からくりサーカスオリジナルストーリー

「紫陽花忌〜振り返るには遠すぎる〜

 

七章〜問答〜

 

「その娘は、ゆかりという名前だった」と、善治は応えた。
『紫』と書いてゆかりと読む」

「苗字は?」

「……知らん」

どうして、こんな所にその娘がいたんだ? おい」
羽佐間は矢継ぎ早に問いただす。「そいつが兄貴と、どう関係があるんだよ!」

 だが、善治は応えなかった。

「おう」
その鼻先に再び、銃が押しつけられた。

「ひいいいっ!……だっ、だから、話には順序というのが……

「やかましいっ、こっちは気が短ぇんだ」

「わかった、だから撃つなぁ!
「……まぁ、なんだ。当時、『工房』の庭園があったんだ。
「ゆかりは……彼女は、そこの草花の手入れを任されていたんだよっ!」

「庭園だぁ? 今テメェが言った、兄貴と初めて会ったってか?」羽佐間は顔をしかめた。「なんでそんなもんが研究施設に……」

「元々この敷地には、華族屋敷ってたんだっ。それを引き継いで……」

「けっ。金持ちって奴ぁ、何考えてんだか」

 そう言って肩をすくめた羽佐間に構わずに、善治は少し考え込むようにうつむいた。

 そして、また口を開いた。
彼女二十歳だった。阿紫花は……十四か十五だったと思う」

 

「なんだ、ずいぶん昔の話じゃ……なにっ、ハタチだぁ?」羽佐間が訊き返した。
「てめぇの話を聞いてると、もっとガキっぽい感じだけどよぅ」

「まぁ、それも仕方あるまい」何かを思い返しているのか、善治は壁に目を向け、続けた。「物心ついてからずっと、『工房』で育てられておったからな」

「なっ……いったい、いったい何モンだよその娘はっ!」

「……」

「またダンマリか……おいコラ、話せって言ってんだよ! その娘は……」

 再び黙り込んだ善治の頬に、羽佐間は銃口を突きつけた。

 しかし、

 顔が歪むくらい銃口を押しつけられているにもかかわらず、

 善治はそれに気がつかないように……そう、まるで羽佐間存在など見忘れてしまったように、沈黙していた。

 

「お、おい善治……社長?」勢いを失って羽佐間が、その顔をのぞき込んだ。

 

 足下を見つめる善治は、下唇を強く噛んでいた。

「……死んだよ」

 やがて、何でもないように、つぶやいた。

「へ?」

「ゆかりだ。死んだよ」抑揚のない声で、善治はくり返す。「兄に……いや貞義と、そして……阿紫花に殺されてな」

「……何だと! そりゃいったいどういうことだよ、おい?」

「加納がテストしてい……ひっ!

 言いかけたそこで、善治は凍りついた。

 ようやく、自分の顔に向けられている拳銃の存在に気づいたのだ。

 

 

 

 

 

ぎゃぁわっ! うっ……撃たないでくれぇ! だから羽佐間、そんな物騒なものは引っ込めて……うわぁぁぁっ!」今まで気づかなかった分までまとめてパニックに陥ったのか、善治はわめき続けた。「たっ、助けてくれぇ! されるぅぅぅぅっ!」

 

うるせえわかった黙れ、撃ちゃしねぇからよ!」
その、騒ぎぶりにうんざりして、羽佐間は銃口を離した。「……で、何なんだよ。おい?」

 だが、もはや善治は、銃とは無関係錯乱しているようだった。……涙と鼻水を流し、羽佐間の姿も見ないで騒いでいる。

 

 

 

 それがやがて、息を乱し、胸を押さえた善治がうめくようにこう、口を開いた。「ぐぅぅぅ、羽佐間っ……

「おいっ、どうした……心臓か?」その、ただならぬ口ぶりに羽佐間が訊ねた。

秘書のっ、秘書のぉ……!」

「あん? コイツがどうしたってんだ?」まだ床に倒れたままの男をけって、羽佐間が言う。

「胸ポケットに、……はぁはぁ……胸ポケットに……」

薬かっ?」羽佐間が問い返す。

「……い、い、いち……イチゴゼリーが入ってるはずだっ……」

「え?」

「そっ、それを……ぐわぁぁぁっ。死ぬっ、死ぬぅー!……」

「わかったよ……ったく、世話の焼ける」

 ぶつくさ言いながらも彼は、秘書の上着から小粒の菓子を抜き取り、善治に与えた。

 善治は、れたつきでゼリーを容器から剥き取ると、そのまま口に放り込んで、しばらく舌の上コロコロ転がしていた。

 その間やることもなく羽佐間は、憮然とした表情あたりに目をやっている。

 

 

 

 

「……あ、あのな……」ゼリーを呑み込んで平静を取り戻したのか、善治は一語一語ゆっくりと話し始めた。「この『工房』で……」

 そこで、善治は顔を上げ、自分がいる室内を見渡した。

 つられて羽佐間もまた、その殺風景な広い部屋の壁や天井に目をやった。

「当時……ここで、『H』という傀儡が作られていた……」

「えっ……えっちぃ?
誰がヘンタイだこの野郎ッ!

「お、お前の事じゃない! 開発中傀儡コードネームだ」善治は息を吸い、言った。「阿紫花と山仲、そして先代の加納が、そのテストに呼び出されていた」

「加納って……加納おっさんだな。そいつはさっきも聞いたぜ」

「阿紫花にとって」善治はようやく落ち着きを取り戻したようだ。
逃げるそぶりすら見せず、語り続けた。
「外部の者に繰りを見せる初めての機会だったんだ。加納にしてみれば、若手の人形使いのお披露目にする気だったのだろう。だが」

 

「だが?」

 

「……阿紫花の繰りは、最悪だった」

「てめぇっ」羽佐間の形相が変わった。「兄貴を最悪とぬかしやがるか!」

「まっ、待て……! その時の繰りが、と言う意味だ。落ち着け羽佐間!」

「あ……。そうだったのか……すまねぇ。ハナシを続けてくれ」

「う、うっ……だからだな、何が悪かったのか、実力以下にしか人形を使えなかったらしい。
「テストの相手すら満足にできなかったようで、阿紫花も悩んでいただろう……
「そんなとき、ゆかりが……今話したとおり、庭園で阿紫花と出会ったということだ」

 善治は、軽く目を閉じた。「それが……はじまりだった」

「始まり……?」

「そうだ。人形『H』と、人形使『阿紫花英良』のな」

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