からくりサーカスオリジナルストーリー

「紫陽花忌〜振り返るには遠すぎる〜

二十三章〜憎悪〜

 

 

「『H』の、最終的な改修は」善治は繰り返した。「基幹動力源及び主要機軸発条への生体筋繊維反射神経移植、懸糸機巧への圧電素子神経繊維組込、生命維持装置とそして……。そして、オブジェクトも兼ねる心肺部の……

「おい!……おい、すまねぇが」
羽佐間が口をはさんだ。「……オレにもわかるように話してくれねぇか?」

「ああ……。つまりだな」

 善治はそこでいったん、口を閉ざした。

 そして、思いを決めたように続けた。
「さっきも言ったとおり……
『H』は、ゆかりの神経や筋肉を組み込んで初めて、究極の完成体になったんだよ」

「神経、筋肉って……
うっ
ようやく理解したか、羽佐間が絶句した。

「それだけじゃない。
ゆかりの体が……彼女の
体が、顔や髪、体までも!」善治が言葉を継ぐ。
「……『H』を動かすための、あるいは装飾の部品として使われたんだよ」

 善治が沈黙すると、不思議なくらいの静寂が部屋を襲った。

 

 

 蒸し暑い。

 

 

 

 

 外に降る雨のせいなのか? 羽佐間が、襟元をゆるめる。

「そして生体組織……体を生かすための
栄養補給器、人工心肺が『H』の背中に取りつけられてな。それで『H』は、完成した」
膝の上で、善治の拳が握られた。
「仕上げに、
彼女が育てておった紫陽花を植え付けて……兄は、貞義は……
『力と美を究めつくした最高の傀儡』と称しおった」

「んな、バカなっ!」
羽佐間が吐き捨てた。
「狂ってやがる……
狂ってるぜ!
 それじゃ生きたまま人形に組み込んだのかよっ、その娘を……」

「ああ。
やはりまだ……生きていたのだろう、な」
善治の肩が震えていた。
「ただ、傀儡の駆動不要内部器官は……すべて処分されていた」

「え?」羽佐間が訊き返す。

「一部の知覚神経、中枢神経……大脳は廃棄されたよ」

 羽佐間は、息を呑んだ。

 知らぬうちに流れた汗が、顎の先から床に落ちる。

「もはや意識を持たん。ただ……操られるままの、生きた人形だ」

「そ、そんなの相手に……兄貴は闘ったってのか?」

 善治がうなずく。

「けど、けどよっ!」
羽佐間がなおも問いただす。
「けど……その、ゆかりさんの顔と体を持ってるんだろ?
 兄貴に、兄貴にそれと闘えなんてのぁ……」

「……奴は、やったよ」

 善治の応えは
小さな声だったが、部屋によくこだました。
「この部屋で、阿紫花は『H』を破壊したんだよ」

「こっ……この部屋でかっ!?」ぎょっとして、羽佐間が周囲に目をやる。

 単に、だだっ広いだけだと思っていた。

 何かを感じたように、羽佐間の身体が一瞬、震えた。

「……この部屋は、
『工房』で作った人形の試験室になっていたのよ」
善治が唇を噛んだ。「『H』の格闘能力のテストはすべて、ここで行うことになっていた」

「格闘テストかよ……」言いかけてふと、羽佐間は口をつぐんだ。「おい待て、テストって……?」

わしらが戻ったとき、加納と『H』は、ここで待ち構えてたんだ」善治が続けた。

「ちょ、ちょっと待てっ! それじゃ……!」

そうだ。
何もかも仕組まれてたのさ。何もかも……」善治は言った。

「わしと阿紫花が共に残されたのも……いや

おそらくは、わしに事情を話して
ゆかりを連れ出すよう仕向けたことさえも……。

そして連中は、
怒りに燃えた
阿紫花が
戻るのを待っておったのよ」

 

「なっ、何で!」

「阿紫花だよ」短く、善治は応えた。「貞義はな……阿紫花の技量を、その潜在的な力量を高く評価していた。そして、その実力を発揮させる方策を考えていたのさ」

「兄貴を……?」

「阿紫花をだ……加納は常々、奴を評価してこう言っていたらしい。

『あいつには、相手を殺してやろうという気迫がない』

とな。それであいつは……貞義は言ったそうだ」

 善治はそこで、目を閉じた。

「……後になって聞いたことだ。
『それならば、殺したくなるようにさせればいい』

「さっ……」

 羽佐間にかまわず、善治は言葉を続けた。
「『H』の改修を利用し奴に憎しみを与えれば、
きっと、
気迫に満ちた繰りをすることだろう……とな」

 羽佐間の唇から、幽かに、言葉が漏れた。
「さ……だ……よしィ…!」

 彼の体が、静かに震えていた。

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