鬼切丸オリジナルストーリー
「封鬼の章<後編>」
主な登場人物
鬼切丸の少年(学生服の少年。常に日本刀を携えている)
高坂将人(事故担当の保険調査員・元刑事)
高坂亜弓(高坂の妹。1年前に殺人事件で死亡)
刑事・警官たち
滝山(殺人事件の犯人)
弁護人・検事・裁判所の職員たち
翡翠丸(封じられた伝説の悪鬼)
小山内鈴香/鈴鹿御前(伝説の鬼姫。人間に転生、女子高生として暮らす)
将人N「・・・また、同じ夢を見た」
(夢の中の出来事として描かれる、将人の回想。
(将人と亜弓、兄妹二人きりの朝食の風景)
将人「あっははは・・・考えすぎだよ、気のせいに決まってるって♪」
亜弓「本当だってば! 夕べだって家の前まで・・・」
将人「その変な男がつけてきたっていうのか? おいおい」
亜弓「・・・ねえ、お兄ちゃん。今夜・・・早く帰ってこれない?」
将人「バカ、今夜は当直って言ったろ? そういうのをな、自意識過剰っていうんだよ・・・(席を立ち)ごちそうさま」
亜弓「ちょっと待って・・・信じてよ、お兄ちゃん!」
将人「(笑顔で)じゃ、行ってくるぜ。洗い物お願いね」
(場面かわる。U警察署捜査課、夜勤中の将人ら刑事達。
(デスクの電話が鳴る)
将人「はい、こちら捜査課・・・敏腕刑事の高坂です」
電話の声「おっ・・・お兄ちゃん! 助けてっ、助けてよ!」
将人「あ・・・亜弓か! どうしたんだ・・・」
電話の声「あいつが・・・あいつが、庭から家に・・・ガラスを破って・・・きゃあああ!」
将人「亜弓・・・亜弓ッ! おい!」
電話の声「(ツーッ、ツーッ)」
(場面かわる。将人の家、玄関)
将人「(飛び込む)亜弓ッ!」
(飛び込んだ将人、玄関先に倒れる亜弓を見つける。
(亜弓、衣服を引き裂かれ体を滅多刺しにされている)
将人「あ・・・・・・」
(将人、亜弓の体を抱き起こす。
(おびただしい血にまみれた亜弓、すでにこときれている)
将人「(呆然と)あ・・・あ・・・あ・・・」
(家の中にひそんでいた人影、台所の窓から庭へと出る。
(その気配に気づく将人。
(それに重なるように、ニュース番組の映像とアナウンスが流れる)
(場面かわり、夜の路地。
(必死に逃げる犯人・滝山とそれを追う将人)
将人「(怒りの形相で)・・・てめえか、てめえが亜弓を・・・」
滝山「(ナイフを構えて)くっ・・・!」
(滝山、振り向きざまに将人に切りかかる。
(将人、滝山に飛びつき左正拳で殴り倒す。
(ナイフ、音をたて地面に落ちる。
(転がった滝山に激しく蹴りをくわえる。
(刑事1ら刑事・警官ら、将人に追いついてその体を押さえようとする)
刑事1「(将人を抑えて)高坂・・・よせっ、やめんか!」
将人「(蹴り続けて)よくも・・・よくも亜弓を!」
(刑事たち、必死の制止の末将人を引き離す。
(滝山、傷だらけになったまま地面に倒れている)
将人「(もがいて)チキショウっ・・・許せねえ、殺してやる!」
(将人、刑事たちを振り払うと再び滝山につかみかかる。
(倒れるのを引き起こし、その顎に掌底の一撃を見舞う。
(衝撃に顎を砕かれ、そのまま昏倒する滝山。
(背後に聞こえるサイレンの音)
(場面かわる。将人の拳銃と手錠、警察手帳と退職届のカットイン。
(それにつづいて刑事1の回想)
刑事1「・・・そうか、どうしても辞めるのか・・・。
「知り合いの会社で調査員を探してる・・・どうだ、やってみんか?」
将人「・・・・・・!」
(将人の部屋、夢から覚めた将人飛び起きる。
(将人の頬には翡翠丸に襲われた傷跡、大きな絆創膏が貼られている)
将人「(息荒く)・・・また、あの夢か・・・」
(将人、部屋を見回す。
(真夜中の部屋には、道着姿の写真、空手大会の賞状・トロフィーなどが置かれている。
