三匹が斬る!オリジナルストーリー
「花供養 雨に散りぬる 悪代官」 (その2)

 

登場人物

 

矢坂平四郎(殿様)
浪人。気品と豪放さを併せ漂わす偉丈夫。

久慈慎之介(千石)
浪人。野生の気迫凄まじい貧乏侍。

燕陣内(たこ)
浪人。甲賀忍者の系譜に連なる剽軽な商売人。

お蝶
三匹と行動を共にする娘。見習い戯作者。

 

川合軍太夫
宇田川藩友崎代官。

福本
代官所の役人。

岩尾
代官所の役人。

 

内藤修理
宇田川藩目付役。巡察使。

伊吹
内藤の部下。

 

三吉
宇田川藩境井村名主の子。

お春
三吉の妹。

 

代官の部下たち

浪人たち

人夫・農民たち

住職

 

白米
 握り飯
アップ。

(湯気を立てて握られて、次々人手に配られている。

(堤防の工事現場。

(たこ、テキ屋稼業のように卓を拡げ、
  背後に工事図面を張り出し、人夫たちを集めている。

(集まった人夫たちにお蝶、お春、炊き出しの握り飯を配っている。

(隣で見守る殿様、川合ら)

 

たこ「さぁさぁ皆さん! 腹が減っては戦はできぬ! 

お腹いっぱい食べて、がんばって工事をしてちょうだいよぉ♪」

お春「どうぞ(と人夫に握り飯を渡す)」

お蝶「はーい♪(と配りながら)、
まだまだいっぱいありますからね」

人夫A「うー、うまい!」

人夫B「生き返るようだぁ」

たこ「……さぁさぁオッチャンオニイチャン、
 ちょっといてチョーダイ。(工事図面を指し)
 百人で百間の堤防工事だ、これじゃいつまでたっても終わらないのは当然!
 そこで、さっきのクジ引きのとおりに、
 この百人を一組五人の二十組に分けちゃう! いいね!

「二十組がそれぞれ仕事を分担して、
たった五間の堤防を完成させればそれで終わり! 
いい? たった五間でいいの!」

人夫「……(図面を窺う)」

たこ「れだけじゃない! 

「一番早く五間の工事を完成させた組には、特別のご褒美として五両!
 一人一両をもれなくし上げちゃう大盤振る舞い!」

人夫たち「い、一両だって(歓声)」

たこ「もちろん手抜きはダメよ。ちゃんと検査するけどね……で、二番目に完成させたら一人一分!」

人夫たち「(歓声)」

たこ「三番目の組には一人一朱!」

人夫たち「(歓声)」

たこ「あとはそれなりに!」

人夫たち「(意外と少ない歓声)」

たこ「(反応に)あら……

「とにかく、がんばった人にはご褒美盛りだくさんなんだから、
 これはもう、やるっきゃないでしょ! (人夫たちに)さぁ皆さんご一緒に、

『やるっきゃない!』……せーの!

人夫A「(たこ無視)そうなったらこうしちゃいらんねぇ!

人夫B「(同じくたこを無視)そうだそうだ! さっそく始めようぜ!」

たこ「あっだから、せーの……」

 

(人夫たち、たこの呼びかけを無視、

(われ先に道具を手にして堤防工事に走り出す)

 

たこ「あらら、ノリの悪い連中……」

岩尾「あいつら、目の色が変わったぞ」

殿様「(人夫を見て)さすがだな、たこ」

たこ「あたりまえだの煎餅だってば!
 (福本を見て)あんたたちとはここ、ここが違うの。

「人ってのはね、べしべし叩いてばかりじゃ言うこと聞かないんだよ。
鼻先ニンジンぶら下げてやったほうがいいのよ」

福本「しかし! こんなに金をばらまきおっては予算が……!」

たこ「だからここが違うって言ってるでしょ? 

 金を二倍出したって、工期を三分の一にすりゃになるのがわかんない?」

福本「な、なんだと……(指を折って計算)……」

岩尾「(同じく指を折って計算)……うぅむ……」

たこ「そのかわり……魚心あれば水心でございますよ」

岩尾「?」

たこ「報酬だよ報酬! いたお金の三割五分二厘、
ちゃんと陣内ちゃんのフトコロに入るんでしょ?」

殿様「ずいぶん半端だなぁ」

たこ「諸経費込み」

福本「おのれっ、足元を見おって!」

声(川合)「まぁまぁ、良いではないか

 

(川合登場。

(やはり、この男には陣笠姿がよく似合う)

 

岩尾「お代官!」

川合「さすがは矢坂殿ご推挙の知恵者だな。
 工事竣工のあかつきには、この川合軍太夫の名にかけて礼金は払おう」

たこ「まぁ、知恵者なんてホントのことを……
 さすが切れ者のお代官さま♪ よっ色男!

