいてねえし と てんどうたちが

こえを そろえて つっこみを いれますと

そこでようやく つうは れいせいさを とりもどして

え あ ああ そうでしたね ごめんなさい と あたまを さげました。

 

あの その おきづきに ならなかったことでしょうが

じつは わたしは おとぎばなしの 

つるにょうぼうの せかいにすむ つる だったのです。

あおいつきの ひかりに むうんすとらっくされて

こんな どじっこに なってしまって

おせんたくものを ぜんぶ かわへ ながしたり

はたまた はたおりきを ばくはつさせたりしたので

よひょうさんに このやくたたず と うりとばされそうに なって

よみての せかいへ にげて きたのですが

やまのなかで わなに かかってしまった ところを

てんどうさんに たすけて もらったのです。

その おんがえしに てんどうさんの やくに たちたくて

にんげんの すがたになって こちらへ きたのですが

こうして しょうたいを しられた いじょう

これいじょう ここにとどまることも できなくなって しまいました

おいちょっとまて と てんどうが とめましたが

てんどうさん みなさん ほんとうに ありがとうございました

わたしみたいな どじでのろまなかめに ちがった つるに

あんなにやさしくしてくれて とても うれしかったです

と そういって つるは びょうしつの まどべに あゆみよると

そこで おおきく つばさを ひろげ まどのそとへと はばたきましたが

いかんせん かんじんの まどが しまった ままだったので

つるは がらすに あたまを ぶつけ

そのばに うずくまって しまいました。

 

おい あ お おい だいじょうぶか と

てんどうが つるに ちかよりますと

つるは やっと きがついて おきあがると

ひええーん わたしったら どこまで どじなんでしょう

こんなに どじどじじゃ ここを はなれても

たちまちに わしや くまや おおかみや らいおんに たべられたり

さもなければ にんげんに つかまって みせものに うりとばされちゃいます

ふえええええん と なくものですから

ああ つうちゃん なくんじゃないよ と しゃていたちも あつまって

みんなして つるのことを なぐさめました。

まあ なんだったら このままずっと

ここで くらしてても いいんじゃねえの と てんどうが いいました。

 

えっ ここでくらして いいんですか と つるは ききましたが

やがて はげしく くびをふって

だ だけど やっぱり だめなんです

むうんすとらっく されたまま ほんの そとの せかいに

いつかいじょう とどまっていると

つるにょうぼうの おはなしごと

でぃすあぴあ されて しまうんです

みなさんも わたしのことを わすれて しまうんです

ああ げっこーじょーれーの しっこうしゃさまも さがしても みつからないし

しっこうしゃさまか ほかのひとに なぐられないかぎり もとに もどれないし

このまま でぃすあぴあするまで どじっこの ままなんですね しくしく と

はねでめもとを ぬぐいながら ないておりました。

 

むうんすとらっくとか げっこーじょーれーとか でぃすあぴあとか

てんどうにとって つるの いうことは ほとんど りかい できませんでしたが

とにかく たいへんなことに なるらしいと わかったので

そ それじゃいったいどうしたら と いいかけて

おい いま だれかになぐられなくちゃ もとに もどれねえと いったな

そりゃ どういうことだ と つるに たずねました。

ええ ですから げっこーじょーれーの しっこうしゃさまか

ほかのひとに ちからいっぱい なぐってもらえないと

わたしは もとのつうに もどれないんですよ しくしくしく と

つるが なきつづけていますと てんどうが

だからその なんとか いがいのひとに なぐられても もとへ もどれるのか

と かさねて たずねました。

そうなんですよ げっこーじょーれーの むかしの はんれいに よりますと

しっこうしゃさまいがいの にんげんが

おとぎばなしのねじれを ただそうとする つよいおもいを こめて

こんしんの ちからで なぐったら

むうんすとらっくが なおったという ことが あるそうです

と つるが こたえました。

 

