起承転結オリジナルストーリー

閑古鳥のぼやき番外編
「2001年のバレンタイン」

 

お断り:
本作はすべてフィクションです。
文中に登場する人物・事件・喫茶店およびその従業員は、まったく架空であることをご了承下さい。

 

 

「……やれやれ。バレンタイン丸一日働いて義理チョコ一枚っスか……それも身内からだけなんて……」

「もらえただけでもありがたいと思うんだな。ベータさんだって女の子だろ?」

「まあ……そうスけど。でも! 板チョコ一枚リボンシール貼って、いかにも義理チョコでございってのはなんか……悲しくないスか?」

「だから、それは……彼女に色気を期待する方が間違ってるんだよ」

「あはは! 本人聞いたら怒りますよ。言えてるけど……あ〜あ、こうして今世紀最後のバレンタインも、空しく過ぎ去って行くんスね……ああ、チョコが欲しいっス……」

「………………やらないぞ、チョコ」

「あのねっ! だっ、誰があんたなんかから……!」

「あたりまえだろがっ! ああ、気持ち悪い……」

「うううっ……せめてお客さんからチョコでももらえたらなぁ」

「おい。そういって一日中女性客のまわりをうろついてるから、お客さんみーんな帰っちまったじゃねえか」

「そうでもないスよ……ほら、まだ一人窓際に座ってるじゃないスか! 一見OL風の二十歳代前半くらいの、セミロングで瞳がおっきくて色白の……!」

「……そこまで説明しなくてもわかるって。他にお客はいないだろうが」

あ……そうでしたね……でも、それだけじゃないスよ。彼女のテーブル、何げに置かれてるプレゼントの包み……あれ、絶対チョコっスよ!」

「ああ、そうだろうな。バレンタインだから」

「それから! この店来てからずっと、窓の外やらドアをじいっと見てるでしょ? どう見てもあれは……待ち人来たらずって感じっスよ。かわいそうに……」

「お前な、お客さんをあれこれ詮索するのは……」

わかってないなぁ! 今の彼女がどんな不安な気持ちでいると思ってんスか? 誰かが手を差しのべてあげないと……じゃ、ちょっと」

「おっ……おい!」

「いらっしゃいませ……お客さん、コーヒーのおかわりはどうスか?」

「えっ? ああ……けっこうです」

「誰かを待ってるようですが、もしかして……デートの約束しといて待ちぼうけっスか? 悪い男っスねぇ……」

「えっ? ええと……」

「まあまあ、こんなきれいなお嬢さんをほっとくなんて……ロクな男じゃないスよね♪」

「あ、あの……」

「はい?」

「……すみませんでした。もう、帰りますので……」

ああっ、ちょっと! そんな追い返すつもりじゃないんスよ……ねえ!」

「どうぞ、自家製アップルパイです」

「え? あのっ、これ……頼んでないんですけど……」

「うちの店員が失礼したお詫びです。よろしければどうぞ」

「あ……すみません。いただきます……」

「……きったねえの、そうやっておいしいトコ持ってきやがって……これだから大人ってヤツぁ……マズかったら正直に言ってやってくださいね! その方が本人のためなんスから……」

