鬼切丸オリジナルストーリー
「夢鬼章<前編>」

 

登場人物

 

鬼切丸の少年(同族殺しの純血の鬼。常に日本刀を携えている)

 

バク(と呼ばれるホームレスの少女)

ホームレスたち

若者たち

 

 

夢鬼(夢に巣喰い夢ごと人を喰らう鬼)

 

 

 

 

(深夜の公園。人気の全くない茂みの中)

 

若者1「おらぁっ!」

 

(数名の若者、ホームレスを取り囲み暴行を加えている。

(ホームレス、泥と垢と血によって、男女の別さえわからない)

 

ホームレス「(体を庇いながら)ひいぃぃっ!

若者1「てめーら、むかつくんだよ!」

若者2「ほら、何とか言ってみろよ!」

ホームレス「(殴られながら)た……たすけ……許して……」

 

(執拗に続く暴行。

(彼らを取り囲む闇。

(その中から
ホームレス少女・バク、茂みをかきわけ登場。

(薄汚れた格好をした、ベレーをかぶった活発な印象の少女

 

バク「こら、なにしてるんだい!」

若者1「!(バクを見る)」

ホームレス「……バクちゃん! 
たすけてっ、たすけてー!

バク「あんたたち! そんなことしてると、ろくな夢を見ないよ」

若者2「んだとっ……!」

 

(若者ら、バクを取り囲む。

(ホームレス、その隙をかいくぐって逃走)

 

若者3「あっ……待てこら!」

若者1「ちきしょう! (バクに)おめぇのせいで逃げられちまったじゃねぇか」

若者2「てめぇ、責任とっておれらの相手をしてくれるかい? え?」

バク「とっとと帰んな。さもないと、夢ごと鬼に喰われるわよ」

若者1「ばーか、鬼なんているわけねーだろ?」

若者3「ンな子供だましでお家に帰れってか!?」

 

(若者ら、バクを取り囲み、草むらに押し倒す)

 

バク「やめて……放して!

 

(ふと、

(公園の地面すれすれのところを、瘴気のごとき煙が湧き溢れ、

(あたかも意志を持つようにして、彼らの足元に這い寄ってゆく)

 

若者1「(足元に気づき)な、なんだ……これ……」

 

(足元の煙、若者の前に集まり、

(盛り上がり、しだいに形をなしてゆく。

(それは   

 

バク「(不敵な笑みで)言ったでしょ、鬼だって」

 

若者2「お……お、お、お……」

若者3「そんな……ばかな……!

若者1「だあっっ

 

N「鬼などいるはずがない   

「鬼など現実にいるはずがない

「そう、これは夢だ   

 

(はっきりと姿を顕した、鬼。

(崩れた肌、グロテスクな容貌、鋭い牙。

(額に二本の角と、昆虫を思わせる長い触覚を持つ。

(鬼、牙を剥き、若者に襲いかかる)

 

(その瞬間)

 

若者1「うわああああっっっ!」

 

(若者1、病院のベッドで眼を醒ます。

(若者1、家族、そして医者に囲まれている)

 

家族「よかった、気がついたかい!」

若者1「え……あ、ああ……お、おれはいったい……」

家族「公園で倒れてたんだよ! いったいどうしたのよ!」

若者1「公園で……それじゃ、あれは……」

家族「ずいぶんうなされてたけど、大丈夫かい?」

若者1「……そうか、夢、だったんだ……」

 

N「そう、鬼など現実にいるはずがない」

 

(病室の入口から、警察手帳を手にした刑事、顔を覗かせる)

 

刑事「君! 話を聞かせてくれないか!」

看護婦「(制止して入口でもみあう)困ります! まだ話は……」

刑事「××公園でホームレスが暴行を受けたって通報があったんだけどね。
君のいた公園だよ! ちょっと君……!(ドアが閉じられる)

若者1「えっ……?」

 

(若者1の脳裏に浮かぶ、暴行シーンの回想)

 

若者1「じゃあ……じゃあ、あれは……?」

 

バク(回想)「夢ごと鬼に喰われるわよ」

 

(若者1、鬼の姿を思い出す。

(爪を尖らせ、牙をむき出す巨大な鬼の姿)

 

若者1「うわあああっっ!(頭を抱え暴れ出す)

家族「どうしたの!? 孝夫っ、どうしたの!」

若者1「鬼だぁ! 鬼だ……鬼に喰われるよぉっ!」

家族「ち着きなさいっ、鬼なんて……そんなものがいるわけないでしょう!」

 

N「そう。鬼など現実にいるはずがない。

「なら、夢の中には   ?」

 

