鬼切丸オリジナルストーリー
「夢鬼章<後編>」

 

登場人物

 

鬼切丸の少年(同族殺しの純血の鬼。常に日本刀を携えている)

 

バク(と呼ばれるホームレスの少女)

 

伊秋院(華族名家の当主)

和恵(伊秋院の妻)

良子(伊秋院家のメイド)

 

後藤紗英(ルポライター)

幻雄(鬼喰いの修験者・裏僧伽)

 

西尾(高校の女教師)

つぐみ(西尾の妹・中学生)

岡村(不良)

不良たち

 

夢鬼(夢に巣喰い夢ごと人を喰らう鬼)

 

 

 

 

N「夢の中に、鬼がいる」

 

鬼切丸の少年「夢鬼っていうんだ、こいつはな」

  

(鬼切丸の少年、夢鬼を追う。

(鬼切丸の少年、駆け抜きざまに、夢鬼の胴を薙ぎ払う。

(夢鬼、左の脇腹を大きく切り裂かれる)

 

鬼切丸の少年「夢から引きずり出されたてめぇに勝ち目はないぜ、夢鬼!」

夢鬼「笑止! これをと思うておるか!

 

バク「これは   あんたの夢だよ」

鬼切丸の少年「何……!」

夢鬼「(再び哄笑)ゲラゲラゲラゲラゲ

鬼切丸の少年「!」

伊秋院「起きろ! 舞踏会を抜け出して、こんなところでうたた寝か!」

鬼切丸の少年「なっ……」

 

(鬼切丸の少年、周囲に目をやる。

(いつの間にか夢鬼のいた公園にかわり、

(豪奢な西洋建築の館、その庭園で、

(家族名家の当主・伊秋院と対峙している。

(鬼切丸の少年、自分が華麗洋装をしているのに気付く)

 

鬼切丸の少年「ここは……」

伊秋院「ふざけるな馬鹿者! よくも伯爵ご令嬢のお誘いを逃げだしおったな……!」

 

(鬼切丸の少年の回想。

(単行本十二巻『怨鬼哀歌の章』・女鬼の爪にかかり頭を潰される伊秋院)

 

鬼切丸の少年「おまえ……鬼に……?」

伊秋院「『おまえ』? 父に対してその口はなんだ!」

 

(伊秋院、鬼切丸の少年を殴り倒す)

 

鬼切丸の少年「くっ!」

 

(鬼切丸の少年、反射的に鬼切丸に手を伸ばす。

(しかし、

(常に携えているはずの鬼切丸が、ない)

 

鬼切丸の少年「……鬼切丸が!」

伊秋院「何がオニギリだと、このたわけ!
 栄えある伊秋院家の跡継ぎが、そんなていたらくとは……情けないわ!」

 

(伊秋院、鬼切丸の少年に再びビンタ)

 

鬼切丸の少年「……!(切れた唇に血をにじませている)

伊秋院「(鬼切丸の少年の、胸ぐらをつかんで引き寄せ)いいか、妾腹とはいえお前は、
この伊秋院家を継ぐ唯一の男児なのだぞ。
一二三様との縁談、伯爵家ご令嬢との縁組を進めるのが、
伊秋院家のためのお前の使命というのがまだわからんか!」

 

(伊秋院、鬼切丸の少年に

(どうして持ってたのか一二三嬢の肖像写真を突きつける。

(あえて説明はしません。わかる人だけわかってください(おいおい)

 

鬼切丸の少年「こ、これと……おれが……縁談?」

伊秋院「(ぽん、と鬼切丸の少年の肩を叩き)そりゃあ……
ぶっちゃけた話お前の気持ちもわからんでもない。しかし……しかしだ!
 すべては伊秋院家のため、我が家の名誉と繁栄のためだ!
 わかるか、わかるだろ!……わしだってな! そうでもなければ誰があんな性悪な女などと結婚   

 

(しゃべり続ける伊秋院の背後に、突然

強烈な殺気を放ちながら、伊秋院の妻・和恵、現れる)

 

