からくりサーカスオリジナルストーリー
「島原傀儡舞〜元治二年・払暁〜

 

 その39 

 

 

 原田が《あるるかん》に撃ち掛かるのを見届け、

「松原君、斉藤君」土方が呼んだ。「君達は、傀儡遣いと男の相手だ」

 正二郎らを包囲する隊士の中から、二人の男が前に出た。

《角屋》の宴席で見た顔だった。

「どうも私はは苦手でしてなァ」

 感情の起伏のない、どこか飄々とした口調で、一人が話した。「そちらは忠さんお願いしますよ」

 副長助勤、三番隊組長、斉藤一。

 勝手口の敷居をまたいで、刀を抜く。

 何でもないような振る舞いだったが、その仕草に隙はない。

「好き嫌いはよくないですよ、一さん」

 もう一人は、濃ゆい目鼻立ちをした、坊主頭の巨漢だった。「ま、遠慮はしませんがね」

 軽い口調で応えながら腰に差した大小を外し、傍らの平隊士に預ける。

 組討になれば、刀はむしろ邪魔となる。

 四番隊組長、副長助勤にして柔術師範、松原忠司。

 髭剃り跡の青い顎を一撫ぜすると、アンジェリーナに狙いを定めて、動く。

 人形を操りながら、彼女は立ち位置を変えた。

 集中が乱れ、《あるるかん》の勢いが弱まる。

 繰り出された原田の槍を、ぎりぎりの所で、受け流す。

 受け流して逆撃を加えようとするが、巧みに躱され、次の切り返しが来る。

 槍は、《あるるかん》の関節を狙っている。

 誰が教えたのでもない。原田は本能で、傀儡の脆い部分を襲う。

 堅牢な《あるるかん》であっても、まともに当たれば彼の強い膂力が産み出す威力が、その内部機巧を破壊するだろう。

 あの槍を斬る。あるいは、折る。

 そう狙って、右手の糸を繰る。

「左!」

 正二郎が叫んだ。

 彼女に向かって、松原の太い腕が伸びている。

 腕をつかまれる寸前でアンジェリーナは跳躍し、後退する。

 裾元が揺らいで開き、白い脛が見えた。

「ちぃっ……!」松原が舌打ちした。

 そこへ、正二郎の刀が襲う。

 身を翻して、躱す。

 後ずさった松原を正二郎は追わない。

 追わずに、肩越しに、刀を背へと振りかざす。

 急転した刃に、背後を狙った斎藤が剣先を停めた。

 全身を反転しながら、正二郎は八双に構えた刀に回転力を加え、斜に打ち込む。

 その一閃、斎藤は鍔元で受ける。

 受けながら、踏み込んだ。

 正面からぶつかった二人は、自然、鍔迫り合いの形になった。

「見事だねえ」

 斎藤が云った。

 抑揚のない言葉だが、素直な感嘆の響きを含んでいた。

 正二郎は応えなかった。

 思い切り押してから、退いた。

 斎藤が押し返す勢いを利用し、柄から放した片手を襟首に掛け、一挙に投げ技に移るつもりだった。

「おっと」

 伸ばした掌が、いたずらに空を切った。

「そうはさせんよ」

 斎藤は、正二郎の掌を避け、刀を上段に構えていた。

 避けた態勢から一気に振りおろし、反撃が来る。

 間延びした口調と裏腹の、鋭い動き。

 退いた。

 その正二郎の胴を、刃が真横にかすめて走った。

 真っ向に下ろした切ッ先を即座に跳ね上げ、そして胴薙ぎに移ったのだ。

 この複合技を、斎藤は一瞬も停めることなくやってのける。

 脇に生じた間隙を狙い、松原が前に出た。

 正二郎は右八双に構えて松原を牽制する。

「うっ」向けられた剣気に、松原が、再び退く。

 正二郎は二人を前に立ち、それぞれとの間合いを量った。

 斎藤が云った。「なるほど、これが見浦流かね」

 剣技に組み討ちを融合させた攻守一体の武術である。

 その一撃を、この斎藤という男は見切っていた。

 

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