川合「これならば、このまま進んでくれれば、今年こそ……

矢坂殿、このとおりだ。心より礼を申しあげる」

殿様「いやいや、貴殿の思いに打たれ、
 いささか助力したまでのことでござる……」

たこ「(殿様に)ちょっとちょっと」

殿様「?」

たこ「(殿様を傍らに引っ張り、囁く)けどさ、あんまりいい奴じゃないよ。あの代官」

殿様「どういうことだ」

たこ「聞いちゃったんだけどさ、
この工事の予算、城下の悪徳商人から借金してんだよ。
それでそのカタにね、
年貢ちょろまかしてどうこうって話をしてんだからさ」

殿様「そうか……

 

(掘っ建て小屋の飯場。

(お蝶とお春、握り飯を作っている)

 

お蝶「すまないわねお春さん、手伝ってもらって……」

お春「いいんです。どうせ、他に行き場もありませんし。それに……」

お蝶「それに?」

お春「……こうしていれば、気が紛れますから」

お蝶「……お兄さん、心配?

お春「……(うなずく)……」

お蝶「大丈夫だって
  あたしたち
ついてんだから

 

(たこ、飯場に登場)

 

たこ「どう調子は?」

お蝶「まっかせて!」

たこ「あんま作りすぎないでよね、経費浮かすんだから……

(お春に)お春ちゃん、手伝ってくれてありがと」

お春「……(微笑)……」

たこ「心配ないって。お兄さんならきっと見つけてあげるからさ。なんたって……」

お蝶「……あたし殿様がついてんだから!(胸を叩く)」

たこ「……たこさんもいるんだけどね」

 

千石、飯場にふらりと登場。

(匂いに惹かれたようで鼻をヒクつかせ、

(中の連中にも気がつかず、さまようように飯場に入り込む)

 

たこ「あれ……」

お蝶「……千石さぁん!」

千石「(気がついて)お蝶ぉっ!

たこ「千ちゃんっ?」

千石「なんだ、たこもか……お前ら、なんでここに?」

たこ「儲け話だよ。今ね、ここの堤防工事を仕切ってんだよ」

千石「まーたインチキ商売

たこ「失敬だね。ちゃんと代官のお墨付きももらってるよ」

千石「……代官? いま、代官と言ったな! どこだ、どこにいる!」

お蝶「代官ならあっちで工事を見てるわよ」

千石「あっちだな! よぉし……!」

 

(千石、駆け出そうした瞬間、

(SE・腹の虫。

(凍りつく千石、たこ、お蝶そしてお春)

 

千石「(腹を押さえて)……そうなんだよなぁ。鰻重、食いっぱぐれたし……」

お春「あのぅ……」

 

(お春、握り飯を千石に差し出す)

 

千石「(お春に)や、これはすまん(握り飯を即座に手に取り、食べる)」

お蝶「あーっ! ちょっと千石さぁん!

たこ「おまえっ、何で勝手に喰ってんだよ!」

千石「(二人を無視して)あー……うまいっ!

 (お春に)もうひとついいか? いい?」

お蝶「(お春に)ダメよ、ダメ、ダメダメダメダメ!

たこ「こいつに喰わせたって働きゃしないんだから。
お米ドブに捨てるようなもんだよ」

千石「堅いこと云うな。(勝手に握り飯を二つ三つ掴み)
 が減ってはは出来ぬからな

たこ「何が戦だよ」

千石「それがだな……そうだ! たこ、お前も手伝え。

代官からを奪い返すんだ

お蝶「代官って?」

たこ「どこの代官?」

千石「ここの代官だ! 俺の知り合いの妹が、奴にさらわれたんだ!」

たこ「ええっ。あの代官、そんな悪いことしてたの?」

千石「ああ」

たこ「やっぱり悪代官だったんだな……(お春に)あぶないとこだったねぇ」

お春「(つられてうなずく)」

千石「……ん?」

たこ「実はさ、この子もあの代官にとっつかまるところだったんだよ」

千石「なんだと!(お蝶に)本当かっ、それは!」

お蝶「ええ。あたしも見たもん」

千石「あんにゃろぉっ! まだ他にも娘を……」

たこ「確かにね、生娘くるくるして喜んでそうな顔だよ、あれは。

よしっ! かわいこちゃんの味方燕陣内が一肌脱ごうじゃ……

千石「どうした?」

たこ「やっぱダメダメ。だって今はさ、大事な金ヅルなんだもん」

千石「金ヅルぅ?」

たこ「そうそう。俺達が代官やっつけたら、
 三割五分二厘がもらえなくなっちゃう。(お蝶に)ねー♪」

お蝶「ねぇー♪」

千石「……つべこべ言ってねぇでさっさと来い!(たこを引きずる)」

たこ「わっ、千石っ……(連れて行かれる)」

お蝶「千石さぁんっ!(追いかける)」

 

(工事現場。競い合って働く人夫たち。

(うれしそうに見守る川合。

(その傍ら、代官の部下らと殿様)

 

岩尾「しっかり働けよ!」

川合「……この勢いならば、今年こそ間に合うかもしれぬな……」

殿様「(うなずき)……おや、あれは」

 

(殿様、何かに気づき現場の外れに目をやる。

(その視線の先、千石登場)

 

岩尾「何奴だ!」

千石「友崎代官、川合軍太夫だな

福本「(気づいて)き、貴様……!」

千石「(福本に気づき)よぉ、悪代官とその手下ども! 