伊秋院「い……いや……なんでもない……」

和恵「あなたがた、早く舞踏会にお戻りくださいませ(去る)

伊秋院「……とにかく! 
今度こそ逃げずに、一二三様にお詫びとご挨拶を申し上げるのだぞ! よいな!」

 

(伊秋院、立ち去る。

(取り残される鬼切丸の少年)

 

良子「若様、あの……大丈夫ですか……?」

 

(伊秋院家のメイド・良子、三段抜きで登場。

(和装にエプロン姿の清楚な少女   以上、原作未読の読者様に。

(良子、倒れたままの鬼切丸の少年に近寄る)

 

鬼切丸の少年「え、あ……」

良子「動かないでください、が……

 

(良子、ハンケチを取り出すと、

(殴られ出血していた鬼切丸の少年の口元を優しく拭う)

 

鬼切丸の少年「おまえ……」

 

(鬼切丸の少年の回想。

(それは   鬼に憑かれ、鬼切丸で斬られ塵と化す、無垢な少女の姿)

 

鬼切丸の少年「……おまえは……」

良子「いけません若様、私のような卑しい者と軽々しく口をきいては……」

鬼切丸の少年「……良子……?」

 

(良子、かあああっと頬を染める)

 

良子「(夢見るように)うれしい……初めて名前を呼んでくださいましたね……」

鬼切丸の少年「……」

良子「え……あ、あっ、その……!

「お、お許しください若様っ!
 ご、ごめんなさいっ、私!(頬を押さえて駆け去る)

鬼切丸の少年「お、おいっ……良子ぉーっ!」

 

(追おうとした鬼切丸の少年、

(車のシートに頭をぶつける。

(気付くと、そこは、高速道路を疾走する車の後部座席で、

(鬼切丸の少年、いつもの学生服姿に戻っている)

 

鬼切丸の少年「(頭をさすり)……夢……?」

 

(ぶつけられたシートの、運転席でハンドルを握っているルポライター後藤紗英、

(助手席に座る鬼喰いの修験者・裏僧伽の幻雄、

(それぞれ鬼切丸の少年に目をやる)

 

紗英「こら助手Bっ、居眠りしてんじゃない!」

鬼切丸の少年「……後藤……!」

紗英「ご・と・う?
(ルームミラー越しに強烈な視線を浴びせ)助手のくせしてあたしを呼び捨てにっ、この
(この部分だけカメラ目線で)超売れっ子美人心霊ルポライター・後藤紗英を
呼び捨てにするたぁ、いい度胸してんじゃない!」

鬼切丸の少年「(ルームミラーに写る、たじろいだ顔で)いっ、いや……ごめんなさい……」

幻雄「(助手席から振り返り)まあまあ後藤、
丑三つ時じゃ子供には眠い時間だって」

紗英「甘やかさないでよ、助手A

幻雄「助手Aって言うなー!
 幻雄と呼べって言ってんだろ!?」

鬼切丸の少年「(声の方を見て)幻雄!? おまえ……

 

幻雄「おいコラ、
(鬼切丸の少年の、口の両端を指でつまみ)先輩タメ口叩はこれか ん?
(と言いながら、思いきり引っ張って伸ばす)

鬼切丸の少年「いてててててっ!」

 

紗英「だからってね……あたしが眠い目こすって運転してんのに居眠りとは
……だいたい! あんたたち、助手が免許持ってないってどーゆーことよ!」

幻雄「しょーがねえじゃん。裏僧伽に免許なんていらねぇんだから」

紗英「うるさいっ!
 とにかく助手A、取材が終わったらあんた教習所に通いなさいね」

幻雄「げっ……い、いや……でも、
でもよ後藤。ハンドル握ってるお前って、
ものすごく綺麗で美人だなぁって思うんだがな」

紗英「やーん、
綺麗で美人だなんてぇ♪
……そんなおだてに乗ると思うの!」

 

(突然、幻雄、真顔になり前方に目をやる)

 

幻雄「(前を見たまま)来るぜ、後藤」

紗英「来たの?……奴が」

幻雄「ああ。高速道路に巣喰う鬼、風鬼がな   

紗英「(真顔に戻り)よぉし……取材するわよっ、鬼を!

