からくりサーカスオリジナルストーリー

「紫陽花忌〜振り返るには遠すぎる〜

十九章〜交錯その2〜

 

 

 コンクリ建物いやに広く、不気味なほど静かに、羽佐間には感じられた。

「おい、どういう事だよ! それいったいその娘と……」

 

「あいつはな、人体を……人間の身体を、懸糸傀儡の部品にすることを思いついた」

 『あいつ』とはっきりと呼び捨てにして、善治は応えた。
「身寄りのない娘を施設から
時間をかけて育成し、
成長させてから……バネ歯車ゴムベルトわりに、筋繊維を、神経を、皮膚を……部品として組み込む。それあいつ『H』で……

 

 

 山中の風がやみ、不気味な静けさの中で雨は降り続いていた。

「身寄りのない……だと!」

 叫びに近い阿紫花の声が、善治を遮った。「まさか、それが……」

 

「そうだよ」

 一言つぶやき、少しの間をおき……

 善治は、その両掌を
おのれが膝に叩きつけた。「ゆかりは部品だったんだよ! だから俺は……!」

 

 

「なっ……」

 声が続かなかった。

 

 

「ぶ、部品だって……だって、人間を……?」

 んだ一層深くし、羽佐間は訊いた。
「人体実験じゃねぇか! んな……」

……それが、才賀貞義だよ
善治が声を落とした。「あいつは……あの男は、
踏みにじることを、
何とも思ってないのよ。お前らにも、覚えがあるだろう」

「!……」

『二匹の犬を噛み合わせ共倒れさせるように、黒賀の人間を自滅させる』

 軽井沢で見た
貞義のファイルを思い出し、彼は黙り込んだ。

 

 

「だっ、だって! 
貞義はともかく加納さんが……
さっき、加納さんが……

「言ったはずだ」
善治は暗い、どこまでも暗い夜の空を見上げた。
「……加納もその場にいた。
ヤツは、すべてを知っている

 

 

 羽佐間が天井を仰ぐ。「じゃあ……じゃあ……」

 

 

「加納さんも……知ってたのかよ……」
阿紫花が、雨の降り続く空を見上げた。

 

 

 そこに、ヘリの音は聞こえない。

 

 

「知ってて……で……」

 

 

「ああ」
善治はうなずいた。
奴らは『工房』に着き次第、
『H』の改修を再開する。ゆかりの、彼女の身体を……」

 

 

「言うなぁーっ!」

 絶叫に似た怒号とともに、
阿紫花は、その拳を善治の頬に叩きつけた。

「ふざけんなよコラ! てめぇ、そんなデタラメ、オレが信じるとでも……!」

信じたくなければ、それもいい。だが……
事実なんだ」

「くそっ!」阿紫花が背を向けた。
まぁいい、戻って確かめてやるぜ」

 起きようとした善治身体左右から、
黒服の男たちが抑えつけ、引き起こした。

「東京の本宅へお連れしろ」
リーダー格らしい男が指示する。「阿紫花、おまえも一緒だ」

「いやだ」
強い口調で阿紫花は返した。「オレは『工房』に戻る。戻って加納さんに……

 やれやれ。
と言うように男はかぶりを振り、そして、周囲に目配せした。「命令だよ」

 いつの間にか近づいた二人が、
両脇から阿紫花の腕をつかまえた。

「!」
不意をつかれた阿紫花がもがく。「おい、どういうことだ!」

 誰も、返事をしようとしなかった。

「これが……これが答えかよ!」身動きを封じられ、彼が叫ぶ。

 叫びながら、なんとか振りほどいた右手を掲げ、
引き下ろした。

「まずいっ、手袋を奪え!
誰かが怒鳴った。「人形を動かされたら……!」

 だが、

 そのときには『トレジャーキーパー』が、ゆっくりと動きだしていた。

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