からくりサーカスオリジナルストーリー
「島原傀儡舞〜元治二年・払暁〜

 

 その40 

 

 

 庭の外れ。

 正二郎たちの背後にあたるここには植え込みが並び、大勢は入り込めない。

 一人の男が、茂みの陰に身を潜めていた。

 あたりに目を配る。

 男の正面。正二郎とアンジェリーナ、《あるるかん》。彼に背を向け、戦っている。

 四番隊の松原忠司と、三番隊の斎藤一。

 人形に当たっている十番隊の原田左之助。

 八番隊の藤堂平助は傀儡の一撃に昏倒、担ぎ出された。

 藤堂は北辰一刀流、同門だ。

 近藤勇、沖田総司は姿を見せない。

 二番隊の永倉新八、それに六番隊の井上源三郎も、何故か屯所にない。

 そして、屋内に立つ、土方歳三。

 彼までの距離は、十間(約十八メートル)

 こちらに気づいては、いない。

 そう思ったとき、

おやおや、篠原先生じゃねぇですかい」

 名を呼ばれて、男は驚いて声の方を見た。

 茂みの陰で、が、動いた。

 もう一人の、男。

 女物深紅肌襦袢を、
  たった今起き出したように無造作に着込んでいた。

 どこで寝ていたのか、
どう寝ていたのか。

 この男のすることは、篠原には理解できなかったし、そも理解する気になれなかった。

 伊東甲子太郎と共に江戸から上り、新選組に入隊し、半年になろうかとしている。

 だが、この奇妙な男とは肌が合わない。そう思っていた。

「お互いタイクツですねぇ。監察はすることがねぇ」
 篠原の当惑に構わず、男は植え込みの陰から顔を出し、彼の隣に寄ってきた。「土方先生があんなこと云うもんすから」

 髪は乱れ、大きく開いた襟元から、白い胸がのぞいている。

 思わず、篠原は視線を逸らした。

 監察の同役、山崎丞。

 切れ長の眼を流し目にして、横目に篠原を窺いながら、彼は一人でうなずいた。

 その顔は彼ではなく、正面のアンジェリーナに向いている。

「だって……伍長以下は退け、組長は戦え、でしょ? 伍長でも組長でもねぇ監察はどうしろってんでしょうか……同じく監察方調役篠原泰之進先生としちゃ、いかがですかい?」

 篠原は応えなかった。

「ま、あたしらは別、なんでしょうね」反応を待たず、山崎は勝手にしゃべり続けた。「なにしろ屯所襲撃なんざ前代未聞なこってす。どさくさまぎれに何が起きるか判りゃしやせんからしっかり見張ってろ……って。土方先生はきっと、そう仰っしゃりたかったんでしょうね」

 篠原は、唾を呑み込んだ。

「ご心配なく」

 山崎は続けた。「そうだと思って、監察の連中は既に抜かりなく配置してやすから……ほら、ご覧なせぇ」

 山崎の視線が動いた。

 篠原もそれを追って、見る。

 二人の眼が、土方歳三に注がれた。

「土方先生の側には島田魁を置いときやした」自慢げな口調で山崎は続ける。「騒ぎに乗じて土方先生のお命を狙う奴がいねぇか、しっかり見張らせておりやす」

 いつの間にか、
 巨漢の隊士が、
 土方を庇うように立っていた。

「……あーあ、あの野郎。あんな所につっ立っちゃ邪魔だってぇのに……」山崎が、ぼやくように云った。「まぁいい、弾除けにゃなるでしょう。ねっ、篠原先生?」

「山崎君っ」その言葉は篠原に遮られた。「……君は、何が云いたい……!」

「へっ? 何のことです?」途呆けた口調で山崎は返した。「あたしが云いてぇのは、近藤先生や土方先生たちを念のためお護りしてやす、ってことですよ……そうだ、もちろん」

 そこで言葉を切り、遠巻きにしている人混みを窺った。

「あっ、居やしたぜ。伊東先生です」

「伊東先生っ?」

 篠原の眼が、山崎の差す方に向けられた。

 伊東甲子太郎。

 見守る隊士に混じって、江戸から共に出てきた同志に並んで、彼は立っている。

「伊東先生の側には大石君たちに付いてもらってやす」

「大石君、だと……」

「ええ。監察じゃねぇですが、腕は立ちやすぜ。何しろ仇名が……」

 人斬り鍬次郎。

 その男が、見知った監察数名とともに、伊東甲子太郎の側にいる。

 いや。

 注意して見ると、彼と、その仲間を囲んでいた。

 ……伊東先生は気付いてない。

 その名を喚んで注意を促そうか、と、一瞬思った。

「どしたんすか篠原先生、顔色がよくねぇですぜ」

「山崎っ、お前、まさか先生を……!」

「そのとおり。護って差し上げてやすぜ」山崎は片頬で笑い、うなずいた。「まぁ、何も起きなきゃ越したことはねぇんですがね」

「……脅しか!……」

「だから、篠原先生もご安心くだせぇ。だから……」

 彼の言葉を無視するように、山崎はひとりでしゃべっていた。

 不意に、その掌が上がる。

 胸元を触れる。

 袖口のと比べて、指の白さがいっそう目についた。

「や、山崎くんっ!」

 山崎の視線が、篠崎のそれに絡みつくようにして、彼を凝視していた。

 その眼が、いたずらっぽく微笑する。

 そして、云った。

「……その懐の、固くて、物騒なものはお遣いにならねぇ方がいいでしょう」

「!」

 篠原は絶句した。

「流れ弾が土方先生にでも当たっちゃ大変ですからねぇ」

 西洋式短筒。

 京で交流する薩摩藩士から入手したものだ。

 彼は、もう一度山崎に眼をやった。

 しかし、すでに。

「ほらご覧なせぇ、あの奥さんの人形繰りの綺麗なことときたら」

 山崎丞は、何喰わぬ顔をして正面の争闘を向いていた。

 

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