新選組血風録オリジナルストーリー
お水取り(その1)〜『沖田総司の恋』より〜

 

 

土方歳三(新選組副長)

 

沖田総司(新選組副長助勤・一番隊組長)

お悠(医師半井なからい玄節の娘)

 

斎藤一(新選組副長助勤・三番隊組長)

井上源三郎(新選組副長助勤・六番隊組長)

原田左之助(新選組副長助勤・十番隊組長)

 

佐吉(京都所司代の目明かし)

御用盗浪士たち

商家櫛屋の番頭・使用人

半井家の老女

茶屋の下女

番太郎※番所の雑用係

新選組隊士たち

 

半井玄節(町医師)

 

近藤勇(新選組局長)

 

 

 

新選組屯所・門前

(門に看板が掛けられている。

(帰営する一番隊の隊列、その門をくぐる。

(先頭を歩く一番隊組頭、沖田総司。)

 

土方N「選組の中核をなしたのは、
   江戸試衛館時代の同志であったが、その中でもとりわけ、
   局長の
近藤
   一番隊の
沖田総司、六番隊の井上源三郎
    そして
副長である私は多摩の百姓の頃からのつきあいで、
  絆強さは格別であり、
      互いが互いに信頼を寄せ合っていた真の同志であった。
   新選組が後に多くの
離脱者、脱走者を出していく中で、
    文字どおり最後までともに闘い続けていくことになる

 

同・近藤の居室

(近藤、土方そして井上が談笑している。

(そこへ沖田入室)

 

沖田「失礼します」

近藤「おう総司」

沖田「一番隊、只今巡察完了、下番します

近藤「ご苦労。何かあったか」

沖田「はい。四条河原町の両替屋井筒屋で、
   攘夷の軍資金集めと称して強請を行っていた浪士が三名いまして、
    これと斬り合いになりました」

近藤「斬ったのか」

沖田「はい」

土方「おまえがか」

沖田「一番隊みんなの働きです」

近藤「そうか。……
   攘夷軍用金を名目に、商家から金品を奪っている不逞浪士が近頃増えているが、
   会津候からも取り締まりを厳しくするよう通達が出ている。
   総司……今後ともよろしく頼むぞ」

沖田「あはははは」

 

(一同、笑い出した総司を見やる)

 

近藤「総司、何がおかしい」

沖田「いえね、御用盗といえば、
結成当初の新選組だって、
芹沢局長達が同じようなことをしてたじゃないですか。
それを今度は新選組が取り締まるって考えると、
なんだかおかしくなってしまいましてね」

井上「そうだ、そりゃそうだ(笑う)」

土方「(をひそめる)」

近藤「以前はともかく、今の新選組には
   の治安を預かる責任があるのだ。
   おまえがそんな事を云うようじゃ困るぞ」

沖田「わかってますよ。報告は以上です。じゃ」

 

(沖田、席を立つ)

 

近藤「どうした、総司。せっかく多摩以来の四人が揃ったんだ、
   ゆっくり話でもしてったらどうだ」

沖田「そうもしてられなくてですね。ちょっと出かけてきます」

井上「どこへ行くんだ」

沖田「ちょっとそこまで」

 

(沖田立ち去る)

 

近藤「……どうしたんだ、あいつ」

井上「なんだかまるで、そわそわしてるようじゃなあ」

土方「気になるかい、近藤さん」

近藤「ああ。何しろ総司のことは、あいつの姉さんに頼まれてるからな」

土方「そうだったな」

近藤「実際あいつを見てると、弟か倅でも見てるような気がしてならない」

土方「子供扱いすることはない。総司も今年で二十一だ」

近藤「そうか、そうだったな」

土方「近藤さんが今年で三十一、俺が三十で源さんが四十……」

井上「こら、わしゃまだ三十六だよ。
   総司にとっちゃ若先生が父親で歳さんが兄貴、
   わしにいたっちゃおじいちゃん扱いだがな(笑う)」

土方「……(微笑)」

 

同・廊下

(沖田、斎藤とすれ違う)

 

斎藤「おう沖田君、巡察は終わったか」

沖田「ええ。斎藤さんは?」

斎藤「うちの隊は夜まで待機だ。君も非番なら……どうだ一丁(と、将棋を指す仕草)」

沖田「せっかくですけど、これから出かけるんです」

斎藤「……出かける? 外へか?」

沖田「出かけるのは外にきまってるでしょう」

斎藤「そりゃそうだが……出不精の沖田総司が珍しいな。何か用事でも」

沖田「散歩です」

斎藤「……散歩ぉ? それはますますもって珍しい。
   (空を窺い)とかなりそうだな」

沖田「(微笑し)ひどいなあ、斎藤さんは……では失礼しますよ」

 