すると てんどうは ようやく りかい できたのか

おまえの いうことは よく わからねえが

とにかくだ ようするに おれらが なぐっても

おまえは もとにもどれる と いうのかよ と たずねました。

そうきかれて つるは しばらくだまって かんがえこんでましたが

やだ わたしったら なんで いままで きがつかなったんでしょう

そうなんです おねがいです てんどうさん

わたしのことを ちからいっぱい なぐってください と いって

てんどうへ ほほを さしだしました。

 

そうかそうかと てんどうは こぶしを かためましたが

むていこうの つるを なぐるのは さすがに きが とがめ

な なあ あのな なぐるんじゃなくて かわりに

しっぺとか でこぴんじゃ だめなのか と ききました。

そ そんなよわいのじゃ いけないんです

わ わわ わたしなら ぜんぜん いたく ありませんから

わたしのことは きにしないで

でんしんばしらや おじぞうさまだと おもって ぽっかり やってください

で でもでも できましたら

あんまり いたいのは よしにしてください と つるは いって

そのまま めを かたくつむって

そのはねで かおを かばうように おおいかくすと

ちいさなからだを ちぢこませ かたかた かたかた ふるえながら

さ さあ てんどうさん はやく と いいました。

 

ようし わかったぜ と てんどうは いうと

しゃていたちに むかって おい おまえ

とっとと このつるを なぐっちまえ と めいれいしました。

げげげげげ てんどうさん まじっすかー

おれらだって そんなひでえこと できないっすよー と いって

しゃていたちも いっせいに くびを ふりました。

やかましい おれのいうことが きけねえのか

いまなぐらなくちゃ つうちゃんが たいへんな めにあうんだぞ と

てんどうが しゃていたちの むなぐらを つかんで いいましたが

けどてんどうさん ゆうべ てんどうさんは おれらに 

おれが しゃていを わるものにするやつだと おもうのか

って いってくれたじゃ ないっすか

いってることと やってることが ちがうんじゃないすか と はんろんすると

ばかやろう あれはあれ これはこれだ

へりくついってねえで さっさと なぐっちまえ と

しばらくの おしもんどうの すえ

ついに かくごを きめた がんぐろの しゃていが

わかりました おれが やりたくないけど やりますよ と いいながら

こぶしを にぎりしめて つるのそばへ ちかよりました。

 

つるは びくっと からだを すくめ

きゅっと めをつむって かたかた ぶるぶる ふるえてました。

そのそばで にんそうの わるい がんぐろが

はあー と こぶしに いきを はきかけますと

いきなり てんどうが かけよって

ばかやろう かわいそうなこと すんじゃねえよ と いって

がんぐろのかおを めがけて とびげりの いちげきを かましました。

はなぢを ふきちらして がんぐろは ゆかに ころがって

ころがりながら よのなかと いうものは いかに

むじゅんと ふじょうりにみちたものなのか と おもいをめぐらせましたが

それでも つるを なぐらずにすんで ちょっとだけ よかったと おもいました。

 

だいじょうぶか つうちゃん よしよし こわいめに あわせたな

もう あんしんしろ だれにも ゆびいっぽん ふれさせねえからな と

てんどうは つるのてを じゃなくて はねをてにして いいました。

つるは てんどうさん と つぶやきましたが すぐに

だ だけど だめなんです

だれかに いちげきされないと わたしは ねじれたどじっこのまま

でぃすあぴあして つるにょうぼうのおはなしごと きえてしまうんです

そ そうしたら せっかく やさしくしてれた てんどうさんも

わたしの わたしのことなんか すぐに わすれて しまうんですよ

と いって あたまを はげしく ふりました。

 

わすれやしねえ ぜったい ぜったい わすれるもんか

そういうと てんどうは つるの からだを つよく だきしめました。

あの めいわくで とらぶるめーかーで どじどじで

だけど おれみたいな ろくでなしのことを おもってくれて

いっしょうけんめい べんとうや まふらーを つくってくれた つうちゃんを

おれらは ぜったいに わすれねぇ わすれるはずがねえだろ

と てんどうが つづけますと

てんどうさん うれしい と ひとこと いって

つるは まるで てんどうのことを だきかえすようにして

そのはねを そっと てんどうの せなかに のばしたのです。

 