鬼切丸の少年「鬼……?」

 

(鬼切丸の少年、手元に鬼切丸を探す。

(しかし、その手に鬼切丸はない。

(空いているその手に、後藤から、一眼レフカメラが投げ渡される)

 

鬼切丸の少年「(カメラに驚き)なに……!?」

紗英「(前を見据えたまま)今日こそ鬼を撮るのよ、助手B!」

 

(走る車に強い衝撃。

(車の前方に巨大な鬼・風鬼の姿。

(幻雄、懐から拳銃を取り出すと、フロントガラス越しに構える)

 

紗英「一気に行くわよ!」

幻雄「ナウマクサマンダバサラダンカン!(発砲)」

 

(梵字を刻まれ、法力を込められた弾丸、

(フロントガラスを撃ち抜き、そのまま風鬼に直撃、

(その体躯粉砕する)

 

紗英「!……(ハンドルを捌く)

 

(風鬼、おびただしい煙とともに、一個の勾玉に封じられる。

 

幻雄N「鬼を勾玉に封じ、体内で浄化する   それが、俺達鬼喰い・裏僧伽よ」

 

(車、スピンしながら急停止)

 

紗英「(ハンドルに顔を埋め)……やった、わね……?」

幻雄「……ああ……」

紗英「ねぇ、助手B……(鬼切丸の少年に)……大丈夫?」

鬼切丸の少年「ああ。おれなら平気さ」

紗英「あんたじゃなくて、鬼……撮った?」

鬼切丸の少年「え? い、いや……?」

 

(もちろん、鬼切丸の少年が写真など撮っているはずもない。

(間)

 

 

 

 

紗英「バカーっ!!

(鬼切丸の少年を蹴飛ばしながら)この役立たず!
 運転できない、写真も撮れない! ムダ飯喰らいのダメアシスタント!
 あたしの命がけの取材を、よくもパーにしてくれたわね!」

鬼切丸の少年「(勢いに圧され、ひたすらきゃいんきゃいん!

幻雄「まぁまぁ。おかげで俺は鬼にありつけるんだ。
(車を降り、勾玉を拾って)それで良しとしようや
(と言いながら、勾玉を口にする)

紗英「食べるなー! 吐いてーっ! 吐いて鬼に戻すのよ助手A!」

幻雄「む、ムチャクチャを……
だいいち俺は幻雄だ! 名前呼べってのがわかんねーのかよ!」

紗英「うるさいっ……あーん、またデスクに怒られるー!」

 

(大ゴマで紗英、なぜか
セクシーコスチュームでカメラ目線。背景に花までとばしてる

(それに重ねて以下のN)

 

紗英N「こうして、私たちの取材はまたも失敗に終わったのです。

「いつになったら、鬼の存在を証明できるのでしょうか。

「ダメダメな二人のシモベとともに、
私こと美人心霊ルポライター・後藤紗英の冒険は、まだまだ続くのでありました」

幻雄・鬼切丸の少年「(コマの隅でダブルつっこみ)誰がシモベやねん!

 

後藤さん取材事情
〜風鬼の章〜
END

(『後藤さん取材事情
単行本一〜六巻/DVD一〜二集・
大人気発売中!

 

西尾「伸彦くん! 起きなさい、伸彦くん!」

鬼切丸の少年「……?」

 

(鬼切丸の少年、寝室で眼を醒ます。

スーツ姿の高校女教師・西尾、
ベッドの鬼切丸の少年を揺さぶって、そのまま腕を引っ張り起こす)

 

鬼切丸の少年「(パジャマ姿で)あ、あんたは……」

西尾「こら、先生にあんたとは何よ!」

鬼切丸の少年「いや……そうか。これも、夢か……」

西尾「なに寝ぼけてるのよ伸彦くん!
 今日は追試だって、あれほど言っといたでしょ?」

鬼切丸の少年「おい、おれは伸彦じゃな……」

西尾「さっさと起きなさい、早く着替えないと追い出すわよ!」

 