どいつもこいつも人相悪いツラしやがってんな、(指さして)お前も! お前も!……」

 

(と、代官の手下を一人一人指さす千石)

 

千石「お前もっ! それからおま……」

 

(千石、指さした先に殿様がいるのに気がつく)

 

千石「……と、とのさま……?」

殿様「よぉ千石ぅ!」

千石「殿様ぁ! どうしたんだ、こんな所で……」

殿様「いやそれがな、今はこの代官殿に厄介になっててなぁ……」

千石「なんだとぉ?」

 

(千石、間合いをとり抜刀

 

千石「見損なったぞ殿様ァ!」

殿様「……はぁ?」

千石「俺は! この……この歪んだ世の中でっ、
お前だけは正義の士だと信じてたんだ!

「それが……それが、悪代官の用心棒とは! 俺は、俺は……!」

殿様「待て千石、話を訊け!」

千石「問答無用っ、ちぇすとぉぉぉっ!」

 

(千石突進、殿様に挑む。

(千石、剛剣・胴太貫を振りかざし、激しく荒々しく襲いかかる。

(殿様、やむなく抜刀。

(殿様、勢いに圧されながら、千石の刀を躱し続ける)

 

千石「……(刀を構え)やるな、殿様」

殿様「……(刀を構え)……」

 

(たこ、お蝶・お春を伴ってその場に追いつく)

 

お蝶「千石さんっ、殿様ぁ!」

たこ「あーあ、始めちゃったね」

お蝶「何呑気に云ってるのよっ、たこさん、何とかしてよ!」

たこ「よしわかった、手桶持っといで。水ぶっかければ……」

お蝶「ケンカじゃないんだから!」

 

(斬り結ぶ殿様、千石)

 

殿様「……この、わからず屋がっ!

 

(千石、突進。

(呼応して殿様、突進。

(激しく刀を振り下ろし、打ち合わせる。

飛び散る火花。

(両者、互いの勢いに弾かれ、間合いをとって対峙する)

 

千石「……(肩で息)……」

殿様「……(肩で息)……」

お蝶「ちょっと、めなさいよ二人とも!

 

(お蝶、二人の間に割り込むように飛び込む)

 

千石「(お蝶に)あぶねぇぞ、引っ込んでろ!」

お蝶「引っ込んでられるわけないでしょ!
 ……ほら二人とも! さっさと刀をしまいなさいよ!」

 

(勢いを殺がれ、ただ立ちつくす千石、殿様)

 

千石「いや、あの……

(気を取り直し)おい殿様っ、この代官野郎が何をしやがったか知ってんのか!」

殿様「いったいどうしたんだ千石、やけに鼻息が荒いぞ

たこ「うん、それがね(殿様に)。
ここの代官、どっかの娘をかどわかしてるんだってさ」

殿様「なに……?」

千石「そのとおりだ!

(川合に向けて)コラ代官っ、てめぇ……お春をどこにやりやがった!」

たこ「…………えっ?」

 

(間。

(やがてお春、遠慮がちに千石に近づく)

 

お春「あの……」

千石「(構えたまま)なんだ!」

お春「その、……お春は私ですが……」

千石「んたじゃない! 三吉の妹のお春だ!」

たこ「三吉の妹だよ。三吉の妹のお春ちゃん」

千石「なにぃ

……そりゃ、どういうことだ?」

殿様「千石、どうやらお前、何か勘違いをしてるようだな」

千石「……」 

 

(千石、ぎらぎら光る眼で周囲を威圧する。

(そのまま、次に何をするでもなく、ただ威圧を続ける)

 

千石「……」

たこ「どうしたの?」

千石「……」

たこ「(考えて)

……わかった、引っ込みがつかないんだろ? 
しょうがねぇな、一緒謝ってやるからよ」

千石「……」

たこ「(千石の傍らから周囲に)すいませんね皆さん、
工事でお忙しいところにお邪魔しちゃって
……こいつね、
思いこんだらすぐ見境なくなっちゃうの。
お馬さんといっしょ……ほら(と千石の顔を撫で)、
似てるでしょ?

千石「るせぇ!」

たこ「わっ(飛び退く)」

千石「いいか殿様っ、こいつがお春の親に何したか知ってんのか?
 こいつが農民をどれだけ苦しめたか知ってんのか?」

殿様「過去はどうあれ、
 今は村人を救うため堤防を作っているのだ。
 千石! るなとは言わぬっ
せめて堤防が出来るまでは待ってやれ!」

千石「うるせぇ! 人が、そんな簡単に変われるかよ……

悪党は死ぬまで悪党のままなんだよ!

殿様「千石!」

 

(川合、わずかによろめく。

(狼狽し、その手がかすかに震えている。

(千石、胴太貫を鞘に収める)

 

千石「おぅい代官、三吉の仇討ちのためにその首はとっといてやる」

岩尾「無礼者! 無事でこの場から帰れると……」

千石「だと?

 

(千石、岩尾を睨みつける。

(岩尾、たじろぐ。

(千石、お春に向き直る)

 

千石「……お春さん、兄さんは無事だ」

お春「えっ」

千石「代官の悪事を暴きに来た巡察使と一緒だ。さあ、一緒に戻ろう」

お春「……」

千石「どうした

お春「私はここに残ります」

千石「どうして?」

お春「……確かめたいんです……」

千石「確かめる?……何を!

