からくりサーカスオリジナルストーリー
「島原傀儡舞〜元治二年・払暁〜

 

 その50 

 

 

「……見事な人形舞であったぞ」

 アンジェリーナに向かい、近藤はそう云った。

 そして、続けた。「あの時、何と云われようともその方を身請けすべきであったな」

 彼女は顔を上げた。

 近藤は、大きな口を固く閉じ、腕組みをしていた。

 金壺眼と揶揄される小さな眼を、まるで微笑するように細めていた。

 息をついてから、つぶやいた。「……せめて、亭主を持つ前に逢えればのう」

 それは、出来ぬことと存じまする。

 そう応えようと思いつつ、彼女は正二郎に目をやった。

 だが、夫は山南に顔を向けていた。

 彼女を気にする素振りを見せなかった。

 だから、

 彼女は応えなかった。

 いい、とも、悪い、とも。

「また、座敷で逢おうぞ」

 彼女の躊躇に気づいたのか。

 近藤は腕組みをほどいて、云った。

「そちの傀儡舞、三度見受けるのを楽しみに待っておるぞ」

 

 葛籠は、正二郎が右腕で担ぐ。

 背負ってやろうと原田が申し出たが、それだけはと謝絶した。

 原田と藤堂は、山南の乗った戸板を持ち上げた。

 その後ろにアンジェリーナが続いた。

 一番最後に、正二郎がついた。

 彼らは、長屋門へと歩く。

 土塀の出入口をくぐり、中庭、そしてその先の門へと行く。

 一人の男と、すれ違った。

 伊東甲子太郎。

 端整な顔立ちに穏やかな表情を浮かべたまま、彼は一言も口にせず、彼らを見送った。

 正二郎も、何も云わない。

 

 ざっ。

 

 誰が最初か、わからない。

 ただ、そこにいた大勢の隊士たちが、

 彼らの行く道に沿って整列した。

 誰からともなくだったが、

 洋式軍隊で云う《カシラ中》の敬礼を以て、彼らを送り出していた。

 戸板の上で山南が身を起こした。

「みんな……」

 誰も、何も云わない。

 粛々と往く行列を、粛々と見送っている。

 

「さらばだ、山南君」

 

 低い、小さな声だった。

 しかし、近藤の発した言葉は、後の時代までいつまでも、山南の耳に刻み込まれていたという。

 

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