(枕元には、金属製の写真立てに飾られた亜弓とのツーショット写真。
(窓際、窓が開かれカーテンが揺らめいている。
(薄明かりの中に、鬼切丸の少年立っている)
鬼切丸の少年「迂闊だったぜ、おれも」
将人「・・・おまえは!」
鬼切丸の少年「危うく見逃すところだった。うまく隠れたもんだな、翡翠丸よ」
(鬼切丸の少年、鬼切丸を抜き払い将人に襲いかかる。
(ベッドへの一撃を避ける将人)
将人「(跳ね起きて)うわっ! ちょっ・・・ちょっと待て、やめろぉ!」
鬼切丸の少年「相変わらずせこい真似を・・・おとなしく、おれに斬られろよ!」
将人「(斬撃をかわしつつ)な・・・何のことだよ! 落ち着けよ、おい!」
(鈴鹿御前、窓から部屋に飛び込み、鬼切丸の少年にすがりつく)
鈴鹿「だめだ、斬るなぁ!」
鬼切丸の少年「ちっ・・・邪魔するな、鈴鹿!」
鈴鹿「斬ってはならない! もとはわたしたちが巻き込んだこと・・・この人間に、何の罪があるというのだっ!」
鬼切丸の少年「鈴鹿っ・・・奴はすでに、こいつの体の隅々にまで根を張っている。鬼切丸で斬るしかないんだ!」
将人「・・・!」
鈴鹿「あくまでこの男を斬るというなら、私を斬ってからにしろ・・・鬼切丸!」
(固くしがみつく鈴鹿。
(呆然と見守る将人)
鬼切丸の少年「・・・くそっ」
(鬼切丸の少年、鬼切丸を鞘に納める。
(鈴鹿、ほっとした表情で身を離す。
(自由になった瞬間、鬼切丸の少年、抜き打ちに将人に斬りかかる)
将人「!」
鈴鹿「おまえ!」
(鬼切丸の一撃、将人の頬・・・絆創膏を両断している。
(はがれた絆創膏の下、翡翠丸の爪跡と十文字になった傷が見える)
鬼切丸の少年「(鬼切丸を鞘に戻しながら)おまえの記憶と一緒に、やつを封じ込めた。すべてを忘れて普通の暮らしに戻るんだな・・・だがいいか」
将人「(呆然と)・・・・・・」
鬼切丸の少年「もしやつを・・・翡翠丸を復活させたなら、今度こそ斬る。(鈴鹿に)行くぜ、鈴鹿」
鈴鹿「ああ・・・すまぬ」
(二人、姿を消す。
(取り残された将人、ただただ言葉もなく顔の傷をおさえている。
(開け放されたままの窓で、カーテンが揺らめいてる)
(早朝。人気のない公園にてTシャツ姿でトレーニングする将人。
(上段の蹴りをつづけざま、虚空めがけて放っている)
将人「(蹴りながら)95、96・・・!」
(突如、将人の脳裏に浮かぶ亜弓の死に様のイメージ)
将人「(動揺し、足元が崩れる)くっ・・・!」
(よろめく将人、激しい息づかい。
(やがて、体勢を立て直して蹴りを再開する)
将人「97・・・98っ!」
(朝、駅頭の通勤風景。
(群衆に混じって職場に向かうスーツ姿の将人)
将人N「やっと・・・どうにかして、ふっきれたはずだった。それが、今になってなぜ・・・」
亜弓の声「・・・(将人の耳元に)助けてっ、助けてよ!」
将人「(耳をおさえて)うっ・・・!」
(将人、人混みの中で立ち止まる。
(不審に思いながら通り過ぎていく人々)
声「あのう・・・探偵さん、ですか?」
(将人、声の方に振り向く。
(心配そうな表情の鈴香、カバン片手に将人の背後に立っている)
将人「・・・あ、ええと・・・」
将人N「誰なんだ? この子、どこかで・・・」
(将人の記憶のイメージ。神剣・大通連を構える鈴鹿御前の姿が浮かぶ。
(ただしそれは、あくまで記憶の断片にすぎないので、セーラー服の袖先と刀の切っ先程度しか描かれない)
鈴香「(ぺこりと頭を下げ)小山内鈴香です・・・この前、家まで送ってもらいました」
(将人の回想。前編の、鈴香と帰る姿)
将人「えっ・・・すずか・・・ああ、鈴香ちゃんか!」
(電車の中。混雑の中で隣り合って立つ、将人と鈴香)