お春「代官は『すまなかった』、
確かにそう云ったんです」

千石「……?」

お春「代官のほんとうの姿を。あの代官が本当に悪い人なのか、ここにいて、それを知りたいんです」

千石「はぁ? おまえ、いったい……」

殿様「千石。この娘はこの娘で考えることがあるんだよ」

千石「おい、お春さ……」

 

(千石、云いかけてやめる。

(決意に満ちたお春の表情)

 

千石「……わかった、お春は置いてく。
 そのかわり妙な真似しやがったら、一人残らずぶった斬ってやるからな」

たこ「安心しな千ちゃん、俺がついてるからよ」

千石「お前が一番あぶない」

たこ「んまぁ、信用ないのね」

 

(内藤の宿、農家の一室。

(車座になって談義する千石、三吉、内藤、伊吹)

 

千石「そういうわけで三吉、妹さんは無事だ」

三吉「そうですか、お春は……!」

千石「俺の仲間が一緒にいる。悪代官には指一本触れさせん」

内藤「では次は我々が動く。代官所に乗り込み、
直々詮議をいたそう……伊吹、例の証人を連れて参るぞ」

伊吹「はっ」

千石「俺も行こう」

三吉「では私も……」

伊吹「その傷ではまだ動けまい」

三吉「ですが……痛っ!(顔をしかめる)」

内藤「久慈殿は三吉を看てやってくれ」

伊吹「目を離すと一人で斬り込みかねぬからな」

千石「そうか……わかった」

三吉「若様!」

内藤「心配するな、は必ず討たせてやる」

千石「そうだ(と内藤に)。あの代官、矢坂という浪人を用心棒にしてる。こいつには気をつけろ」

内藤「そうか……とはいえ、斬り合いに行くわけではないからな」

 

(代官屋敷の一室、客間。

(障子を閉められた部屋の上座に内藤、伊吹座す。

(二人に正対して下座に控える川合、岩尾。

 

内藤「友崎代官川合軍太夫! 巡察使内藤修理、役儀により罷り越した」

川合「お役目、ご苦労様に存じまする」

内藤「単刀直入に申す。
 その方、茜川の堤防工事を利用し
 過去五年にわたり工事費用を私し、
 余つさえ城下商人と結託
 年貢米横流しを企てているとの調べである。左様相違ないな」

岩尾「お、おちくださいませ!
 かような罪状、我らにはいっこうに覚えのないことで……」

伊吹「控えい、小役人!」

岩尾「ははっ……!(黙る)」

川合「巡察使殿(と内藤に)、
 工事の収支は藩に報告しているとおりでござる。
 少ない予算をやりくりし、とても私腹を肥やす余地などないこと、
 ご覧いただければおわかりのことと存じます」

内藤「承知しておる」

川合「予算不足ゆえ工事すら滞っているところでござる。
 再三にわたり予算増額を申し入れしましても、いつも何者かに握りつぶされ……」

内藤「話を逸らすでない!」

川合「はっ……」

内藤「予算不足ゆえと申したが、
 それを名目にその方、
 城下の商人に頻繁に声をかけ、
 藩の名を騙り勝手に借財を重ねておるそうではないか……

この証文に覚えがあろう

 

(内藤、書付の束を投げ渡す。

(川合、拾って開く。

(開かれた束、すべて城下商人への借用書)

 

内藤「城下の商人より勝手に金策した借用書だ。
 総額三千両を不正に集金したる事実ここに明白である」

川合「しかしこれは……」

内藤「言い訳無用! ここに証人もおるのだ。証人をこれへ!」

 

(障子開く。

(先般密談した商人、縁側に控えて登場)

 

川合「(驚く)」

内藤「(商人に)三島屋儀兵衛、面を上げぃ」

商人「はい……(顔を上げる)」

内藤「その方、ここにいる友崎代官川合軍太夫に
工事費用の名目で金を貸したこと、間違いないな」

商人「(平伏し)はい、間違いございません

内藤「では、その際約定したこと、そのまま話してみよ」

商人「はい。お代官様は、金を借りる見返りとして、
年貢米を融通してくださることを、確かにお約束くださいました」

岩尾「これ、その方……!」

伊吹「控えいと申しておるに!」

岩尾「くっ……!」

川合「巡察使様、それは……」

内藤「申し開きは評定所でいたせ。
即刻城下に連行し取り調べる。
ちませい!」

声(殿様)「お待ちください!」

 

(殿様、たこ、庭先から登場。室内に上がり込む)

 

川合「矢坂どの……」

伊吹「何者だ!」

殿様「拙者、矢坂平四郎と申すの素浪人。今は当家の客分でござる」

たこ「(続けて)拙者、旅の悪徳商人燕屋陣ちゃんでござる」

内藤「(呟く)矢坂……」

伊吹「取り調べの最中である。遠慮せい!」

殿様「まぁまぁ、固いことをおっしゃりますな」

 

(殿様、川合の前に広げられた借用書を手に取り、

(その内容に目を通す)

 

