からくりサーカスオリジナルストーリー

「紫陽花忌〜振り返るには遠すぎる〜

 

五章〜銃口〜

「け、けえさつ……」

 震える声とともに、秘書が携帯電話を取りだした。

 それを狙って、羽佐間のガバメントが火を噴く。

 ボタンを押そうとしたその手元で、電話機が砕け散った。

「ひっ……!」硬直した秘書がそのまま失神し、汚れた床に崩折れる。

「げっ、は……羽佐間……」その光景を目の当たりにし、善治がガタガタ震え始めた。「おっ、お前……だって、門には鍵が……」

「けっ、あんなの針金一本で充分だよ」善治の車椅子に近寄りながら、羽佐間が応えた。

「ひっ! たの、頼む! 命ばかりは……」

「なあ教えろよ、善治さんよぉ」
後ずさった善治の鼻先に拳銃を突きつけ、
羽佐間が言った。
「兄貴といいテメエといい……おい、ここはいったい何なんだ!?」

阿紫花も来てるのか!」
羽佐間の言葉に、善治は一瞬目を剥いたが、すぐにこう続けた。

「そうか……じゃあ、毎年のあの花も……?」

 

「オウ、質問してんのはこっちだよ!」

 

 

「げぇぇぇっ、やめろ羽佐間!」銃口をぐりぐり押しつけられ、彼は絶叫した。

 

 

「もう一度……もう一度だけ訊くぜ。ここは何だ? ここで、何があったんだ! え?」

 

 

「こっ、ここは『工房』と呼ばれていたんだ。
サイガの……いや、アニキが
懸糸傀儡の開発をしてたんだ! 頼むから、銃を……

「兄貴?」

「だから、貞義……才賀貞義っ、私の兄だよっ!」

「貞義だと!」

 一族同士の死闘を仕組んだ、その張本人の名を思わぬ所で聞き、羽佐間の眉が動く。

「そうだ。兄が作った人形を、お前ら黒賀の者に……ここでテストさせていた……」

 言われて羽佐間は、あらためてそのがらんとした、いたずらに広大な室内を見渡した。

 

 

「施設は、
十年以上昔に移転したが……うわっ、あぶ、あぶない……なあ、もういいだろ?

 

「まだだよ」
羽佐間は、善治がにした花束に、
……阿紫花と同じ、パステルカラー紫陽花の花束に目を留めた。
「で、どうしてオメエ達が来てるんだ……その花は?」

 

「何だお前……阿紫花から何も聞かされておらんのか?」意外そう顔をして、善治が問い返した。

奴も来とるのだろう? 毎年この日に……五月二十九日に……」

オレの知ってる限りじゃ、コンビ組むようになってからはな」
羽佐間が応えた。「いつもは二十八日の夜だよ。まぁ……
「オレは毎年、ここで待たされてんだが」

 

 

夜か……。なるほど、顔を会わさなかったわけだ」考え込むように、善治はうなずく。

 

 

 を突きつけられながらもなおったその様子には、それなりに風格を感じさせるともいえよう。

ただ……

「それにしても、羽佐間……」

 善治は自分の立場を忘れ、つい口を滑らせた。「お前留守番とは、つくづく信用ないな」

 

 

「なっ……

うるせぇ、悪かったな!」

 羽佐間の指先に力がこもる。

 引金がわずかに動くのを見て、善治は絶叫した。「うわああぁっ、やめてくれぇ!」

「いいかっ! 兄貴がどう言おうが、オメエを殺すくらい何とも思ってねえんだぜ、オレはよぅ!」

「わかった、わしが悪かった!
……なあ、だから銃を……」

「ば〜か、ビビってんじゃねえって!
 プロあっし暴発でもさせると……」

 言いかけた瞬間、その、銃を握った手が滑った。

 バランスが崩れて微妙に傾いた自動拳銃重みが、引き金にかけた指先に集中した。

 轟音。

 

 

 

 

 

 

「……ありゃ?」

 手首がゆるんだのと、そして予想外の発射のため、反動を抑えきれなかった。

 本来なら善治の鼻先にねじ込んでいたはずの銃口は大きく上を向き、先端から白煙をのぼらせている。

へっへっへ……たまにゃこんな事もあるかな」

 照れくさそうに銃把で頭を掻いて羽佐間は、口から泡を吐いて気絶している善治の体を揺すぶった。「おい、悪かったな……オラ、いつまで寝てんだよ。まだ話は終わっちゃいねぇんだよ!」

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