将人「・・・気づかなかったなあ、鈴香ちゃんもこの電車で通ってるんだ?」
鈴香「今日はたまたま・・・クラブの遠征試合なんです」
将人「クラブって、剣道部?」
鈴香「えっ?」
将人「(口を押さえて)いや、あれ・・・? 何となくそんな気がしたんだけど・・・なんでだろ? 霊感かな・・・」
鈴香「(くすっと笑い)ところで、どうしたんですか? その頬」
将人「(絆創膏に触り)あ、これね。これは に切られてね、あれ? だから、 に・・・ん、何でだ? 思い出せない・・・」
鈴香「(意味ありげな表情で)・・・」
将人「・・・そうだ! 野犬だよ・・・事件を調べてて、野犬に襲われたんだよ。うん、そうだったな・・・」
鈴香「野犬ですか? 大変だったんですね・・・!」
将人「平気平気、ツバでもつけときゃすぐ治る・・・あれ、前にもどっかで言ったような」
鈴香「まあ・・・うふふ」
(カーブにかかり、電車が大きく振動する)
鈴香「きゃっ!」
(鈴香、バランスを崩し、正面に立つ将人の胸につんのめる。
(鈴鹿の身体を支えた将人、必然的に鈴香と急接近する)
将人「・・・!(赤面)」
鈴香「あっ、ごめんなさいっ!・・・(離れる)」
将人「いやあの(まだ赤面)その・・・なンだ、シャンプー・・・妹と同じだね。流行ってるのかな?」
鈴香「妹さん、いらっしゃるんですか?」
将人「うん。去年・・・死んだけどね」
鈴香「え、・・・すみません」
将人「いや、謝ることはないってば・・・もう、昔のことだからさ」
鈴香「(沈んだ表情で)・・・」
将人「ほらっ! そんな顔してないで笑ってよ・・・ほんと、たいした妹じゃなかったんだよ。ガサツで口うるさくて、ブッ細工で・・・鈴香ちゃんの方が、ずうっと可愛いんだからもう。どうせなら、鈴香ちゃんみたいな妹がほしかったな・・・(笑顔で)どう、今からでも遅くない、お兄ちゃんの胸に飛び込んでおいでー♪」
鈴香「た、探偵さん・・・くすっ、あはははっ!」
将人「あ・・・あははは! よかった、もう大丈夫だね」
鈴香「はい、ありがとうございます」
(電車止まり、ドアが開く)
将人「おっと・・・じゃあ、ここで降りるからね。試合、がんばってよ!(去る)」
(将人、ドアから飛びだし、手を振りながらホームを歩いていく。
(鈴香、電車の窓からそれを見送る)
鈴香「・・・本当に、大丈夫みたいだな」
(駅を出て、商店街を歩く将人。
(先程までと違い、軽い足どり)
将人「・・・鈴香ちゃん、かあ・・・」
(将人の胸元から、携帯電話の着信音。
(将人、胸ポケットから電話を出し、受ける)
将人「はい、高坂です!」
(立ち止まる将人)
将人「・・・あ、おやっさんですか?」
(U警察署、捜査課。刑事らと、刑事1と前編に登場した警官の姿。
(将人、明るい表情で登場する)
将人「どーも! 呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン!」
警官「(将人を見て)あっ・・・おまえは!」
将人「(警官に)ようヒラ巡査、しっかり働いとるかね?」
警官「ヒっ・・・貴様ぁ、何しに来た!」
刑事1「私が呼んだんだ(と、警官を制して)、将人・・・まあ、座れや」
将人「はいはい(座る)・・・で、何の用です?」
刑事1「・・・どうだ、例の事件は? 工事現場の」
将人「えっ・・・ああ、野犬の・・・。もう大変だったんですよ(頬を示し)ほら、ここやられちゃって」
刑事1「そうか・・・」
(妙に重苦しい沈黙)
将人「あの・・・おやっさん・・・?」
刑事1「・・・亜弓ちゃん、そろそろ一周忌だったっけ」
将人「ええ・・・」
刑事1「そうか・・・(沈黙)」
将人「おやっさん・・・いったい何なんですか!」