(沖田去る。

(沖田を見送る斎藤、ひとり廊下に立ち止まる。

(入れ違いに土方現れる)

 

斎藤「あ、副長」

土方「斎藤君、いま総司の声が聞こえてたが」

斎藤「沖田君ならたったいま出かけましたよ。散歩だそうです」

土方「散歩?」

斎藤「ええ。……(ふと考える)そういえば、前にもこんなことがあったな……
   そう、前にもふらっとどこかへ出かけてましたね」

土方「前?」

斎藤「そうです……そうだ、十日前だったな。今月の十八日でしたよ」

土方「十八日?」

斎藤「今日が二十八日ですから……」

土方「八の日だな」

斎藤「ええ、八の日ですね」

原田の声「(画面の外から)八の日と云や、音羽の滝のお水取りだな」

 

(原田、通りすがりに登場)

 

土方「お水取り?」

原田「いえね、
   八の日に清水寺の境内にある音羽の滝の水を汲むと
   いしいお茶が点てられるってんで、
   京の娘っこなんかが水汲みに集まるんだそうです」

斎藤「お茶立てですか……まあ、あいつには関係ないですかね」

土方「……」

斎藤「ちょうどよかった原田さん、どうです、一局?」

原田「将棋?……やだよぉ、おめぇさん弱いから」

斎藤「弱いとはひどいな」

原田「そんじゃんでやるからおいでなさい、一さん」

 

(斎藤・原田、去る。

(一人残り何かを思案する土方)

 

清水寺境内・音羽の滝

(激しく降りしきる雨。

(境内に茶店。ただし雨のため参詣客もなく、木戸を閉めて店じまいしている。

(沖田、その茶店の軒下に雨宿りしている)

 

沖田「やまないなあ。斎藤さんがあんなこと云うから……」

 

(沖田、軒下から音羽の滝を窺う。

(滝と云っても、三本の石樋から細い水の流れしたたる小さな滝。

(ただし、雨により嵩が増し、濁った水が激しいしぶきをあげて落ちている。

(茶店の木戸開き、下女、中から沖田を窺う)

 

下女「あの……お店、開けまひょか?」

沖田「いえ、しばらくいるだけですから」

下女「そうどすか……ほな、ごゆっくり

 

(木戸閉まる。

(沖田、軒下から正面、雨に煙る山門に目をやる)

 

沖田の声「……(内心の声)今日は、あのひとは来るだろうか。来ないかな……」

 

(山門に目を凝らす沖田。

(その眉が一瞬動く。

(山門の方、傘を差して歩き来るお悠と老女)

 

沖田「あ……」

 

(さらに歩みを進めるお悠。

(傘を上げて正面に目をやり、茶店の軒下にいる沖田に気がつく)

 

お悠「あら、沖山さま!

沖田「おや、お悠さん……」

お悠「またお会いしましたね。どうされましたか?」

沖田「歩途中でこの雨にやられましてね、立ち往生です。
   お悠さんはお水取りですか?」

お悠「そう思っていたのですが。でも来る途中でこの雨で……」

沖田「ああ、それは残念ですね」

お悠「いいえ。せっかくですからお寺にお参りしてきましたから」

沖田「それにしても傘とは用意がいいですね」

お悠「出かける前に父が『雨が降るかもしれんから』と持たせてくれまして」

沖田「玄節先生がですか。さすが名医、天気診立て一流ですね」

お悠「まぁ……(笑う)」

沖田「……どうです? 先生はその後お元気ですか?」

お悠「あら沖山さま、患者が医者の心配ですか?」

沖田「あはは、そうだ。立場でしたね」

お悠「父も沖山さまを心配してました。また診療におたずねくださいませ」

沖田「はい、では……これからよろしいでしょうか」

お悠「これから、ですか?」

沖田「どうせ帰り道ですから。……いけませんでしょうか」

お悠「構いません。今日は父も居ますから、ちょうどいいですわ」

沖田「そうですか。それはよか……あっ」

お悠「どうしました」

沖田「参ったな、ご一緒しようにも傘がない」

 

(お悠、微笑する。

(老女の手から男物の傘を受け取り、沖田に差し出す)

 

沖田「これは……」

お悠「もしかしたら沖山さまにお会いすると思いまして、こっそり持ってきてました」

沖田「えっ……」

お悠「……(うつむく)」

沖田「(微笑)それはありがたい……そうだ、せっかくですし『あも』でも食べませんか」

お悠「あら、沖山さまもすっかり『あも』がお気に入りでございますね」

沖田「あなたに教えてもらったんですよ。
   ……(店の木戸を叩き)おい、開けてくれ!