その とき。

いきなり ごうおんが ひびいたかと おもうと

びょうしつの とびらに たてつづけて じゅうだんが うちこまれました。

はんしゃてきに てんどうは みんなふせろ と さけび

だいていた つるを かばうように へやのすみへ ころがりました。

うわあっという しゃていたちの ひめいが ひびきました。

ぶじか と てんどうが さけびますと

ええだいじょうぶっす と しゃていたちが こたえました。

つるのからだにも きずひとつないのを たしかめると

てんどうは みをおこして べっどのかげに はしりより

そこから たまのとんできた どあの ほうへと めをやりました。

あなだらけになった とびらが ゆっくりと ひらくと

おおきな くろい かげが すがたを あらわしました。

 

そのかげを みると つるが びっくりして

よひょうさん と さけびました。

それは きょだいな りょうしでした。

ただ にんげんばなれした かおつきで くちが みみまで さけていて

そのうえ その めには あやしい ひかりが やどってました。

そして みぎてには なぜだか げんだいの きかんじゅうが にぎられてました。

うーじーのきゅうみりさぶましんがん と てんどうは

りくじょうじえいたいれいんじゃーぶたいじこみの ちしきで みぬきました。

よひょうと よばれた その りょうしは

びょうしつを ひとめぐり みわたすと

やっとみつけたぜぇ つうよ と いって したなめずりを しました。

 

あ て てんどうさん

ありゃあ いったい なんなんすか と しゃていが たずねました。

そ そそそりゃあ よひょうといやあ

たしか つるのおんがえしの おとぎばなしで

つるをたすけた りょうしのことじゃ なかったっけ

と べつの しゃていが こたえますと

そんなことわかってる だから そのよひょうが

なんで あんな ばけものに なっちまったんだよ と いったところで

またしても じゅうだんが なんじゅっぱつも うちこまれ

うひゃあああ と しゃていたちが よけました。

 

じゅうこうから たちのぼるけむりを ふっと ふきけして

どうだ よみてのせかいの てっぽうは

おれらの ひなわじゅうより ひゃくばい つかいいいぜ と

よひょうは つづけて いいました。

まわりを むしして つうに ちかより

さがしたぜ てま かけさせんじゃ ねえよ

おめえみたいな どじやろうの つるの ばけものは

とっとと はくせいにして うりとばし

ばくちだいの たしに なりゃ いいんだよ

ほら こいよと いいながら つるの からだを つかみました。

いやああ やめて よひょうさん

おねがいだから むうんすとらっくされるまえの

やさしい はたらきものの よひょうさんに もどってください

と つるが いいましたが

うるせえ と よひょうに いいかえされました。

むうんすとらっくの おかげで

あんな へいこらしてた じぶんに おさらばできたんだ

これからは おもしろおかしく くらして やるんだぜ と

そういってから よひょうは げらげらげらげら わらいました。

 

たかわらいする よひょうの まえに

ぬっと てんどうが たちふさがりました。

んだ てめえは と よひょうが いって

じゃますっと はちのすにして うちころすぞと すごみました。

しかし てんどうも ひるまずに 

ぶあつい くちびるを ゆがめて がんを とばし

んだとこら てめえみたいな みかけだおしが

この てんどうさまに かてっと おもってんのか と いうと

つるを つかんでたうでに まわしげりを くわえました。

いたさに よひょうが てをはなした すきに

てんどうは つるを たすけだして にげろ と いいました。

すきを つかれた よひょうは いかりくるい

てんどうに むけて さぶましんがんを らんしゃしました。

ゆかのうえを ころがり てんどうは たまをよけて

べっどのかげに みをひそめると こんどは

そのしたを くぐって よひょうに とっしんしました。

 