刑事1「・・・亜弓ちゃんの事件だ。公判で滝山が・・・被告が、犯行を否認した」
将人「なっ・・・!」
(沈黙)
刑事1「警察に受けた暴行で著しい恐怖心を植え付けられ、自らに不利な自白をせざるを得なかった・・・そうだ」
将人「暴行ってそんな・・・
あ、まさか・・・」
(将人の回想。滝山を殴り倒す将人)
将人「(机を叩き)何で今さら! おとなしく罪を認めてたじゃないですか・・・」
刑事1「新しい弁護士の入れ知恵だよ。しかし、まずいことになったな・・・」
(言葉を失う将人。
(その耳に囁くように聴こえる、亜弓の声)
亜弓の声「・・・お兄ちゃん、助けて、たすけてよう・・・」
将人「・・・!(耳を塞ぐ)」
刑事1「弁護側は、近いうちに捜査関係者として高坂・・・おまえを喚問する気だ。ボロを出さないようにしてくれよ」
(闇)
将人N「・・・また、同じ夢を見た。
「いや・・・これは、夢なのだろうか・・・?」
亜弓N「信じてよ、お兄ちゃん!」
(闇の中浮かぶ、悲痛な表情の亜弓)
亜弓「助けて!・・・あいつが、あいつが窓を破って・・・きゃああああっ!」
(亜弓、血まみれの姿に変化する)
亜弓「・・・たすけて、おにいちゃん・・・」
(同じ闇の中、ナイフを持って逃げる滝山)
将人「(追いながら)てめえか・・・てめえが亜弓を・・・待てぇっ!」
(将人、滝山を殴り倒す)
将人N「よくも・・・よくも妹を・・・!」
(将人、容赦なく乱打を浴びせる)
(倒れた滝山、ゆっくりと起き上がる。
(その顔闇の中に影となり、ぎらりと光る眼だけが浮かぶ)
滝山「・・・そう、よ・・・。おれが、おれがおまえの妹を殺したのよ・・・」
将人「なっ・・・なんだと・・・」
滝山「(手をかざして見せ)この手で・・・この手が、おまえの妹の泣き叫ぶ咽喉をえぐり、はらわたに幾度もナイフを突き立てたのよ・・・」
亜弓「(滝山同様に眼だけ光らせ)おにいちゃん、痛いよぅ・・・苦しいよぅ。
「あいつを・・・あいつを、殺してよぅ・・・」
将人「てっ、てめえ・・・・・・
「殺してやるっ!」
(将人、滝山に蹴りの連打を見舞う)
滝山「(目を見開き)そうともっ、殺せ!
その憤怒と憎悪をもって呪わしき封印を打ち破り我を・・・この翡翠丸を解き放つがよい!」
将人「えっ・・・」
(将人の姿、いつの間にか悪鬼=翡翠丸と化している)
将人「(気づいて)! こっ、これは・・・」
N「(闇に響く)それ、鬼切丸の封印、ついに破ったぞ!」
将人「う・・・わあああああっ!」
鈴香「だめぇぇぇぇっ!」
(鈴香=鈴鹿御前あらわれ、鬼と化した将人の躯に抱きつく)
将人「・・・鈴香ちゃん!」
鈴鹿御前「奴の言霊に惑わされるな! 怒りに我を忘れ、奴の封印を解いてはいけない・・・!」
将人「す、すずか、ちゃん・・・」
鬼切丸の少年「無駄だぜ、鈴鹿よ」
(鬼切丸の少年、抜き身の鬼切丸を構えて直立する)
鬼切丸の少年「言ったろう・・・ひとたび鬼に堕ちた者には、この鬼切丸で斬ることこそが唯一の救済だと」
鈴鹿御前「だめだ、斬ってはならない・・・!」
鬼切丸の少年「もう・・・遅い!」
(鬼切丸の少年、将人の胴を鬼切丸で薙ぎ払う)
将人「うわあああっ!」
(将人、目を醒ます。
(夢から覚めた将人がいるのは、冒頭と同じく自分の部屋)
将人「い・・・今のは、夢か・・・?」
(開かれた窓に、カーテンが揺らめいている)
将人N「・・・どこまでが、夢なのか・・・」
(数日後。
(裁判所の建物と、それを望む将人、刑事1)
将人「ふう・・・おやっさん、こうして裁判所に来るのも久々ですね」
刑事1「・・・いいか、打ちあわせたように、質問には落ち着いて答えろよ。くれぐれも・・・怒るんじゃないぞ」