殿様「……やはり、な」

たこ「(横から覗いて)どったの?」

殿様「巡察使殿(と内藤に)よくご覧くだされ、
この証文の名は、
すべて川合軍太夫個人になってますぞ。
代官の肩書きはどこにも書かれてござらん」

内藤「……!(読み返す)」

殿様「つまりこれは藩ではなく個人の借金ですな
……それならば、巡察使様とて咎め立てはできますまい」

内藤「しかし……しかし、三千両だぞ!」

川合「この川合、伝来の家宝も家屋敷もすべて売り払う所存でござる」

伊吹「それでも返せる額ではなかろうが!」

川合「武士の面目にかけ……命に替えても返済いたしまする」

殿様「本人もこう云ってるんだ。問題はありますまい」

内藤「……」

殿様「しかも、この証文には年貢米についての記述はどこにもござらん」

伊吹「何っ……?」

殿様「書面に残っていないことを証拠にはできませんな」

内藤「たわけ、そのために証人がおる!
……三島屋(商人に)、申し様相違ないな」

商人「はい、確かにお代官様は……」

殿様「本当でざるかぁ? 代官がそう申されたのかな?」

商人「はい……」

殿様「大事な話でござるからな、よぉくお考えくだされよ」

 

(殿様、商人の側に寄る)

 

殿様「よろしいかな? 年貢米の横流しなどと、
 そのような大それた約束がなされたとあれば……もちろん代官は切腹だが、

そんな悪事をもちかけた商人の方も、
店は潰され当主は獄門になること、まず間違いはありますまい

商人「ひっ、ご、獄門……(生唾を呑み込む)」

伊吹「浪人っ、余計なことを申すでない!」

殿様「(伊吹を無視し、なお商人に)おやァ、ご存じなかったのでござるかぁ?
 それだけの咎めを受けると知りながら、自ら証人を買って出るとは……

いやはや、あなたこそ正義
見上げたお覚悟でござる

商人「わ、私はただ……」

殿様「だからもう一度、よぉくお考えになることですな。横流しなど、本当に約束なされたのでござるか?」

商人「……」

殿様「……(無言で、を刎ねるジェスチャー)」

商人「ひぇっ……存じませぬ! 私はなにも存じませぬ!」

伊吹「これっ、今さら何を……!」

内藤「隠すとためにならんぞ!」

商人「……(平伏)……」

殿様「では、年貢米についての申し分は、そなたのお聞き違いでございますな」

商人「知りません、知りません!」

殿様「……証拠がなくなり申したな。どうぞ、お引き取りくださいませ」

内藤「くっ……(立ち)川合! これで済んだと思うなよ!(伊吹に)行くぞ!」

 

(内藤、伊吹、立ち上がる。

(内藤、部屋を去り際に、殿様の傍らで止まる)

 

内藤「その方……矢坂、と申したな

殿様「……」

内藤「どうして川合に……代官に肩入れするか」

殿様「そうですな……(庭を見て)……あの花が

内藤「(庭を見て)?」

殿様「あの花が、綺麗でございますから……というところでしょうかな」

内藤「……?」

 

(二人が見る視線の先、

風に揺れる庭先の花。

(同じようにその花を見つめる川合のアップ)

 

 

(代官屋敷門前。

(門から出掛けるお春。

(殿様、お春に気づいて呼び止める)

 

殿様「お春さん、どちらにお出かけかな」

お春「おとう……父と母のお墓へ」

殿様「墓?

お春「村の人に、お寺に葬られていると聞きました。ずっと江戸にいたから、やっとお墓参りに……」

殿様「そうか……そうだ、私も行こう

 

(殿様とお春、寺に向かう。

(村を見おろす高台にある小さな寺。

(参道の階段を上りきったところで、

住職、山門で掃き掃除をしている。

(老齢だが足腰のしっかりした白髭の男)

 

殿様「(住職に)お訊ねしますが、墓所はいずれでござるか」

住職「(会釈し)ああ、墓でございましたら

 ……(お春の顔を窺い)……

そちらのお嬢さんっ、もしや嘉兵衛さんの……名主でいらした嘉兵衛さんの娘さんでは?」

お春「はい……」

住職「大きくなりましたなぁ。さ、案内しましょう。どうぞこちらへ」

 

(境内の墓所。

(大小の墓石が並んでいる中、

(住職、殿様とお春を案内して登場)

 

住職「嘉兵衛さんのことならよぅく覚えてます。
 十二年前、ひどい洪水で田も畑もみんな駄目になってしまいましてな……」

殿様「それで、江戸に直訴に出たのですな」

住職「苦しむ村人をなんとかしてやりたかったのでしょうな。

幾度も代官所に掛け合って、年貢減免を頼んだのですが、

お代官様のお許しがどうしてももらえず、それで思い余って……」

殿様「それを罰した、当時の代官が川合殿でいらっしゃるのですな」

住職「ええ。ですが……」

殿様「?」

住職「……こちらでございます。
 嘉兵衛さん夫婦は……咎人となっては墓に葬ることもできず、こうして無縁仏として弔うてございます」

 

(墓所の一隅にある無縁仏。

(殿様、お春、見て一瞬立ちつくす。

(碑文もない大小の石が転がっているだけの一角だが、

(その周囲に、数知れない草木花々が植え付けられて、

(綺麗に整えられて、墓石の群れを囲んでいる)

 

お春「これは……?」

住職「……お代官様でございます」

殿様「代官が?」

住職「いや、はじめは、奥方様でしたな」

お春「……?」

殿様「代官の奥方でござるか」

住職「ここには嘉兵衛さんの他にも、
水害や飢饉で食べるものもなく、
立ちゆかなくなって飢え死にしたり、
あるいは心中した百姓達を葬ってございます。
奥方様は、お代官様にも内緒で、
かが葬られるたびに、花や木を供えましたのじゃ」

