からくりサーカスオリジナルストーリー
「島原傀儡舞〜元治二年・払暁〜

 

 その37 

 

「いたぞ!」

 正二郎の背後に声が、足音が響く。

 隊士は前からも集まり、原田の背後に立つ。

 四人は、おびただしい剣気に包囲された。

「来るな!」

 原田と藤堂が同時に叫んだ。

 その声に、押しかけた強面の猛者たちがたじろぎを見せる。

 槍と刀とにそれぞれ手を掛け、対峙する二人の姿に異様さを感じたからかもしれない。

 藤堂は、まだ、抜かない。

「左之」構えを崩さず、上目遣いに原田を見て、云いかけたとき。

 前に立ちはだかる隊士らの群れが、揺れて、割れる。

 奥から、男が歩み出た。

 一人。

 浅葱色の隊服を身にまとい、一人。

 月代を剃らず総髪に結い、束ね損ねた前髪の一部が額に懸かっている。

 意識して、そういう髪型にしているのかも知れない。

 目元は涼しく、だが、鋭い光を孕んでいる。

 やや彫りの深い顔立ちに、固く結んだ唇。

 その表情、所作、そして居住まいのすべてに、強固な意志が宿っている。

 まるで、熱く灼けた鋼……いや、

 ……鍛えられた、一振りの剣。

 それを擬人化すれば、
このような男になるのかもしれない。

 戦うために、斬るために、他の余分なものをすべて削ぎ落とし、研ぎ澄まされた刃が、怜悧な光を放っている。

「副長!」

 追って飛び込んだ隊士たちが、短い叫びをあげた。

 続々と集まる者どもが、凍りついた。

 悠然とした足取りが、原田の背後、襖の手前で、止まった。

 正二郎たちの正面。彼は、男を見た。

「……土方、歳三」

 思わず、心に浮かんだその名を呼んだ。

 初めて見かけた姿だが、まず、間違いはない。

 新選組副長、土方歳三。

 その登場が、一瞬で雰囲気を変えた。

 いたずらに狂騒的だった彼らが、水を打ったように静まり返った。

 歩みが止まった。

 板ノ間に立った土方が口を開いた。

「伍長と平同士は退がりたまえ」

 低く、静かだが、よく通る声だった。

 たちまち隊士たちが退く。

 囲みに残ったのは、五人。

 土方と、原田と、藤堂。

 あとの二人も、見覚えのある顔だった。

 正面。原田が土間に降りる。

 すぐに包囲の間隙を塞ぎ、間合いを詰める。

 一言も発さず、槍を構え直した。

 藤堂は動かない。

 後ろには、別の二人の気配。

 土方も、立ち位置を変えない。包囲の後ろから、彼らを見ていた。

 アンジェリーナが糸を握った。

《あるるかん》が、ゆらり、と踏み出す。

「人形には原田君が当たれ」土方が口を開いた。

「お、おう」

「倒すと思うな、防ぐだけでいい」

「土方さんよ」
原田の動きが、一瞬だけ、止まった。
「心配すんなって」

 その後すぐさま、中段のまま、《あるるかん》に相対して動く。

 本気で行くぜ。

 土方は、原田の動きに目をやってから、藤堂に向かった。

「藤堂君、援護を」

 ……藤堂は動かなかった。

「藤堂君」

 土方が呼ぶ。

 言葉に抑揚はなかったが、低く、強く、響く。

 藤堂の肩が、震えでもするように上下する。

 掌は鍔元に置いたまま。いつでも抜けるが、まだ抜かない。

「土方さん」藤堂が口を開いた。「彼らは、山南さんを助けに来たのです」

 土方は応えなかった。

同志でもない、縁者でもないのにそれを……」続けて云う。「それを、命をかけて屯所まで!」

「何をしている」

 藤堂の言葉は、土方の声に遮られた。

 反論を制され口を閉ざしたが、少し、待ってから、

「土方さん」

 もう一度だけ、藤堂は言葉を掛けた。

 云いながら、

 を向け、を向け、を向ける。

 をひねりながら落とし、を開き、を浮かせる。

 土方を見据えた藤堂は、鍔にかけた親指に力を込めて、鯉口を切った。

 そのとき。

「あなた」アンジェリーナが短く云った。「行くわ」

 正二郎が応えるいとまは与えられなかった。

 彼女は、高く掲げた両掌を勢いづけて引き下ろし、《あるるかん》を駆動させていた。

 

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