将人「(明るい顔で)わかってますって・・・任せてくださいよ。大船に乗った気で・・・そう、タイタニック高坂と呼んでください!」
刑事1「それから・・・余計な軽口、たたくんじゃないぞ」
将人「・・・う、それはちょっと自信ないなあ・・・」
刑事1「おいっ」
将人「冗談です・・・心配しなくてもマジメにやりますから。じゃ、しっかり見物しといてくださいよ♪(去る)」
刑事1「おい高坂!・・・大丈夫かな」
(一人きりになる将人。
(背広の胸ポケットから、写真立てを取り出す。
(写真立ての中、亜弓と将人が楽しげに笑っている)
将人「・・・亜弓・・・」
(法廷。判事・検事・弁護人らが列席する)
判事N「・・・只今より弁護側による証人尋問を行います。証人は前へ」
(将人、中央の証言台へ進む。
(将人、弁護側を見る
(弁護人らに並んで被告席の滝山、無表情で座っている)
将人「・・・」
(傍聴席から心配げに見守る刑事1)
(弁護人、起立して高坂に正対する)
弁護人「・・・証人の氏名、職業をお願いします」
将人「姓は高坂、名は将人・・・腕利きの私立探偵です!」
刑事1「(顔をしかめ)あのバカ・・・」
弁護人「証人は真面目に証言してください・・・あなたのご職業は?」
将人「・・・保険会社の調査員です」
弁護人「事件当時・・・一年前の職業は?」
将人「新宿二丁目のおかまバーでゲイボーイ・・・いえ、訂正します。バニーガールをしてました♪」
判事「まじめに答えなさい! 偽証罪になりますよ」
将人「・・・すいません、つい・・・」
弁護人「では、あらためて質問します。一年前の職業は?」
将人「T県警U署捜査課勤務、刑事です」
(裁判所の廊下。鈴鹿御前と鬼切丸の少年が歩いている。
(制服姿の職員、二人を呼び止める)
職員「(近寄り)おい、きみたち・・・どこから入ってきた!」
鬼切丸の少年「社会科見学だよ」
職員「え・・・
ああ、そうか・・・」
鬼切丸の少年「・・・ちょうどいいや。あんた、法廷はどこだい?
・・・鬼のいる法廷は」
(法廷。被告席の滝山、無表情のまま弁護人と将人を見ている)
弁護人「・・・それでは、一年前の高坂亜弓さん殺害の事件についてお尋ねします。被害者とはどのような関係ですか?」
将人「妹です」
弁護人「調書によると、事件の第一発見者もあなたですね?」
将人「そうです」
(浮かび上がる事件の光景。
(将人、拳を握りしめる)
弁護人「事件現場で被告人を発見し、殺人容疑で緊急逮捕したのも、あなたですね?」
将人「・・・はい」
弁護人「あなたは、被告人が被害者を殺害するのを直接目撃しましたか?」
将人「いいえ」
弁護人「それではどうして、あなたは被告人を容疑者と断定したのですか?」
将人「・・・凶器のナイフを持って、現場から逃げ出したからです」
弁護人「こうは考えられませんか? ・・・ほら、推理ドラマでよくあるでしょう・・・被告人は被害者の悲鳴を聞きつけ現場に駆けつけた。現場の惨状に動転し、思わず落ちていた凶器を拾ったところをあなたに目撃され、殺人事件の容疑者として追跡され、逮捕されたと。・・・どうですか?」
将人「なにっ……!」
検事「異議あり! 弁護人の意見は憶測に基づいたものです」
判事「異議を認めます」
弁護人「・・・わかりました、それでは質問を変えましょう。あなたは空手をしておられますね?」
将人「はい」
弁護人「段位は持ってますか?」
将人「三段です・・・四段は、筆記で落ちました。ヤマが外れたんです」
弁護人「・・・大会出場の経験はありますか?」
将人「署対抗戦で、準優勝したことがあります」
弁護人「それはすばらしい・・・あなたは逮捕の時、その拳を被告人にむけたのですね」
将人「・・・」
