三匹が斬る!オリジナルストーリー
「花供養 雨に散りぬる 悪代官」(その3)

 

登場人物

 

矢坂平四郎(殿様)
浪人。気品と豪放さを併せ漂わす偉丈夫。

久慈慎之介(千石)
浪人。野生の気迫凄まじい貧乏侍。

燕陣内(たこ)
浪人。甲賀忍者の系譜に連なる剽軽な商売人。

お蝶
三匹と行動を共にする娘。見習い戯作者。

 

川合軍太夫
宇田川藩友崎代官。

福本
代官所の役人。

岩尾
代官所の役人。

 

内藤修理
宇田川藩目付役。巡察使。

伊吹
内藤の部下。

 

三吉
宇田川藩境井村名主の子。

お春
三吉の妹。

 

代官の部下たち

浪人たち

人夫・農民たち

住職

 

(代官屋敷。夜。

(大降りになっている雨を、苦々しげに見ている川合。

(殿様、廊下の先より登場)

 

殿様「……降りますな

川合「うむ」

声(部下)「ご注進! ご注進!……お代官様!

 

(代官の部下、蓑笠姿で庭先に転がり込む。

(声を聞いて集まるたこ、お蝶、福本、岩尾、その他部下ら)

 

部下「お代官様ーっ!」

川合「どうした!」

部下「この雨で茜川の水嵩が増し、今や溢れんばかりです!」

川合「堤防は!」

部下「宿直の人夫どもで補強を続けてますが、このままでは……!」

川合「おのれ……

(別の部下に)出水、高峰っ、その方ら近郷の村から人夫を集めるのだ!

 それから、女子供や足弱の者らは、決壊に備えて急ぎ立ち退かせよ!

別の部下「はっ!」

川合「岩尾と福本はわしと参れ、堤防を守るのだ!」

岩尾・福本「ははっ!」

殿様「も行こう! 人手は多い方がいいだろう」

川合「(殿様に)かたじけないっ!」

お蝶「私たちも行くわ!」

たこ「(手を振って)うん。行ってらっしゃい

お蝶「たこさんも行くのよ!」

たこ「だって、これ(と着てる物を示し)おろし立てなんだぜ……」

お蝶「つべこべ言わないの! さあ!

 

(大雨の堤防工事現場。

(蓑笠を身につけた人夫たち、応急工事に土嚢を運び、積み上げる。

(それを物陰から窺っている、

(千石、三吉、そして浪人たち)

 

千石「(三吉に)護衛の侍は俺達が引き受ける。
 ……三吉、お前はまっすぐ代官を狙え」

三吉「はい」

千石「(浪人に)……護衛の中に図体のでかい浪人がいるはずだ。そいつはに任せろ

浪人たち「(うなずく)」

千石「行くぞ!

 

(千石ら、一斉に飛び出す)

 

福本「何者だっ!」

浪人「(抜刀)利私欲しめる悪代官っ、天誅だ!

福本「何をっ!(抜刀)」

 

(浪人、雨の中から姿を現し、

(工事の人夫を次々に斬り倒す)

 

人夫「(悲鳴、そして倒れる)」 

千石「(浪人達に)おいっ、様ら……丸腰の者には手を出すな!」

浪人A「巡察使様のご命令だ!」

浪人B「代官に組する者は皆斬ってしまえとな!」

千石「何ぃっ!……」

福本「おのれっ……我らが相手だ!」

 

(福本、人夫守り浪人たちと斬り合う。

(浪人に囲まれた福本、背後から肩を斬られ、のけぞって倒れる。

(加勢に駆けつけた岩尾、福本に取りすがる)

 

岩尾「福本ぉっ!」

福本「(起こされ)大事ない!
 それより人夫をっ、堤防を護れ!」

岩尾「おうっ!」

浪人A「斬れ! 皆殺しだ!」

 

(岩尾と福本、浪人たちと対峙。

(その時、殿様割り込んで

(一刀のもとに浪人たちを切り捨てる)

 

殿様「ここは拙者が! 堤防を!」

岩尾「かたじけない!(堤防に向かう)」

浪人B「(殿様と相対し)こやつ、手強いぞ!」

浪人A「久慈殿っ、久慈殿!」

殿様「……千石!」

千石「よぅ殿様ぁ。相変わらず悪代官の用心棒か?

 

(千石、懐手でゆっくりと歩み寄る。

(その後ろに付き従う浪人たち。

(たこ、お蝶、追いついて登場。

(なすすべもなく殿様と千石を見守る)

 

千石「……行くぞ!