(西尾家のキッチン。

(西尾の妹の女子中学生・つぐみ、エプロン姿で皿を配膳している)

 

つぐみ「もぉ、おねえちゃんずるーい!
 また食事当番あたしに押しつける気?」

西尾「ごめんねつぐみ。
出来生徒に追試受けさせないといけないのよ
(と言いながら、鬼切丸の少年の頭をこづく)

鬼切丸の少年「いてっ」

つぐみ「伸彦おにーちゃん、また赤点とったんだ?」

西尾「ほんと、わが従兄弟ながら出来の悪い奴よ……」

つぐみ「おにーちゃんも大変ね。夏休みなのに、こんな鬼教師にいじめられて……」

西尾「こら、誰が鬼よ!」

鬼切丸の少年「……お、に……?」

西尾「ぼさっとしないで早く食べなさい!
 とにかく、おじさんが帰ってくるまで、みっちり鍛えてあげるんだから覚悟しなさいね」

つぐみ「ちょっとくらい遊ばせてあげなって。
だからおにーちゃん彼女できないんだよ」

西尾「バカ言ってんじゃないの!」

つぐみ「そっかぁ、おねえちゃんも彼氏がいないしね♪

……いっそ二人でくっついちゃったらどう?
 従姉弟って結婚できるんでしょ?

西尾「つぐみ!」

つぐみ「えへ♪」

西尾「(時計を見て)きゃっ! 伸彦くん、本当に遅刻するわよ!……つぐみ、片づけもお願いね」

つぐみ「あっ、ずるーい! ちょっとおねーちゃん!!」

 

(二人、家を出て駐輪場へ。

(鬼切丸の少年の物とおぼしき自転車を、西尾、引っぱり出すと、おもむろに荷台に横座りに腰掛ける)

 

西尾「さぁ(鬼切丸の少年に)行きましょう、伸彦くん」

鬼切丸の少年「え?」

西尾「ふざけてないで早く乗って!」

 

(鬼切丸の少年、仕方なしに自転車にまたがる。

(当然、荷台の西尾に強くしがみつかれる。

(その体の感触に、不覚にも鬼切丸の少年、頬を赤くする)

 

西尾「さぁ、出発進行!

鬼切丸の少年「(ペダルを踏み込む)……!」

 

(教室。

(たどり着いた西尾と鬼切丸の少年。

(待っていたように、着席していた岡村ら不良が出迎える)

 

岡村「(爽やかな笑顔で)よぉ先生、
同伴出勤ですか♪」

西尾「ボディガードよ。あなた達に襲われないようにね」

岡村「たはっ……もう勘弁してくださいよぉ、先生」

不良「そうだよ。
オレ達伸彦にやられて
本当に改心したんだぜ」

岡村「思い出すなぁ、伸彦に、夕日の中で殴られたあの……快感を♪」

不良「……お、おかむらぁ……」

岡村「先生、伸彦は渡さねーからな!……
伸彦ぉぉぉ、俺いをれてくれっっ
(と、鬼切丸の少年に抱きつく)」

鬼切丸の少年「わーっ!(思わず逃げる)

西尾「ごちゃごちゃ言わないの!(と、出席簿で皆を叩き)みんな、揃ってるわね」

不良たち「(ものすごく爽やかな笑顔で)はーい♪」

西尾「……いいわ。さっそく追試を始めましょう」

不良たち「はーい♪

 

(西尾、教卓へ、鬼切丸の少年、席へ

(着席しようとして、そこで突如、

何かを思い起こしたように身を凍らせる)

 

西尾「……(鬼切丸の少年に)伸彦くん、どうしたの。早く席について」

 

(鬼切丸の少年   目を見開き、なお動かない)

 

岡村「おい伸彦、どうしたんだよ」

鬼切丸の少年「……おれは……」

西尾「伸彦くん? 気分でも悪いの?」

鬼切丸の少年「おれは……(奥歯を噛みしめる)

岡村「どうした伸彦、大丈夫か!」

鬼切丸の少年「違うんだよ!……おれは、伸彦なんかじゃない!」

 

N「彼は、名を持たぬ
同族殺しの純血の鬼。
民はただ、刀の名を
鬼切丸と呼んだ   

 

西尾「伸彦くん!」

岡村「伸彦!」

不良「伸彦!」

鬼切丸の少年「おれに名はない! おれは   
たぬ、同族殺し鬼なんだよ!