お春「では、この花は……」

住職「大人も、子供も、男も、女も……村の者が死ぬたびに。

奥方様はお一人でこちらにいらして、こっそりと、この仏の前で手を合わせておられましたのです」

 

(風に揺れる花)

 

住職「奥方様が亡くなられて後、
愚僧がお代官様をここにお連れしましたのじゃ。
その日のことは、今も忘れはいたしませぬ

 

(回想。

(住職、川合を案内する)

 

住職N「奥方様はただ一言『花を頼む』と云い遺されたそうでございます。

 それはおそらく……

ここののことだったのでございましょう……

 

(回想。

(川合、手にした陣笠を取り落とす。

(色とりどりの花が咲き乱れる仏前で、

(川合、静かに地に崩折れる。

(墓石に取りすがり、泣き崩れる)

 

川合(回想)「してくれぇ……してくれぇ……!

 

(回想終わる。風に揺れる花々)

 

住職「もう……五年になりますな。
それからは、お代官様がお手づから、
ここの草木の手入れをなさってございますのじゃ」

殿様「五年前……代官が堤防工事を始めた年ですな」

住職「左様。こちらをご覧くだされ」

 

(無縁仏の傍らに並ぶひっそりとした墓石。

(小さいが新しい墓石、その表面の碑文に『川合家累代の墓』と読める)

 

住職「お代官様の頼みで、
 城下菩提寺よりこちらにお墓を移しました。

村の者と共に眠りたい。己のせいで死んだ者に地下で詫びたいと……

むろん、奥方もこちらに一緒でございます」

殿様「そう……だったのですか……」

 

(殿様、墓に手を合わせる。

(ふと傍らを見ると、

(お春、殿様に並び、無心に手を合わせている)

 

 

(代官屋敷、代官の私室。

(室内に座す川合)

 

声(殿様)「御免」

川合「おお矢坂殿、いずこへお出かけでしたかな」

 

(障子開き、殿様登場。

(部屋に入り、川合に対座する)

 

殿様「(着座し)……寺の墓所へ参りました」

川合「……!」

殿様「住職に事情を伺いました。あなたは……」

 

(間)

 

川合「あそこに弔われているのは、私が死なせた者どもです……

私の科した、過酷な年貢に堪えられなかった者たちです」

殿様「それを、あなたが供養……」

川合「私ではありません、妻のしたことです」

殿様「……」

川合「あれはたった一言、『花を頼む』と……」

 

(川合、庭先の花に目をやる)

 

川合「生きている間、
 やりよう一度も口を出したことはございません……

万事に控えめで、黙って、だまって

……ずっと、胸を痛めていたのでしょう」

殿様「……すばらしい奥方だったのでしょうね」

川合「私にはもったいない妻でした」

 

(風に揺れる花)

 

川合「矢坂殿……千石殿、と申されたかな。あのご浪士、こう言われましたな。」

殿様「……代官殿……」

川合「『悪党は死ぬまで悪党のままなんだ』

殿様「考えずに喋る奴です。どうかお気になされるな」

川合「いえ、あの御仁の言われたとおりでござろう」

殿様「……」

 

(庭を風が吹き抜ける)

 

川合「……そうだと思います。

巡察使の内藤のように、私がやったことには家中でも批判する者がいます。

私は死ぬまで悪代官……
永劫私は、
悪代官のそしりを免れることはできますまい」

殿様「……」

川合「悪党は死ぬまで悪党です。
 今さら何をしても犯した罪が消えるとは思いませぬ。
……何をしたとて、私が死なせた者が生き返るわけではない。

そう、あのお春と三吉の両親とて、生き返るわけではないのだ」

殿様「代官殿、あなたは……

 

(短い間)

 

殿様「……工事完成したら、腹を切るおつもりではないですか」

川合「……」

殿様「工事費用としての借金はあなた個人の名前でされている。
あなたが腹を切り、あなた一人が悪者になることで、
藩にも誰にも迷惑をかけることなく、
あなたが商人とかわした約束はすべて無効になる……
違いますか?

川合「私は悪代官だ。死んでも悪代官なのですよ」

 

(風に揺れる花々)

 

川合「……私は報いを受けるべきなんだ。ただその前にせめて……

を築けば、水害や重税で命を落とす者が少しでもいなくなれば……

「いや、いや……

それが罪滅ぼしになるとは思ってござらん。だから、せめて私は……」

殿様「代官殿」

川合「?」

殿様「おっしゃるとおりだ。
確かに、かつてあなたの犯した悪行が消えるわけではない。
たとえ、あなたが腹を切ったところで

川合「……」

殿様「だが、堤防が出来上がれば、
 後代にわたって何百、いや何千という人々が救われる。
 そうすれば後世、あなたを、
 水害から大勢の人々を救った名代官、
 そう讃える人だってきっと現れることだろう……そう、私は思います」

川合「……わ、私が……名代官、ですと……?

