三匹が斬る!オリジナルストーリー
「花供養 雨に散りぬる 悪代官」(その1)

 

登場人物

 

矢坂平四郎(殿様)
浪人。気品と豪放さを併せ漂わす偉丈夫。

久慈慎之介(千石)
浪人。野生の気迫凄まじい貧乏侍。

燕陣内(たこ)
浪人。甲賀忍者の系譜に連なる剽軽な商売人。

お蝶
三匹と行動を共にする娘。見習い戯作者。

 

川合軍太夫
宇田川藩友崎代官。

福本
代官所の役人。

岩尾
代官所の役人。

 

内藤修理
宇田川藩目付役。巡察使。

伊吹
内藤の部下。

 

三吉
宇田川藩境井村名主の子。

お春
三吉の妹。

 

代官の部下たち

浪人たち

人夫・農民たち

住職

 

 

(宇田川藩、友崎。

(宇田川の支流、茜川の流れる農村の風景。

(田園を抜ける畦道を、殿様、たこの二人歩いている)

 

たこ「……けどなんだねぇ殿様。
「たまにはさ、こういう男同士の二人連れも悪くないね」

殿様「そうだな」

たこ「いつもだったら、おれか殿様のどっちかにお蝶がついてっからね……

「そうだ殿様! 
せっかくだから、今夜は宿場で
女の子集めてパァ〜っと派手にやらない? ねぇ」

殿様「おまえのおごりでか?」

たこ「冗談やめてよっ、こっちは素寒貧なんだからさ……出世払いでどう?」

殿様「あいにくこっちも素寒貧だ」

たこ「……今夜も野宿かなぁ。
あーあ、どっかにうまい儲け話、ころがってないかねぇ……」

殿様「おまえはいつもそれだ……それにしても、お蝶もどうしてるかな」

たこ「平気平気。あの黄色い声でさ、
「いまごろどっかのゴロツキ相手にタンカでも切ってんじゃないの?」

声(お蝶)「ちょっと、やめなさいよォッ!

たこ「そうそう、あんなふうにさ……え?」

 

(川沿いで行われている堤防工事。

(農夫が人足として徴用され、役人の監督下作業をしている。

(代官所の役人(福本)、倒れた男のそばに走り、鞭打ちを浴びせる。

(お蝶、その福本に飛びついて、手に持った鞭を奪い取る。

(その騒ぎに別の役人(岩尾)駆けつける)

 

お蝶「やめなさいってのがわかんないの!」

福本「ええいっ、飯炊きごときが口を出すでない!」

お蝶「口も出したくなるわよ! この人たちはね、むりやり働かされて疲れ切ってるのよ」

岩尾「(割って入り)黙れ黙れ!」

お蝶「だいたいね、が違うじゃないのっ!
 工事で働く人達にご飯を作ってあげる仕事って聞いてたのよ!
 それを、作ってあげるご飯もロクにない上、
 なんであたしまで
力仕事にかり出されなくちゃいけないのよぉ!」

福本「人手が足らんのだ! つべこべ言わずに働けっ!」

お蝶「冗談じゃないわよ……

若くて可愛い娘にこんな重労働させるなんてさっ!
……辞めるわ、もう辞めるわよこんな仕事!」

岩尾「ならば、前金で払った一朱、今すぐ返してもらおうか」

お蝶「うっ……

福本「どうした。返せぬなら働くしかないだろうが」

お蝶「うるさいわねっ! もうっ、働けばいいんでしょ働けば!」

岩尾「(お蝶を抱き)なんなら、体で返してもよいのだぞ」

お蝶「放してよ(振り払い)スケベ!(平手打ち)」

岩尾「おのれっ、下手に出ておれば!」

殿様「待ていッ!」

 

(殿様、たこ、工事現場に登場。

(殿様、お蝶につかみかかろうとしていた岩尾を振り払う)

 

お蝶「殿様ぁ!