「いえ、あの……」

「ほ〜ら、やっぱり失敗作なんスよ……だから言ったでしょ? 動物実験くらいやらないとね」

「動物実験だと! 何を失礼な……」

「違うんです、その……すみません。長い間いちゃって……」

「あ……なぁに、構いませんよ。好きなだけ居てもらうのが、ウチの営業方針ですから」

「そうっスよ。値段とか味とかでサービスできないから、せめて時間くらいは……ってわけっスからね♪ 正直に言ってください……マズイでしょ? ウチのコーヒー」

「あの……」

「はい? なんスか? やっぱりマズイ?」

「……ここって、面白い名前ですよね。私……近くの会社に勤めてますけど、ここのお店の前を通るたびに、気になってたんです」

「……そりゃ気になるでしょう。あんまり貧乏そうで、一家心中してないかとか?」

「あのなっ!」

「いえ、そうじゃなくて……たぶん、昔マンガ描いてたせいですけど。店長さんも、マンガ描いてらっしゃるんですか?」

「いや……うちはマンガじゃなくて、どっちかというと文章ですかね……」

「ホントの名前はね、『ハナシの茶房・起承転結』って言うんスよ。バカ話、ムダ話を書いたり披露したりしてるんスよ♪」

「そうですか……それなら、こんなお話はどうですか?」

「あ……はい?」

「これは私の……じゃなくて、私の友達の話です。その友達も、この近くの会社に勤めているんです。それで……」

「お友達、ですか……それで?」

質問! その友達、美人っスか? だったら……」

「黙ってろ」

「……電車で毎朝同じ車両に乗ってくる、素敵な男の人がいたんです。彼女はずっと、その男の人が気になってたそうですけど、それで今朝……いえ、バレンタインの朝に思い切って、チョコレートを渡してみたんです。駅を降りて、会社に向かう途中の道で。ダメでもいいかなって……」

「そしたら?」

「……受け取ってもらえま……した、そうです。それだけじゃなくて、その時に彼が『あ、君……いつも同じ電車で見かけるね』って」

「えっ……じゃあ、じゃあ! 向こうも知ってたんスね♪ よかったじゃないスか」

「その時はそうかなって思いました……思ったようです、彼女は。だから……それで、つい……仕事終わったら食事でも……って話しかけたんですけど……」

「この店にスか? こんなマズイ店に?」

「……はい」

「そうっスよね。やっぱりマズイですもんね……イテッ!」

「どうしていちいち混ぜっ返すんだ?」

「……その時あの人が、『起承転結って店があるからそこに……6時でいいかな?』って……それで私、くすっ……彼女、ずっと待ってたらしいです。もう……2時間くらいですか、約束の時間はとうに過ぎてるのに。それでも諦められずにずっと……今にも、そこのドアが開いて『やあ待った? 遅れてごめん』なんて彼が来るんじゃないかって、ずっと待ってるそうですよ……変ですよね」

「変! 絶対変っスよそれ!」

「おいお前! お客さんに向かって何てコトを……」

「あ……いえ、相手の男のコトっスよ。よりによってこんな店で食事しようなんて……こりゃ騙されたか、からかわれてるのか……実は、嫌われてるんじゃないスか?」

お前は喋るなっ! その……彼女が声をかけたって男ですか、うちを知ってるとしたら、前に来たことがあるのかもな……?」

「オレ達も見たことあるんスかね。身長はどうス……オレ達より高いスか?」

「え……いえ、その……」

「……おっと、友達の話でしたね。彼女はその彼のこと、何て言ってました?」

「はい……背は、もっと高いそうです。180くらい」

「180ね……じゃ、顔はどんなです? ちょっとマスターこっちへ……どうスか? この顔よりマシっスか……あ、愚問かな?

「どういう意味だ」

「まあまあマスター……で、どうスか?」

「そうですね、どちらかというともう少しマシな……あっ、すみません!」

「…………いっ、いえ。お気遣いはいいんですよ……」

あはははは! 正直でいいじゃないスか!」

「違うんです、その……本当にごめんなさい! 別にマスターさんの顔がマシじゃないとか、そんなつもりで言ったんじゃないんです。気を悪くされたらその……すみません、つい……」

「いや……ですから、フォローされると却ってつらいです……」

「眼鏡はかけてません。もうちょっと色黒で、全体的に面長の感じですけど……」

「はい、なるほどね……どうだ、心当たりはあるか?」

「さあ……だってオレ、野郎の客は眼中にないスから……」

「このバカヤロ! だったらはじめから訊くんじゃ……」

「そういうマスターこそ、心当たりはないんスか?」

「う〜ん……人の顔覚えるのは苦手でな……」

「五十歩百歩って言うんスよ、そういうの……」

「ま、まあ……なんだ。仕事が長引いているとか、なにか事情があるかもしれませんから……」

携帯は? 連絡とか、つかないんスか?」

「それが……まだ、教えてもらってないんです……」

「そうでしょうね、初めて会話したのが今朝だったら……じゃ、会社もわからないんですね?」

「はい……実は、名前も……」

「からかわれてる! 絶対、からかわれてるっスよ!

