からくりサーカスオリジナルストーリー
「島原傀儡舞〜元治二年・払暁〜

 

 その49 

 

 

 やがて、藤堂と原田が奥の間から戻ってきた。

 二人とも、驚喜しつつ、

「ほらこっち、こっちですよ!」

 と、男の手を曳いている。

 正二郎は見た。

 山南敬助。

 彼が、生きて、歩いている。

「山南さま……」

 アンジェリーナが、その名前を呼ぶ。

「こら、死骸を歩かす奴があるか」近藤が云った。「戸板を持ってこい」

 隊士が二人、勝手口の引き戸を手際よく外す。

「二人とも、腕をやられていたな」正二郎たちの様子に気がついて、近藤は原田に云った。「運んでやってくれ」

 われるまでもねぇって、近藤さん。

 藤堂と二人、戸板の前後に回る。

「……行きますよ、山南さん」

「死体に話しかけるなよ、左之さん」

「違ぇねぇや」原田が笑った。

 山南は、無言だった。

 戸板を前に立ち尽くしていたが、
原田に強引に体を横たえさせられると、
ただ、屯所の空を眼にしていた。

 一言さぬままに。

「確かに亡骸は引き渡しましたぞ」

 近藤は、宣言するように正二郎に云った。「その先に光縁寺という寺がある。そこで、丁重に葬ってやってくれ」

 アンジェリーナは、両脚の指抜きを動かしていた。

 糸は、沖田にそのほとんどを断ち切られているが、まだ数本は繋がっている。

 それを慎重に操る。

「腕は痛むか、あやかし太夫」

 声の方を見ると、やはり、近藤だった。

「しばし待て、すぐ手当をさせよう」

「いいえ、じきに治りまする」

 足を拡げたままだった。

 裾を直した。

 それから、彼女は《あるるかん》の操作を続ける。

 いた。

 倒れていた《あるるかん》がゆっくりと立つ。

 枠組が歪んだか、内部の歯車に負荷がかかっているか、不協和音がひどい。

 それでも、彼女が足を引くと、《あるるかん》が跳ねた。

 飛躍しながら体を畳み、まっすぐ、葛籠に収納された。

 その蓋を正二郎が閉じる。

「……いかん、忘れてた」

 彼は思い出し、再び蓋を開く。

 中を探り、やがて、包みを取り出した。

「身請け代だ」と云う。

 沖田が受け取った。

 重い包みからは、朱鞘の大小の刀がはみ出していた。

「おい、それは明里の……」藤堂が口を開いた。

「ばかっ」

 慌てて原田が制したが、遅かった。

 それで察したらしい。沖田の眼が、いたずらっぽく動く。

「おやおや、原田さん」彼は包みから大小の刀を抜き取ると、丸腰の原田の脇に立って云った。「確か刀は、研ぎに出したんじゃなかったんですか?」

「そ、そうだった、かな……」思わず原田は眼を逸らした。

 それで十分だ。沖田がうなずく。

「そうだ、私がお腰に差してあげましょう」

「や、やめろ総司……」

 身をよじらせる原田の腰に二本の刀を差してやりながら、沖田が笑った。「本当にいい人ですね、左之助さんは」

 歯並びの悪い口元が開き、子供のように純真な笑顔になった。

 原田は顔をそむけた。「ち、違ぇよ総司……」

「山南さんを頼みますよ」云ってから、山南に顔を向けた。

 山南もまた、沖田に眼をやった。

 黙ったまま、二人は、視線を交わした。

「お元気で」

 と、沖田は云いかけ、「……いや、死体がお元気もないかな……?」と首をかしげた。

 山南の顔に微かに、笑みが浮かんだ。

 

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