声「違うぞ、
おのれ伸彦だ!
 人間だ!

 

(突如、暗転)

 

鬼切丸の少年「!」

声「どうした、
おまえはすべての鬼を切り尽くし、
ついに望みどおりに人間になれたのだぞ。
人間として生を受け、を受けること。
永劫に近い時の中で
おしくがれた夢がついに   
ついに叶うたのではないのか?

鬼切丸の少年「違う! これは夢だ……夢だ!」

声2「(別の声)夢で、いいじゃない

 

(鬼切丸の少年、闇の中ひとり佇んでいる)

 

声2「ってるんでしょ
 鬼なんて、どんなに斬ったって滅びやしないって。

けしてえることないとりながら、
なぜあなたは数多け、
わりのないしみので、
わぬ見続けようとするの?

 それより、いっそ人間としての甘い夢に耽りながら、
人間としての短い生を終えたって、いいじゃないの?

 

N「そう、それは見果てぬ夢。

「叶わぬ夢。

「とこしえに、届かぬ夢。

「しかし、なによりも   甘い夢」

 

声「そうとも。夢を受け入れよ。
さすれば同族の誼でこの夢鬼、
甘美なる夢に包まれしままに、おのれを喰ろうてやろうぞ

 

(鬼切丸の少年、両の拳を握り、力を込める)

 

西尾「どうしたの、応えてよ伸彦くん!

 

声「さあ、えよ。
それでおのれは
人間を手に入れ、
焦がれるほどに
夢見人間   

人間としての幸福を得られるのだぞ。
おのれを愛してくれた人々と共にな

 

岡村「伸彦!

つぐみ「伸彦おにーちゃん!

紗英「こら伸彦!

幻雄「伸彦ぉぉ!

良子「……伸彦さま……

鬼切丸の少年「……良子!……」

 

(良子のイメージと重なった瞬間、

(鬼切丸の少年、唇を噛む)

 

鬼切丸の少年「お、れ、は……おに……鬼だぁっ!」

声「な……なに……!

鬼切丸の少年「(叫び)おれは人間ではない、鬼だ!
……こんなに溺れはしない!
  こんななど望まない!
  こんななど求めはしない!
  こんななど、そう   

N「そう   こんな、叶わぬ夢など   

声2「いいの? それでいいの?

鬼切丸の少年「夢鬼よ、おかしなまやかしはとっととやめて、
さっさとおれに斬られちまえ!」

声2「……いいの? 醒めてもいいの? この、夢から……

鬼切丸の少年「何度も言わせるな! こんな夢なぞ!」

声2「そう……

 

(突如、声2のイメージが具現化。
バクの姿になって虚空に浮かび上がる)

 

バク「じゃ、あたしが喰べてあげる」

 

(刹那、

(闇、かき消えて、風景は公園に戻っている。

蝉の声。

(すべては   夢鬼が見せた夢。

(そこには鬼切丸の少年、バク、そして巨大な夢鬼がそれぞれ対峙している。

(そして、鬼切丸の少年の手には、抜き身の鬼切丸が携えられている)

 

鬼切丸の少年「!」

バク「喰ったよ、あんたの夢」

鬼切丸の少年「お、おまえは……」

バク「言ったでしょ? ただの人間……ちょっとヘンなだけさ」

夢鬼「ぐぐ、おのれえ……

鬼切丸の少年「ありがたい、これで(鬼切丸を構え)奴が斬れる!