「おい……お前!」

「許せないっスね、こんな可愛い子をからかうなんて……どうスか、そんな最低野郎のことは忘れて、これからオレとデートでも?」

「えっ?」

「こら、どさくさに紛れて口説いてるんじゃない!」

「イテテ! 冗談っスよ、冗談……そいつ、ホントに言ったんスね? 起承転結って」

「え……はい」

「もういっぺん、よ〜く考え直してみてくださいよ。誰がどうして、何が哀しくてこんな店を待ち合わせ場所にしなけりゃならないんスか」

「こんな店で悪かったな」

でも私……いえ彼女、聞き返したんです。それで確かに『起承転結』だって」

「だ〜か〜ら! だからっ、こんな……今にも潰れそうな汚い店なんかに呼び出すなんて、言っちゃ悪いけどその男もよほどの変……あ痛たたたっ、何するんスかぁっ!

どうしてお前は一言余計なんだ? ん?」

「ちょ……ちょっと! 今はそんなコトしてる場合じゃないでしょ?」

「……いいんです、もう。なんか……話を聞いてもらったら、すっきりしちゃいました」

え? どうして? 友達のハナシなんでしょ?

「……気づけよ、いい加減に」

「わかってます、軽いボケっスよ」

「まあ……しょうがないですよねぇ。ダメだったんだから……でもよかった♪ 思い切って告白できたんだから」

「そんなぁ! まだ、諦めるのは早いっスよ」

「いいんですよ、もう……あっ!」

「?」

「明日からもう、あの電車乗れないなぁ。どうしようかなぁ……」

「うっ……ですから、まだ……っスよ。たぶん……」

「……ありがとうございます。店員さんって、優しい人なんですね」

「え……いやいや、そんな……そんなことないっスよ! オレなんか全然……!

お客様、おだてないでください。図に乗りますから」

「ちょっと!」

「……そうだ、これ……よかったら使ってください」

「え? あの、これは……」

ネクタイです。あの人に……その彼に似合うんじゃないかなと思って。あとで渡すつもりでしたけど……」

「あっ……そうなんスか、その……」

「結構です。どうか、そのままお持ち帰りになってください」

「え……ちょっとマスター!」

「……よしんばその彼が来なかったとはいえ、自分を捨てちゃいけませんよ、お客さん。こんなバカがいい人に見えるのは疲れて混乱しきってる証拠です。温かいココアでもお飲みになって、つらいことは忘れて一晩ゆっくり休んでください。朝になったらきっと……」

「ちょっ……おいコラっ! カワイイ従業員に向かってなんスかその言い草は! いくら自分が女の子に興味もなければ相手にもされないからって、オレまで巻き添えにするのはやめてくださいって、いっつも言ってるでしょ! へっ……これだからヘンクツオヤジは………………あ、怒りました?」

「……貴様っ、今日という今日は……ちょっと来い!」

「ちょっ……ねえ落ち着いてくださいっスよ。お客さんの前で、そんな……」

「いいから来い!」

「ね、ねえ……そんな怖い顔しないで、話し合いましょうよ。お互いどっかに行き違いが

「いいから来るんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あの……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ〜あ…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……お待たせしました。おかわり、いかがです?」

「あ……いえ、大丈夫です」

「そうですか……遠慮しないで声、かけてくださいね」

「あ、はい。……あ、あの……さっきの店員さんは……?」

ちょっと気分が悪いらしいですが……でも心配はいりません。じきに出てきますよ」

「えっ……? でも、あの……」

「大丈夫です。多少ブッ叩いたくらいでは、ビクともしませんよ」

 

 

