からくりサーカスオリジナルストーリー
「島原傀儡舞〜元治二年・払暁〜

 

 その45 

 

 

「なにっ!」篠原が足を止めた。

 引き離された。

《あるるかん》の体が、疾駆する。

 正面に一人立つ、原田へ向かって。

 

「わっ!」

 幸い、その体には当たらなかった。

 しかし、握っていた槍の穂先が消し飛んだ。

 

 黒い竜巻。

 あるるかんは一陣の風となり、建物へ飛ぶ。

 目標は、縁側で無表情に立つ土方歳三。

 その体への一撃だ。

 

「総司」

《あるるかん》の上体が開いたとき、土方は、一言だけ口を開いた。

「……はい」

 そう応えたときには、もう、沖田は前へ出ていた。

 

《あるるかん》は、旋風と化して躍りかかってくる。

 その前に立ちふさがって、沖田は、踏み込む。

 刃を寝かせ、平晴眼に構える、天然理心流独特構え。

 そこから、突いた。

 刀の切先が、《あるるかん》の回転にタイミングをあわせ、その掌と衝突する。

 剣先を退く。

 突く。

 突く。

 一瞬のうちに繰り出した三段突きが、《あるるかん》の両掌を弾き返した。

 勢いを殺がれ、軌道がわずかに逸れる。

 

 沖田はもう一歩、踏み込んだ。

 頬を、風が吹き抜ける。

 《コラン》の一撃をそうして躱し、《あるるかん》の背後に回る。

 突きに構えた刀を、大きく上に振りかぶっていた。

 

 その動きの意図に気づき、正二郎は声に出して叫んだ。

「いかんっ、糸が!」

「!」

 アンジェリーナの叫びは声にならなかった。

 とにかく、《あるるかん》を退げないと。

 だが、間に合わなかった。

 

 沖田が、上段の構えから掌を返す。

 何もない宙に真円を描くように、刀を一閃させた。

 彼女と《あるるかん》を結ぶ繰り糸。

 鋼線に女の髪を縒り合わせ、
  獣脂を幾重にも塗った糸は、
 
抜群の柔軟性と強度を誇る。

 それが、今の沖田の一撃でほとんど断ち切られた。

 

 ゆらり。

 回転しながら疾走していた《あるるかん》が突如、傾いだ。

 軌道が大きく右へ歪み、流れ行く。

 制御を失い、弱った独楽のようにバランスを狂わせながら、やがて、倒れた。

 腕が床に当たり、その反発力で全身が跳躍した。

 天井と欄間にぶつかり、跳ね返る。

 そこから畳に落ち、

 ようやく、止まった。

 

《あるるかん》だけではない。

 そのわずかな間に動く者は、誰もいない。

 

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