THEビッグオー オリジナルストーリー

Intermission 01:

The PAPETT MASTER

Chapter 02

 

 

主な登場人物

 

 

ロジャー=スミス
(パラダイム・シティの交渉人(ネゴシエイター)。黒いメガデウス「ビッグ・オー」を操る)

 

R・ドロシー=ウェインライト
(アンドロイド)

 

ノーマン=バーグ
(ロジャーの執事)

 

 

ダン=ダストン
(パラダイム・シティ軍警察少佐)

 

 

アレックス=ローズウォーター
(パラダイム社社長)

 

 

ビッグ・オー
(黒い巨大ロボット(メガデウス))

 

 

E.アシハナ
(異国の殺し屋)

ハザマ
(アシハナの相棒)

 

 


(パラダイム社長秘書、という肩書きを今は持つブロンドの美女)

 

 

 

scene#3:MAJOR DAN DASTUN'S OFFICE,
P.M.P.D
(Paradime Military Police Depaetment)

 

ロジャー「もう一度だけ訊こう。私に何の用だ、ダストン」

 

(古びたオフィス。天井にぶら下がった換気扇が、ゆっくりと回っている。

(軍警察。

(それは、パラダイム・シティ   

(パラダイム社が築きあげた巨大都市   を護るための私設治安組織。

(その、現場指揮官であるダン=ダストン少佐のオフィス。

(マホガニーのデスクに座すダストン。

(デスクにはMAJOR DAN DASTUNと書かれたネームプレートが置かれている。

(40〜50台の、頬から口元にかけて奴髭をたくわえた精悍な印象の男。

(精力的な光を宿した眼、はげあがった頭に残る傷跡が見る者の目を引く。

(ダストン、デスクの上に両手を組み、一言も発せず座っている。

(ダストンのデスクの前に、苛立った表情で立つロジャー)

 

ロジャー「どういうつもりだダストン、
人を呼びだして用件も言わないとは。

「……用がないのなら、これで失礼する」

 

(ロジャー、踵を返しオフィスのドアに向かう)

 

ダストン「……おまえさんこそ、俺に何か言うことはないのか、ロジャー=スミス」

ロジャー「(立ち止まる)どういうことだ」

ダストン「ならば質問を替えよう。
「……E.アシハナ。この名を知っているな」

ロジャー「……!?……」

 

(ロジャー、ダストンに向き直る)

 

ダストン「E.アシハナか……(自嘲し)ずいぶん久しぶりに聞く名だ」

ロジャー「どうして、その名を……?」

ダストン「匿名通報があった。奴らがあんたを狙ってるとね」

ロジャー「……!」

ダストン「たいそうな自信だなロジャー=スミス。
「命を狙われながら、
軍警察に保護を求めないとはな……
「それとも、軍警察はあてにならない、役に立たないとでも考えているのか」

ロジャー「君自身がそう考える根拠があるなら見せてもらいたいな、ダストン」

ダストン「ふっ」

 

(ダストン、デスクの引出を開く)

 

ダストン「お前さんは知らんだろう。

「ずっと前の事件だ。パラダイム社に巨額の使途不明金が生じ、
「計理士が告訴された。その公判中に……」

 

(ダストン、ロジャーを窺い、それから1冊のファイルをデスクに置く)

 

ダストン「裁判所が、計理士ごとメガデウスに叩き潰された。文字通りな

 

(ダストン、ファイルを開き、当時の新聞とおぼしき切り抜きをロジャーに見せる。

(タブロイドと思われる英字の新聞に、掲載されている大きな写真)

 

ロジャー「……(新聞に目をやる)……」

 

高さ30mはある巨大ロボット
(『メガデウス』の肩に立つ、コート姿の男のシルエット。

(その背後に、
崩壊したビルが写っている)

 

ダストン「E.アシハナ。奴は……奴はそう名乗りを上げて、その後メガデウスは消えた。

「現場から逃走した車を事件直後、
「パラダイム・シティのドーム入口の監視カメラが撮った映像だ」

 

(ダストン、ファイルの別のページを開く。

(オービスのようなアングルで写っているのは、時代がかった乗用車で、

(運転席にハザマ、助手席にE.アシハナがそれぞれ乗っている)