福本「な、なんだ貴様はッ!」

殿様「仔細は知らんが乱暴はよくない。それにこの娘とは知り合いでな」

お蝶「殿様ぁ! ん〜〜、いいところに来てくれた、
逢いたかったわぁ♪

たこ「……たこさんもいるんだけどね」

殿様「いったいどうしたんだお蝶?」

お蝶「この川の堤防工事で働いてるんだけど、この人たち、ひどくってさぁ……」

岩尾「おい娘、辞めたければ辞めて構わんのだぞ」

福本「そうだ! 前渡しの一朱さえ返してくれればな」

たこ「一朱? さっさと返せばいいじゃん」

お蝶「それがさぁ、不思議なの!

……絵草紙の取材においしいもの色々食べたら、
いつの間にかなくなっちゃったのよぉ。

不思議でしょ?」

たこ「ぜんぜん不思議じゃないよ」

お蝶「……ねーぇ殿様、あとで返すから貸してくれない?」

殿様「それが、我々も文無しでなぁ」

たこ「(お蝶の肩を叩き)がんばって働くのヨ。行こう殿様」

お蝶「はっ、薄情者〜〜!」

声(川合)「どうした、何事だ!」

 

(代官・川合、数名の手下を引き連れ工事現場に登場。

(陣笠を被った恰幅の良い年輩の男)

 

福本「おお、これはお代官」

岩尾「工事検分、ご苦労様でござる(礼)」

川合「どうだ岩尾、工事の進捗は」

岩尾「それが、土手の補強が予定の半分にも達してございません」

川合「そうか……福本、茜川の水嵩はどうだ」

福本「昨日までの雨で徐々に増しております。このままでは……

川合「……一刻も早く補強を終わらせなくては……」

お蝶「(川合に)ちょっと! あなたがこの工事の責任者?」

福本「無礼者っ! こちらの御方は友崎代官、川合軍太夫様であるぞ!」

お蝶「代官様だろうが何だろうが云わせてもらうわ。

あのね、みんな朝から晩まで働きづめで疲れてるの!
 それを無理矢理働かせて、工事が遅れるのも当たり前よ!」

岩尾「黙れと云うのがわからんかっ!」

殿様「まぁ、待ちなさい」

 

(殿様、二人に割って入る。

(人夫たちの人だかりの中、代官たちを窺う、三吉とお春。

(それぞれの手に刀、小太刀が握られている)

 

三吉「……おれが奴らをひきつける。お春、行くぞ」

お春「うん」

 

(三吉、叫びながら川合に向かって駆け出す)

 

三吉「代官っ、覚悟ぉぉっ!

岩尾「(気づいて)!……狼藉者だっ、出会え!」

 

(代官の部下、抜刀して三吉に立ち向かう。

(三吉、素早い太刀筋で部下たちに斬りかかり、刃を交えながら突破する)

 

三吉「代官ーっっ!」

福本「おのれ、斬れ! 斬れ!」

 

(俊敏な動きで部下たちを翻弄する三吉。

(様子を見て殿様、川合に目をやる。

(周囲の者もなく孤立する川合。

(その背後に忍び寄るお春。

(近づきながら、お春、小太刀を抜き払う)

 

お春「代官っ、覚悟!」

殿様「!」

 

(殿様、反射的にお春に駆け寄り、

(今まさに川合の背に突き立てようとしていたお春の小太刀を手刀で払い落とし、

(そのままお春を取り押さえる)

 

お春「放して、放してください!」

殿様「そうはいかんっ、どうあれ、目の前で人を殺すのを見過ごすわけにはいかぬ!

三吉「(気づいて)お春ぅー!

お春「あんちゃんっ、逃げて! 逃げて!」

 

(斬り結ぶ三吉。

(お春に目をやった隙を突いて、福本、三吉の肩を斬りつける。

(肩口を裂かれた三吉、続く福本の斬撃を振り払う)

 

三吉「……(痛みに顔を歪める)」

お春「あんちゃん! 早く!」

三吉「お春っ!(踵を返す)必ず助けるからな!」

福本「逃がすなっ、追え!」

 

(三吉、肩を庇いながら駆け出し退場。

(福本、部下数名と共に三吉を追って退場)

 

岩尾「お代官っ!
 (と、川合と殿様のもとに戻る)お怪我は?

