からくりサーカスオリジナルストーリー
「島原傀儡舞〜元治二年・払暁〜

 

 その11 

 

「見事である!」

 沈黙を破ったのは近藤の拍手だった。

 それをきっかけに、皆が手を叩く。

 拍手が止んだとき、

「まさに見事じゃ」と、近藤がアンジェリーナに声を掛けた。「そこもと……えーと……?」

「遠野太夫、人はあやかし太夫とも呼びんす」

「そうであったな」近藤はうなずいた。「その言葉……おぬし、吉原の出か」

「吉原より丸山遊廓に流れたのち、京に上りてありんす」

「丸山?……ああ、長崎だな。うんうん」

 上機嫌だった。

 しかも酔っていた。

「……傀儡舞とは奇矯にして幻妖であり、而してまたなり。
 あやかし太夫の名に相応しき遊芸であったぞ。
 
流石千年王城の地、洛陽島原の遊興の奥深きを
 見出した思いがし、この近藤まさに感服の思いである」

 と、堅苦しい言葉をよどみなくまくし立てると、

「うむうむ。まっこと、天晴れであるぞ。うん」

 帯にたばさんだ扇子に手を伸ばす。

 胸元で開くと大きく一字、

《誠》

と書かれていた。

 それを閉じると近藤は、アンジェリーナを見据え、まっすぐに差し出した。

「遣わす」

 軽く顎を上げ、そう云った。「これへ参れ。島原の作法により酌をせい」

「こ、近藤先生……!」

 原田が息を呑んだ。

 何か言葉を繋げようとしたが、

「お待ちください」

 静かな声に遮られた。

 その声は、

「卒爾ながら、局長」と、続いた。

 正二郎は目を上げた。

 近藤に列する席のうち、最も上座に近い座についた、総髪の武士だった。

「どうしましたか、伊東先生」近藤が応える。

 宴会の途中で紹介を受けていた。

 やはり、昨年加盟した参謀の伊東甲子太郎だった。

 眉目整った顔立ち、美男であった。

 はじめに見間違えたように、話に聞く副長の土方歳三とも似ているのかもしれない。

 北辰一刀流道場主でありながら学問にも秀でているという評判のとおり、その居住まいにも、振る舞いにも、知的な雰囲気を漂わせていた。

 ひとかどの論客として名を馳せていて、近藤も一目置いているようだ。

 近藤とは対照的に盃を重ねて乱れることもなく、静かに飲み続けていた。

 その伊東が、ゆっくりと近藤に眼を移す。

「それなる花魁の傀儡舞、これは夷狄の芸と見受けますが」

 い・て・き。

 その語をかすかに強調した。正二郎にはそう聞こえた。

 それから、アンジェリーナに顔を向け、一瞥して云った。「しかも其処もと、その目鼻立ち……異人だな」

「左様にてありんす……半分は」

 眉ひとつ動かさず、アンジェリーナは応えた。

「半分?」

「父はオランダ医師、母は丸山の遊女にてござんす」

「そうか」

 伊東は云った。

 彼らの問答に、周囲の目が集まっている。

 だが、

 伊東はそれきり口をつぐんだ。

 アンジェリーナに興味をなくしたか、彼女の存在を無視して燗酒を口に運んだ。

 ……かわって、

「主!」

 まるで、それが合図のように、一人の隊士が声を荒げた。「……我等新選組が勤王攘夷を掲げることを承知で、かような異人の娘を座敷に呼んだのか!」

 

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