しかし よひょうも さすが ぷろの はんたーで

てんどうの けはいを たちまち かんじとり

べっどのしたへ むけて じゅうを うちました。

ゆかにはねかった たまが てんどうの からだを かすり

てんどうは おもわず くちびるを ゆがめました。

この くちびるねずみが と よひょうは わらって

まずは てめえを かたづけてから あとで ゆっくりと

つうのことを りょうりしてやるからな と いいました。

 

そのときです。

びょうしつのなかの べつの べっどの かげから

うおー おめーのあいては このおれたちだぞー と

しゃていたちが みを おどらせて さけびました。

こえをきいて よひょうは じゅうこうを むけると

しゃていたちに むけて らんしゃしました。

うひゃああと ひめいをあげて しゃていたちは にげましたが

しばらくすると また べっどから でてきて

どうしやがったこしぬけ おれたちは こっちだぜー と

よひょうのことを ちょうはつ しつづけました。

 

な な なにしてんだおめえら

あぶねえぞ はやくここからにげろ と てんどうが さけびますと

しゃていたちは みずくさいっすよてんどうさん

おれら いちどは つうちゃんのりょうりで しにかけたんすよ

そうっすよ いまさら いのちなんて おしくねえっす

だから あの ばけものを はやくやっつけてくださいよ てんどうさん

どうした どうした おにさんこちら などと くちぐちに いいました。

お おまえら と いいかけた てんどうでしたが

それいじょうの ことばが つづきませんでした。

てんどうは ぶあついくちびるを ちからいっぱい かみしめると

よひょうにむかって とびかかりました。

よひょうは あわてて じゅうを てんどうに むけましたが

てんどうのほうが いっしゅん はやくて

てから さぶましんがんを たたきおとしました。

よひょうは とっさに ゆかにおちた じゅうを ひろおうと しましたが

そのからだが ちゅうにういたかと おもいますと

そのまま いきおいよく ゆかに たたきつけられました。

 

てんどうは よひょうの からだを ひきおこして いいました。

おい このでぃーぶいやろう

さっきおめえは つうちゃんのことを ばけものあつかいしたが

それならおめえは ばけものにもならねえ ただの かすだ

つうちゃんの しあわせのためにも

ぜったいに てめえだけは ゆるせねえ と

てんどうのこぶしが うなり

よひょうの がんめんを ちょくげきしました。

 

てんどうに なぐられた よひょうの からだは

いきおいよく びょうしつを とびました。

ところが うんの わるいことに

その とんでいった さきに つるが いて

わっやべえ と てんどうたちが おもったときには すでに おそく

きゃああああああ と いう ひめいと ともに

つると よひょうは いきおうよく ぶつかって

つるのからだは よひょうのきょたいの したじきに なってしまいました。

だだ だいじょうぶかつうちゃん と あわてて みんなが かけよりますと

つるは めをくるくるまわして きぜつして しまって いました。

 

わっ わー こりゃ たいへんだ

びょういんだ きゅうきゅうしゃに でんわしろ と

じぶんらが びょういんにいるのわすれ とりみだしてますと

とつぜん つると よひょうの からだとが

ぼんやりとした ひかりに つつまれました。

な なんだこりゃ と てんどうが つぶやいたとき

いきなり ひかりが まばゆくなって

いっしゅん おもわず めを つぶってしまいました。

やがて めを ひらいた ときには

てんどうたちの まえに ひとくみの だんじょが たってました。

 