川合「大丈夫だ。(殿様に)かたじけない。礼を申す」

殿様「礼には及びません。
 (といいながらお春を立たせ)しかし、いったいどうしてこんな事を……」

お春「……(無言)……」

岩尾「代官お命不届者
代官所でじっくり取り調べてくれる!
……さあ、(殿様に)その女をお渡し願おう」

殿様「そうはいかん

岩尾「なにぃ?」

殿様「何やら委細のありそうな事ゆえ、
黙ってそちらに渡すわけにもいかん」

岩尾「その方っ!」

殿様「たこ、お蝶。この娘さんを頼む」

たこ「任せて♪」

お蝶「あいよ殿様♪ (岩尾に)べーっ!

岩尾「おのれっ、お上に逆らうか!」

川合「よせ、岩尾」

岩尾「しかしお代官っ……」

 

(川合、たこ・お蝶の側にいるお春に歩み寄る)

 

川合「お春というのがそちの名か?」

お春「……(顔をそむける)」

川合「その名、覚えがあるぞ
……境井村の嘉兵衛の娘であろう」

お春「!」

川合「逃げた男はそなたの兄……たしか、三吉とか申したな」

お春「……そうだ! 十二年前、おまえに磔にされたおとうたちの仇だ!」

川合「すまなかったな」

お春「!」

川合「私を殺すならそれもよい。だが、この堤防が完成するまで待ってはくれぬか」

お春「……?」

川合「(殿様に)この娘の身柄は貴殿にお任せしよう
……ところで、お名を伺ってませんでしたな」

殿様「拙者、矢坂平四郎です。見てのとおり、旅の浪人でござる」

川合「宇田川藩友崎代官川合軍太夫でござる
……いかがでござろう、助けていただいた礼に、拙宅へ案内いたしたいが」

たこ「殿様……」

殿様「それはありがたい。
 お招き、ありがたくお受けいたしましょう」

 

(殿様、川合・岩尾と共に去る)

 

お蝶「ちょっと殿様ぁ! 置いてかないでよぉ!」

たこ「あんたはここで働いてね。もらった分は働かなくちゃ……あっ」

 

(たこ、何かをひらめいたように手を打つ)

 

たこ「儲け話の予・感。お蝶(と殿様風に)、この娘さんを頼む」

 

(たこ、お春をお蝶に託し、殿様らを追って去る)

 

お蝶「ちょっと、たこさぁん!」

 

 

(山道を追われる三吉。

(道端の薬師堂に逃げ込む。

(三吉、飛び込むなり、わき目もふらず本尊の陰に隠れる。

(その陰で、寝ていた千石足に引っ掛かり、転倒する)

 

三吉「わっ」

千石「いてぇっ!

 

(ショックで千石、眼を醒ます。

(薄汚い身なりだが、精悍な野生馬のような浪士。

(千石、起きあがり、転んだ三吉を見下ろす。

(怒りの形相で腰の剛刀・胴太貫に手をかけている)

 

千石「貴様っ、よくも……よくも!」

 

(千石、激しく地団駄を踏む。

(戸惑いの表情を浮かべる三吉)

 

千石「いま……たった鰻重に箸をつけたってとこで、
 よくも眼ぇ醒まさせてくれやがったな!

(叫び、それから抜刀)たたッ斬ってやる! 
殺してやる!

三吉「ひっ……(肩の傷の痛みに)痛っ!」

千石「お前(と三吉を窺い)……どうした、その怪我は」

 

(福本と代官所の侍たち、三吉を追い薬師堂に踏み込む。

(思わず三吉、千石の後ろに隠れる)

 

千石「(福本らに)ンだ、てめぇらっ!」

福本「おい浪人、その者をこちらへ渡せ」

千石「断る」

福本「何ッ!……」

千石「鰻重喰い損ねてアタマきてる時に、
 てめぇらみたいな連中見るとムカムカしてくんだよっ、失せろ!」

福本「おのれっ、かばい立てすると承知せぬぞ!」

千石「けっ、(見回し)どいつもこいつも悪そうなツラだな。

オラ……怪我しないうちにとっとと帰れ!」

部下「……(戸惑い、福本を窺う)」

福本「構わぬっ、二人ともし取れい!