弁護人「ここに、逮捕直後の被告人の診断書があります・・・左鎖骨及び肋骨の骨折、下顎骨に重度の打撲・・・どうして、これだけの重傷を負わせる必要があったのですか?」
将人「・・・・・・逮捕に、逮捕に抵抗したから、です・・・」
弁護人「抵抗? 対抗戦準優勝の実力を持つあなたに、ですか? あなたに本気を出させ、これだけの重傷を負わされるだけの抵抗を、被告人が行ったというのですか?」
将人「・・・・・・」
弁護人「質問を変えましょう。あなたは(資料を見ながら)早くにご両親を亡くされ、妹さんと二人暮らしだったそうですね・・・事件現場で、その妹さんが目の前で殺されたのを見て、どんな気持ちでしたか?」
将人「・・・・・・」
亜弓の声「(将人の耳に囁くように)助けてよ、お兄ちゃん・・・!」
弁護人「犯人を、殺してやりたいと思ったでしょう?」
検事「異議あり! 誘導尋問です」
判事「異議を認めます」
弁護人「わかりました。それでは・・・T県警の捜査規範はご存じですか?」
将人「・・・はい」
弁護人「この規範の第二七条では捜査官の親族等が加害者・被害者になった事件への捜査を制限しています・・・どうして、このような規則があると思われますか?」
将人「・・・捜査へ、捜査へ私情を持ち込むことを禁じているからです」
弁護人「なるほど・・・わざわざ規則に定めるということは、肉親への情愛が捜査に及ぼす影響がいかに重大かということですね・・・。
「さて、あなたは妹さんを殺されました。その場で被告人を見つけ、なりゆき上追跡し、逮捕しました。この時、あなたに私情が・・・犯人への怒りが完全になかったと断言できますか?」
検事「異議あり!」
判事「異議を却下します」
将人「・・・いいえ」
弁護人「聞こえません、もう一度お願いします」
将人「いいえ!」
弁護人「それは、逮捕に際して犯人に怒っていたということですね?」
将人「妹を殺されたんだぞ!」
(証言台の将人、怒りの形相)
刑事1「・・・高坂っ、落ち着け!」
判事「(木槌を叩き)静粛にしなさい!」
弁護人「裁判長、このとおり証人は、逮捕時に激情にかられて被告人に過剰な暴行を加えました・・・空手の有段者である証人が被告の心身に与えた衝撃は大きくその結果、被告人は恐怖心から自らに不利な自白を誘導されたと信ずるに足るものであります。これは明らかに刑事訴訟法に抵触するものとして、この場であらためて逮捕及び起訴の無効を申し立てます」
将人「む……無効だと・・・?」
(被告席、あいかわらず無表情の滝山)
将人「ふざけるな! こいつが(滝山を見て)・・・こいつが亜弓を殺したんだ!」
(将人の頬の傷、わずかに裂ける)
判事「証人は静粛に!」
刑事1「高坂っ!」
将人「(証言台から身を乗り出し)たったひとりの妹だったんだぞ! それを・・・それを殺された悔しさが、お前らにわかってたまるか!」
弁護人「あなたは刑事だったんでしょう? こんなやり方が許されると思っているんですか?」
将人「だから・・・だから、おれは刑事を辞めたんだ!」
判事「(木槌を叩き)静粛に! 静粛にしなさい!」
将人「(判事に)うるせぇっ! カンカン叩くなっ、お前は日曜大工か!」
刑事「ああ・・・もう、おしまいだ・・・」
判事「・・・廷吏っ、証人を退廷させなさい!」
(制服職員、将人の左右から腕を掴む)
将人「くっ、離せ!」
(連行される将人、被告席を見やる。
(滝山、将人を見て・・・嘲るように笑みを浮かべる)
将人「てっ・・・てめえ!」
(将人の頬の傷、裂け目が広がっていく。
(将人、職員に抵抗し暴れる)
将人N「許せねえ・・・無効だと? 法がやつを裁けないのなら・・・
「おれがこの手で殺してやる!
「そう、体を砕き、骨をへし折り・・・
・・・肉を断ち、はらわたをえぐって・・・喰らってくれよう!