 

ロジャー「(新聞を見て)これは……」

ダストン「22年前だ。俺がまだ駆け出しだった頃のことだ」

ロジャー「……22年前!」

 

(ロジャー、ファイルの写真に、自分が持っていた二人の写真を並べる。

 

ダストン「(写真を見て)!……年を、とってない……どういうことだ?」

ロジャー「それで、彼らはその後どうなった?」

ダストン「……」

ロジャー「ダストン?」

ダストン「……奴らは、我々の包囲網を突破したんだ……」

 

(ダストンの回想。

(築いたバリケードを飛び越える乗用車。

(その前に立ちはだかる、若き日のダストン。

(ダストンめがけ疾走する車。

(そのフロントガラスから、ダストンを見据える

(E.アシハナの鋭い眼光。

 

ロジャー「ダストン?」

ダストン「……(拳を握り)くそぉ……」

 

(ダストン、呑まれ、ひるむ。

(ダストン、車を避けて横飛びに転がる。

(突っ込む車、ダストンの脇を駆け抜けていく)

 

ダストン「一週間後
「メガデウスは東の砂漠の海岸で発見された。破壊されていたよ」

ロジャー「……」

ダストン「同じ場所に、屍体も二つ……あった」

ロジャー「まさか、奴らが生き返ったとでも言いたいのか?」

ダストン「損傷がひどくて判別不明だったさ。
「それに、奴らが逃走に使ったはずの車は、とうとう見つからなかった……それっきりだ」

ロジャー「……そうか……」

ダストン「俺にはな、どうしても、奴らが死んだとは思えなかったんだよ……」

 

(ダストン、デスクの上で腕組みする)

 

ダストン「今度はおまえさんが教える番だ、ロジャー=スミス。
「奴は……奴はどうしてこの街に現れ、なぜ、おまえさんを狙う……奴の狙いは何だ?」

ロジャー「理由の半分は『わからない』だ」

ダストン「残りの半分は?」

ロジャー「『話せない』だ。私の依頼人に関わることなのでね」

ダストン「……おまえさんが、
おまえさん自身が決めたルールを重んじる人間てことは俺も知ってるつもりだ」

 

(デスクの写真。

(ダストンと、軍警察時代のロジャー、そして同僚たちが写った古い写真)

 

ダストン「だがなロジャー」

ロジャー「なんだ?」

ダストン「……もちろん俺はあんたが、保護を必要とするほど弱い人間とも思ってない。

「しかし俺達には、市民を守る義務があるんだ……ロジャー=スミス、

「あんたに護衛をつけさせてもらう」

ロジャー「護衛だって? 
「ビルごとメガデウスで潰す奴相手にか」

ダストン「軍警察は全力を挙げ奴を追っている。

「当然だが、外出も控えてもらおう。
「間違っても奴とネゴシエイトするなどと考えないことだ」

ロジャー「ダストン!」

ダストン「あまり勝手に動かれると、
「おまえさんを地下の留置場で守らにゃならんことになる。あそこなら、メガデウスにも潰されまい」

ロジャー「ダストン……」

ダストン「覚えておいてくれロジャー=スミス。

「奴にしがらみがあるのは、おまえさんだけじゃないってことさ」

 

 

scene#4:STREET

 

(パラダイム・シティ、ドーム内部のメインストリート。

(グリフォンを走らせるロジャー。

(ミラーで後方をうかがうと、数台のパトカーが尾行している。

(ロジャー、急ハンドルでグリフォンを路地に潜り込ませる。

(あわてて進路を変えるパトカー。

(だが、転回のタイミングが遅れ、次々路肩に乗り上げ、多重衝突を起こす。

(グリフォン、路地を抜け、別の大通りに出てまた転回、颯爽と駆け抜け

(……駆け抜けようとしたとき、

(突然、ボンネットが跳ね上がったかと思うと、

 

ロジャー「うっ!」

 

(グリフォン、エンジンから煙を噴き出し、

(そのまま路上で急転回して停止、動かなくなる)

 

ロジャー「……」

 

 

scene#5:HOME,ROGER'S SWEET HOME

 