 

(侍たち、千石に襲いかかる。

(千石、胴太貫で防ぎながら、侍たちを足蹴にし、倒す)

 

福本「(蹴られて)……おのれ浪人っ、覚えておれ!」

 

(福本ら、薬師堂から退却する)

 

千石「けっ、そんなまずいツラ覚えてられるか……忘れる前に戻ってこい!」

 

(福本、山道に姿を消す。

(……消したかと思った次の瞬間、

(追いついた鉄砲隊を引き連れ、駆け戻ってくる)

 

千石「なっ……バカ、さっそく戻る奴があるか!

 

(福本、鉄砲隊を構えさせる。

(鉄砲隊、千石に照準を合わせている)

 

福本「勝負あったな、浪人!

 

(そこへ、

(編笠に旅姿の武士二人(内藤、伊吹)登場、

(両者の間に割って入る)

 

侍(伊吹)「待て! 待て待てぃ!」

福本「っ……何者だ!」

侍(内藤)「(福本に)その方、代官所の手の者だな」

 

(武士、笠を取る。

(目付内藤修理、鼻筋の通った端正な若者。

(その配下伊吹、五十絡みの剛直そうな男。

(二人、共に福本に対峙する)

 

福本「……お、お目付様っ!……(鉄砲隊に)止めぃ、下ろせ!」

伊吹「領内巡察を行う我らに、
代官所は
鉄砲をもって出迎えるか!

福本「ちっ、違います! これは……

内藤「まあよい」

 

(内藤、福本の前に立ちはだかる)

 

内藤「帰って代官に……川合軍太夫に伝えておけ。
目付内藤修理、
巡察使として罷り越した……貴公の悪事もこれまでだ、とな」

福本「……!(踵を返す)」

 

(福本、手勢を連れて立ち去る)

 

千石「けっ、ざまーみろ!
……(内藤に)いや、お手前。かたじけない」

内藤「貴殿は?」

千石「拙者、薩州浪人久慈慎之介と申す!

内藤「身共は当藩目付、内藤修理です。
で(と三吉に)その方は?」

三吉「……さ、三吉と申します……」

内藤「そうか。三吉……どうして代官の手勢に追われていた?」

三吉「……」

千石「そうだな。おい、鰻重は許してやる。何があった?」

三吉「……あの代官は……(呻く)」

 

(三吉、肩の傷を押さえて前のめりに突っ伏す)

 

千石「おい!(三吉を抱える)」

伊吹「大丈夫か」

千石「気を失っただけだ
……(と三吉の傷をあらため)ずいぶんやられたな、これは」

伊吹「ち、血止めをっ(荷からサラシを取り出す)」

内藤「近くに我々の宿がある、そこへ参ろう」

千石「おう」

 

(代官屋敷。門に『宇田川藩友崎代官所』という看板。

(川合・岩尾、殿様を伴って帰着。

(一足先に戻っていた福本、代官を出迎える)

 

福本「お代官! お代官!」

川合「どうした?」

福本「修理様が……目付の修理様が巡察使としてこの村に!」

川合「なにっ」

福本「はっ。先程の狼藉者を捕らえようとしたところ、
なにやら得体の知れぬ浪人と共に、邪魔に入りましてございます」

殿様「(川合に)修理とは?」

川合「目付内藤修理、次席家老である内藤主馬の息子でござる。
何かと私を目の敵にしてござってな……」

殿様「巡察使というと、藩侯の命により領内の政治を調査する役目でござるな」

川合「左様……
いささか、困ったことになったかも知れんな」

福本「それから……(声を落として)城下より三島屋が訪ねてございます

川合「よし、わしが会おう」

福本「しかし、お代官……」

川合「(たしなめるように)よい。
(殿様に)申し訳ござらぬが、用が済むまでお待たせすることになってしまいます。平にご容赦を」

殿様「いやいや、拙者のことはお気になさらず」

川合「(福本に)では、矢坂様をわしの部屋にお通しせよ」

福本「はっ。(殿様に)では、こちらへ」

 