「………………うううっ、もう……おムコにいけないっス……」

「こっ……こらっ、人聞きの悪いこと言うな!」

「しくしく、ボク……こんなに汚れちゃった……」

「踏むよ」

あたたたた! 踏んでから言わないでくださいっスよ!」

「……くすっ」

「あ……あはは、面白いですか?」

「あら、ごめんなさ……あははは♪

「あはははは! ウケてるっ、ウケてるっスよマスター!」

「はははっ……! いいんですよ、遠慮しないで笑ってやってください」

「すっ、すみません……笑っちゃいけないのに……あははははっ!」

「いいっスよ……こんな事くらいしか、してあげられないっスからね。オレ達」

「そうですよ、可笑しけりゃどんどん笑ってください! それで……嫌なことを少しでも吹き飛ばせれば……ははははは!」

 

 

 

 

「……すみませんでした、長居しちゃって……でも、これで吹っ切れそうです」

「そうですか……どうかぜひ、またいらしてください」

歓迎するっスよ♪ また口説いてあげますし」

「ええ……また来ます。起承転結、ええと『ハナシの……』」

「『ハナシの茶房・起承転結』っスよ」

「あ、はい♪ 起承転結ですよね」

「ええ、起承転………………

「?」

「ん? どうした?」

「…………………………………………吉祥天」

「え?」

「『吉祥天』っスよほら! 信号はさんだ向こう側にオープンした、終夜営業の和風ファミレス!」

「吉祥天……きっしょうてん、きしょう……あ」

「『吉祥天』だったんだ! 6時に……『起承転結』じゃなくて!

「そうっスよ! それで納得がいったっス……だからさっきから言ってたんスよ。こんな店なんか、誰が待ち合わせに使うもんかって……ね! そうでしょ?」

「……とにかくっ、急がないと!」

「でも……でも、もう2時間も……」

「2時間くらいっ! 女は待たせてナンボ、男は待ってナンボの生き物っスよ!」

「まぁた、訳の分からんコトを……とにかく、早く行ってあげなさい」

「あの……あの、それじゃ、お勘定を……」

そんなのいいから! 間に合わなくなったら大変じゃないスか、ねえマスター?」

「ああ。あ、そうだ……これを持っていかないとね」

「ああっ、それはオレのネクタイっ……!

「お前のじゃないだろ、これは……それから、これも良かったら」

「ちょっとマスター! それ、ベータさんの板チ……」

「そんな、もらえません……それに、チョコは朝に……」

「……それは、今年の分でしょう? これは、来年のバレンタインの分です」

来年の?

「そうです。ちょっとした……おまじないですよ。いいですか? 雰囲気が出たところで、そっと渡してください。それでその時にですね、『来年の……2001年のバレンタインも、こんな風に渡せるといいね♪』……って、言ってあげるといいですよ」

「…………」

「万が一……もしもダメでも、また来年……バレンタインはやってきますよ」

「…………」

「……ちょっと、いやかなりキザかもしれないですけどね」

「いいえ、すみません……」

「ホラホラ、早く行ってあげないと! 首長くして待ってるっスよ、きっと!

「ありがとうございます……あの、私……」

「はい?」

「……やっぱり、このお店に来て良かったです。ありがとうございました……!」

どういたしまして……気をつけてね!」

 

 

 

「……行っちゃいましたね」

「ああ……逢えるといいな、その店で……なんだ」

「吉祥天……女の子の制服が可愛いんスよ

「ふぅん、そうなんだ……」

「ええ……。で、ところで……」

「ん?」

「……何が『おまじない』っスか……この、キザ野郎

「う、うるさいな……自分こそ、口説くんじゃなかったのか?」

「それは……ホラ、もしも振られて泣いて帰ってきたら、その時はオレの出番っスよ」

「そうか……あ、そうだ」

「どうしました?」

「……彼女の勘定分、お前さんのバイト代から引いとくからな」

げげげげげっ! マジっスか!?」

「マジだよ……だって、お前が払わなくていいって言ったんだろ?」

「マスターだって賛成してたじゃないスか! ズルいなぁ〜、外ヅラだけ良くしちゃって……」

(fin)

(H12.2.14 R.YASUOKA)