(ロジャーの屋敷。昔は銀行だったアンティーク調のビルディング。

(簡素だが上品な調度品の数々で飾られた室内。

(ロジャー、階段を下って行く。

(その後ろに、執事姿のノーマン、そして

黒のシンプルお仕着せを着た少女アンドロイド、

(R.ドロシー=ウェインライトが従って降りていく。

(屋敷に暮らす者は黒い服を身につけること、

(それが、ロジャーが定めたこの屋敷のルールである)

 

ノーマン「申し訳ございませんロジャー様、

「わたくしともあろう者が、グリフォンのファンベルトの摩耗を見落としますとは……」

ロジャー「君にしては珍しいな……今日は雨が降るかな。ノーマン」

ドロシー「ええ。出掛けるなら傘がいるわ」

 

(ロジャー、立ち止まる。

(ノーマンとドロシー、あわせて足を止める)

 

ロジャー「……(振り向いて、ドロシーに)君が冗談を言うとは珍しいな。本当に今日は雨だね」

ドロシー「そうよ。今日は雨だわ」

 

(ロジャー、歩き出す。

(ノーマンとドロシー、あわせて歩き出す)

 

ノーマン「一生の不覚でございます。その替わりと申しましては語弊がございますが、
「わたくしの
サイド・カーでお送り申し上げますが……」

ロジャー「……いや、気持ちだけ受け取っておこう」

ノーマン「ですが……」

ロジャー「いいんだ、ノーマン」

ノーマン「左様でございますか。では、ロジャー様のお帰りをお待ち申し上げることといたしましょう」

 

(ロジャー、エレベーターに着く。

(時代がかった格子戸式のエレベーター。

(ロジャー、ドアを開いてエレベーターに乗り込む)

 

ドロシー「ロジャー、歩いていくの」

ロジャー「ああ、そうしよう」

ドロシー「ロジャー」

ロジャー「ん? どうした」

 

(ロジャー、ドロシーを見る。

(いつの間にか、ドロシー、両手に紳士用の黒いこうもり傘を握っている)

 

ドロシー「傘よ。持って行って」

ロジャー「……君に教えておこう。洗練された冗談とは、しつこく続けないことが大切だよ」

ドロシー「ロジャー、今日は雨よ」

ロジャー「いい加減にしないか、ノーマンにも失礼だぞ……行って来るよ」

ノーマン「いってらっしゃいませ」

 

(ロジャーの屋敷。

(その前にパトカー、警官が留まり周囲を警戒している。

(パトカーの中の警官、サンドイッチにコーヒーでランチを取っている)

 

警官「(通信機のマイクに)少佐、定時連絡です。
「ロジャー邸周辺、動きはありません……ええ、ロジャー=スミスも屋敷の中です」

 

(屋敷の地下。

(黒いメガデウス『ビッグ・オー』、その巨体を安置している地下ドック。

(エレベーター、降下し、停まる。

(エレベーターを降りたロジャー、その脇にある別のエレベーターに乗り込む。

(地下へ、地下へと降下するエレベーター。

(エレベーターを降りて、淡い照明の通路を走り抜けるロジャー。

(やがて地下道を走り抜け、地上に出て、いずこともなく歩き出す)

 

(警官、パトカーの中でコーヒーをすすっている)

 

 

scene#6:THE CIRCUS OF THE MECHANICAL

 

(アウト・オブ・ドーム52番街。

(それはパラダイム・シティの中心部……巨大なドームで保護された区域より離れた、ドームの外の一角。

(灰色の雲のたちこめる空の下は、小さな遊園地になっている。

(親子連れや子供たち、恋人たちが楽しげに行き来するその中を、

(ロジャー、いずこかを目指すように歩んでいる)

 

ロジャーN「遊園地。……40年前にひとたびは失われ、
「そして復活した記憶
(メモリー)

観覧車、メリーゴーランド、ソフトクリーム・ショップ、ピエロ。
「40年前に起こった『何か』に消されても、
「どんな装置が人を楽しませるのか、どんな装束が、どんな化粧が、どんな振る舞いが……
「どうすれば人を楽しませることができるのか。
「人は、たとえ『記憶(メモリー)』を失おうとも、自ずと造りあげる。
「人を楽しませること。これは『記憶(メモリー)』ではなく
「『本能』と呼ばれるカテゴリーに属するのはなかろうか……」