 

(茶店の下女、顔を出す)

 

下女「どないしはりましたかぁ?」

沖田「すまないが店を開けてくれ。『あも』を頼む」

下女「はいはい、いま開けますえ」

 

京の小路

(雨の道を行く沖田とお悠、後ろに控えて老女の三人、

(沖田・お悠、傘を差し、談笑しながら歩いている。

(それにかぶせて土方のナレーション)

 

土方N「沖田が沖山と偽名名乗り
    四条烏丸通り近くの町医者
     
半井玄節のもとに通っていたことを知る者は、
      そのときの新選組には誰もいなかった。

  まして、

   玄節にお悠という娘がいることなど、
    我々には知る由もないことであった

 

医師・半井玄節宅

(門構えを有する屋敷。土壁に『蘭方医 法眼 半井玄節』と看板。

(その診療室で沖田、玄節の診察を受けている)

 

玄節「もう一度口を開けて(と、のぞき込む)」

沖田「……」

玄節「もういいよ……そうかね、あんた、清水寺まで出掛けてたのかね」

沖田「ええ、時たま散歩に出るんです。あそこはいい景色だ」

玄節「紅葉はまた格別だよ。うちの娘も境内の音羽の滝によく行くな」

沖田「伺いました。八の日のお水取りと云うんですね」

玄節「そうだったな」

沖田「はじめは驚きましたよ。
   だって手桶を持って『これでお茶を点てます』でしょ?
   だから思わず訊きました。
   ……京都の人は手桶でお茶を点てるんですか、って」

玄節「その話なら聞いたよ。あれは傑作だったな(笑う)」

沖田「ひどいなぁ、先生まで……」

玄節「……ところであんた、私の所に通い始めてどのくらいになるかな」

沖田「半年くらいでしょうか」

玄節「私の云ったとおり養生してるかね」

沖田「はあ……」

玄節「極力動かず、うまい物を喰って、薬を飲んで一日中寝てることだよ」

沖田「ええ」

玄節「たまに散歩に出るのも気晴らしにいいが、とにかく休むことだ。
   なんてものは大事に使えば長持ちするものなんだからね」

沖田「はい」

玄節「薬を渡しておこう。またしばらくしたらおいでなさい」

 

同・玄関

(戸を開けた沖田、まだ降り続く雨に天を見上げる。

(その背後に、傘を抱えたお悠現れる)

 

お悠「沖山さま、どうぞこれを(と傘を差し出す)」

沖田「あ、これは……」

お悠「次においでになるときお持ちくださいませ」

沖田「ありがとうございます。では、お借りします」

 

(沖田、お悠に頭を下げ、傘を差して玄関を出る。

(お悠、沖田が門をくぐり出るまで、その背中を見送る。

(沖田、お悠。

(互いの顔を見ぬままに、二人とも

(幸せそうに微笑みを浮かべている)

 

新選組屯所・大部屋

(雨が降り続ける庭先。

(屋敷内の一室、斎藤と原田が将棋を指し、それを井上が眺めている。

(沖田、障子を開き顔を覗かせる)

 

井上「(沖田に気づき)おう総司、戻ってきたか」

沖田「ただいま」

斎藤「(顔を上げ)お、お帰り」

原田「(同じく顔を上げ)なんだ、総司はお出かけだったのか」

斎藤「散歩だそうですよ」

原田「散歩ぉ?……そりゃ珍しいや、道理で雨も降るはずだ」

斎藤「(原田に)ね、そうでしょう?」

沖田「ひどいなあ、二人とも」

原田「おめぇさんが雨なんざ降らすから、
   こっちは出そびれてこのざまとくらぁ……王手

斎藤「……(盤を覗き)ちょっと、ちょっと待ってください、今の手は」

原田「待ったは禁物だよ、一さん。
   (沖田に)途中で降られたんだろ? れたんじゃねぇか?