 

(夢鬼、鬼切丸の少年に襲いかかる。

(鬼切丸の少年、鬼切丸を抜き払い、夢鬼に立ち向かう)

 

夢鬼「お……おのれぇ鬼切丸……!
「いま一歩、いま少しのところを……!

鬼切丸「残念だったな」

 

N「人らうは、鬼。

 「夢らうは、獏。

 「そして刀は、

 「那由多   

 

(鬼切丸の少年、跳躍。

バックにした地上からのアングルで、
鬼切丸、夢鬼の額を両断する)

 

夢鬼「……(断末魔)……!」

バク「やった……」

鬼切丸の少年「(ぽつりと)こんな、夢、など   

バク「えっ?」

 

(夢鬼、煙のように塵に還ってゆく。

(鬼切丸の少年、鬼切丸を鞘に収める。

の鳴る音、高く、虚ろに響く)

 

鬼切丸の少年「……(沈黙)……」

バク「……ねえ?」

 

(鬼切丸の少年、鬼切丸を鞘に収めたその姿のまま、バクに背を向けている)

 

鬼切丸の少年「……これは、夢か……?

バク「ううん、違う……違うと思うよ」

鬼切丸の少年「そうか」

バク「ねえ……」

鬼切丸の少年「礼を言うぜ」

 

静寂。

(風が吹く。まばゆい日差し。

(鬼切丸の少年、鬼切丸を背にかつぎ、そのまま去って人混みにまぎれる。

(バク、鬼切丸の少年を見送るようにその場に留まる)

 

バク「ねえってば!(鬼切丸の少年に)

鬼切丸の少年「……」

バク「あんたの夢、美味しかったよ! とっても美味しかったよ!」

 

(鬼切丸の少年、人の中で立ち止まり、背を向けたまま)

 

鬼切丸の少年「鬼は、夢など見ねえよ」

バク「そんなこと言わないでって。夢でも見ないとやってらんないでしょ!」

鬼切丸の少年「……(沈黙のまま)

バク「なら、
あたしべてあげるからさぁ!

鬼切丸の少年「……(背を向けたまま)……ありがとうよ」

 

N「夢を見て、夢に傷つき」

 

(鬼切丸の少年、再び歩み始める)

 

バク「行っちゃうの! ねぇ!」

 

N「夢を追い、夢に迷い」

 

バク「(呼びかけて)あのさぁ! 言い忘れたんだけどさ
……あたし、実今、ダイエット中なんだ   

 

(太陽が降りそそぐ真夏の公園。

(鬼切丸の少年、雑踏に姿を消そうとする)

 

バク「で、食べ残しちゃったのよねー」

 

一転、
にぎわう景色がかき消えて、

(夜桜の花びら舞い散る、深夜の公園に変貌している)

 

鬼切丸の少年「……!……」

 

N「夢に癒され、夢に焦がれる」

 

花吹雪の街灯にきらめくその正面にただひとり、
メイド姿の良子、優しい微笑をたたえて立たずんでいる)

 

N「はかなきと知りつつも。かなわぬと知りつつも」

 

鬼切丸の少年「……良子……!」

良子「……また、お逢いできましたね……」

 

N「それが、露と消ゆ刹那の夢と知りつつも」

 

鬼切丸の少年「良子……!」

 

N「人間も、鬼も、夢を見て、夢を抱きて」

 

(鬼切丸の少年、そして良子、互いに駆け寄り抱擁する。

(バク、それを見守りながら、ポケットからチョコレートを取る)

 

バク「(チョコレートを口に運び、そして)ごちそうさま

 

(互いに寄り添う、鬼切丸の少年と良子の二人の姿。淡く描かれる)

 

N「夢を見て、夢を信じて   夢を追う。

人間も、鬼も」

 

(fin)

 

(H14.12.01_R.YASUOKA
(Based on Comic,
('ONIKIRIMARU'
(by Kei Kusunoki)

 

おことわり:
本作は楠桂原作「鬼切丸」を題材にしたフィクションです。
登場する、あるいは想起される人物・団体・事件その他も実在とは無関係です。