からくりサーカスオリジナルストーリー
「島原傀儡舞〜元治二年・払暁〜」
その44
「まずいな、みんな本気になってきた」
沖田が云った。「どうします? このままじゃ死人が出ますよ」
そして、土方を窺った。
土方は、応えない。
「私も出ましょうか」続けて、訊いた。
返答を待った。
あきらめて、沖田は庭に眼を戻す。
足だけで、アンジェリーナはよく《あるるかん》を動かしている。
彼女が操る黒衣の傀儡は、庭に降りた原田の攻撃をよく拒ぎ、時に翻弄する。
しかし、動作は粗い。
松原忠司を倒すため庭に退いた《あるるかん》を、だから、屋内へ押し返せない。
そしてたぶん、彼女は、加減ができなくなっている。
原田の表情が固くなっている。
お
そ
ら
く、防ぐほかに余裕がない。
しかも彼女は、人形操りに気力のすべてを割かねばならず、完全に無防備になっている。
それを狙っているのだろう、さきほどから、島田と篠原が《あるるかん》の背後へ、アンジェリーナへ回り込もうと動いている。
それを、正二郎が阻む。
彼の肩口には、血が大きな染みを描いていた。
「てぇしたもんですねぇ」
山崎丞は眼を細めていた。
唇の片端を吊り上げ、笑みさえ作っている。「あの旦那、確かに強ぇや」
誰に話すでもなく、独り言を呟いている。
その視線は、アンジェリーナの背に向けられていた。
片肩の傷ついた正二郎は、右腕一本で二人と闘っている。
アンジェリーナは、《あるるかん》の操作に精一杯であろう。
土方は沖田、斉藤と並び立ち、動かない。
伊東甲子太郎、その一派も動きを見せない。
「ま、」山崎は云った。「じき、片はつきやすぜ」
「あなた」
アンジェリーナだった。正二郎に視線を送る。
それで、意味が通じたらしい。
「うん」正二郎はうなずいた。
間合いを取り直す。
沖田はその素振りに気づいていた。
「これは……」彼は云った。「やりますね」
「ああ」と、斎藤が応えた。
土方は無言だった。
否定もしない。
沖田総司が、片足を半歩、前に出す。
土方は云った。拮抗させるだけでいい、と。
焦れば必ず、それを打開しようと大技を出す。
正二郎が動いた。
半身を開く僅かな動きに過ぎなかったが、それで、アンジェリーナと間隙が生じた。
篠原が踏み込んだ。
誘いかも知れない、という思いはあった。
だが、体が動いていた。
正二郎の脇を抜ける。
肩の出血が、既に着物の半身を黒く染めている。
そして、アンジェリーナへ。
彼女の両腕。
松原に折られた腕は、手当もされず、両肩からぶら下がっている。
誘いでもいい。賭けだ。
もう、終わりにしたかった。
アンジェリーナの姿勢が変わった。
足を、指抜きを嵌めた指先に至るまで、まっすぐに伸ばす。
普段ならば、上体を使って行う操作である。
それを彼女は両脚で行った。
裾が乱れてもかまわない。
高く上げ、クロスさせ、開く。
足首から指にかけて捻りを加え、糸を、一気に引いた。
そこで叫んだ。
「《コラン》!」
がこん。
《あるるかん》の腰の連結部分が上下に開いた。
内部の機巧が露出した。
ゼンマイのエネルギーが急速に放出される。
それを、大小無数の歯車が受け、回り、伝達し、収束する。
《あるるかん》の上半身が猛烈な回転を始めた。