からくりサーカスオリジナルストーリー
「紫陽花忌〜振り返るには遠すぎる〜」
十一章〜闖入〜
「ほらぁ、なんだか知らないけど、元気出してよ!」
「げっ……おまえ、なんでここに!」
手元が狂った。
素振りをする『トレジャーキーパー』の大鎌がすっぽ抜け、稽古場の床に突き刺さった。
「きゃっ!」
音に驚き、
ゆかりが悲鳴をあげる。「……ああ、びっくりしたぁ……」
「びっくりしたのはこっちだよ!」
外した手袋を床に叩きつけ、阿紫花は、出入口からのぞき込むゆかりに怒声を浴びせた。
「なんで……なんでおまえ、こんなところに来てんだよ! ここは……」
「……ごめん。ごめんね……」
いつもと違い、ジャージ姿でゆかりはうつむいた。
その声に戸惑いつつ彼は、黙り込んだ彼女に歩み寄った。「あっ……いや。あの……」
「なぁんてね。えへ♪」
くい、と。阿紫花の手がつかまれた。
「ねえ、庭の草むしり手伝ってよ!」
「落ち込んでちゃダメだよ♪」
庭園で、ゆかりと並んで雑草をむしる阿紫花に、前触れもなくゆかりはそう言った。
今朝見た天気予報では、午後からまた降り始めるらしい。
だから、この晴れ間のうちに作業を進めたいと、彼女は言っていた。
応えずに彼は、黙って雑草を引き抜いた。
「ねえアシハナくん、聞いてる?」
「……オレが、いつ落ち込んだんだよ」
少しの沈黙をおき、築山を見上げながら、阿紫花は応えた。
「だって、さっき見たときアシハナくん……すごく、辛そうな顔してたから……」
「え?」
……昨日の今日だ。
阿紫花の手が止まる。
思わず、そのままゆかりの顔を見た。
「あ、あのね……あたし、思うんだ。
練習とか
厳しいだろうけど、
アシハナくんが辛いなぁってやってたら、
嫌々練習してたらダメだと思うの……あ、ごめんね。勝手なことを」
応えず、阿紫花は目をそらした。
「だから、とにかく元気出して……ね。楽しみにしてるから、アシハナくんの人形劇♪」
「あのな」阿紫花は言い返した。「だから人形劇じゃ……」
抗議に耳を貸さず、ゆかりは続けた。「どんな劇やるの? そうね……アシハナくんが主役の王子とか? 太郎くんが部下の騎士で、それであたしがお姫様で……あ、あたし混ざっていい?」
「……勝手にしろよ」
「でねでね、あたしが悪者にさらわれて、
アシハナくんと太郎くんに
助けられるんだ……で、愛し合う
二人は結婚して、
めでたしめでたし♪」
「け、結婚……」
阿紫花に気づかず、ゆかりは一人考え込んでいた。「あ、あと魔王役がいるのよね。悪者役が……」
そのとき。
エンジン音が近づいてくるのに気づき、ほぼ同時に二人は目を上げた。
「何かしら、あの車……?」
ゆかりの視線の先、『工房』の敷地を一台の車が走ってきていた。
黄色のボディの外国製のオープンカーは、何かの写真で見たことがある。確か、キャデラックといったか……阿紫花も、近づく車に目をやっていた。
芝生を踏み荒らし、
水溜まりで
飛沫を跳ね上げながら、
車は二人のいる庭園めがけて走ってくる。
そして、彼らの手前でドリフトしながら停車した。
屋根のない車の運転席にいた若い男が、二人に向かって手を振っていた。
「よ〜ぉ、マイラバー! 仕事にいそしむ姿も美しいよっ♪」
鼻にかかった大きな声が、鳴り響くクラクションとともに届く。
「あっ……」知った男のようだ。ゆかりの目元がわずかにほころんだ。
背の高い男だった。
アロハシャツに膝までのズボン、サンダルという軽装で
キャデラックのドアを軽々と飛び越え、二人の前に駆け寄ってきた。
「こんにちは。若社長」
ゆかりは、近づいた男に深く頭を下げた。「車、替えたんですね」
「おっと、そんな水くさい呼び方はよしてくれ。ベイビー♪」
ジェームス=ディーンを
模した
リーゼントを
撫で付けながら、男は言った。「善治って呼んでいいぜ。ゆかり」