殿様「(無言で構える)」

 

(千石、抜刀ざまに振り向いて、

(振り向きざまに、背後にいた浪人二人を抜き打ちに切り倒す)

 

浪人C「おのれっ、裏切ったか!」

千石「うるせぇ! もっと悪ぃ方から叩ッ斬ってやんだ!」

殿様「千石!」

千石「殿様、代官斬るのはこの次だ……まずはこいつらだ」

殿様「すまんっ」

千石「ついでに云うが、
 巡察使の内藤は堤防工事手柄を横取りするのが魂胆だ」

殿様「……やはりそうか!」

 

(殿様、千石、浪人たちを斬り倒す)

 

たこ「かったね、仲直りして」

お蝶「(たこに)ぼけっとしてないの、堤防を守るのよ!」

 

(川合、人夫たちを指揮している)

 

川合「土嚢をっ、土嚢を積め!」

 

(川合、荒れ狂う川面に目をやる)

 

川合「ええいっ、わしがやる!

 

(川合、土嚢に飛びつき自ら運び始める。

(その足をぬかるみに取られ、よろける川合)

 

声(お春)「お代官様ぁっ!」

 

(飛び込んで、それを支えるお春。

(お春、川合が抱える土嚢に手を貸し、二人で担ぎ上げる)

 

川合「その方……」

お春「早く!」

川合「……(うなずき)よし!」

 

(その表情、突然、苦悶に歪む。

(川合の背後、

(蓑笠で人夫に変装した三吉、川合の脇腹に短刀を突き立てている)

(吐血しながら崩折れる川合。

 

福本「(浪人と斬り合いながら)お、お代官っ……!

 

(三吉、短刀を手に倒れた川合を見下ろしている)

 

三吉「官っ、おとうの仇だ!」

 

(三吉、短刀を振り上げる。

(お春、飛び出して三吉を押しとどめる)

 

三吉「お春……!

お春「だめぇっ! あんちゃん、お代官様を殺さないで!」

三吉「どけお春っ、こいつにとどめを……!」

お春「待って、お願い、
聞いて! あんちゃん!」

 

(もみあう三吉、お春。

(しかし三吉、お春を振り払って、

 

三吉「死ねぇっ!

 

(三吉、川合の胸元に短刀を突き立てる)

 

川合「(叫び)」

お春「いやぁぁっ!」

 

(お春、顔を覆う。

(離れた所で浪人を斬り倒した千石、その様に目をやる)

 

千石「……(ぼそっと)三吉、……」

 

なおも冷たく降り続ける、雨。

(三吉、ゆっくりと立ち上がり、

(静かにお春に歩み寄ると、そっと手を差しのべる)

 

三吉「さあ、お春……どうしたんだ、行こう」

お春「……(激しく首を振る)」

三吉「お春……」

 

(三吉、お春に手を延ばし、その掌を取る。

(しかし、

(お春、その手を振り払い、

(無言で三吉に背を向けて、倒れた川合に取りすがる)

 

三吉「お、は、る……」

お春「(三吉を無視)お代官様! お代官様!」

 

(三吉、呆然と立ちつくす)

 

三吉「……お春ぅ!(絶叫)……」

 

(三吉、踵を返して走り去る)

 

千石「おい三吉っ!(追う)」

 

(殿様、残った浪人達を斬り伏せ、川合とお春の元に駆け寄る)

 

お春「お代官様ぁっ!」

殿様「代官殿ッ!」

川合「矢坂殿か……これで、これで良いのでござる……

殿様「確かに!
 貴殿が斃れたら堤防はどうなる! しっかりなされよ!」

川合「堤防を……堤防をぅ……!

お春「お代官様!」

川合「……お春か……

お春「お代官様! しっかりしてください!

川合「……すまなかったな……
わたしが、わるかっ……

(瞑目)」

お春「お代官様ぁっ!

 

(川合、瞑目。

(岩尾、福本、ほか代官の部下集まる)

 

福本「お代官!」

岩尾「お、おのれぇーっ!(と三吉を追おうとする)」

殿様「待て!(と、岩尾らの前に立ちはだかり制す)」

岩尾「なぜ止めるっ! お代官の仇を……!」

殿様「その代官の最期言葉とする 誰が堤防を護るのだ!」

岩尾「くっ……!」

殿様「ここは我々に任せるんだ、堤防を頼む!」

福本「岩尾!」

岩尾「……皆の者、作業に戻れ! 
堤防を護れーっ!」

殿様「かたじけない!」

 

夜の道、一人走る三吉。

薬師堂の前、伊吹と数名の浪人達が軒下に雨宿りし座っている。

(伊吹ら、三吉の姿を見て腰を上げ、明かりにしていた龕灯をかざす。

(三吉、伊吹らの前に登場)

 

伊吹「やったか!