(川合の部屋。福本、殿様を案内して登場)

 

福本「(殿様に)こちらでお待ちを」

殿様「かたじけない」

福本「御免(と礼)」

 

(福本、障子を閉じて退室。

(あたりを窺う殿様、障子を開き、そのまま庭先に目をやる)

 

殿様「おや、あれは……」

 

(庭先にたくさんの鉢植えや植木、花々)

 

殿様「……(花を見て微笑)」

 

(代官屋敷の一室。

(川合、商人より切餅を受け取っている)

 

商人「では、このとおり二百両お貸し申し上げます

川合「いつもすまぬ。工事費用は多いほど良いからな……これが借用書だ」

商人「ありがとうございます。あの、重ねてで申し訳ありませんが……」

川合「わかっておる。堤防さえ出来れば収穫は確実に上がる。
金を返した上で、年貢米の一部を
その方に融通するくらい手易いことだ」

商人「百姓どもから巻き上げるのございますな……お代官様も悪うございますな」

川合「それはお主も同じこと……お互い悪よのぅ(微笑)」

商人「ありがとうございます。では、今後ともよしなに(去る)」

 

(天井裏。

(たこ、節穴から室内の様子を窺っている)

 

たこ「ありゃりゃ……ま、このくらいワルの方が、儲けがいがあるけどね」

 

(川合の部屋。

(殿様の前に川合登場し、着座)

 

川合「お待たせいたした
 ……代官とは申せこのとおり、貧乏所帯でろくなお構いもできませぬがな」

殿様「いやいやとんでもない。
文無し同然でもう、軒下にいられるだけでもありがたいと
……ところで、ご家族がおいでかな」

川合「妻に先立たれましてな。子もなく、今は気楽なやもめ暮らしでござる」

殿様「そうでしたか。それは……それにしても、綺麗ですなぁ」

 

(殿様、縁側越しに庭に目をやる。

(川合、殿様を追って、庭に咲き誇る花々に目を向ける)

 

川合「……妻が好きでございましてな。

みまかりましてから、拙者が継いで世話をしてござる」

殿様「左様ですか」

川合「『花を頼む』と云い遺して逝きました……

さ、何のもてなしもできませぬが、酒でも支度させましょう。(手を叩き)これ、誰かあるか

殿様「いやぁ、かたじけない。……では、遠慮はせぬことにいたしましょうか」

川合「ところで矢坂殿。
 貴殿、旅の浪人とは仮の姿……
 いずれ名のある大身の御方が、
 身分を隠しての忍び旅とお見受けいたしましたが」

殿様「買い被っていただいては困る。拙者ただの素浪人、
足の向くまま気の向くままの気ままな旅でござる」

川合「またまたご謙遜を。ははは」

 

(代官屋敷の一間、板敷の仕事部屋。

(福本、岩尾が帳面付けをしている。

(たこ、手に包みを携えて登場)

 

福本「(たこを見て)なんだその方!」

たこ「これはこれは、代官所のお役人様方とお見受けいたしまする」

岩尾「……あっ、お前はさっきの!」

たこ「ご挨拶が遅れました。
(かしこまり)こんななりをしてございますが実はワタクシ、

さすらいの悪徳商人、
燕屋陣ちゃんなのでございます」

福本「燕屋……だとぉ?

たこ「堤防工事と伺いまして、ぜひともお代官様と一緒に
甘い汁なぞ吸わせていただきたいと、美味しい話を持って参りました

……なにとぞ、なにとぞお代官様にお目通りを」

岩尾「甘い汁……?」

たこ「ほらほら、公共工事といえば、につけ込んでいろいろ悪いことが出来るでしょ!
 例えばほら、
工事資材一式の調達をこの燕屋にお任せいただけましたら、
代金の一部を皆様のフトコロにお返しいたしますとか」

福本「だめだだめだ! いいか、この工事の予算はな、お代官がお城に掛け合って、やっと獲得してるのだ!」

岩尾「お前に払える金など、ビタ一文ありはせん!」

たこ「まぁまぁ、本音と建前の使い分けはそのへんにして……魚心あれば水心、ってでしょ?」

 

