からくりサーカスオリジナルストーリー

「紫陽花忌〜振り返るには遠すぎる〜

十五章〜降下〜

 

 

 暗い山林を抜けるように、車がスピードを上げている。

 上空から見ると
道を覆う杉の枝葉に遮られているが、
サーチライトが浮かび上がらせる黄色の大型車は……

間違いない。

善治と……ゆかりが乗ったキャデラックである。

 阿紫花は、双眼鏡から顔を離して肉眼で、疾走する外車に目をやった。

 彼らの乗るヘリコプターのエンジン音が、
イヤマフも兼ねるレシーバー越しに鼓膜を叩いていた。

「山仲ぁ、後続は……車の連中は?」

 レシーバーの耳元にささやくように、機械で増幅された加納の声がした。

ライトが見えますが、かなり遅れてますね」
続いて、山仲の応える声が阿紫花の耳元にと届いた。

「ちっ。ヘリでおっかぶさりゃ一番なんでしょうが……」

舌打ちして、加納は窓の外に、眼下に広がる山林に顔を向けた。

 狭い林道を走り行くキャデラックは、茂る針葉樹に上空をカバーされている。

 その幅では、ヘリが潜り込むことも許されまい。

 おそらく、と阿紫花は思った。
ヘリでの追跡を計算に入れ、善治はこの山道を逃走ルートに選んだのであろう。

「山を抜けるのに、どのくらいかかりやすかい?」
加納が訊ねると、
地図にした副操縦士が応えた。

「抜けるどころか、ますます山奥に向かってます!
 これ以上地形が険しくなると、雨雲乱気流飛行に支障が……」

「……まったく、敵ながらあっぱれって奴ですかねぇ……」加納のつぶやきが、妙に間延びして聞こえた。

感心してる場合じゃありませんよ!」
すかさず山仲が応えて言う。「このままじゃ、ヘリでも奴を捕まえられないじゃないですか!」

「喚きなさんな、山仲よォ!」それを制してから、加納は声を落とした。「英」

 ヘリのエンジン音にまぎれぬように、
阿紫花はレシーバーを耳に押しつけた。

「……英、聞こえますかい?」阿紫花に目をやり加納が言った。「よっくお聞きなせぇよ」

 阿紫花は生唾を呑み込み、加納の眼を、それにかかっているミラーグラスを見つめた。

「運ちゃん」
操縦席に加納は声をかける。
「このヘリをぎりぎり、善治の真上につけてくんな!」

「無理ですよ! あまり低空は……」
操縦士の声が割り込む。

「ぎりぎりでいいんですよ……英」それから加納は、阿紫花に向き直った。

「奴の上空につけたら、『トレジャーキーパー』であの車に飛び降りるんです……できやすね」

「加納さん!」
阿紫花より早く、山仲が横槍を入れた。「無理ですよ、この青二才にそんなマネ……!」

「娘はもちろん、善治も殺しちゃいけやせんぜ」
それを無視して、加納は言葉を継いだ。

「加納さん、俺……」言いかけて、阿紫花は口ごもった。

「心配しなさんな」一言言い置いて、加納がゆっくりとサングラスを外した。

 涼しい目元をあらわにすると彼は、不安げにいる阿紫花にウインクをしてみせた。「英、おめえと『トレジャーキーパー』なら大丈夫ですよ」

 加納に見つめられたまま、阿紫花は、もう一度だけ唾を呑み込んだ。

 そして、うなずいた。

 足下に置いた手袋を拾い、はめる。

 すると……ヘリの後部に安置された
『トレジャーキーパー』が、ゆっくりと前に歩きだした。

 何かをいいたげな山仲が、それでも黙ってヘリのハッチを開く。

 風が、雨が、ヘリの中に降り込んだ。

 風圧にたじろぎながら、阿紫花はハッチから下をのぞき込む。

 かなり接近したようで、真下を走る車がさっきより大きく見えた。

 だが、それでも高度は、
20メートルはあるだろうか。

 『トレジャーキーパー』がハッチ近くで身をかがめると、その背に阿紫花がしがみつく。

 車の位置を見定めて、傀儡の膝の曲げ具合、腰の角度を微調整する。

「いいか、英」
そのさまを見守りながら、一言だけ加納は言い添えた。
「あの娘を、あの嬢ちゃんを守って……無事に、連れ帰ってくだせぇよォ

 もう一度だけ、阿紫花はうなずいた。

 そして、

 両手をクロスさせると、『トレジャーキーパー』は、勢いよく外の空へと飛びたった。

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