「そう・・・この、
翡翠丸がな!」
将人「・・・何?・・・」
(突如、
(将人の頬の傷から、鬼の腕が出る。
(それから、傷口から次第に、翡翠丸の上半身あらわれる。
(その腰から下は煙のようになり、将人の傷口につながっている)
将人「う、わああああっ! お、鬼が・・・」
翡翠丸「わはははは・・・やったぞ、ついに・・・呪わしき鬼切丸の封印を破ったぞ!」
(翡翠丸、身を翻して被告席に襲いかかり、滝山にかじりつく。
(声を出す間もなく、滝山の上半身が食いちぎられる。
(そのまま廷内を跳梁し、判事・弁護人・検事たちを片っ端から喰い殺す)
(傍聴席の刑事1たち、パニックになる)
刑事1「(腰を浮かせて)うわあ! 鬼だ、鬼だ・・・!」
(傍聴人たち、出口に殺到する。
(翡翠丸、それをまとめて爪で引き裂いていく)
翡翠丸「まずはおのれらを喰らって力をつけ、憎っくき鬼切丸どもを返り討ちにしてくれるわ!」
(殺戮の現場に呆然とする将人)
将人「ひ、ひすい、まる・・・」
将人N「じゃあ、あの時の・・・」
(将人、今までの出来事を思い出す。
(前編工事現場のシーン、冒頭寝室のシーンが回想として脳裏を駆けめぐる)
将人「思い出したぞ! じゃあ、あれは・・・あれは・・・」
(へたりこむ刑事1に、翡翠丸の牙が襲いかかる)
刑事1「ひっ・・・ひいいい!」
将人「おやっさん・・・! やっ、やめろぉ!!」
(間一髪のところで、鬼切丸の斬撃がそれを防ぐ。
(鬼切丸の少年と鈴鹿御前、翡翠丸の前に立ちはだかる)
鈴鹿「(廷内の惨状に)・・・あ、ああ・・・。とうとう・・・」
将人「(鈴鹿を見て)・・・鈴香、ちゃん?」
将人N「いや、違う・・・思い出したぞ。彼女は・・・
「・・・人間に生を受けた鬼姫・鈴鹿御前・・・」
鬼切丸の少年「また、逢ったな・・・
「死に損ないが、今度こそ引導を渡してやるぜ」
将人N「・・・そして、あいつは・・・
「同族殺しを天命とする、名も無き純血の鬼……。その刀の名は・・・
「鬼切丸!」
翡翠丸「うっ・・・うぬらぁ・・・」
(翡翠丸、両腕を振りかざして鬼切丸の少年に迫る。
(鬼切丸の少年、上体を伏せてその爪を頭上にかわし、右腕を刺し貫く。
(翡翠丸、そして将人の右腕から、それぞれ同時に鮮血がほとばしる)
翡翠丸・将人「うわあああっ!」
鬼切丸の少年「ちっ!」
鈴鹿「こ、こいつ・・・!」
翡翠丸「いかにも! 我が命の源は、この人間の体の中なり・・・もはや我らは一心同体なのよ!
「さて・・・こやつもろとも我が斬れるかな。鈴鹿御前よ、くっくっく・・・」
鈴鹿「ぐっ、卑劣な・・・」
鬼切丸の少年「(鬼切丸を構え)無駄なあがきだぜ、翡翠丸!」
鈴鹿「だめだっ!」
(鈴鹿、翡翠丸に襲いかかる鬼切丸の少年を抱き留める)
鬼切丸の少年「・・・鈴鹿っ、なぜ庇う!」
鈴鹿「斬るな・・・斬らないでくれ!」
鬼切丸の少年「言っただろ! 鬼に憑かれた人間は、鬼切丸で斬るしかないんだ!」
鈴鹿「・・・そんなのわかってる! だが、だが・・・」
(鈴鹿の脳裏に浮かぶ、電車での回想。
(微塵の邪気もない、将人の笑顔のクローズアップ)
鈴鹿N「・・・本当に、大丈夫だと思ったんだ。
「この人間なら、きっと鬼を封じて生きていけると・・・」
(鈴鹿の視線の先、頬の傷から翡翠丸を生じさせる、将人の姿。
(将人、目を見開いている)
鈴鹿「(将人に)・・・どうして・・・」
亜弓N「(将人の耳元に)・・・信じてよ、お兄ちゃん!」
鈴鹿「・・・ど、どうして・・・おまえまでも・・・」
亜弓N「(将人の頭に響く)お兄ちゃん、助けてっ、助けてよ!」
将人「う・・・あ、亜弓・・・」
N「なぜに人間は・・・かくもたやすく鬼に魅入られるのか。
「人間は、人間であるが故に・・・鬼に堕ちゆく運命なのか・・・」
