からくりサーカスオリジナルストーリー

「紫陽花忌〜振り返るには遠すぎる〜

二十八章〜乱射〜

 

 

「な……」

 羽佐間にとって、それは幾度目の絶句になるだろうか。

「そうだ、それがすべてだ」

「で……女は?」

「言ったとおりだ、死んだよ。
屍体は……」淡々と、感情を抑えるように、善治は続けた。
「彼女の亡骸は、他の屍体や『H』の破片共々極秘に処分された。
だが阿紫花は」

「兄貴は?」

「『トレジャーキーパー』の掌中に残ったわずかな肉片、
それから紫陽花の花とを、
庭園の片隅に……築山の頂上に埋めたんだ。
そうだ、彼女きだった紫陽花もな」

「そうか、そうかよ……」
そこまで聞いて、羽佐間は壁に目をやった。

 それから彼は、独り言のようにつぶやいた。「……初恋、だったのかな。兄貴……」

「さあ」
やはり、独り言のように善治は応えた。「ただ……」

「ただ?」羽佐間が訝しげに振り返る。

「彼女に身寄りはない。
調べても……記録すら、残ってなかった」
車椅子の膝の上、紫陽花の花に目を落としたまま、善治は語った。
「わしらが忘れてしまったら、
彼女は……
本当に消えてしまうではないか……」

 羽佐間は無言だった。

「……ふっ」まるで自嘲するように、善治は小さく鼻を鳴らす。

 それに背を向けた羽佐間は、広く殺風景な部屋に目を凝らしていた。

 

 

「で……それから、兄貴は?」
凝視したまま、彼は訊いた。

 

 

「ああ、
阿紫花だな。奴は……」
不意をつかれたか。
善治は、考えながら応えた。「それからだな。
あいつが……人形使いとして仕事を始めるようになったのは。あの年で……」

 言葉を切って、彼は天井を見上げると、ためらいがちに続けた。

「……あの年で
大人顔負けの、どんな汚い仕事だってやってのけたよ。たいしたものだ」

「なんてこった」吐き捨て、羽佐間は拳を打ち鳴らす。「……だってそりゃ、だって……」

自ら『H』を壊した、あの時以来な」善治は言った。
……強い懸糸傀儡に、強い……強い人形使い。
二つを造ったアニキは……貞義は、一つを失い、一つを手に入れたのよ」

「貞義の野郎っ!」

 羽佐間が吼えた。「兄貴を、いやオレら黒賀を何だと思ってやがんだ!」

「……仕方ないことだ」

「仕方ないだと? おい!」糾弾するように、羽佐間は善治の膝元を指す。
「おい、てめぇはどうなんだよ!
 その花束は何だ!? てめえだって、
てめえだってその娘に……!」

 何かを応えかけたが、善治は、そのまま言葉を呑みこんだ。

「……チキショウっ、どいつもこいつもイカれてやがる!」
羽佐間の怒号はなおも続く。「貞義も、加納のおっさんも、そしててめぇも! いや……それだけじゃねえ……」

 言葉が、続かなかった。

 羽佐間は、大きく息を吸う。

「……そんな目にあって! それでもサイガに、貞義に尻尾を振ってきたのかよ……」

「お前に何がわかる!」

 遮る、善治の言葉は強く、鋭かった。

 羽佐間は、たじろぎながら目を向けた。

 

「サイガのトップだぞ! わしも黒賀も、
あいつに従わざるを得なかったんだよ! 
わしが……そして阿紫花が、どんな思いだったかなど、お前ごときに……!

 

 

 

「くっ……」

 やにわに、

「……ッタレがぁぁぁッ!」

 羽佐間は、手にした拳銃を宙に向けた。

 かをびながら、
かをうように羽佐間は、
もない空間めがけ引金った。

 とめどなく銃声き、空薬莢排出され、がる。

 天井のコンクリートを弾丸穿ち、破片った。

 やがてくし、撃鉄しくてた。

 途切れた室内に、残響いてまっている。

 

 

 

 

 羽佐間は弾倉を落とし、ポケットから取りだした予備をなおも装填に動く。

「よさねぇか、羽佐間」

 だしぬけだった。

 振り返ると、
彼の名を呼んだ阿紫花は、部屋の入口に立っていた。

「うっせぇですぜ」

 阿紫花は、濡れたコートのまま、壁に背中をもたせていた。

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