ひとめみて それが

つうと よひょうなんだな と てんどうには わかりました。

よひょうは さっきの きょうあくな おもかげは なくて

たよりなさげな わかものの すがたでしたし

そして つうはと いうと

すらっとせがたかく きひんがあって すずしげで

そのうえ むねも おおきい おとなの じょせいに なっていました。

あ あ つう       さん と いう

てんどうの こえは かすかに ふるえてました。

つうは てんどうをみると なごやかに ほほえんで

しずかに そして ふかぶかと あたまを さげました。

てんどうさま あなたの おかげをもって

よひょうともども むうんすとらっくのじゅばくから

こうして のがれさることが できました。

あなたさまの こんしんの いちげきが

わたくしと よひょうに どうじに さようしたのです。

おかげを もちまして わたくしも

あのような みぐるしき すがたから もどることが できました。

てんどうさまと ごしゃていさまがたの みなさまがたの

つよく そして おやさしき こころねには

ひつぜつに つくしがたき かんしゃのねんに たえません。と

つうは かたりかけるように れいを のべました。

 

はなしの とちゅうから てんどうの くちびるが

ぴくっ ぴくっと けいれん してましたが

てんどうは つうが あいさつを おえるや いなや

おい おまえ あのような みぐるしい すがたと いったな と

つうに むかって ききました。

たずねられた つうは すずしい かおで

さようにて ございます いまに おもっても われながら

もう みぐるしうて はずかしうて と かおを そむけて しまいました。

 

てんどうは そうか と ひとこと つぶやいて

どーってこと ねえんだよ とだけ いうと

てんどうは くるりと せなかを むけました。

つうは その てんどうのせなかに むかって なおも かたりました。

むうんすとらっくが おわった わたくしどもからも

また しっこうしゃさまの じょりょくなく たたかった あなたがたからも

いつしか きょうの きおくは きえゆくことと ぞんじますが

ですが つるにょうぼうを まもってくださいました

あなたさまと ごしゃていさまがたとの いさおしは

つるにょうぼうの ものがたりが かたりつがれることによって

とこしえに のこされてゆくもので ございます。

どうか きょうのできことを おわすれになっても

いつまでも すえながく しあわせに くらしてくださいませ。

と つうが いうのを ただ てんどうは

まるで べつのせかいの できごとのように きいてました。

わりこむように すまねえことさしただ かんにんだぁ と

よひょうの あやまるこえが きこえましたが

てんどうには やはり いみのない ことばの ようでした。

 

それではみなさま おたっしゃで と いうと

つうと よひょうの からだが まぶしく ひかって

びょうしつの まどの そとへと とんでゆきました。

てんどうは ふりかえりもせず

ただ くちびるを かみしめて おりましたとさ。

 

     *     *

 

