新選組血風録オリジナルストーリー

お水取り(その2)〜『沖田総司の恋』より〜

 

 

土方歳三(新選組副長)

 

沖田総司(新選組副長助勤・一番隊組長)

お悠(医師半井なからい玄節の娘)

 

斎藤一(新選組副長助勤・三番隊組長)

井上源三郎(新選組副長助勤・六番隊組長)

原田左之助(新選組副長助勤・十番隊組長)

 

佐吉(京都所司代の目明かし)

御用盗浪士たち

商家櫛屋の番頭・使用人

半井家の老女

茶屋の下女

番太郎※番所の雑用係

新選組隊士たち

 

半井玄節(町医師)

 

近藤勇(新選組局長)

 

 

祇園

(賑わう町なかを歩き抜けていく土方・沖田)

 

土方「い、総司

沖田「なんです、土方さん」

土方「このあたりは祇園じゃないか」

沖田「そうですよ」

土方「さてはお前、清水へ行くなんて嘘を云って、本当は……」

沖田「なんて云ってませんよ。
「ここから南に下ってから三年坂を登っていきますと、清水坂の中腹に出ます。

その先ですよ」

土方「それじゃお前、本当に清水寺に行くのか」

沖田「本当も何も、最初からそう云ってるじゃないですか」

土方「そうか。俺はもっと、
 お白粉臭ぇ清水寺だとばかり思ってたがね」

沖田「いやですね、土方さんは……

 (思いついて)そうだ、
 何でしたら土方さんだけでも、
 お白粉臭い方へお参りになってはどうですか」

土方「バカ云え」

佐吉の声「(土方らの後方から)どいてくれ!

土方「?(と振り返る)」

沖田「(同じく振り返り)おや、あれは佐吉ですよ。所司代の目明かしの」

 

(目明かし佐吉、商家・櫛屋の小僧を伴い駆けている。

(佐吉、沖田らに気がついて立ち止まる)

 

佐吉「あっ、これは新選組の……!(と礼)」

土方「どうした」

佐吉「御用盗でございます、
 これなる(と小僧を示す)櫛屋太兵衛方にただいま浪士が押し入り、
強請を行っているとの訴えがございまして」

沖田「御用盗?……土方さん(顔を見る)」

土方「(肯く)ああ」

 

祇園・櫛屋

(店先で浪士六人が番頭を相手に大声で談判している)

 

浪士A「するとなんだ、この店は憂国の士たる我らを強請呼ばわりする気か!」

番頭「いえ、けしてそのような……」

浪士B「ならばなぜ御用金を納めん!
 天朝様御為攘夷に働く我ら志士を何と心得るか!」

土方の声「(店の外から)御用盗か、
白昼堂々とはおそれいったな」

浪士C「(振り向き)誰だ!」

 

(土方・沖田、暖簾をくぐり現れる。

(二人に気圧され、一瞬たじろぐ浪士たち)

 

浪士A「なんだお前ら!」

土方「新選組副長、土方歳三だ」

沖田「副長助勤、沖田総司」

浪士B「なにっ、新選組だと……

 

(浪士たち、どよめく)

 

浪士A「たかが二人だ、刀の錆にしてやれ!」

沖田「……土方さん、やりますか」

土方「ああ」

 

(浪士たち、土方・沖田に斬りかかる。

(土方・沖田、抜刀し、襲い来る浪士のうち三人を斬り捨てる)

 

浪士C「くっ……この恨み忘れぬぞ!」

 

(残りの浪士、逃げ出す。

(深追いせず足を止める土方・沖田)

 