(たこ、手にした包みをうやうやしく差し出す)

 

岩尾「(包みを見て)何だこれは」

たこ「お近づきのしるしに、ヤマブキ色のお菓子でございますって

福本「ほう(と笑み)、これは気が利くな」

 

(福本、包みを手にして、開く。

(しかし、出てきたのは山吹の花)

 

福本「……なんだっ、これは?」

たこ「いやあのね、お菓子の持ち合わせがなかったから、
ヤマブキの花摘んできたってわけ。
みのひとつだになきぞかなしきってね……
まぁ手付けってことで勘弁してよ」

福本「(包みを投げ捨て)おのれぃっ!

岩尾「我らを愚弄いたすか!」

たこ「違う、違うって!……シャレがわかんないかねぇ……

福本「うるさいっ! 帰れ帰れ!」

 

(代官屋敷、川合の部屋。

(話を続ける殿様と川合)

 

殿様「ところで……見れば、堤防の完成を急いでおられるご様子でしたが」

川合「五年前からです。

「毎年この時期になると雨が続き、
  完成途上の堤防が増水した茜川に流されてしまう。
   これを繰り返しています。

「お城の勘定方に掛け合って得た予算も尽き、
城下の商人どもに頭を下げてなんとか費用を捻出しているさまで
……おそらく、今年が最後の機会。

間もなく始まる雨期までに、
何としてでも堤を完成させないことには……」

殿様「そうですか、五年も……」

川合「この土地は、毎年のように水害で田畑が流されています。
「堤防さえ完成すれば収穫高も上がり、それよりも……大勢の命を救うことができるのです」

殿様「ご立派でござる」

川合「とんでもない! 拙者は……

そう、悪代官なのでござるよ」

殿様「?」

 

(川合、庭先に目をやる)

 

川合「『百姓と胡麻の油は絞れば絞るほどよく取れる』」

殿様「……幕府の農民支配の喩えでござるな」

川合「私はこの言葉に従い、この土地で、
「少しでも多くの年貢を集めるため、厳しく取り立てを行ったのでござる。

   ……鬼代官、悪代官。

「世間は私をそう呼びました。
  どんなに呼ばれようが御家のため、
   藩のために収益を上げることができれば……そう信じていたのです」

 

(セリフに重ねて川合の回想。

(農村の収穫物を年貢として収奪する代官所の侍たち。

(米俵を運ばせる福本、岩尾、追いすがる百姓を突き飛ばし、打ち据える。

(離れた所で采配する川合)

 

殿様「ではもしや、あのお春の両親は……」

川合「お察しとおりです。
あの兄妹の親は村名主でした。
十二年前の水害著しい年、年貢を納めきれなくて苦しむ百姓のために、
公儀へ直訴を企てたのです」

殿様「直訴……それを、あなたが処罰したのですか」

川合「直訴は天下の法度です。
 成し遂げられたら御家の一大事……その一念でした。

自分が正しいことをしていると思っていました」

殿様「そのあなたがどうして……?」

 

(川合、応えずに、再び庭先に目を向ける。

(殿様、川合の視線の先、菖蒲の花に目をやる)

 

声(福本)「さぁ、出てけ出てけ!

声(たこ)「ちょっと待てよ! お代官に会わせてってば……」

声(岩尾)「えぇい、うるさい!」

 

(殿様ら、声の方へ目をやる。

(たこ、岩尾と福本に追われて庭先に転がり出る)

 

岩尾「ここはお主のような小悪党の来るところではないわ!」

たこ「悪党だと! 云いやがったなっ、
 こっちが小悪党ならそっちは大悪党悪代官じゃねぇか!」

福本「貴様っ、よくも悪代官などと!(鯉口を切る)」

たこ「わっ……!」

 

(殿様、川合とともに縁側に登場)

 

