からくりサーカスオリジナルストーリー
「島原傀儡舞〜元治二年・払暁〜

 

 その46 

 

 

「……《あるるかん》が……」

 声を振り絞り、正二郎は、うめくように云った。

 新選組屯所い、
 
あまたの隊士を翻弄した懸糸傀儡。

 その、《あるるかん》の最大の攻撃技が……たった、ひとりの人間に……。

「……どうするかね、先生」

 云われて我に返る。

 正面に、斎藤が降りてきた。

「まだ、やるかね」

 淡々とした口調だった。

 たった今まで命のやりとりをしていたとは思えないほど、淡々とした口調だった。

 正二郎は応えなかった。

 応えるかわりに、刀を構え直す。

「もう止しなさい」斎藤が続ける。「これ以上やるなら、あんた方を斬らなきゃならない」

「やめるわけには、いかん」

 正二郎は云う。

 出血量が、想定以上に多い。

 砕けた骨が回復するのも遅れている。

 それでも、彼は刀を下ろさない。

 摺り足でゆっくり、背後のアンジェリーナを庇う位置に移動しながら、眼は正面に向ける。

 あの奥に、山南がいる。

「あんた、まだやる気かね」斎藤が云った。

「ああ」正二郎は云った。

 刀を構えた姿勢を、崩しはしない。

「……そんなに、山南さんを助けたいのか」斎藤が云う。

「正二先生っ! もういいっ……もういいんだよ!」原田が云った。「それ以上やったら死んじまうぜ」

「先生」沖田が、云った。

「島原に……な」

 正二郎は息を吸った。

 そして、続けた。「今あの人に死なれたら、いつまでも泣き続ける女がいるんだよ」

 後ろのアンジェリーナを見た。

 瞳に宿る光は、消えていない。

 それを確かめると、彼は再び向き直った。「あの人を連れて帰るまで、止まるわけにはいかんのよ」

「そうか……」

 斎藤がつぶやいた。「うらやましいな」

 誰が、誰を、うらやましいのか。

 正二郎にはわからなかった。

「斎藤さん、私がやりましょう」

 背後から声を掛けたのは沖田だった。

「そうかね?」斎藤が彼を見た。

「ええ」

「……頼んだよ」

 斎藤が下がる。

「やめろ、総司!」

 叫ぶより、考えるより先に、原田は沖田の片脇に飛び出していた。

 沖田を制止したのは、原田だけではなかった。

 原田と並んで彼の前を立ち塞いだ男を見て、沖田は驚いたように声をかけた。「藤堂さん……もう、いいんですか」

「もう……もう、いいだろう、総司」藤堂がオウム返しのように応えた。

 頭部を撲たれたのだ。まだ混濁は続いているのだろう。

 藤堂平助は、時折顔をしかめながら、途切れ途切れ言葉を続けた。

「お前は……勝ったんだよ。だから、もう……」

「ええ。私はいいと思ってますよ」沖田は応えてから、正二郎に眼をやった。

「ですが、あの人たちは、そうは思ってない」

 原田と藤堂が振り返った。

 土方は、そこに立っていた。

 名を叫ぼうとして、やめた。

 この男は、何にも動じない。

「正二先生……私は、新選組です」

 刃を寝かせ、正面に突き出した《平晴眼》という構え。

「あなたがなお前に進むというなら、こうせざるを得ません」

 正二郎の、刀を握る掌に力がこもった。

 一瞬、

 沖田の姿を見て、これは冗談か、という思いが頭をかすめた。

 わかってる。冗談などではない。

 

「それまで!」

 空気を裂いたのは、たった一言だった。

 

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