土方「もういい、総司」

沖田「土方さん」

土方「おおかた食い詰めて流れてきた連中だろう。いずれどこかで斬るまでだ」

番頭「(店から出て)おおきにありがとうございます……あの、新選組の御方で?」

土方「そうだ。(刀を拭い、佐吉に)非番ゆえ後は任せた」

沖田「あ、あのっ……
土方さんも、後始末に残った方がいいんじゃないですか」

土方「俺が? どうして」

沖田「いえ、ですから……
 そうだ、それじゃあが残りましょう。土方さんはどうぞお先に」

佐吉「いえいえ、後のことならわてがしときます。
非番のとこお呼び止めしてすんまへんでした」

沖田「……(無言で佐吉に目配せ)……」

土方「どうした総司。
まさか、俺と一緒に行きたくないとでも?」

沖田「えっ、いえ……」

土方「(微笑)俺がついてったら都合の悪いことでもあるのか」

沖田「いえっ、そんなことは(戸惑う)」

土方「ならばいい。(とまた微笑)道草になったな。行こうか」

沖田「えっ……はい」

 

清水寺・音羽の滝

(滝の前に立つ土方・沖田)

 

土方「これが音に名高い音羽の滝か……本当かね」

沖田「本当ですよ」

土方「いや、ひとつ利口になった。
 俺はもっと、轟々瀑々と落ちてくる滝だろうと想像してた」

沖田「ははは、土方さんの想像はいつもそうです」

土方「(茶店を指さし)そこで休もう」

 

同・茶店

(腰掛ける土方・沖田)

 

下女「いらっしゃいませ……(沖田を見て)あら

沖田「やあ、どうも(礼)」

下女「お客はん、今日も『あも』にしはりますか?」

沖田「はい」

下女「(微笑)……そちらのお客はんは?(と土方に)」

土方「俺はいい」

下女「そぉどすか……ほな、ごゆっくり(と去る)」

 

土方の声「あの娘か?……」

 

(土方、下女を目で追う)

 

沖田「どうしましたか?」

土方「(下女を見て)いい娘じゃないか

沖田「えっ……」

土方「江戸あたりの水茶屋の女とも違って、垢抜けてない感じがいい」

沖田「へえ……
 土方さん、ああいう子が好みなんですか」

土方「ん?……(総司を窺い、やがて気がつき)ばかっ、俺じゃない」

 

(土方、滝の方へ目をそらす)

 

土方「(滝を見て)ほう、あれが音羽の滝のお水取りというやつだな」

沖田「えっ(と滝を見て)……あ、はい……」

 

(二人が目を向ける滝の側、

(お悠、柄杓を手に、老女が持つ手桶に水を汲んでいる。

(沖田、お悠の姿と気がつき、慌てる)

 

沖田「土方さん(袖を引き)、帰りましょう」

土方「帰るって……まだ来たばかりじゃないか」

沖田「そうですけど……ええと……」

土方「(微笑)俺に見せたくないものでもあるのかね」

沖田「うじゃなくてですねっ

 

(お悠、茶店の沖田らに気づく)

 

お悠「あら(顔を明るくして会釈)」

沖田「……(やむなく会釈)」

 

(お悠、老女を促し茶店に向かう)

 

お悠「沖山さま、いらしてましたの?」

沖田「あ……ああ、どうも(礼)」

土方「おきやま……?

お悠「あら、(土方を見て)今日はお連れ様が?」

沖田「はあ……まあ、そのようなものです……」

土方「(会釈し)沖……山が、世話になってます。
沖山が(と強調)」

お悠「いえ、私こそ……」

沖田「……(目を伏せる)」

お悠「(老女に)ここで休みましょう。『あも』を」

 

(老女、うなずくと下女を呼ぶ)

 

老女「『あも』をお願いします」

下女「へぇ、おおきに(去る)」

土方「おい(と、下女を呼び止める)」

下女「はい?」

土方「俺にも『あも』をくれ」

下女「えっ……まぁ(微笑)」

土方「?」

 

(土方、怪訝そうにあたりを見る。

(沖田、そしてお悠も顔を伏せ、笑いをこらえている様子)

 

土方「(沖田に)何がおかしい」

沖田「だって……『あも』が何だかご存じですか?」

土方「しらん」

沖田「やっぱりね……
 いえね、京都の女の子の赤ちゃん言葉でね、お餅のことなんですよ」

土方「……そうか(そっぽを向く)」

沖田「すみません(微笑)。
でも、その苦い顔で云うとなんだか……かわいくて」

土方「うるさい」

 