 陽は傾き、まもなく沈もうとしている。

 天道はベッドに半身を起こし、暮れゆく街の景色に眼をやっていた。

 周囲にたむろする舎弟たちは、中身のない話に笑っている。

「おい」

 側にいた色黒の舎弟に、彼は声を掛けた。

「なんスか天道サン」応えて訊ねる。「ジュースでもパシってきましょうか?」

「いや……」

 そこでしばらく天道は口ごもったが、やがて、続けた。「つう……つうは、幸せになったのかな」

「……つう? えっ? 何ですか?」

 お前も、忘れたのか。

「やだな天道さん、またおとぎばなしっスか?」別の舎弟が言葉を継いだ。「どうしちゃったんすか? さっきから『鶴の恩返し』の話ばっかして」

「あっ、オレにも訊きましたよね。鶴が最後どうなったかって」

「何なら、待合室からでも絵本をパクってきましょうか?」

「いや、いい……」天道は顔を上げた。

 病室には、何もない。

 ポリッシャーも、バスケットも、夥しい銃弾が撃ち込まれたはずのドアさえも。

 何の変哲もない、他に誰もいない病室に、西日が射し込んでいた。

「何度訊かれても同じっスよ」舎弟が続けた。「よひょう、でしたっけ……男が、絶対見ちゃいけないってのを覗いたから、そんで正体がバレて、鶴が逃げちまうんスよ」

 天道は応えなかった。

「けどよぉ」色黒が割り込んだ。

「覗くなって云われたってよぉ……てか、覗くなって云われたら逆に覗きたくなるよなぁ」

「そうだよな、わざわざ覗くなって云う方が変だよなぁ……普通、覗くぜ?」舎弟たちが笑った。「それが人間ってもんスよねぇ、天道サン」

「いや」

 低い声で遮るように、天道は云った。

「えっ……?」

 窓の外に眼をやって、それから彼は続けた。「おめえらは、覗かなかったぜ」

「……へっ? 何のコトっスか、天道サン?」

「いや、なんでもねえ」

 と、それきり口をつぐんで、天道は隣のベッドに眼をやった。

 開け放たれたカーテンは、もう揺らぎもしていない。

 そこで、ベッドの上に何かあるのに気づいた。

 自ら起き上がり、手を伸ばす。

 半分シーツの陰になっていたそれを掌に取った。

「……!」

 声にならない驚きに、舎弟たちが一斉に振り向いた。

「どうしました、天道サン?」

 応えず、天道はベッドに戻った。

「あっ、編み物じゃねえっスか」

「前の患者の忘れ物かな」

「隣のベッドって女でしたっけ?

 それは……毛糸の固まりと編み棒だった。

 誰かが途中で投げ出したような、中途半端な編みかけであった。

 天道は指を伸ばし、編み棒と、毛糸とに、ゆっくりと触れた。

「けど、ヘタクソっすよねぇ……この編み方は」

「ヘタクソでもいいよ。いっぺんもらいてぇよなぁ」

「けっ、オメー……手編みとか、もらったことねぇのかよ?」

「そういうテメエはどうなんだよ? その顔で?」

んだと、ヤんのかコラ!

 編み目が粗く、ところどころ不揃いであるのは、作り手の不器用さを物語っている。

 そこで、編み目を触る指先に、幽かな違和感を感じた。

 毛糸の手触りとは、違う。

 しばらく、考えた。

 やがて、

 それが……何かの、鳥の羽の感触と気がついたとき、

 天道は、その出来損ないの編み物を胸にかき抱いていた。

「つう……!」

「……えっ?」

 舎弟たちの眼が集まるのも、気にならなかった。

 

 夕日が傾き、やがて、消えてゆく。

 

 しかしそれでも天道は、病室のベッドの上、身じろぎひとつしようとしなかった。

 

     *     *

 

 それからと いうもの てんどうは

 きんじょのほんやで かってきた あみものの ほんを よみながら

 あみかけの まふらーを こそこそと あんでました。

 しゃていどもやら げっこうとかに みつからぬよう きをつけながら

 あみかたを いっしょうけんめい べんきょうして

 なんとかして まふらーを かんせいさせようと してました。

 いったい どうして こんなへんなことを してるのか

 いつのまにか てんどうも りゆうを わすれてしまったのですが

 とにかく かんせいさせなくては いけないと いう

 つよいおもいに せっつかれて いるのです。

 ですが もともと なれないことのうえ おもったより むずかしく

 なかなか おもいどおりの きれいな まふらーに なりません。

 

 しかも まずいことに あんでるところを いっすんぼうしに のぞかれて

 うわあああ くちびるが あみものに とりつかれておるぞ

 これはおそらく くちびるが むうんすとらっくされたか

 さもなくば しんでれらの たたりに ちがいないと さわぎたて

 あっというまに げっこうや なかまに しられて しまいました。

 よう あみものだいすき てんどうちゃーん と げっこうに ばかにされ

 てんどうが いかりくるって らんとうになる まいにちが つづいています。

 

 けれども はちかづきだけは そんな てんどうを ばかにしないで

 まるで じじょうを しっているのかのように

 やさしく ほほえみながら みまもっていたと いうそうです。

 

 めでたし めでたし。

 

(fin)

 

(H20.9.7_R.YASUOKA
(Besed_on_Comic,
('Moonlight_Act'
(by_KAZUHIRO_FUJITA)

 

おことわり:
 本作は、藤田和日郎氏原作『月光条例』をモチーフにしたパロディです。
 文中登場する、あるいは想起されるいかなる人物、団体、事件、場所、昔話その他も実在のものとは全く無関係です。