殿様「……(首肯)……そしてそれこそが、奥方の望まれたことではないでしょうか」

川合「矢坂殿!」

 

(川合、殿様に平伏する)

 

川合「その言葉、ただその一言で
  ……この
川合軍太夫、救われた思いがいたしまする……

殿様「代官殿……!」

 

(川合、平伏したまま嗚咽する。

(殿様、そっと室を立ち去る。

(廊下の物陰に佇んでいるお春)

 

お春「矢坂様、わたし……(代官を窺う)」

殿様「お春さん……」

お春「十二年です……十二年ですよ。

 わたしとあんちゃ……兄は、この村を離れて、二人きりでずっと、

 ふた親の仇を討つことを考えて生きてきたんです。

 あの代官さえ殺せば、仇を討ちさえすればもう死んだってかまわない。ずっと……

小さい頃からずっとそう思い続けてきたんです。
それなのに、なのに……

殿様「……ずっと、憎みながら生きてきたんだね。辛かったろう」

お春「……」

殿様「だけどお春さん、
人は変わることができるんだ。
ああして代官が変わったように、
お春さんも、兄さんも、憎しみを抱き続けた生き方を、
きっと変えることができるだろうよ」

お春「矢坂様……」

殿様「兄さんも、きっとわかってくれるだろう」

お春「……」

 

(二人、視線を庭先にやる。

(木々の葉が光を受けて輝いている)

 

 

(内藤の宿、農家の広間。

(内藤、伊吹、膝をつき合わせ相談している)

 

内藤「工事の進みが早まっている……と?

伊吹「はっ」

内藤「我らが手を回し予算を削っておるのにか?」

伊吹「はい。例の浪人どもが何やら入れ知恵しているようでございます」

内藤「まずい、それはまずいぞ!
  工事が完成するのは川合をい落とした後……

私が代官になってからでなくてはならんのだ!」

伊吹「御意、若が自ら巡察使を買って出た甲斐がなくなりますからな」

内藤「この治水工事に、殿がどれだけ関心を寄せておられると思う!

川合になりかわり、茜川を治めたという功績をあげれば……筆頭家老も夢ではないのだぞ」

伊吹「承知しております、若」

内藤「何か策があるか」

伊吹「聴き取りと称し、人夫に駆り出されている百姓どもを
 この屋敷で足止めしてはいかがでしょうか」

内藤「それだけでは手ぬるい、……伊吹!」

伊吹「はっ!」

内藤「城下に使いを送り、
 集めた浪人連中を呼び寄せよ。
 刀にかけても工事を阻止するんだ!」

伊吹「御意!」

内藤「こっちには、例の庄屋の小倅という手駒もある……見ておれ川合、お前などに手柄を取られてなるものか」

 

(襖の向こうの廊下、漏れ聞いた千石、立ちつくす)

 

 

(農家の庭先。

(木ぎれで素振りをする三吉。

(千石現れ、三吉の傍らにしゃがみ込む)

 

千石「傷はもう平気か」

三吉「どうしました久慈様、こわい顔をして……」

千石「三吉」

三吉「はい?」

千石「こんなとこ、さっさと出た方が身のためだぞ……
 代官も悪だがこっちも相当の悪だっ、ロクなもんじゃねぇ!

三吉「ですが、内藤様は私を侍に取り立ててくださいました。そのご恩を返さないと」

千石「莫迦かお前、利用されてるのがわからんのかっ!」

三吉「それでも構いません」

千石「何だとッ!」

三吉「……十二年ですよ

千石「?」

三吉「私とお春はこの村を出て、
遠い親戚を頼って江戸に逃げました……でも、
そこでは私たちは厄介者でしかなかったのです」

 

(三吉の回想。

(幼い三吉とお春の兄妹、親類の男に怒鳴られながら貝採りをさせられている。

(夜。納屋で藁に埋もれて眠る兄妹。

(回想にあわせて三吉のナレーション)

 

三吉N「佃の漁師の家で、朝から夜まで働かされました。
 重い籠を持たされてアサリやシジミを売りに出て、
 売れ残って帰ると殴られる……そんな毎日でした。

でも……」

 

(三吉の回想。

(アサリ売りの途上、町道場の前を通る兄妹。

(庭に忍び込み、小窓から道場を窺う。

(道場の中、乱取りにいそしむ門弟たち。

(三吉、門弟を真似てそっと天秤棒を構える)

 

三吉N「……たまたま通りがかった道場で、
見よう見まねで剣術を覚えました。
強くなりたい。強くなっていつか、
この手で代官を殺してやりたい
……それだけをずっと、ずっと考えてきたから、
どんな辛いことがあってなんとか生きていけたんです」

 

(回想終わる。

(三吉、決意を秘めた表情)

 

千石「……」

三吉「駒でも操り人形でもかまいません。十二年……十二年ですよ。
 ずっと、代官を殺すことだけを考えてきたんです
 ……たとえ利用されたって、仇さえ討つことができれば……」

千石「(言いよどむ)しかし……」

三吉「それに……万に一にでも侍になれれば、
お春に……妹にいい暮らしをさせられるんです。
今まで苦労をかけてきた妹を、
仕合わせにしてやることができるんです」

千石「……てめぇって奴は……!」

三吉「すみません」

千石「まあいい……お前が仇討ちをしたいというのなら、それまではつきあってやろう」

三吉「ありがとうございます。久慈様!」

 

(無人の工事現場。

(ひとり立ちつくすお蝶。

(殿様登場)

 

お蝶「あっ殿様、大変よ!」

殿様「(気づいて)お蝶、これはいったい……」

お蝶「巡察使が取り調べだって、一人残らず連れて行っちゃったのよ!」

 

(内藤の宿。

(人夫たち、庭に集められ控えている。

たこ、その中に混じって座っている。

(伊吹、縁側に立ち、人夫たちを見下ろしている)

 

伊吹「よいかっ! これより巡察使直々の取り調べを行う!