(下女、餅を運んでくる。

(四人、茶と餅とを口に運ぶ)

 

お悠「沖山さま」

沖田「はい」

お悠「今日は、診察にはお見えになりますか」

沖田「いえ(と、土方を憚りながら)、用がありますので」

お悠「そうですか……
 実は、沖山さまがこちらまで来てらっしゃること、父が気に掛けてまして」

沖田「えっ、玄節せんせ……お父上が、ですか?」

お悠「散歩もたまにはいいけれども、あまり遠くまで歩かれますと、お体に障ると。
 ちゃんとお休みになっておられますかと」

沖田「だ、大丈夫ですよ。たまの気晴らしですから」

お悠「いつもはお休みになってますのね」

沖田「休んでおります。
 (胸を張って、だが土方を気にしながら)
おかげでね、もうずいぶんよくなってきたんですよ」

お悠「それならよろしゅうございます」

 

(土方、二人に顔を向ける)

 

土方の声「……何を云ってやがる、こいつめ」

 

お悠「……ですが、まだ無理はいけません。
 を飲んで、ゆっくりお休みになってくださいませ」

沖田「ええ、わかってます」

お悠「(土方に)あの、沖山さまの……所司代の御方でしょうか?」

土方「?……あ、ああ。そうだが」

お悠「ご家族様でいらっしゃいますか」

土方「いや……いや、そのようなものだ」

お悠「どうぞ、沖山さまをよろしくお願いします」

土方「……」

お悠「あなた様もご承知でございましょうが、
 沖山さまには、滋養をとってじゅうぶんお休みになることが大事でございます。
 どうか……
  もしも沖山さまがお休みになりたがらないときには、

どうか、あなた様からお叱りになって差し上げてくださいませ」

土方「……あ、ああ……
(微笑し)わかった、
そのときは叱って寝かしつけよう」

沖田「ひどいなぁ、みんな
 ……お悠さんまで私のことを子供扱いして」

お悠「……あっ、すみません」

土方「(微笑)」

 

清水寺・境内の参道

(お悠達と別れた帰り道。

(土方・沖田、黙って歩いている)

 

土方「総司」

沖田「……は、はい……」

土方「壬生に戻る頃には日が暮れるな、
 どこかで灯りを借りていこう」

 

祇園・番小屋

(佐吉、番太郎と茶を飲んでいる。

(戸が開き、土方・沖田、姿を現す)

 

佐吉「あっ、先程は(礼)」

土方「提灯を貸してくれ」

佐吉「へえ……どうぞ(渡す)」

土方「すまんな(受け取る)。次の八の日に返しに来る」

佐吉「八の日……どすか?」

土方「ああ。(沖田を指し)この男がな」

沖田「えっ

土方「あとの日は、ずっと寝ているそうだ」

沖田「土方さんっ……」

土方「(微笑)『あも』の礼だよ」

佐吉「……(会話が見えず、ただ絶句する)……」

 

京の大路

(町屋の店先につぎつぎと灯がともる。

(賑わう人々を横目に見ながら、土方・沖田、歩いている)

 

土方「京の灯ともし頃というのは、いいものだな」

沖田「そうですか」

土方「皆、生きてやがるって感じがする。
 王城の地、千年の都……
 たちが生まれる前から、
 そして俺たちがんだ後も、
 こんな風にかわらず夕暮れを迎えているのだろうな、この町は」

沖田「(微笑)なんだかおかしいですよ、今日の土方さんは」

土方「そうか……総司、俺たちも灯をつけよう」

沖田「はい」

 

(沖田、提灯を用意、身をかがめて燧石を叩く)

 

土方「総司

沖田「(火口をつけて提灯に移し)んでしょう」

土方「いい娘だな」

沖田「……(手元が乱れる)土方さんっ」

土方「あの娘、もらうがいい。俺が父親に話してやろう」

沖田「いやですよ。だって、そんなんじゃないんだから」

 