川合「何事か、騒々しい!」

殿様「たこぉ……! いったいどうした」

たこ「あっ殿様! 地獄殿様とはこのことだよ……悪者に追われてんの、助けて」

福本「おのれっ!」

川合「福本、刀を引けい!……ところで矢坂殿、この男は……?」

殿様「いや、私の知り合いでしてな。しかしおまえ、どうして……」

たこ「それがね殿様、

こいつらの工事につけ込んで甘い汁を吸おうとしたんだけどさ」

殿様「おまえなぁ……
 そうだ! なァたこ。何か工事を急がす算段はないか?」

川合「ん? 矢坂殿、いったい……」

殿様「いやいや、この男、こう見えてなかなか知恵が回りましてな。

(たこに)何かあるだろう、工事をうまく進める手だてが?」

たこ「ある、ある♪

 

(内藤の投宿先。近在の村にある大きな農家。

(その一室に寝かされている三吉)

 

三吉「……お春っ!(と叫び、体を起こす)」

 

(目醒めた三吉、あたりを見回す。

(少し離れた囲炉裏端に千石が座り、焚き木をくべている)

 

千石「気がついたか」

三吉「ここは……?」

千石「近くの家だ。巡察使どのが宿として使っている」

三吉「……(突如思いつき)お春っ! お春を助けないと!(と起き上がる)」

千石「まだ動いちゃいかん!(と三吉を押しとどめる)」

伊吹「(奥の間から登場)どうした

内藤「(同じく登場し、三吉に気づき)おお、気がついたな」

三吉「(我に返りあたりを見回す)……」

内藤「お前、どうして代官を狙った」

三吉「えっ」

千石「話してみろ。事情次第で力になってもいいぞ」

三吉「(うなずく)」

 

(囲炉裏の火のアップ。

(三吉を囲んで座す千石、内藤、伊吹)

 

三吉「私は三吉と申します。おとうは……

この上流にある境井村の名主でした」

内藤「お前、この土地の百姓か」

三吉「もう、ずっと昔のこと……十二年前のことでございます。十二年前、村は大水に見舞われました」

 

(三吉の回想。

(名主・嘉兵衛、代官所の門前で門番らに訴える。

(嘉兵衛、門番と侍に足蹴にされて追い払われる。

(なお追いすがる嘉兵衛の前で締められる門。

(絶望して地に伏す嘉兵衛。

(離れた物陰から始終を見ていた、幼い三吉とお春の姿)

 

