からくりサーカスオリジナルストーリー

「紫陽花忌〜振り返るには遠すぎる〜

二十二章〜対峙〜

 

 

 大型投光器の強い光が部屋中を照らし、阿紫花の目を襲った。

 だが彼はひるみもせず、ともに突入した『トレジャーキーパー』を構えさせた。

 そして、あたりを窺う。

「ね、言ったとおりでしょ?」

 部屋の中央で、ライトを背後にして加納は立って

……否。
加納は、阿紫花を待っていた。

肉を斬らせて骨を断つ。ギリギリのタイミングで山仲を倒しやしたね……これが英の、阿紫花英良の実力なんですよ」

 喋る続ける彼と、阿紫花とを取り囲むように、才賀のスタッフがいる。

 そのすべてが……本当は、ただ一人を除いて……、彼らを興味深く見つめていた。

「加納さんっ! あの人は……あの人はっ!?」

 阿紫花の問いに、加納は一瞬口ごもったように見えた。

 下着一枚の体から延びたコードが、かすかに揺れている。「……終わったんです」

 奇妙なことだった。

 言われて初めて、阿紫花は、気がついた。

 目が、見るのを拒んでいたのかもしれない。

 黙した加納に並び、
インディゴ・ブルーられた照明にきらめかせ、『H』は立っていた。

 それはまさにいま……たった今、メンテナンスを終えたばかりに見えた。

 そして、

 以前見たときは、ただの空洞だった『H』の胸元に、ちょうど、帆船の舳先人形の如くに、ゆかりは埋め込まれていた。

 裸身を曝した白蝋色の肌にも、
その凍りついた表情にも、
そして見開かれたままの瑪瑙の眼球にも、もはや、全く生気が感じられぬ。ただ……

 ただ、彼女の周囲を飾り立てるように埋め込まれた幾輪もの紫陽花花々が、奇妙な生命の彩りを『H』に吹き込んで……

咲いていた。
咲き乱れていた。

「終わったんですよ。英」加納は、もう一度だけ、言った。

 急に、視野が狭くなったように思えた。

「あ、あっ……」
阿紫花の口から、声ともならぬ音が漏れる。

 そして、

 彼は、見つけた。

 一角に積み重ねられたモニターテレビの群の前に。

 いくつものテレビには部屋や廊下、
あるいは外の光景など、
いくつもの画像が映し出されていた……その前に、
阿紫花たちに背を向けて、
才賀貞義はいた。

 モニターの光に影と化しているが、間違いないだろう。

 阿紫花はやや目を細めて、その姿を見据え、確かめる。

 その眉根突然、激しく歪んだ。

「貞義っ!」両手を構えながら、彼は叫んだ。
「てめぇ……殺してやる!」

 刹那、

 『トレジャーキーパー』が跳躍した。

 空中で両肘両膝をかがめた傀儡は、加納と『H』の頭上を越え、一気に貞義を狙う。

「見事ですっ、英!」
『トレジャーキーパー』を頭上に見て、加納が叫んだ。「だが!」

 その瞬間、『H』が消えた。

 いや。

 垂直に飛び上がった『H』は
『トレジャーキーパー』を凌駕する上昇速度で
これの直下に追いつき、両腕を振りかぶった。

 『H』の打撃が、糸を通じて阿紫花に伝わる。

 勢いを殺された『トレジャーキーパー』は、貞義のはるか手前に落下した。

 阿紫花が糸を引き、かろうじて姿勢を保って着地する。

 息をつかず、間もおかずに彼はさらに糸を繰る。

 続いて降下した『H』が着地ざまくりだす一撃を、『トレジャーキーパー』は紙一重で躱してみせた

「ね……すげぇでしょ?
 熱くなっても繰りの基本を見失わねぇんですよ、こいつは」

「加納さんっ、
そこを通してくれよ!」

 間合いを保って
『トレジャーキーパー』を退がらせた阿紫花は、
懇願するように叫んだ。
「殺らせてくれよぅ、貞義を! チキショウっ、貞義を……」

「そうもいかなくてねぇ」

 低く、だが軽い口調で加納は応えた。
「おめぇの相手は、このあたしなんですぜ。英」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『H』対傀儡格闘における運動能力総合検証

第三回

 

 

 

 

 

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