翡翠丸「わはははは! 鈴鹿御前、人間に生まれて甘さが芽生えたな!」
(翡翠丸、二人に襲いかかる)
鬼切丸の少年「(動けずに)しまった!」
鈴鹿「うっ・・・!」
将人「やめろぉぉぉぉっ!」
(刹那、
(将人、翡翠丸の脇腹に跳び蹴りの一撃を喰らわす。
(翡翠丸、将人ともども転倒)
鬼切丸の少年「!」
翡翠丸「お、おのれはぁっ!」
(翡翠丸、反射的に将人をはじき飛ばす。
(将人、左肩を切り裂かれる。
(それにあわせて翡翠丸の肩、同じ場所に傷口が生じる)
翡翠丸「・・・(悲鳴)・・・!」
将人「・・・イテテテ、一心同体とはよく言ったもんだぜ」
(将人、肩をおさえてゆっくりと起き上がる)
翡翠丸「おのれ、虫ケラがぁ・・・!」
将人「でも、これでわかったぜ・・・鈴香ちゃん、いや鈴鹿御前!」
鈴鹿「・・・?」
将人「おれを斬れ!・・・おれを斬って、やつを滅ぼすんだ!」
鈴鹿「なんだって! そんな・・・」
翡翠丸「きっ・・・貴様! 死ぬ気か・・・?」
将人「さあ! おれを殺せば、巣くってるあいつを倒せるんだろ!」
鈴鹿「でも、でも・・・」
将人「さあ! またページが足んなく・・・いや、せっかくの決心がぐらつくだろ!」
翡翠丸「く・・・やめろ・・・」
鬼切丸の少年「(鈴鹿の横から)鈴鹿・・・おまえがやらなきゃ、おれがやるぜ」
将人「(鬼切丸の少年に)バカヤロウ!
何が悲しくてお前なんかに・・・さあ(鈴鹿に)、はやく!」
鈴鹿「う・・・うわああああっ!」
(鈴鹿、抜身の大通連を大上段に構える。
(それを、将人の肩口から心臓にかけて一気に振り下ろす)
翡翠丸「ぎゃああああっ!」
(徐々に崩折れる将人)
将人N「今、気づいたんだ・・・」
N「そう・・・求めていたのは、罰。
「信じることも、守ることもできなかった。それが・・・罪。
「そして、これが・・・たったひとつの罰」
将人「そうだろ?・・・なあ、亜弓・・・(倒れる)」
翡翠丸「ぐぅ、こんな処で死んでたまるかぁ・・・」
(翡翠丸、将人の頬の傷から煙と化して脱出する)
鈴鹿「翡翠丸! おっ・・・おのれぇええええ!」
鬼切丸の少年「逃がさないぜ」
(鬼切丸の少年、逃げる翡翠丸の前を塞ぎ、そのまま翡翠丸を両断する)
翡翠丸「ぐわああああ!
む、無念だァ・・・」
(翡翠丸、塵と化して消滅する)
(静寂。
(血にまみれて倒れた将人)
(鈴鹿御前、将人の傍らに座り込む)
将人「・・・なあ・・・」
鈴鹿「?」
将人「・・・亜弓、許してくれるかな」
鈴鹿「・・・ああ・・・」
将人「(くすっと微笑み)・・・ありがと、優しいね・・・鈴香ちゃんは(瞑目)」
(鬼切丸の少年、鬼切丸を鞘に納めながら鈴鹿の背後に立つ)
鬼切丸の少年「泣いてもいいんだぜ」
鈴鹿「ふっ、鬼の眼に涙など(うつむく)・・・」
(鈴鹿、将人の服のポケットに目を留める。
(斬られた裂け目から、将人と亜弓が無邪気に笑う写真がのぞいている)
鈴鹿「・・・・・・!」
(写真を拾った鈴鹿、突然涙をこぼしはじめる。
(鈴鹿振り返り、鬼切丸の少年にすがり嗚咽)
鈴鹿「この人間なら・・・この人なら大丈夫だと思ったんだ・・・」
鬼切丸の少年「・・・ああ、大丈夫だったさ」
(写真のクローズアップ。笑いあう将人と亜弓のイメージ)
鬼切丸の少年N「人間として、おまえという妹を信じ、最期まで守り抜いたんだ。
・・・大丈夫だったぜ」
(fin)
(H11.12.06 R.YASUOKA
(based on Comic,'ONIKIRIMARU'
(by KEI KUSUNOKI)
おことわり:
本作はフィクションです。
登場する、あるいは想起されるいかなる人物、団体、事件、法曹関係も実際のものとはまったく無関係であること、ご了承ください。