三吉「その時庄屋だったおとうは、
 百姓達のために年貢を減らすよう
  何度も代官に頼みましたがお許しをいただけず……それで……」

内藤「その話なら聞いたことがあるな。確か……お前の父は、江戸表への直訴を目論んだのではないか?」

千石「直訴?」

三吉「はい……」

内藤「しかし、村を出る直前で捕らえられ、女房ともども磔にされたのだろう」

三吉「……(うなずく)……」

千石「そりゃあひでぇ……」

伊吹「あの代官は城下にも噂の伝わる悪代官でしてな。
かねてより領内の村人に重税を課し、
私腹を肥やしている疑いがござる」

千石「それで、息子のお前はどうしてたんだ?」

三吉「はい。私は代官の手を逃れて、妹のお春と一緒に江戸に行きました。

遠縁の家で働きながら、おとうとおかあの仇を取りたくて、
町道場で剣術を覚えて……それで、この村に戻ってきたのでございます」

千石「仇討ちだと?」

三吉「はい」

千石「バカ! 知らんのか? 
  仇討ちは武士だけに許されてるんだっ、百姓町人なら捕まってお仕置きだぞ」

三吉「構いませんっ! 代官さえ殺せば私はどうなろうと……」

内藤「……まぁ焦るな。ならば、今日からその方は武士だ」

三吉「えっ……?」

内藤「私の供回りを申しつけよう。
  微禄だが士分であるのにかわりない」

伊吹「若っ、それは……」

内藤「構わん。この者の助けをしてやりたいのだ」

三吉「……(戸惑う)……」

伊吹「三吉とやら……武家の仇討ちとなれば、本懐を遂げたあかつきには、さらなる加増もあるぞ。心して掛かることだな」

三吉「あ……(平伏)ありがとうございます!」

千石「よかったな」

内藤「しかしな、三吉。

おぬしの親が代官に処罰されたのはあくまで御法度に背いての措置、

それでは仇討ちではなくただの逆恨みでしかない」

三吉「っ!……」

内藤「だが、実は我々も、
 藩命により巡察使として友崎に向かう途上である。
  代官の不正を暴けば、仇討ちの道もきっと開けるだろう……三吉、力になってくれぬか」

三吉「は、はい!」

伊吹「(千石に)その方も腕が立つようだが……
     よければ我らに力を貸さんか。働きによっては当藩への仕官も叶えてやってもよいぞ」

千石「俺は高いぞ、(両掌を拡げて)千石どうだ!

伊吹「せ、千石だと……!」

内藤「(苦笑)大きな望みだな」

千石「……と云いたいがまぁ、
ああいう奴らが相手なら話は別だ。
当座は喰わせてくれればそれでいい」

内藤「気に入った。よろしく頼むぞ」

千石「ところで(と三吉に)、お前と一緒に逃げたって妹はどうしたんだ?」

三吉「……(思い浮かべて)そうだお春!」

千石「?」

三吉「さきほど代官を襲ったとき、お春が……妹が奴らに!」

内藤「妹御が?」

三吉「はい、取り巻きの浪人に捕まったんです!」

千石「ようし、そいつは俺がなんとかしよう」

三吉「……(不安げに)……」

千石「(三吉に)心配すんな、妹さんのことは俺に任せとけ!」

三吉「ありがとうございます!」

千石「では、御免(と立ち上がる)」

内藤「久慈殿」

千石「心配無用だ。なんならついでに代官の首だって……」

内藤「その方……代官所がどこかご存じかな?」

千石「……(固まる)……」

内藤「(微笑し、腰を上げる)私が案内しよう」

伊吹「若……!」

内藤「案ずるな、途中までだ。伊吹、おまえは三吉についてておれ……久慈殿、ご同道いただけるな」

千石「かたじけない!

 

(堤防に近い畦道。千石と内藤が行く)

 

千石「そうか、貴殿は次席家老の嫡男なのか」

内藤「まぁ、そういうことになるな」

千石「家老の息子がどうして……」

内藤「……悪いが、そう呼ばれるのは好きではない」

千石「そうか、すまん。
 それがどうして目付の仕事をしておられるのだ?」

内藤「民百姓のためでござる。不正を暴き、私利私欲に走る輩を取り締まり……」

千石「ほう」

内藤「……と、理想ばかりを云えば嘘になるな」

千石「ん?」

内藤「親の七光りで家老職を継ぎたくなくてな。
私は、自らの力で実績を上げ、認められ
……次席家老などではなく、さらに上を目指したいのだ」

千石「さらに上をか……それは立派な心がけだな」

内藤「望みは大きく、だ。今の世の中では難しいかもしれんが……貴殿の千石取りと一緒かな(微笑)」

千石「そうだな(微笑)」

 

(突如立ち止まる千石。

(SE・腹の虫)

 

内藤「どうした?」

千石「……いや、何でもない。この先は一人で行こう。代官所はこの先だな」

内藤「この川沿いの上流だが……本当に大丈夫か」

千石「ああ。任せておけ

内藤「では、気をつけられよ」

千石「案内かたじけない、では!」

 

(内藤去る。

(それを見送り、一人残る千石。

(もう一度、より大きなSE・腹の虫)

 

千石「……武士は喰わねど高楊枝、か……(腹を撫でる)」

 

(千石、うつむきかげんに畦道を歩く)

 

千石「あー……腹減ったぁ……ん?」

 

(千石、鼻をヒクつかせ、顔を上げる)

 

(to be continued)

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おことわり:
 本作は時代劇「三匹が斬る!」を舞台にしたフィクションです。
 登場する、あるいは想起されるいかなる人物・団体・場所・事件・悪役俳優その他も実在のものとは一切無関係です。
 ただし、
 本作を通じて故・川合伸旺氏を偲び、
 謹んでそのご冥福をお祈り申し上げます。


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Written by Ryohsuke Yasuoka