看護婦「先生ッ!」

医者「興奮しているようだ、(家族に)鎮静剤を打ちましょうか」

家族「お願いします」

医者「君(と、看護婦に薬を用意させながら若者1に)
大丈夫だ。もうひと眠りした方がいい(と言いながら、看護婦の用意した注射を準備する)

若者1「いやだっ……いやだぁ!」

 

(若者1の脳裏に鮮明な鬼のイメージ)

 

N「そう、夢の中には、鬼がいる」

 

(以下、Nに重なって、

(暴れ抵抗する若者1を抑えつけ、鎮静剤を注射する医師らの姿)

 

N「夢の中に、鬼がいる

夢のしじまで、牙を剥き、爪を立て、

夢の入口で、
眠りに導かれた者を待ち受けて」

 

(若者1、薬の効き目により次第に無力化し、眠りにつく。

(それに重なり、再び若者1の夢の光景。

(夜の公園、巨大な鬼を目の前にしている)

 

若者1「あ……あ、あ……」

バク「(突如、若者1の背後に現れ)ほーら、言っただろ?」

 

(若者1に襲いかかる鬼)

 

N「の闇の中で、襲い、殺し、喰らう」

 

(その瞬間、病室。

(ベッドの若者1の肩から首に掛けて、

(見えない何かに食いちぎられたように切断される)

 

誰のものともなく悲鳴「ゃあああああっ!!

 

 

 

(事件のあった公園。昼。

(夜と異なり人通りも多く、行き来する人々。

(それにまぎれ、芝生やベンチ、そこかしこに存在しているホームレスの姿。

蝉の声。

(その中を、若者3、大きなバッグを持ち、よろめきながら歩いている。

(顔は憔悴著しく、目には生気が感じられない。

(若者3の数歩後を、鬼切丸の少年、袋に納めた日本刀・鬼切丸を携えて従うようについていく)

 

若者3「(うわごとのようにぶつぶつと)眠いよ、ねむいよ……

鬼切丸の少年「眠らせてやるよ、じきにな」

 

(若者3、公園の一角……冒頭シーンの現場……で足を止める)

 

鬼切丸の少年「ここがそうか?」

若者3「……(肯く)……」

鬼切丸の少年「そうか。じゃあ、教えたとおりにするんだ」

 

(若者3、バッグを開く。

(中には数体の仏像、そして数枚の札。

(若者3、中身の仏像を取り出して、自分たちの周囲に並べ始める)

 

若者3「……(ぶつぶつと)ねむいよ、ねむいよ……」

鬼切丸の少年「夢鬼っていうんだ、こいつはな」

 

(鬼切丸の少年、仏像を並べ終わった若者3の周囲の地面に、

(鬼切丸の鞘で円を描き、咒文を描く)

 

鬼切丸の少年「(描きながら)狙った獲物の夢に巣喰う鬼でな、夢ごと人間を喰らっちまうんだよ……おまえの仲間みたいに」

若者3「ひっ、頼むよォ……もう、らせてくれよォ!

鬼切丸の少年「ああ。この鬼切丸で奴を斬ったらな。
そのためも、
おまえにいる分身を
引きずり出さないとならないんだよ

 

(鬼切丸の少年、描き終わる。

(若者3の周囲に描かれたのは、
仏像と呪符を配した、
魔法陣とも曼陀羅ともつかぬ奇妙な図形

 

鬼切丸の少年「よし、上出来だ。
この結界にいる限りは安全だ、動くなよ」

 

(鬼切丸の少年、袋から鬼切丸を出し、鞘ぐるみに水平に構える)

 

鬼切丸の少年「出てこい夢鬼! 腹が減ってるんだろ?」

 

(白昼の公園。

(噴水、ベンチ、芝生。行き来する人々。

(その日常風景から切り離されているように、一角に佇む二人。

(その、とき。

(雑踏の人々から浮き出るように、バク登場。

(二人の存在を確信する足取りで、鬼切丸の少年と若者3に歩み寄ってくる)

 

若者3「わっ……
いいいっ、
鬼だ! 鬼だぁっ!

鬼切丸の少年「!」

若者3「(バクを指して)あいつだっ、あいつがあのとき……ひぃぃぃ!」

 

(次の瞬間、

(鬼切丸の少年、バクを羽交い締めにするように抱きついて、

(鯉口を切り、半抜きにした鬼切丸をバクの喉元にあてる)

 

バク「ひっ……!」

鬼切丸の少年N「……鬼気がない……?

バク「な……何すんだい! レディに向かってさ!」

鬼切丸の少年「(刀身をかざしたままで)おまえ、じゃないな
……人間か?」

バク「たりまえだろ!