 

(ロジャーの目の前に立ちふさがる、

(道化師姿の綿菓子売りアンドロイド。

(胸部の製造ユニットで生成した綿菓子をロジャーに差し出す)

 

ロジャー「……(手を振って去る)」

 

(アンドロイド、手にした綿菓子を側を通りかかった子供に渡す。

(その様子を背にロジャー、片隅のサーカス・テントの前に立つ。

(色褪せた看板に『THE WONDERFUL
PAPETT CIRCUS
』の文字、

(テントの入口には『CLOSE』と札が掛かっている。

(ロジャー、迷わず中に入る)

 

(小さな、無人の、暗いテント。

(丸盆へ続く廊下、ゆっくりと中に進むロジャー。

(進路を塞ぐように、ハザマ、廊下の奥から現れて、

(歩いてきたロジャーと鉢合わせになる。

(スーツ姿の、黒眼鏡の大男)

 

ハザマ「せっかくだが、今日は夜まで休演だぜ」

ロジャー「E.アシハナはいるか」

ハザマ「アシ……あんた、兄貴に何の用だ」

ロジャー「ロジャー=スミスが来たと伝えてくれ」

ハザマ「いっ(と息を呑み)あんた……あんた、ロジャー=スミスぅ?」

ロジャー「そうだ」

ハザマ「ま、まままま待て!
……(後ずさり)待ってろよ、逃げんじゃねぇぞ! いいな!……(奥へ退く)」

 

(間。

(廊下に立たずむロジャー。

(少しして、ハザマ、廊下の奥から顔を出す)

 

ハザマ「入んな(と、あごをしゃくって)。兄貴が待ってるぜ」

 

(ロジャー、廊下を抜け、丸舞台に入る。

(テントの屋根のすきまから、わずかに光が差し込んで、

(ほのかに舞台を照らしている。

(ロジャー、そのまま、舞台中央まで歩く。

 

(舞台の奥、薄暗い中に、踊るマリオネット。

(それを見つけ、ロジャー、足を止める)

 

アシハナN「どうです、うめぇもんでしょ?」

 

(声のした方、正面に目をやるロジャー。

(照明がともり、テント内明るくなる。

(ロジャーの正面、丸舞台の向こうの端に立って、

(アシハナ、長い糸で巧みにマリオネットを操っている)

 

 

scene#7:BUTLER'S PRIVATE

 

(ロジャー邸、使用人部屋。

(ドロシー、ノーマンの部屋の扉をノックし、ドアを開ける)

 

ドロシー「ノーマン」

ノーマン「おおドロシー、どうしたのかね」

 

(ノーマンの私室。

(ノーマン、黒のお仕着せの上に革の弾帯を幾重にも巻き、

(部屋中に様々の軽重火器を並べ、自らは

(六連銃身のガトリングガンに弾倉を装填しようとしている。

 

ドロシー「(眉ひとつ動かさず)ノーマン、今日は雨が降るわ

ノーマン「そうだね(と、ガトリングガンの銃口を覗く)」

ドロシー「ロジャーに傘を届けたいの」

ノーマン「そうかね……そうか、(手を止める)
「私が行こうと思っていたのだがね」

 

(ノーマン、ドロシーを見て、

(体に巻いた弾帯を外していく)

 

ノーマン「ではドロシー、頼んだよ」

ドロシー「ええ。行って来るわ」

ノーマン「それでは私は、夕食の仕込みにかかるとしようかね」

 

 

scene#8:THE CIRCUS OF THE MECHANICAL
(PART2)

 

(サーカスの丸舞台。

(踊るマリオネットをはさんで対峙する、ロジャーとアシハナ)

 

アシハナ「あたしの生まれた村じゃね、
ガキの頃からこれを仕込まれるんですよ」

ロジャー「お前がアシハナだな」

アシハナ「最初はね、こんな小さな人形からはじめんですよ。で、扱いに馴れてくと、順々に大きな人形を遣うようになってってね」

 