沖田「平気ですよ、傘を借りましてね」

井上「傘ぁ?」

原田「誰にだよ」

沖田「……誰だっていいじゃないですか」

原田「……(不審げに沖田の顔を見て)なにニヤニヤしてやがんだよ、総司」

沖田「べつにニヤニヤなんてしてませんよ……」

原田「……ははあ。さてはおめえ、女ができやがったな」

沖田「えっ(と戸惑いつつもそれを隠し)
  ……困った人だな
原田さんは、そうやって何でも女に結びつけたがる」

原田「何を云やがる、男ってのぁな、女ができて一人前ってえもんだ」

沖田「その理屈じゃ、斎藤さんやおじいちゃんも半人前ってことですよ」

原田「そうだな。新選組半端もんばかりってよ」

井上「おいっ」

沖田「ひどいなあ、原田さんは」

原田「ははは……また王手と」

斎藤「え?(と盤面を覗き)……原田さんっ、今の手、待ってもらえませんか

井上「待ったは禁物だよ、斎藤先生」

原田「……まったく弱ぇな、おめえさん方は」

沖田「私は弱くなんてないですよ……それじゃ(去る)」

井上「(盤面を見ながら)……原田君、今の話、本当かな」

原田「何が?」

斎藤「沖田の奴にができた、ってやつですか
   ……(駒を動かし)ここは逃げるしかない、と」

原田「さあな。そうかもしれんし、そうじゃないかもしれん……王手飛車取り!」

井上「(駒を見て顔をしかめる)ああ、そこは……」

斎藤「ま、待(と云いかけて、盤を見直し)……いいんですか。原田さん」

原田「ん?」

斎藤「その角を動かすと
原田さん王様が私の飛車筋に来ますよ。私の詰みです」

原田「なんだってぇ……(盤を見る)こりゃいかんっ、待った! 今の手は無し!」

斎藤「待ったは禁物でしょ? 原田さん(微笑)」

原田「俺はいいんだよ、俺は……
    (盤を見ながら)さぁて、どうなりますかねぇ……と」

 

同・近藤の居室

(近藤・土方・井上の三人座す。

(近藤・土方、井上の報告に耳を傾けている)

 

土方「(井上に)総司に女が?」

近藤「わははははは

土方「何がおかしい、近藤さん」

近藤「いや、何かの冗談に聞こえてな。
だってあいつはまだ子供だよ。女が怖いんだよ」

井上「しかし、あいつももう二十一だ」

土方「どうやら近藤さんも、
  総司のことになったらその目が曇るようだな。
   あいつは女が怖いんじゃない、嫌いなんだよ」

近藤「おいおい、ってるのは歳の方だろう。
女が嫌いな男がいたらそりゃ化け物だ。
が叩き斬ってやる

井上「……(たまらず吹き出す)」

近藤「それはそうと源さん、
   その話は原田君が適当に云ったことだろう。あてになるかどうか……」

土方「しかし、そうだとすればこの頃のあいつの様子にもうなずけるな」

近藤「……(腕組み)まさか、祇園あたりの悪い女に引っ掛かってるのではあるまいな……」

土方「あいつが出歩くのはいつも昼間だよ」

近藤「昼遊びということもあるさ、歳」

井上「で、どうしよう若先生。本人に直接訊いてみるか?」

近藤「直接訊ねてもあいつのことだ。適当にはぐらかして答えはすまい」

井上「むぅ……わしもどうも、こういうのは苦手でな……」

近藤「やはり、ここは歳さんに任せた方がいいな」

土方「……私が?」

近藤「うむ」

井上「そうだな、土方さんは得手そうだ」

土方「私が? どうして」

近藤「何しろ歳さんは、江戸で奉公していたときから
  何人も女を泣かせてきたからな」

土方「……(口を歪め顔を背ける)」

 

同・玄関

(画面にタイトル『次の八の日』。

(沖田、一人で出かけようとしている。

(三和土の片隅に置き放しとなっている傘に手をのばそうとしたとき、)

 

土方の声「総司、散歩か

 

(沖田、振り向く。

(いつの間にか土方、出掛け仕度で立っている)

 

沖田「土方さん……」

土方「どこへ行く」

沖田「(少し迷い)清水寺に行くんですよ」

土方「ほう、清水寺にか?」

沖田「ええ……(少し考え)……境内から、京都の街並みがよく見えるんですよ」

土方「そうか、ならば俺も行こう」

沖田「え……土方さんっ」

 

(土方、沓脱に降り、草履を履く。

(土方、そのまま沖田に先立ち玄関を出る)

 

土方「(沖田を振り返り)さあ、行こうじゃないか」

 

(沖田、土方に引っ張られるように外へ出る。

(土間の片隅、置き忘れられた傘

 

(to be continued)

 

おことわり:
 本作は司馬遼太郎原作・結束信二脚本テレビドラマ「新選組血風録」をモチーフとしたパロディです。
 本作に登場する、もしくは想起される一切の人物・団体・事件その他は実在のものとは無関係です。

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