からくりサーカスオリジナルストーリー

「紫陽花忌〜振り返るには遠すぎる〜

二十章〜死神〜

 

 

 道路沿いの街灯が、いくつも、いくつも、流れゆく。

 幌を破った無蓋のジープを走らせ、阿紫花は『工房』へと向かっていた。

 運転席の善治に、そのこめかみに、拳銃を突きつけている。

「お前を信じたわけじゃねぇ」
道中ずっと続けてきた言葉を、彼は繰り返した。「変な気を起こすなよ」

「あ、ああ……」
ごくり。
と唾を呑み、善治がハンドルを握り直す。

「急げよ」

「……わかってる」

 二人は、屋根のない車に降り注ぐ雨も気にかけず、走り続けた。

 少し息をつくと、今さらながら、自分が濡れているのに気づく。

 銃を片手に持ちかえ阿紫花は、まとわりつくシャツを上着ごと脱ぎ捨てた。

 上半身裸になってからあらためて手袋をはめ、動かす。

 キリキリキリ、
と独特の駆動音を立てながら、後部座席の『トレジャーキーパー』が首を曲げ、その大鎌を差し出した。

 拳銃を膝に置くと阿紫花は、鎌についた血を拭ってやった。

 ……銃も車も奪ってきた。

 横目で見て善治が、またしても、唾を呑み込んだ。

「お前は殺らねぇよ」それに気がつき、阿紫花が繰り返した。「変な気を起こすなよ」

 善治は無言のまま、アクセルを踏み込んだ。

 

 

 

 『工房』の門扉は閉じていた。

 その向こうに、
誰かが連絡したのだろうか、
武装した男達が待ちかまえている。

「しっかりつかまってろ!」ヘッドライトでそれを確かめても、善治は躊躇しなかった。「突っ込むぜ!」

 言われるまでもない。阿紫花も、車体にしがみつく。

 エンジン音。
怒号。
逃げる人影。
そして、衝撃。

 歪み、裂かれ、破られた鉄柵が車体にのしかかる。

「うぉっ!」善治がハンドルを切る。

 濡れた路面を滑り、車が急転した。
バランスが崩れるのを感じ、阿紫花は飛び出した。

 『工房』の中庭に着地して、彼はそのまま、『トレジャーキーパー』を駆け出させた。

 走りながら、少しだけ後を振り返った。

 横転し、ひっくり返ったジープ。

 その下から、善治はゆっくりと這い出していた。
彼は立ち上がってから、拾った拳銃を構え、周囲威嚇している。

 それを見届けて阿紫花は、『トレジャーキーパー』を走らせた。

 背中に乗り、そのまま『工房』の建物を目指す。

「来たぞっ!」
続々と集まる男たちが、阿紫花めがけて発砲する。

 その銃弾を『トレジャーキーパー』の体躯で防ぎ、阿紫花は突進を続けた。

「邪魔するなぁぁっ!」遮る男たちを、ためらいなく大鎌で薙ぎ払った。

 刃が胸を貫き、
人間が宙に投げ出される。

 返り血が、雨に混じって降り注いだ。

 顔半面を血で染めて、阿紫花は、
男たちを上目遣いに睨みながら、静かに『工房』に侵入した。

 

「し、死神だっ……

うわぁぁぁっ!

 

恐慌をきたした彼らが、廊下の奥にと退きはじめる。

 それを追い、阿紫花はさらに進む。

 ひとりが、脚をもつれさせた。

 転んだ相手に容赦せず、大鎌を振り上げたその瞬間、

『だって君、人形芝居のヒトなんでしょ?』

「!」
まったく唐突に、ゆかりの微笑む姿が目に浮かんだ。

 大鎌の刃が、男の顔の手前で静止する。

「ひっ……!」恐怖に目を見開き、絶句したままの男に、

「行けよ」
阿紫花は顎をしゃくった。

 ゆっくりと立ち上がり、男は、
廊下の先へ走り去った。

 その姿が、廊下の曲がり角に消えたとき、

「ぎゃああああああっ!」
短い、だが悲痛な断末魔が響き、そして、途切れた。

 角の向こうから、
切断された手足が、胴が、首が、
れた玩具のように放り出された。

「おっと、間違えました」声に、口調に、覚えがあった。「阿紫花のボーヤじゃなかったですね」

 姿を見せた山仲は、長い爪の付いた手袋で、ベレー帽を目深にかぶり直した。

 彼に従う七体の小さな人形が、
彼の周りで、その鋏状の刃を打ち鳴らしていた。

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