(マリオネット、背後に跳躍。

(放物線を描いてアシハナの足元に着地。転がって動かなくなる。

(アシハナ、そのままロジャーに歩み寄り、彼の顔を凝視)

 

アシハナ「……へぇ……」

ロジャー「私の顔に何かついているか」

アシハナ「いや、こっちのこって……
そうそう、自己紹介が遅れやした。
「あたし、E.アシハナと申しやす」

ロジャー「……」

アシハナ「Eがなんの頭文字か、いろんな人に訊かれやすが
「……あたしにもわかんねぇ。どうやら、遠い昔に失われちまったみてぇでね」

ロジャー「……『記憶(メモリー)』、か」

アシハナ「くっくっく。まぁ、そんなもんでしょう。

「わざわざ訪ねてくるとは恐縮です……こっちから出向くつもりだったんですがね」

ロジャー「守りに入るのは私の性分ではないのでね」

アシハナ「へぇ……そりゃあ、ご立派な心がけです」

 

(射し込む光にシルエットになる二人

 

ロジャー「単刀直入に言う。
私の依頼人は、おまえに与えた依頼の撤回を望んでいる

アシハナ「兄さん……

そりゃあ、命乞いをしに来た、ってこってすかい?」

ロジャー「命乞いではない! 依頼に基づくネゴシエイトだ」

アシハナ「おっとと……すいやせんね。
「兄さんみてぇに賢くねぇもんで、複雑に考えるのは苦手なんです……
「要するに、あんたを殺そうとする殺し屋相手に、
「あんたを殺さねぇよう交渉するってわけですかい?」

ロジャー「私はネゴシエイターだ」

アシハナ「……それが命乞いでねぇんなら、
「賢い大人のゲームか、
「それともただの茶番ってやつですね」

ロジャー「くだらん茶番劇につきあわされているつもりはない」

 

(アシハナ、幽かに笑う)

 

ロジャー「何がおかしい」

アシハナ「いえ、こっちのこってす」

 

(アシハナ、コートから煙草を取り、くわえる)

 

アシハナ「依頼の撤回ならとっくに受けてやす。
「金だって、キャンセル料をいただいてとっくに返してやすぜ……
(廊下に顔を向け)
なあハザマ

ロジャー「ならばどうして私を狙う!」

アシハナ「(服のポケットをさぐり)ライター……どこ、やったっけな……」

ロジャー「貴様!」

アシハナ「まぁまぁ、あせりなさんな……あ、あった……」

 

(アシハナ、ライターを手にして、煙草に火をつける)

 

アシハナ「ご存じでしょ?……40年前、
「この世から、あらゆる『記憶(メモリー)』が消滅いたしやした。
「この街の言葉で……そう、『記憶喪失
(アムネジア)』ってんですね」

ロジャー「それがどうしたというのだっ」

アシハナ「でもね……兄さん。
「『記憶(メモリー)
が消えても、残った物だってあったんですぜ」

 

(アシハナ、両掌を見つめる)

 

アシハナ「村の
「……村
に、まれたあたしらの、
「骨
にまでみこんだ人形使いの技、
「そして、
「誰がどうして作ったかわかんねぇ、たくさんの『人形』がね」

 

(アシハナ、両手を真横にひろげる。

(黒い革手袋の指先から延びた十数本の細い糸が引かれ、

(床に転がっていたマリオネット、起き上がって、

(再び、サーカスの丸舞台の上で踊り出す)

 

アシハナ「あたしらは何者なんだか、
「どうしてこんなもんが使えるのかわかんねぇまま、
「それでも身に染みついたとおりに、
「あたしらは『人形』を遣ってやした」

ロジャー「そして、『記憶(メモリー)』も理由もないままに
「人を殺してきたのか」

アシハナ「へい、そのとおりで」

ロジャー「きさま……」

アシハナ「いいか悪いかは別です。
「『記憶(メモリー)』をなくしたあたしらがすがるのは、
「それしかなかったんですよ」

 

(踊るマリオネット)

 

