からくりサーカスオリジナルストーリー
「島原傀儡舞〜元治二年・払暁〜

 

 その48 

 

 

「……納得いきませんね」

 感情のこもらない声だった。

 その場にいた者すべて……いや土方ひとりを除いたすべてが、声を発した沖田に注目した。

「何がだね、総司」近藤が応える。「何が気に入らない」

「だって、決めていたじゃないですか」

 沖田は目を伏せたまま、云う。「山南さんの介錯は私がするって、そう決めてたじゃないですか」

「総司」

 呼ばれて振り向く。

 土方だった。

 正二郎らから眼を離さず、睨む姿はそのままで、低く、呟く。「子供じみたことを云うな」

「だって、そう決めてたんですよ」

 沖田は繰り返した。

「総司」

「だって、そう決めたじゃないですか」

 たぶん、何度でも繰り返すだろう。

「そうだ。確かにそうだったな、総司」

 近藤の言葉は、諭すような口ぶりだった。

 少し間を置いて、静かに続けた。「だから介錯は君に任せたじゃないか」

「そうですよ、だから私が介錯するって決……」

「そうだ」沖田の言葉を打ち消すように、近藤の語調が強まった。「君が介錯をしたんだ」

 云いかけて、沖田は顔を上げた。「わ、私が……介錯を、した……ですか?」

おいおい、忘れてもらってちゃ困る」

「だって私はここに……」

「どこにいようが関係あるまい」

 近藤の表情は変わらない。そして、続けた。「山南君の介錯は君がしたんだ。他の誰にもさせはせんよ」

「……どういう事ですか」沖田が云った。「わかりますか? 土方さん」

「そういう事だ」

 とだけ、土方は応える。

「……えっ」と、顔を上げたのは藤堂だった。「もしかして、それは……」

「そうですか。山南さんが、切腹をね」淡々と、斎藤が呟いた。

 そう、淡々と。

 水面に、波紋が広がっていく。

 そのように、少しずつ、空気が変わっていく。

「ど、どういう事だ、平助」

 原田が訊いた。

「……そういう事さ」藤堂が応えた。

 熱くなった目許を、幾度も拭いながら。

「原田君、藤堂君」近藤が二人を呼んだ。

 応える間もなく、近藤が命じた。

「この縁者たちに遺骸を引き渡せ」

「……縁者?」

 原田が訝しんで近藤を見て、そして、その視線を追う。

 その目は、アンジェリーナに注がれていた。

「こ、近藤さんっ……」藤堂が叫んだ。

「ほら、早くしたまえ」

「はいっ!」

 自分でも、大きな声だったと思う。

 駆け出しかけて、足元がふらついた。

 倒れそうになった彼の体を、原田の手が掴み、支える。

「平助、大丈夫か」

「……ああ」

 二人は、奥の間へ走った。

 それを追いもせず、近藤の視線が正二郎に移る。

 懸糸傀儡であまたの隊士を翻弄し、屯所の中枢に斬り込み、それが潰えてもまだ闘志を失わない正二郎を。

 金壺眼と称される、近藤の細く小さな眼がかすかに笑った。

 それから近藤は、彼の前に立っている土方を見た。

 土方は、まったく動じていない。

「歳さん、よくやってくれたな」

 と、云った。

「当然だ」

 それが、土方の応えだった。

 

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