(沖田、提灯をさげ、歩みを進める)

 

沖田「(歩きながら)やだな、
土方さんは
勝手な想像ばかりして……」

 

(土方、少し遅れてついて行く)

 

新選組屯所・近藤の居室

(近藤・土方・井上の三人相談している)

 

近藤「(土方に)で、相手は……その娘はどこの家の者なんだ」

土方「調べてみた。
四条烏丸東入ルの蘭方医、
半井玄節の一人娘。名を、お悠という」

近藤「半井? 半井玄節と云ったな?」

土方「ああ」

井上「お心当たりでも?」

近藤「確か、町医者ながら西本願寺門跡の侍医を務め、法眼の位にいる名医と聞く」

井上「西本願寺でございますか……?

近藤「そうだ、西本願寺と云えば勤王、
 それも長州寄りの勤王派だ。それに類するとなれば……」

土方「いわば、敵城の娘を嫁に取るようなものか(腕を組む)」

井上「どうする、近藤さん」

近藤「(しばし考え)……どんな娘だったか。
 その、というのは」

土方「控えめだが芯の通った娘だ。
そして、可憐と云っていい……

総司に似合っていると思う」

近藤「そうか……よし、行こう」

井上「行くって?」

近藤「俺がその医者の家に行く。
吉日を選んで(暦を見て)……
おお、明日は大安じゃないか
……その、お悠なる娘を総司の嫁にもらい受けよう」

土方「近藤さん……」

近藤「敵城の娘であろうとかまわない、総司のことを一番に考えよう」

井上「そりゃあ若先生らしいな、堂々と正面から挑みますか」

土方「……」

近藤「心配するなよ、歳。よし、明日朝一番に行こう。善は急げだ」

 

同・大部屋

(翌朝。

(朝食を取っている沖田・原田・井上。

(障子が開き、廊下から斎藤顔を出す)

 

斎藤「おはようございます、近藤局長をご存じですか」

井上「近藤先生なら、今しがたお出かけになったよ」

原田「どこへ?」

井上「う(沖田を見て)……うん、ちょっとな……」

斎藤「お一人でか?」

井上「まぁな」

原田「一さん、してやれって……
女の所に決まってンだろ?」

斎藤「……こんな朝っぱらから?」

沖田「また始まりましたね、原田さん」

原田「(ひとり肯き)近藤先生もお忙しいからな。
お体の空いたときにおシケ込みになられるんだよ」

井上「……(呆れる)……」

斎藤「(苦笑)それにしても不用心だなぁ、
供も連れずに出掛けるなんて」

沖田「近藤先生なら一人だって心配いりませんよ」

斎藤「それもそうだな……」

原田「違ぇねえ、あの人の剣にかなう奴はいないからなぁ。
 いつだって正面からこう(と仕草をして)
ぶつかって叩っ斬る! 見事なもんだよ」

沖田「そうですね」

原田「そうよ!……けどなぁ総司、
相手が女だったらそんなんじゃダメだぜ。
時に引き、時に回り込まなきゃならねぇ……
藪から棒にまっすぐ当たってったら、相手が逃げてっちまぁな

沖田「(吹き出し)はいはい」

井上「……おい原田君っ、そっ、それは本当かねっ」

原田「えっ?」

井上「今の話だよ。
 女相手は正面からかかっちゃまずいかね?」

沖田「おやおやおじいちゃん、
ずいぶん熱心じゃありませんか」

斎藤「……(唖然)」

井上「(あわてて)い、いや、わしじゃなくて……(小声で)大丈夫かなぁ……

(to be continued)

 

おことわり:
 本作は司馬遼太郎原作・結束信二脚本テレビドラマ「新選組血風録」をモチーフとしたパロディです。
 本作に登場する、もしくは想起される一切の人物・団体・事件その他は実在のものとは無関係です。

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