三吉「はい! ついに……ついにこの手で代官を!」

伊吹「でかしたぞ三吉! で、他の者は?」

三吉「(息を切らしている)」

伊吹「まぁよい……では、からの褒美だ。
りがたくかるがよい

 

(云うなり、

(伊吹、抜き打ちで三吉を斬る。

(悲鳴とともにのけぞる三吉。額を割られ血を流している)

 

三吉「なぜ……なぜ……内藤様は、わたしを……」

伊吹「莫迦め、代官殺しの下手人を、若がお許しになるわけなかろうが!」

三吉「……ちき、しょうっ!

 

(三吉、手にした短刀を振りかざす。

(背後の浪人、その三吉を袈裟懸けに斬る)

 

三吉「だ、、したな……!」

伊吹「うぬのような百姓など、端から若の眼中にないわっ!」

千石(声)「三吉ぃー!」

伊吹「(声に気づき舌打ち、踵を返す)」

 

(伊吹、浪人達、去る。

(残された三吉、そのまま倒れ伏す。

(千石、いち早く登場。逃げる伊吹に目をやるが、三吉のもとに留まる。

(続いて殿様、たこ、お蝶、お春次々登場。

(千石、三吉を抱き起こす)

 

千石「(三吉を抱えながら、逃げる伊吹らを睨み)てめぇら……!

三吉「久慈、さま……おれが、おれがばかでした……

千石「しっかりしろ三吉!」

三吉「……お春ぅ……!

お春「あんちゃん! あんちゃん!

三吉「ごめんな……(瞑目)」

お春「あんちゃん!
 あんちゃん!
(泣き伏す)」

殿様「(掌を手向けて祈り)お蝶、お春を頼む」

お蝶「……あいよ」

殿様「千石、たこ……行くぞ」

千石・たこ「(黙ってうなずく)」

 

(内藤の宿、農家の一間。

(縁側に控える浪人たちに囲まれ、内藤、伊吹、談笑している)

 

伊吹「しかしながら若も策士ですな。
 代官を消した上、その下手人も討ち取ったとなれば……まさに大手柄でございますぞ」

内藤「代官が死んだのは悪行の報いというものだ。

……あとは私が後任を申し出、工事を完成させれば……」

伊吹「殿の覚えめでたく、
さらなる出世も思いのままでございますな」

 

(一同、笑う)

 

伊吹「しかし、あの久慈と申す男はいかがしましょう。
我々と三吉の繋がりを知っているのはちと厄介ですぞ」

内藤「ふっ、行きずりのやせ浪人に何ができる。
 たとえに訴え出たところで、もみ消す手立てはいくらでもある」

伊吹「そうでございますな」

内藤「見てろよ……
 もう誰にも『家老息子』などとは呼ばせんぞ」

伊吹「ようございましたな、若」

内藤「その方もだ」

伊吹「は?」

内藤「私を『若』と呼ぶな」

伊吹「……ははっ!」

声(殿様)「お前を呼ぶ名は『悪党』以外にない!

 

(気配を感じて腰を浮かせる内藤、伊吹、浪人たち。

(庭先から姿を現す殿様、千石、たこ)

 

内藤「(千石に気づき)その方ら……!」

殿様「宇田川藩目付内藤修理!
 おのが利欲の為に友崎代官川合軍太夫を謀殺したうえ、
 堤防を決壊させ村の人々をも犠牲にしようとした罪、断じて許せん(抜刀)」

千石「オぅこのとっつぁん坊や! よくも三吉を使い捨てにしやがったな!……(抜刀)

切り捨てられる者の痛み、てめぇも味わってみろ!」

たこ「やいやいやい! 甘い汁を吸わせそこないやがってっ、
吹色のは恐ろしいぜ
(槍を構える)」

伊吹「おのれっ、生きて帰れると思うなよ!」

 

(浪人たち、三匹を包囲する)

 

内藤「この下郎共を斬り捨ていっ!」

千石「どっちが下郎だこの野郎っ!」

 

(三匹、浪人たちと斬り結び、斬り倒す。

(紋切り型だが見せ場であるこのシーン、敢えて克明な描写は避け、

(読者の想像力に委ねたい。

(ただしBGM・小林亜星はお忘れなく)

 

殿様「……!(剛剣を振るう)」

千石「ちぇすとぉぉぉっ!(浪人を斃す)」

たこ「三割(槍を振るう)五分(槍で躱す)二厘!(突き刺す)」

 

(三匹、浪人たちを倒す。

(追い詰められた内藤、伊吹)

 

伊吹「やあっっっ!(踏み込む)」

 

(殿様、伊吹を斬り倒す。

(いつの間にか雨もやみ、

明かりの下で、一人残った内藤を囲む三匹)

 

内藤「あ……ああ……」

千石「てめぇも終わりだ!