アシハナ「でもね。
「『記憶(メモリー)
)は、悪い夢のように姿を現すことがありやす」

ロジャー「……!……」

アシハナ「この依頼を受けたとき、兄さんの写真を見たとき

「あたしの中でなんかの
「『記憶(メモリー)』が弾けたんでさ」

ロジャー「世迷い言を!
 「きさまの『記憶(メモリー)』と私に何の関係があるというのか!」

アシハナ「だから、それを知りたくて兄さん、あんたに訊きてぇんですよ!」

 

(闇に踊るマリオネット。

(繰り返されるアシハナの心象イメージ。

(車の後部座席、

(黒白の中で、何かを囁く男のシルエット。

(そして、セピア色のロジャー=スミス)

 

アシハナ「兄さん、いやロジャー=スミスさん。あんた……いったい、誰なんです?」

ロジャー「……!?」
私はロジャー=スミス、
ネゴシエイターだ

アシハナ「そんなこと訊いてんじゃねぇんですよ。
ロジャー=スミス、
『黒いメガデウス』を操るネゴシエイターさん、
「あんた、いったい、何者なんですかい!」

 

(アシハナの回想。

(囁く男のシルエット。

(セピア色に描かれたロジャー=スミスの姿。

 

アシハナ「なんで……なんであんたは!」

 

(一瞬にして、それを切り裂くようにして回想終わり、

(マリオネット、ロジャーめがけて跳躍し、

(からくり細工で腕から刃を生やし、ロジャーの首を襲う。

(ロジャー、身を沈めて紙一重で斬撃をかわす。

 

(次々とロジャーを攻撃するマリオネット。

(それらをかわしつつロジャー、アシハナに肉迫、

(固めた拳でアシハナの頬を殴る)

 

アシハナ「ぐっ!」

 

(ロジャー、二撃、三撃をアシハナに浴びせる)

 

ロジャー「私は私だ! それ以外の何者でもない!」

アシハナ「だったら、だったらどうして
「あたしの『記憶(メモリー)』に……!」

ロジャー「なんだと!」

 

(アシハナにストレートを打とうとしたロジャー、

(動きを止めたかと思うと、いきなり躰を背後に引っぱられる。

(マリオネット、テント天井に跳躍する。

(その体につながれた糸、ロジャーの手足にいつの間にか絡みつき、

(マリオネットに引かれて彼の体を縛り、宙に吊り上げる。

 

(マリオネット、天井に据えられた空中ブランコに飛びつき、

(そこで二、三回転してぶら下がる。

(糸も当然ブランコに巻きついて、

(ロジャーの体を宙づりに固定する)

 

ロジャー「なっ……!」

 

(もがくロジャー。

(アシハナ、手袋についた糸を座席の長椅子に結びつけてから切り、

(自由になった手で懐から拳銃を抜いて、ロジャーに構える)

 

アシハナ「ばん。(と撃つまね)

「……どうです兄さん、こんなこともできんですよ」

ロジャー「私を殺しても『記憶(メモリー)』は甦らないぞ」

アシハナ「おやおや兄さん、こんなになってもネゴシエイトですかい」

ロジャー「私はネゴシエイターだからな」

アシハナ「だったらあたしの要求に応えてくだせぇ! あんた……何者なんですか!」

ロジャー「アシハナ、お前はどうして『記憶(メモリー)』に固執する? 『記憶(メモリー)』を持たないのは誰も同じではないか」

アシハナ「だったらいっそ、『記憶(メモリー)』なんざ、はじめからなきゃよかったんですよ。

「……兄さん、教えてくだせえ……あんた、何者です……?」

 

 

scene#9:THE CIRCUS OF THE MECHANICAL
(PART3)

 

(カーニバル。

(ドロシー、人々の間を縫って歩いていく。

(ピエロの装束をしたアンドロイド、ドロシーの前に立ちはだかり、

(体内で製造した綿菓子を、ドロシーに差し出す)

 

ドロシー「いらないわ」

 

(ドロシー、ピエロを見る。

(単純な機械であるピエロの顔、表情を浮かべることなくドロシーを見ている)

 

ドロシー「……ありがとう」

 

(ドロシー、綿菓子を受け取り歩き去る)

 

 

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