からくりサーカスオリジナルストーリー
「島原傀儡舞〜元治二年・払暁〜

 

 その19 

 

 坊城通も五条を上ルと、田園風景から一転、建物も多くなる。

 白壁の塀、
 それから瓦葺きあるいは藁葺きの屋根が立ち並ぶ中を、正二郎とアンジェリーナは歩き続けた。

 壬生寺が見えた。

 あれを行き過ぎた先に、屯所がある。

 通りを挟んで前川邸、左八木邸。

 山南敬助は、前川邸の一室にいるという。

 足取りに、力がこもる。

 母屋の壁に、出窓が据えつけられているのを見た。

 その窓を打ち破り、直に建物に討ち入りたい衝動が湧き起こって、消えた。

 いったん角を曲がり、門から乗り込もうと思った。

(伊東甲子太郎)

 不意に、新選組参謀の理知的な眼差しが一瞬浮かんで、消えた。

 正二郎は息を呑む。

 壬生寺の、山門の前で、立ち止まった。

「あなた……?」アンジェリーナが彼を窺って訊ねた。

「何でもない」

 

 あのとき、自分は何もできなかった。

 だから、自分はここにいる。

 それだけだ。

 

 ふと、山門越しに奥をのぞき込んだ。

 まだ朝早い境内には、遊ぶ子供の姿もなく、老いた寺男が箒を手に掃除をしているだけだった。

 眼が合った。

 アンジェリーナの姿に驚いたらしい。箒を取り落とした。

 正面を向き直り、正二郎は歩みを進めた。

 

 あのとき、自分は何もできなかった。

 脱走夜、
明里に逢いに来た山南にも。

 そ











 そしてあの夕、この壬生まで
山南を連れ戻した
沖田総司にも。

 

 

だから、自分はここにいる。

 

 

 ……あの日。

 正二は四条烏丸のからくり師を訪れた帰り、壬生寺の門前を通りすがり、つい境内に立ち寄った。

 玉砂利を駆け回る子らを見つけて声をかけ、遊び始めて半刻ほどになる。

サイガセンセぇ、今度は鬼ごっこしよ」

「かくれんぼがええわ」

 子供たちが正二郎にまとわりついてきた。

「ねえ、センセ」

「ん、なんだ?」

「オッチャン、まだ戻らへんな」

「オッチャンか……」

「うち知っとるえ。オッチャンな、お馬サン乗って出掛けてん」

 《沖田総司》の《お》を取ってオッチャン。

 子供に面と向かって云われると、
沖田はムキになって否定する。

 その沖田が、山南の捜索に向かって二日が過ぎるという。

 いつもなら、
 巡察のない日は壬生寺の境内で、正二郎と一緒になって子供たちと遊ぶ。

 たいていは、気がつくと、混ざっている。

 近くで買ったという打ち菓子の袋を手に、
 自分でもぽりぽり囓りながら、子供たちにも分け与える。

 無邪気に菓子をほおばる姿を、正二郎は思い浮かべた。

 美男、ではないかもしれない。

 当世風に月代を狭く剃り、束ねた髷をそのまま後ろに流している。

 幼さどこか残したつきは、
 目鼻立ち
くっきりしていることもなく、
 口
くと並び悪いのがついた。

 しかし、笑う顔が奇妙に人を魅了する。

 幼子が全霊を以て感情表現する如く、一片の邪心も屈託もない笑みを浮かべるこの男が、正二郎は好きだった。

 正二郎が京を訪れた頃から、この男とは面識があった。

 最初は、所司代あたりの役人が非番を過ごしているのかと思っていた。

 すぐ近所にたむろする武張った新選組の浪士たちと、この男のイメージとが結びつかなかった。

 それからしばらくの後、

 池田屋の夜、襲撃に参加した沖田は斬り合いの最中に昏倒した。

 屯所に運ばれた彼を治療し、その時初めて正二郎は正体を知った。

 暑気あたりの体で無理に斬り込んだための衰弱、それが原因だった。

 ……この時、沖田総司は
まだ健康体だったのだ……。

 寺の鐘が、打ち鳴らされた。

 そろそろ、夕刻だ。

 長く、低く響く鐘の音が、京洛の方からも、いくつも、聞こえてくる。

「帰ろうか」

 そう、云った時だった。

あっ、お馬サンや!」

 寺の外にいた子だ。

 声につられて、わーっっ、と、子供たちが門前へ駆け出した。

 そこから外を窺い、

「あれ、お馬サン曳いてるの……オッチャンやない?」

「オッチャンや! オッチャン、帰ってきたで」

 と、次々に歓声が上がった。

 正二郎も後を追う。

 壬生寺の門をくぐって通りに出て、子供の指さす方に目をやった。

 沖田総司だった。

 

 

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