からくりサーカスオリジナルストーリー
「紫陽花忌〜振り返るには遠すぎる〜」
十二章〜花束〜
「当時私は」と、善治が口を開く。
「大学を優秀な成績で卒業し、それから数年の海外留学を経て
サイガグループの経営に参画しておってな……
若くして、『サイガに善治あり』と言われていたものだ。うん」
「けっ、フカシこいてんじゃねえぞ」羽佐間がそっぽを向いた。
「本当だ、ウソじゃないぞ。だいたいだな……!」
興奮したのか、善治が口から泡を飛ばした。
「間違えるなよ。わしは本来ならば、
お前のような
殺し屋風情と口などきくような……」
「おう、てめえこそ間違えるなよ」
車椅子が、宙に浮いた。
「ひっ!」
車椅子を抱え上げた羽佐間が、低い声でつぶやいた。
「おめえの命はな、今、その殺し屋風情に握られてんだぜ」
「ひゃっ!……そ、その……なんだ。まぁ」
善治は口ごもった。
「何が善治ありだ。
オレらが商売敵を片っ端から消してやったからだろうが」
「ま、まぁそれもあるが……でも、でもわしの経営手腕もな! これで、なかなか……」
「話を続けろ」
無視するように素っ気なく、
羽佐間が車椅子を下ろした。「で、なんでてめぇが『工房』に姿を見せたんだ?」
「……グループ企業のトップ会議に、アニキと出席してたんだよ」渋々、というふうに話を戻し、善治は語りはじめた。「海外取引の間を縫っての久々の日本だったんだ。アジア進出プロジェクトの総責任者をしててな、三日とあけずに各国を飛び回って地域要人との交渉を……社運をかけての計画だからな。このわしの双肩には……」
「おう」
「ひっ!……わ、わかってる。脱線した
……で、会議が終わったから、
久々にゆかりに会うため、わしは『工房』を訪ねたんだよ」
「なんだとっ、じゃあ……
おめぇ、その女を知ってたのかよ!」
「まぁ、な」静かに、善治は応えた。
「わしとて才賀の男だ。
アニキほどでもないが、からくりに……で、
『工房』に幾度か足を運ぶうち、ゆかりと知り合ったんだ」
「で?」羽佐間は相槌をうった。
「……見た目もだが、心が綺麗な娘だったよ」
また、独り言のように、善治は言った。
「彼女といると、
仕事の苦労も
皆
忘れることが
できたんだ。
だから、だから……」
「お前に早く会いたくて、信号無視までやってきたんだぜ。ベイビー」
そう言いながら善治は、背中に隠していた花束を差し出した。「俺の気持ちだ。受け取ってくれ!」
「あ……♪」
花束を見るなり、ゆかりの表情が輝きを増した。
それは、紫陽花の花だった。
薄いピンクが、
深緑の葉と
コントラストをなし、
雲間からさす
日光に映えている。
「いつもありがとうございます!
またお部屋に飾らなくっちゃ♪」
そのままゆかりは、花弁に頬を寄せ、
しばし目を閉じた。
「あたし……紫陽花の花、大好きなんです」
「ふっ、おまえの可憐さがよく引き立つぜ。ゆかり」
才賀の男に独特の、角張った顎を手でなぞりながら善治は言う。
「俺の愛の証に、部屋を紫陽花で埋めつくしてあげよう」
「くすっ、そんなにいただいたら困っちゃいますよ。善治様」
「善治って呼び捨てにしてくれ。なんなら……ジミーって言ってくれてもいいぜ」
善治の手が伸び、花束を抱くゆかりの手首に添えられた。「俺とおまえの仲じゃないか」
「あはは……からかわないでくださいよ♪ 善治様」
「冗談じゃないぜ、ベイビー」
微笑むゆかりを、
善治は少し乱暴に抱き寄せた。
「シーサイドホテルを予約してる。
夜明けのコーヒー、
二人で飲もうぜ」
「だめですよ。だって……」
身体を引き離そうとしてゆかりが、手にした花束が揺れた。
「『工房』の外に出たら、
遠山さんに叱られます。だから……」
「またそれか……叱られるからって、一生閉じこめられてる気か!」
「でも、あたし……」困ったようにゆかりはうつむく。
「いいから来いよ!」
つかんで腕に力を込め、善治が言った。
「こんな所にしがみついてることないだろ」
「ぜ、善治様……痛っ!」
「ホテルに行く前に、ドレスも仕立ててやろう」と、そのまま車へ連れて行こうとした善地の腕を、強い力が握りしめた。
「なっ……なんだ!」
「おい」
振り返る善治の前に騎士のように立ちはだかり、阿紫花が言った。「嫌がってんぜ。放してやれよ」