「卿だなっ、提督に二杯のコーヒーを持っていった従卒は!」 「ぐ、グリース中尉!……」 「あれだけ言ったのに間違えるヤツがあるか! 提督が指を1回鳴らしたらコーヒー、2回鳴らせばウイスキーだ!」 「もうしわけありません……許してください中尉っ!」 「こ、こら泣くなっ! 泣くんじゃない!」 「お願いですっ、お願いですからクビにしないでください中尉ぃぃっ! 父は寝たきり母は蒸発、4人の兄弟姉妹の生活と積もり積もった薬代の借金がぼくの給料にかかってるんです……もし、もしぼくが軍隊を追い出されたら、ね、ねえさんが身を売らなくてはならないんですっっ! うわーんっ!!」 「……だ、抱きつくんじゃない! わかった、いいから離れてくれぃ!」 「……ぐすん……」 「まったく……いいか、提督のジェスチャーをよく覚えておくんだぞ」 「はい。1回がコーヒー、2回がウイスキーですね」 「そうだ」 「あのぅ……では、3回でしたら?」 「3回なら黒ビールだ。ついでに言うが4回は473年ものの赤ワイン、忘れるんじゃないぞ」 「はい! 3回、4回と……もし5回でしたら?」 「5回は452年ものの白ワイン、提督秘蔵のプレミア級の逸品だ。御相伴に預かれそうなら必ず呼ぶように」 「じゃあ、6回は?」 「運がいいと思えよ。ジンが1、オレンジキュラソーが0.5にミルクを0.3をスクイーズしたのにライム汁数滴を落として、広口のグラスの飲み口にソルトを振った特製カクテルを3分15秒以内に作って持って行け。小官も前任から引き継いだだけで、まだ、誰も見たことがないらしい」 「……それでは、もし、7回でしたら……?」 「拍手してやれ。松鶴家千とせのマネだ」 「……………………誰です? それ」 「……わっかんねーだろーなー……」 「……」 「……了解! 各隊に伝令っ、『右翼部隊を九時方向に展進させ鶴翼陣形をとり、敵をおびき寄せて集中砲火を浴びせよ!』」 「すごいですねグリース中尉っ、よくあのジェスチャーを解読できますね」 「慣れだよ慣れ。卿ももう半年も従卒を続ければ、提督の言いたいことは理解できるようになるぞ」 「慣れですか?」 「たとえば提督が右手をこう、左上から右頭上に振る。それは『艦隊を時計方向に移動し敵側面に回り込め』だ。簡単だろ?」 「……簡単ですか? それ……」 「基本だよ。もしその左から右に振った手を左に戻したら『臨戦態勢をとりつつ右翼に展開、一斉砲火を浴びせ敵の前後を分断せよ』だ」 「それ、ホントに提督の意思なんですか? 中尉が作ってません?」 「慣れだと言ってるだろ!」 「じゃあ、じゃあ……その左に戻した手をもう一度右に振ったら?」 「『敵左翼に火力を集中、敵部隊が左翼に戦力をシフトさせた隙をついて右翼に突撃、一気呵成に突破して後方に回り込め』……滅多に使わない命令だ。我が艦隊の辞書には、全艦突撃とか強行突破とかいうビッテンフェルトの類義語は載ってないからな」 「じゃ、じゃ……左から右に振って、左に戻して、また右に振って……またまた左に戻したらどうなるんですか?」 「おいっ、いくらなんでもそりゃ気にしすぎってもんだぞ……」 「だって……いま提督がやってますよ」 「えっ……?」 「ね」 「……殺虫剤を持ってこい。提督はハエを払ってる」