からくりサーカスオリジナルストーリー
「島原傀儡舞〜元治二年・払暁〜

 

 その51 

 

 

さすが近藤先生、万卒の武将もかくやという、御見事な差配でございましたぞ」

 誰かが近藤を褒めそやす声が続いていた。

 その声に顔をそむけ、沖田は勝手口に目をやった。

 土方はまだ、立っていた。

 おそらくは……はじめから、ただの一歩も動いてはいないだろう。

 彼はまだ、正二郎達が立ち去った庭先を見つめていた。

「土方さん」沖田は、その隣につきあうように寄り添った。「行っちゃいましたね」

「ああ」表情も変えずうなずく。

いいんですか、
新選組は負けちゃいけないんでしょ?」

 意地の悪い質問だ、自分でも思う。

「ふん」

 土方が小さく鼻で嗤うのを、沖田は見た。

 それは、自嘲だったろうか。

 ……いや、

 たぶん、違う。

「だが」

 そして、土方は続けた。「これで近藤さんの株は上がった」

「そうですね」

 とだけ応え、沖田はわずかに目を伏せた。

元治二年二月二十三日。
新選組総長・山南敬助、
新選組屯所にて切腹。

 と、そう伝えられていくのだろう。

 だが、少なくとも、この場にいた者たちは真実を知っている。

 元治二年二月二十三日に起こった、この出来事を。

 それはすなわち、近藤勇という男の懐の深さをも、また。

 そして……

 そこで考えをやめ、沖田は土方を窺った。

 しかし、土方はただ立つばかりだった。

 この男は、何も変わらない。

 正面に目を戻してから、

 再び、沖田は口を開いた。

「損な役だな、土方さんは」

 ぽつり、と云った。

 土方の眼が幽かに動いた。

「近藤先生、正二先生、山南さん。それに伊東甲子太郎に、原田さんたち……

その中で、憎まれ役は、たったひとり

 沖田はそこで言葉を止めた。

 土方は応えなかった。

 いや、本当は……何かを応えようとしたのかもしれない。

「……けど、」

 それを知るや知らずか、間を置くことなく総司は続けた。

「だけど、それが似合ってるからしょうがない」

 言葉を切った。

 沈黙。

 それを破る、土方の応えは短かった。

「うるせえ」

 沖田はもう一度、土方に目をやった。

 その口元に微笑みが浮かんでいるのを、彼は、はっきりと見てとった。

 彼らはまだ佇んでいた。

「春も近いというのに」

 沖田が、呟いた。「……今日も、寒くなりそうですね」

「ああ」土方は云った。「そういうものさ」

 屯所の空の遠い果てを見つめたまま、二人はいつまでも立ち続けていた。

 

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