からくりサーカスオリジナルストーリー

「紫陽花忌〜振り返るには遠すぎる〜

二十七章〜残影その5〜

 

 

 四散した『H』の破片が、周囲に飛び散った。

 阿紫花の目には、
その光景がひどく緩慢に、
あたかも映画のスローモーションのように映った。

 

 技術者の一人が、
その胸に、
折れた破片が突き刺さらせ、
悲鳴をあげている。

 加納が、
言葉を失くしたまま
ただ、立ちつくしている。

 破壊の衝撃に巻き込まれ
『トレジャーキーパー』が、
阿紫花の方へと飛んできた。

 躱すと、
その躯は床面に落下し、
そのまま
後方へと転がっていく。

 

 すでに両脚を失い、立ち上がることもできない。

 だが、

 それでも、右の掌にはなおも、ゆかりの心臓を握ったままだった。

 今の阿紫花の眼には、
すべてはただ、
別世界の出来事のようにうつっていた。

 掴んだ心臓の脈動が、
糸を伝って彼の指に届いていたが、
やがて、
止まった。

 

 

「……あ、アンコールがあるたぁ、こいつぁ……」

 加納が、ようやく口を開いた。「迂闊だった……迂闊でしたぜ……」

 その裸の背が、わずかに震えている。

「加納さん……」
我に返り、阿紫花が声をかけようとしたとのとき、

「生体を曝したのが失敗だったな」

 阿紫花は、
加納の後背、モニターに囲まれた一角に目をやった。

 貞義は、相変わらず彼らに背を向けたまま、言葉を継いだ。
遅筋の強度が想定以下のようだ……育成に問題があったかも、しれん……遠山」

 そのまま、傍らの遠山に声をかける。

「『アルレッキーノ』、『あるるかん』に比肩できる傀儡
……『ハーレクイン』の名は、いまだ与えられず、だな」

 遠山が、無言のままにうなずく。

 阿紫花には、その言葉の真意が理解できなかった。

 ……彼がその意味を知るのは、おそらくずっと後のことになるだろうか……。

「気を落とすなよ……傀儡なら、また作ればいい」
貞義が続けた。「生体など、いくらでも用意できるからな」

 

「さっ……」

 静寂を破った阿紫花の叫びは、
腹の底から憎悪を振り絞ったようだった。
「……さァだァよォしぃぃぃぃぃっ!」

 彼は、
手にした繰り糸を手袋ごとかなぐり捨てると、
なお背を向けたままの貞義めがけ突進した。

 走りざま、
『トレジャーキーパー』の折れた骨組をつかむ。

 貞義に迫った阿紫花は
それを振りかざすと、
反動をつけ、
横薙ぎに叩きつけた。

「よせ、英っ!」

「……加納さんっ……!」

 遅かった。

 阿紫花に追いつき
立ちはだかった加納は、自らを楯に一撃を食い止めたのだ。

「ぐうっ……!」

 脇腹を押さえた加納は、そのまま前かがみに傾く。

 駆け寄った阿紫花が、
崩折れゆくその裸の体を抱き留めた。

「加納さんっ、加納さん! 加納さん……!」
そして、もう、何も考えずに叫び続けた。

「……見事です。
よく……うっ……闘いやした
彼の耳元で、呻きながら、加納は応える。

そして、言った。
「……すまねぇ、英……」

「加納さんっ……!」

 不意に、
誰かに体を抑えつけられた。

 加納から引き離され、阿紫花はそのまま床に押し倒された。

「この野郎ッ!」

 山仲だった。

 怒号とともに、背後から後頭部を殴りつけた。「よくも社長や加納さんに!」

 激痛に顔をしかめる彼の頭を、
ブーツが踏みつけにする。

「やっ、や……山仲ァ……!」
苦痛に顔をゆがめながら、加納は身を起こした。

「加納さんッ!」
阿紫花を放り捨て
駆け寄ると、
山仲は加納の体を支えた。

 起き上がろうとした阿紫花を、
今度は黒服の男たちが捕捉し、組み伏せた。

「優れた腕だが、まだが足らんようだな」
背中を見せたまま、
貞義が言う。「よく教えておくことだな……
誰が、お前ら黒賀に人形を与えているのか、をな」

 

「貞義……てめぇ!」
彼は、
阿紫花は
黙らなかった。
「殺すっ! 必ず殺してやるぞ!」

 

「まだ言うか!」
加納を抱きかかえながら山仲が怒鳴ったとき、

 明滅するモニターを逆光にして、
貞義が、ゆっくりと振り返った。

 阿紫花は、まぶしさに眼を細めて彼を見た。

「やはり、
同じ眼をしている……
いい人形使いになるぞ。
親父のようにな」

 意外に聞こえたか。

阿紫花は一瞬、声を失くした。

「……チキショウ……」
ようやく口にしかけた言葉は、
山仲に踏みつけにされて封じられた。

 不思議な静寂が、その部屋を支配していた。

【次章を読む】   【目次に戻る】   【メニューに戻る】