 

(バク、鬼切丸の少年の腕、そして鬼切丸を振りほどく。

(自由になり、ひるまずに鬼切丸の少年に正対する)

 

バク「……そりゃまぁ、かに、ちょっとヘンだけどさ(口元に微笑)

鬼切丸の少年「悪かったな。(刀を収め)おまえは?」

バク「へへへ、みんなバクって呼んでるよ」

鬼切丸の少年「バク?」

バク「あだ名だよ。今は、この公園に寝泊まりしてるんだ」

鬼切丸の少年「そうか……それなら、どうしておれたちに気づいた?」

バク「えっ。気づく、って……?(と、訝しげにあたりを見回す)

 

(公園の風景。

(周囲の人々は、誰も三人に気を留めず行き過ぎる)

 

バク「あ、あれ? みんな……」

鬼切丸の少年「暗示をかけたんだよ。邪魔が入らないようにな」

バク「そうだったの、たぶん……」

 

(バク、まるで舞うが如くに、鬼切丸の少年の回りをめぐり、

(その刀、鬼切丸に視線を絡ませる)

 

バク「刀が、鬼切丸だって知ってるからだろうね」

鬼切丸の少年「知っている……だと?」

バク「ああ、ずっと昔に夢を見たよ」

 

バクN「角のない純血の鬼が携える、
唯一鬼の肉を断つ神器名剣。

鬼のしかばねより生まれたその純血の鬼は名を持たず、
すべての鬼を斬り殺せば人間になれると信じ、
はるかな昔よりを斬り続けている

 

鬼切丸の少年「……夢?」

バク「うん。あっ、でもあたしの夢じゃないの。あたしが喰った夢でね」

鬼切丸の少年「喰っ……?」

バク「そう。鬼が人間を喰らうように、あたしは夢を食べるんだよ」

バクN「たしか  
あんたに斬られた鬼の見た夢、
だったよ

鬼切丸の少年「おまえ……?」

バク「あ、あたし? 
ただ人間さ。ちょっとヘンだけどね」

鬼切丸の少年「ふ、確かにヘンだな」

バク「言ったわねっ。そんなね、バカにした風な言い方してると、ロクな夢見ないわよ」

鬼切丸の少年「鬼は夢など見ねえよ」

バク「見るのよ」

鬼切丸の少年「見ねぇよ」

バク「見るよ」

鬼切丸の少年「勝手に言ってな(目をそらす)

バク「……くすっ、

あんたはいったい、どんな夢を見るんだろうね

 

(蝉の声。

(真夏の、白昼の公園。

(結界の中心に立つ若者3、疲労と憔悴でその手足を震わせている)

 

鬼切丸の少年「(若者3に目線を投げかけ)
休んでろ、ただし、眠るなよ

 

(若者3、結界の中で両膝を落とし、目を見開いたままうなだれる。

息が、荒い

 

バク「あんた、ここの鬼を切りに来たのかい?」

鬼切丸の少年「ああ」

バク「(若者3を指さして)こいつの仲間を喰った鬼を?

鬼切丸の少年「そうさ(と、言いかけてから怪訝に思い)……知ってるのか?」

バク「ああ。夢に見たよ」

鬼切丸の少年「それも喰ったのか?」

バク「まさか! あたし美食家なの。
あんなゲテモノ食欲湧くもんか」

鬼切丸の少年「ふっ」

バク「あっ! またバカにしたわね」

鬼切丸の少年「奴はこいつの夢に潜り込んだんだ。夢に潜み、獲物を夢ごと喰らう。

だから、眠りを封じた

バク「眠りを……暗示で?」

鬼切丸の少年「もう7日になる。そろそろ、奴の餓えもピークに達するだろう。
「餓えに負け、夢から這い出してくるその時、奴を斬る。

「奴の現れたここ、
奴を産み出し、奴の本体が眠るこの場所でな

 

(公園の一角。
段ボールやビニールシートの小屋、周囲にホームレスがたむろしている)

 

バク「それで、(若者3を指して)こいつは助かるの? 」

鬼切丸の少年「?」

バク「だってこいつら、ここの人たちにひどいことをしたんだよ!」

 

(そのとき、

(茂みで寝ていたホームレス、紙製の手提げ袋をぶら下げて立ち上がる。

(冒頭シーンで襲われていたホームレス)

 

ホームレス「あ、バクちゃん

 

(ホームレス、皺だらけの笑顔をつくり、バクに近寄る。

(しかし、鬼切丸の少年らにはいっこうに気づかぬ様子)

 

ホームレス「これ、あげる」

 

(ホームレス、バクの手を取りその掌に何かを握らせる。

(手を開くと一個の、小さな、チョコレートの包み

 

ホームレス「こんどは、私が助けるからね」

バク「ありがと♪」

 

(ホームレス、そのまま手を振りながら、公園の外に去る)

 

バク「……しいたちなんだよ、みんな。
でも、起きてる間につらい思いをしてるんだ。
だからせめて夜くらい   

 