殿様「待て!(と千石を制す)」

千石「!」

殿様「(内藤に)自らの悪行を悔い改めた代官に免じ、
お主にもし悔悛の心根あらば、命だけは助けてやろう」

内藤「なにっ……

千石「おい殿様っ!

殿様「(千石を制し)どうだ内藤、これ以上無益には流したくない!」

内藤「(少しの間を置き)

……わ、私の何が悪行と云うのだ!」

殿様「!」

内藤「私には望みがあるんだ。
この泰平の世、まともにやってて
それが果たせるか!

殿様「……」

内藤「夢を叶えるのに、何かを為すには犠牲はつきものではないかっ!
……久慈!(と千石を指し)
お前の千石取りの夢だってそうだろう! 違うか!」

千石「貴様の腐った野心と一緒にするな!

 

(千石、胴太貫を一閃させ内藤を斬る。

(転がり、絶命する内藤。

(殿様、無言のうちに懐紙を取り出し刀身を拭い、

(それをごと宙に放り上げる。

白い懐紙が夜に散って、舞う)

 

千石「……だから言っただろう? 悪党は死ぬまで悪党なんだよ」

たこ「そうそう。この人たちだって、斬られてナンボでやってんだから。
(転がる死体に)ねぇ?

 

(寺の墓所。

(無縁仏に並び立つ、川合の墓の前。

(川合の墓石と、その傍らに立つ新しい墓石……三吉の墓。

(手向けの花を捧げる、殿様ら三匹とお蝶、お春、福本、岩尾そして住職)

 

千石「なんだこりゃ、代官にしちゃチンケな墓だな」

住職「村の者に詫びたい、村の者と共に眠りたい……それが、お代官様のお望みでした」

お蝶「……いい人、だったのね……」

たこ「きっとあの世でさ、奥さんと仲良くやってるよ」

千石「たぶん……三吉ともな」

殿様「そうだな。(お春に)お春さん」

お春「はい」

殿様「悲しみも憎しみも、きっと時が変えてくれる。
 あの代官や……そして兄さんの分も生きて、
  この村の人たちが救われるのを見届けてやってくれないか」

お春「はい」

 

(一同、合掌。

(やがて、立ち上がる)

 

殿様「代官殿が命がけで護った堤防、きっと完成させてくださいよ」

福本「はい」

岩尾「後任の代官も、工事に理解を示してくれました」

千石「横槍入れてた目付もいなくなって、もう予算に悩むこともないからな」

たこ「頼んだよ(と、岩尾の肩を叩く)。けど、甘い汁は吸うなよ」

岩尾「おのれっ!」

たこ「あーれー!(と逃げまどう)」

千石「……殿様、行こう」

殿様「そうだな」

 

(歩き始める殿様、千石、たこ、お蝶。

(一行、寺を出て、街道を行く)

 

たこ「あーっ!」

千石「どうした?」

たこ「三割五分二厘っ! 取り損ねちゃったよ」

殿様「あきらめろ、代官殿が死んで約束は反古だ」

たこ「えーっ……たこさん、骨折り損のくたびれもうけ……」

お蝶「あーら、たこに骨はないでしょぉ?」

たこ「うるさいな……あっお蝶! お前だって結局一朱踏み倒したんだろ、えっ!」

お蝶「(殿様風に)代官殿が死んで約束は反古よ」

たこ「……ほっほっほ、お蝶屋、おぬしも悪よのぅ」

お蝶「いいえ、おたこ様ほどでは。ほっほっほ

千石「あきれた奴らだ……(笑う)」

 

(一行の会話フェードアウト。

(それにかぶってナレーション)

 

N「亡き人の 願いの花に 前非を悔いて  命を懸けた 悪代官の  罪は堤を築き上げ 川に流れて消えてゆく  流れながれる 三匹に  梅雨の晴れ間の 陽は降りそそぐ」

 

(fin)

  【メニューに戻る】

(H18.7.17_R.YASUOKA
(Based on TVprogram,
('Three-RONINs act!')

 

おことわり:
本作は時代劇「三匹が斬る!」を舞台にしたフィクションです。
登場する、あるいは想起されるいかなる人物・団体・場所・事件・悪役俳優その他も実在のものとは一切無関係です。
ただし、
本作を通じて故・川合伸旺氏を偲び、
謹んでそのご冥福をお祈り申し上げます。


(C)Logic-Construction 1998-2006
Written by Ryohsuke Yasuoka