からくりサーカスオリジナルストーリー
「島原傀儡舞〜元治二年・払暁〜

 

 その34 

 

 門を抜けると、狭い前庭に出た。

 正面を塞ぐように平屋の建物があり、左右は、塀で仕切られている。

 狭い空間で侵入者を包囲して防ぐ、そういう構造になっている。

 もともと郷士屋敷として建てられた家だが、新選組が屯所とするにあたり、
要塞として改修されたという。

 背後で、拍子木が打ち鳴らされている。

 さすがに新選組。

 正面の建物、それと左手の塀の潜り戸から、ばらばらと隊士達が飛び出す。

「どうしたっ!」

 隊服の羽織をきちんと着けた者もいる。寝巻であったり、中には褌一丁の姿もあるが、それぞれ武器は手に、玄関から隊士が駆け出してくる。

 何人も、何人も。

 彼らは、正二郎とアンジェリーナの姿に一瞬たじろいだが、
誰何さえせず、刀や槍で打ちかかってきた。

 正二郎が刀を構えた。

 一気に屋内に飛び込みたかったが、それは出来まい。

「あなた」背後から、アンジェリーナの声がする。「退がって」

「アンジェリーナ、あまり怪我は……」

「わかっているわ」

《あるるかん》が、動いた。

 左右に揺れる自らの巨躯のバランスを保ちながら、ゆっくり、数歩、前に出た。

「あ、ありゃぁ……何じゃ……」

 先頭の隊士が足を止め、声を上げた。

「うん」

 は万全だ。正二郎は、ひとり肯いた。

「ええぃ、怯むな、掛かれぃ!」

「やぁぁぁあぁっっっ!」

 吶喊をあげ、数名が《あるるかん》に討ち掛かった。

《あるるかん》が掲げたその右手首に、
瞬時に、
ノコギリ状の刃が展開される。

《聖ジョルジュの剣》。

 それで、刀槍の斬撃を受け止め、防ぐ。

 その強靱な剣は、たちどころに受けた刃を断ち折った。

「か、刀が……!」

 鍔元を残すばかりの佩刀を手に、髭面の士が狼狽する。

 そこへ、《あるるかん》の左腕が動く。

「ぐえっ!」

 押し寄せた隊士が薙ぎ倒される。

 アンジェリーナが糸を緩める。

女だ! あの女を狙え!」

 その背後に、別の隊士たちが回り込む。

「ええいっ!」と、踏み込むのを

 身を翻して彼女は避ける。

 舞うように揺れた拍子で髪留めの装具が落ちた。

 髷がほどけた。

 黒く染めた髪がひろがった。

 そのまま、駆けた。

 隊士たちがなお迫ると、前に、

「っと……あんたらの相手は、この私だ」

 と、葛籠を担いだ正二郎が立ち塞いだ。

 打ち掛かった。

 鍔迫り合いに持ち込んだ、と見た瞬間、

「ぐえっ!」

 当て身を喰らい、悶絶した。

 その脇から襲い来る二人の隊士。

 彼らの眼前に、電光がほとばしった。

 ……そうとしか、見えなかった。

 崩折れる二人に、正二郎が云った。「安心せい、峰打ちだよ」

「こ、こいつ……出来るぞ」

 彼を囲む隊士たちの間に、動揺が広がった。

「ええい、とにかく囲め!」誰かが叫んだ。

 間合いを維持しながら、新手が数名が後ろに駆ける。

《あるるかん》が、動いた。

 無表情なマスケラが、暁の日射しを照り返して、輝く。

 長い腕が回旋した。

 手前にいた三人を薙いで倒す。

 その体躯めがけて手槍が二本、突き出される。

 串刺しにする、と思った瞬間。

《あるるかん》は跳躍した。

「着地を狙え!」指示が飛ぶ。

 素早く隊士が動き、落着地点で槍を構え、狙った。

 アンジェリーナが掌を握る。

 空中の《あるるかん》が長屋門の庇を蹴った。

 急峻な鋭角を描いて一転し、着地する。

 落下の勢いで四人、倒す。

 包囲が崩れた。

 隊士の持つ刀が乱れたところへ、正二郎が打ち込む。

 峰から打たれた刀が次々断ち折られていく。

「てっ、天狗だ、こいつ……」

 羽織を着た隊士が、かすれた声を振り絞るように云う。

 黒衣の天狗が、屯所の庭を縦横無尽に跳梁していた。

 

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