からくりサーカスオリジナルストーリー

「紫陽花忌〜振り返るには遠すぎる〜

二十一章〜秒殺〜

 

 

 足元に転がる死骸をまたいで、山仲と七体の『ダクダミィ』が近づいてきた。

 間合いを計ってか、数歩歩いたのち、その足を止める。

「坊ちゃん」
山仲は、いつもの丁寧口調口を開いた。
「あなた、自分が何をやってるのかわかってんでしょうね?

「どいてくれよ。あんたとはやりたくない」
阿紫花は首を振った。「……あの人はどこだ?」

 無視した山仲が手袋をかざすと、『ダクダミィ』が軽やかにステップを踏んで、踊るように動きはじめた。

「……どいてくれよ!」阿紫花は、もう一度言った。

「ひひひ、どいてくれですって?」

 山仲の嘲笑にあわせて
『ダクダミィ』達がその、鋏になった上半身をガチガチ震わせた。

「このガキっ……
加納さんに目をかけられてるからって、いい気にならないことです!」

「くそぅ!」
阿紫花は、『トレジャーキーパー』を構えさせた。

 山仲が手を振り上げると、跳躍した『ダクダミィ』が七つの方向から同時に『トレジャーキーパー』に襲いかかった。

 阿紫花がしゃがみ込み、右手で円弧を描く。

 すると、『トレジャーキーパー』の両腕が大鎌を正面に突き出した。

 穂先が二体の『ダクダミィ』を直撃し、叩き落とした。

「無駄ですよッ!」山仲が糸を引くと、
残りの『ダクダミィ』が一斉に鋏を開いた。「残り五体もいるんですよ。ダクダミィは」

 五体の『ダクダミィ』は大鎌を越えて、そのまま『トレジャーキーパー』にとりついた。

「くっ!」阿紫花の表情が、一瞬曇ったように見えた。

まずは人形から、バラバラにしてやりましょう!」山仲が勝ち誇ったように嗤う。 「あなたはその次です。坊ちゃん」

 じわり、と手袋が動く。

『ダクダミィ』たちが、
『トレジャーキーパー』にゆっくりと刃を立てた。

 にぃっ。

「なっ!」山仲は、眉をひそめた。

 上目遣いに彼を見る阿紫花の顔に、笑みが浮かんだのだ。

 大人びた、
たい微笑に、息を呑む。

「かかったな!」

 言葉と同時に阿紫花は、
突き出されたままだった大鎌を、右回りに一回転させた。

 長い刃が、山仲と『ダクダミィ』たちとを繋ぐ糸をひとくくりに絡め取っていく。

 特殊繊維りあわせたは、刃物程度で切られることはない。

 だが、人形のコントロールを奪うには充分だった。

「ちっ、ダクダミィ!」制御を取り戻すべく、山仲は手袋を振りかざす。

「甘いぜ!」

『トレジャーキーパー』の腕が、動きを止めた『ダクダミィ』を払い落とした。

 床に落ちた二体を踏みつぶすと、そのまま、糸を捌く山仲につかみかかった。

 気づいて逃げようとしたが、もう、間に合わない。

 かぶったベレーごと彼の頭を、『トレジャーキーパー』はその左掌でつかみ上げた。

 足が、宙に浮く。

「ひっ……!」
指と指との隙間から、見開かれた山仲の眼がのぞいている。

 阿紫花は、糸のついた手袋をゆっくり握りかけた。

『トレジャーキーパー』の握力ならば、頭を潰すことは造作もない。

 指の動きが、止まった。

「あ、あしはなぁ……」
弱々しい声が、
人形から漏れた。

「あの人はどこだ」一言だけ、訊ねた。

「……この奥です……。廊下を曲がった先、試験室……です……」

「…………うぉぉぉぉぉっ!」

 雄叫びと共に阿紫花は、『トレジャーキーパー』を走らせた。

 角を曲がって、ひたすらに廊下を直進する。その突き当たりにある木製の扉に、手につかんだままの山仲の体を叩きつけた。

「ぎゃん!」という短い悲鳴と、破壊音とが重なった。

 気絶した山仲を床に放り、阿紫花と『トレジャーキーパー』が入口をくぐる。

 錠を壊された扉が背後で揺れ、足元で廊下の光が幾何学的にうごめいている。

 幾度も来た部屋だった。そこは……加納と『H』のテストをした試験室である。

 照明は落とされていた。だが、モニターテレビのブラウン管、あるいはおびただしいランプが明滅し、ぼんやりとした光が、そこにいる人間たちを影絵のごとくに映していた。

 彼は、手袋を直した。

「あーらら、やっぱしね」声がした、と同時に、まばゆい光が阿紫花に投げかけられた。「もうちょっと、技を工夫しねえとな。山仲」

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