からくりサーカスオリジナルストーリー

「紫陽花忌〜振り返るには遠すぎる〜

二十五章〜残影その3〜

 

 

 加納の手先は
軽妙に、しかし力強く、
リズムを保って躍っている。

「第三楽章:アレグロ・モルト・ヴィヴァーチェ」

 それにあわせて『H』が駆け、『トレジャーキーパー』にもう一撃を加え、叩き伏せた。

「ちくしょう!」
叫びながらも阿紫花は瞬時に『トレジャーキーパー』を立たせる。

 頭を沈めて
『H』のさらなる殴打を避け、
がら空きになった上半身に大鎌を向け……

 ……向けて、阿紫花の手が止まった。

 ゆかりの体を狙いから逸らそうと、わずかに躊躇する。

「遅ぇですぜ!」
加納の声が、まるで叱責のように響きわたった。

 空しく突き出されたままの大鎌の柄を『H』が握り、そのまま牽き倒しに動いた。

 よろめきそうになって
『トレジャーキーパー』は、迷わず鎌を捨てる。

 予想外の動きに平衡した『H』の腰に、阿紫花は肘撃ちをくわせた。

 加納が、
左手を薙ぎ払うように大振りさせる。

 よろけまろんだ『H』が揺動し、バランスを素早く取り戻す。

 その隙を突き、再び『トレジャーキーパー』の拳が襲いかかる。

「ちっ!」
回避しきれない。
加納は舌打ちした。

 それでも糸を繰ると、『H』がわずかに身を捻る。

 だが、

 阿紫花の放った拳は、『H』が回転したためその胸部に、ゆかりの左の乳房へ命中した。

「!」

 制動をかけたが、もう遅い。

 小振りだが形の良い、
丸いバストの片方に拳がめり込み、肋骨ごと撃ち砕いた。

 内部機巧にダメージを与えたか、『H』の四肢が一瞬痙攣する。





た紫陽花
の一房が吹き飛び、その花弁が、強い光を浴びながら散っていった。

 ひしゃげた、を見て
思わず彼は、『トレジャーキーパー』を退がらせた。

 『H』が、追った。

 暇を与えず、
『トレジャーキーパー』の後退にあわせ、いやそれ以上の速力で接近した。

「ためらったな」
ともに駆けだし、加納が叫ぶ。「それが甘いってんですよ!」

 追いついて、『H』の右手が、
『トレジャーキーパー』
を鷲掴みにする。

 『H』に押される『トレジャーキーパー』の、
その
勢いに
糸を牽かれ阿紫花が転倒した。

 そのまま、コンクリの床を引き摺られていく。

 疾走して『H』はやがて、
糸の先の阿紫花ごと『トレジャーキーパー』を、壁めがけて投げつけた。

かの記録装置いたテーブルに、
『トレジャーキーパー』が落下した。

 人形の外板が砕け、
同じく破壊されたテーブルや機械の破片と混じって、
宙に飛び散る。

 その上に、
阿紫花の体が叩きつけられた。

 一瞬機械が蒼白い、閃光に似た火花を散らしたかと思うと、すべてが、沈黙した。

 ただ、測定を続ける器械だけが、いたずらにその動作音を繰り返していた。

 

 

 

 

 

「英……立てやすかい?」
加納の声が、静寂を破った。

 残骸となった机の上で、
阿紫花が
ゆっくりと身を起こした。

 裸の背中についた擦り傷や痣が、白い肌を赤く色づかせている。

 膝を痛めたのか、
よろけながら糸を繰ると、『トレジャーキーパー』が動き出した。

 頭部と胸が砕け、
歯車
内部機巧露出した『トレジャーキーパー』は、
その損傷の度合いを物語るように、軋んだ不協和音を立てている。

「さあ」
動き出す『トレジャーキーパー』に正対し、加納は構えた。「かかってきなせぇ」

「もう充分です。加納さん」
計器から顔を上げ、遠山が言った。
「『H』は
仕様以上の性能です。
『トレジャーキーパー』のような
二流の傀儡相手では、
これ以上の成果も……」

どうした英っ、かかってきなせぇ!」加納は無視した。
「ほら! もたもたしてなさんな。
おめぇ大好きなちゃんを、
いつまで素っ裸にしとくんですかい!
……こんな人形、
とっととぶっ壊しちまえ!」

「!」
朦朧とした意識
はっきりしたかのように、阿紫花は顔を上げる。

「……か、加納さん!」その言葉に驚き、遠山が叫ぶ。

 『H』に飾られた
紫陽花の花と、裸形のゆかりに目をやりながら、
阿紫花が、掌を、ゆっくりと組み合わせた。

 その眼に、
今までと違う力強い光が宿っているのを、
加納は見た。

「そうです……そうだぞ、英!」目にかかる前髪を払い、言った。

『力と美』
ですかいっ! 
こんな……クソったれな人形作って喜んでる
莫迦どもに、ひと泡吹かしておくんなせぇ!」

「加納さんっ、
なんてことを! あなたは……」

「安心しな……きゃしやせんよォ♪
ようやく気づいて加納は振り返ると、それからまた構え直した。
最終楽章:フィナーレ。
さあ、英!……壊すか、壊されるかですぜ」

「……社長っ!」
懇願するように、遠山は背後を窺った。

「続けさせろ」

 モニターを注視したまま、低く、だが通る声で、貞義が言った。

【次章を読む】   【目次に戻る】   【メニューに戻る】