 名を呼ばれたものは一人一人、屋敷の中でお目付の質問に答えるように! 

詮議が終わるまで、この庭から外に出ることは許さん!」

人夫A「そりゃ困ります! 
それじゃ工事はどうなるんでごぜえますか!」

人夫B「早く帰してくだせえませ」

人夫C「そうだそうだ! 
このままが降ったら、
また堤が壊れてしまうだ」

たこ「そうだよ! 三割五分二厘、どうしてくれるんだよ!」

伊吹「ええいっ、黙れ黙れ!
 殿の命によりこの地に来た巡察使に従わぬということは、
 殿に背くのと同罪であるぞ!

人夫「そんなっ……」

たこ「そりゃ横暴だ、権力横暴!

伊吹「従わぬと斬る!(と抜刀)」

たこ「わっ……」

殿様「それはいささか無茶ではござらんか!

 

(殿様庭に登場)

 

たこ「殿様ぁ……待ってたよ。陣ちゃん、うれしい!」

伊吹「貴様、またしても……」

殿様「ここにいる者は大事な人手でして、返していただかなくては困りましてなぁ」

 

(内藤、縁側に登場)

 

内藤「(殿様を見咎め)その方……!

殿様「川の水嵩が増す前に工事を完成させねばならぬことくらい、
 貴殿もおわかりであろう。
 それを何故工事の進捗をとどめるようなことをなされるか!」

内藤「その工事で不正が行われている疑いがあるのだ。
それを調べるのが巡察使たる身共に課せられた使命でござる」

殿様「貴殿(不敵に笑い)、巡察使ならばご存じであろう。
 巡察をするのに、表立って身分を明かし調べる者がいれば、
  名を隠し、身分を隠して隠密裏に探る者もいることを」

内藤「……何が言いたい!」

殿様「たとえば、江戸の藩邸におわす殿が、
江戸屋敷の者を極秘裏に派遣し、
巡察使の行状を密かに探らせているとしたら……」

内藤「……まさか、貴様は……!」

声(千石)「騙されンな、お目付さんよ」

 

(千石、奥の間から登場)

 

殿様「千石……!」

千石「(殿様に)よぉ、また会ったな

内藤「おぬし……」

千石「この男とは知り合いだが、
 この藩とは縁もゆかりもない貧乏浪人だ。
 食うに困って悪代官とつるんでるに過ぎん」

殿様「……!」

千石「……しかし若(と内藤に)、
あんたもこういう小細工はいかんぞ。
(人夫たちに)ほら、調べはおしまいだ。帰れ帰れ

伊吹「おいっ!」

千石「殿様、たこ……さっさとこいつら連れてってやれ」

殿様「千石……」

たこ「ありがとね千ちゃん。(人夫たちに)さぁみんな、とっとと仕事に戻ってね」

伊吹「待てぃ!

 

(殿様、たこ、人夫たちと去る。

(押しとどめようとした伊吹、千石に立ちふさがられて断念する。

(後に残る千石、伊吹、内藤)

 

伊吹「(千石に)その方……!」

千石「でかい夢叶えるのにセコい事してんな」

内藤「!」

千石「足なぞ引っ張らなくとも、代官は俺が叩っ斬ってやる……それで充分だろ?」

伊吹「そういう問題ではない!」

内藤「(伊吹を制して)まあ待て……久慈殿(と千石に)、川合を斬ると申したな?」

千石「ああ」

内藤「あの浪人とは知り合いだそうだが……奴も斬れるのだな?」

千石「……邪魔をするなら

内藤「そうか……ならば、雇った浪人達を預けよう。三吉ともに代官を襲うのだ」

千石「おう」

内藤「屋敷は警戒しているだろうが、
 川の水嵩が増し、堤防決壊のおそれが生じれば

……その時、きっと奴らに隙ができる。
三吉!(呼ぶ)」

三吉「(奥の間より登場)はい!」

内藤「怪我はもう平気か」

三吉「はい」

内藤「雨が降れば、いよいよ仇討ちだ。しかとつとめるのだぞ」

三吉「はいっ、ありがとうございます!(平伏)」

千石「……」

 

(庭先にぽつ、ぽつと雨滴が落ちる。

(やがて本降りになる)

 

伊吹「おお、これはりますな

 

(to be continued)

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おことわり:
本作は時代劇「三匹が斬る!」を舞台にしたフィクションです。
登場する、あるいは想起されるいかなる人物・団体・場所・事件・悪役俳優その他も実在のものとは一切無関係です。
ただし、
本作を通じて故・川合伸旺氏を偲び、
謹んでそのご冥福をお祈り申し上げます。


(C)Logic-Construction 1998-2006
Written by Ryohsuke Yasuoka