(バク、チョコレートをポケットにしまい込む)

 

バク「……眠ってるときくらい、
やなことみーんな忘れて、幸せな夢を見る権利があるんだよ。

悪い夢だったらあたしが食べてあげるさ。

けど、それをこいつら……
眠ってる彼らをバットで殴ったんだよ、
彼らの夢さえってきたんだよ!」

バクN「夢があるから、夢を見るから、今日も明日も生きていけるのに

鬼切丸の少年「   おれは鬼を斬るだけだ

 

(公園の情景。

(行き交う人々に混じって、茂みの中、木陰、ベンチの無表情なホームレスたち。

(結界の中の若者3、こころなし、息の荒さを増している)

 

バク「ほら、聞こえない?
 夢を奪われ、夢におさまりきれず溢れてくる、この、思いが」

 

(ホームレスらの描写に重なって、以下のN)

 

ホームレスN「いてぇよぉ……いてぇよぉ……」

 

ホームレスN「……くやしい……」

 

ホームレスN「許せない、仕返ししてやりたい……」

 

ホームレスN「あいつら……死んじゃえ! 死んじゃえ!」

ホームレスN「あんな奴ら、鬼に喰われて死んじまえ!」

 

バクN「これが夢なら、あたしが食べてあげられるんだけどね……」

 

N「それは、夢になれなかった思い。

「それは、夢からあふれた思い。

「あふれて、願いに。

「こぼれて、呪いに。

「あふれて、こぼれて……鬼になる」

 

鬼切丸の少年「……鬼気!」

 

(冒頭のシーン同様に、地を這い寄る瘴気。

(瘴気、意志を持つかの如くに結界の周囲に集まり来る)

 

若者3「ひっ……(苦しみ出す)ぐぐぐぐっっっっ!

 

(瘴気に取り囲まれた若者3、狂ったように身悶えする。

(その口を大きく開けたかと思うと、

(咽喉の奥から、

(地虫のような様態の夢鬼の分身、這いずりだしてきて、

(若者3の口元から結界の外へ突き進む。

(それに、瘴気が夥しく集まって、

(次第に膨れあがるようにして、

(夢鬼、ついにその巨大な姿を顕す)

 

鬼切丸の少年「出やがったな、夢鬼!」

バク「!」

鬼切丸の少年「(バクに)どいてろ、命の保証はできねぇぜ!

 

(若者3の叫びに重なり、公園の風景。

(暗示か、それとも結界か、他の人々は気づきもしない

(日常の公園に鬼が存在している、異様な光景。

(屹立した夢鬼、

(結界内の若者3を睨み据える)

 

若者3「(夢鬼の視点から見下ろされたアングルで描かれる)ひっ……わあああっ!」

鬼切丸の少年「結界から出るな!」

 

(恐慌をきたした若者3、結界を抜け出し走り去る)

 

若者3「鬼だあっ、助けて! 助けてぇぇ!」

 

(夢鬼、宙を飛び、猛然と若者3を追う。

(追いすがり、その牙で、若者3の首を喰いちぎる)

 

バク「あーあ

鬼切丸の少年「ちっ!」

バク「出るなって言ったのにねえ」

鬼切丸の少年「黙ってろ!」

 

(鬼切丸の少年、夢鬼を追う。

(鬼切丸の少年、駆け抜きざまに、夢鬼の胴を薙ぎ払う。

(夢鬼、左の脇腹を大きく切り裂かれる)

 

夢鬼「(エコーとして響く。以下同じ)その刀……それは、鬼切丸かぁ!

鬼切丸の少年「そうよ、唯一鬼の肉をも断つ、てめえらの天敵さ!」

「夢から引きずり出されたてめぇに勝ち目はないぜ、夢鬼!」

夢鬼「夢……から……だと?

(哄笑)ラゲラゲラゲラ!

鬼切丸の少年「!?」

夢鬼「笑止! これをと思うておるか!

 

(鬼切丸の少年のその前に大きく立ちはだかる。

(その胴、塵と化してゆくはずの、鬼切丸の刀傷が   

 

鬼切丸の少年N「傷が……再生していく!

 

夢鬼「違うぞ、純血の鬼!……これは……これは……」

バク「これは   あんたの夢だよ」

鬼切丸の少年「何……!」

夢鬼「(再び哄笑)ゲラゲラゲラゲラゲ

 

(to be continued)

 

(H14.12.01_R.YASUOKA
(Based on Comic,
('ONIKIRIMARU'
(by Kei Kusunoki)

 

おことわり:
本作は楠桂原作「鬼切丸」を題材にしたフィクションです。
登場する、あるいは想起される人物・団体・事件その他も実在とは無関係です。