月光条例オリジナルストーリー
「絶筆」

 

すまない。

ぼくは、弱い男だつた。

「月打」されたおまへの御伽話を、

守れさへできなかつた。

すまない。

 

あれから幾歳、

病に冒され床に臥すぼくも、

間もなくこの世界から消へるだらう。

 

ぼくがおまへでできたことは、

ねじれて消えてしまつたおまへの物語を、

歪んで消えてしまつたおまへの御伽話を、

この手で書き残すことだけ。

 

いつか、いつか、

数多の昼と夜とを重ね、永劫の時を経て

ぼくの書いた物語が、新たな御伽話となれば

果たしておまへは甦るだらうか?

 

おまへの優しさ、思ひやり、

その愛しきいたづらな瞳。

ちよこまか揺れる小さき尻尾。

ぼくが書いたおまへの姿が、

母から子へ、孫へと語り継がれるやうになれば、

再びおまへは、あの世界に生を受くのだらうか?

 

信ずるしかあるまひ。

それが、

弱かつたぼくにできた、ただひとつのこと。

 

この本を鉢かづきに託す。

いつか甦るであらうおまへに

ぼくの言葉を伝へるために。

 

すまない。

そして、

おかへり、ごん。

 

 * * *

 

昭和18年、新美南吉没。享年29歳。

末尾に書き込みのある『ごんぎつね』は、

今も鉢かづきが持っているはずである。

 

(fin)

 

(H20.6.25_R.YASUOKA
(Based_on_Comic,
("Moonlight_Act"
(by_Kazuhiro_Fujita)

 

おことわり:
本作は藤田和日郎原作「月光条例」を元にしたフィクションです。
登場する、あるいは想起される一切の人物・団体・事件・童話その他はすべて実在のものとは無関係です。