からくりサーカスオリジナルストーリー
「島原傀儡舞〜元治二年・払暁〜」
その53
「奥さん、腕は大丈夫かい」
原田の問いかけに、アンジェリーナはうなずいた。「ええ」
長屋門をくぐり抜け、坊城通に出た。
折れた両腕には、添え木は一応、当てている。
しかし、もうほとんど繋がっていた。
「正二先生は?」
「ああ」とだけ、正二郎は返した。
出血も止まった。
昼までに、傷はすべて癒えるだろう。
しかし、彼らはそれは告げなかった。
だが、
もしかしたら原田たちは、何かを感じているのかもしれない。
彼らはそれ以上、なにも訊かなかった。
「山南さん、あんたは平気かい」
山南敬助は、すでに戸板を下りている。
屯所を出てからも何も云わず、彼らに従うように歩いていた。
「……山南さん?」藤堂が、もう一度呼ぶ。
返事はなかった。
そのかわり、彼は、立ち止まった。
そして、云った。「もういいよ」
大きく息を一つつくと、屯所の屋根瓦を見上げていた。
「山南さん」と藤堂が云いかけたとき、
「私は、ここで失礼する」
「えっ」原田が訊き返した。
山南は彼に顔を向け、静かに云った。「私は、このまま京を出ようと思う」
「京を出るって……あてはあるんですか?」
「山科に知人がいる。そこで支度して、江戸に帰るよ」
「ちょっと待て……じゃ、明里はどうすんだ」
沈黙。
山南はもう一度、屯所へ顔を向けた。
「私はここで腹を切った。もう、どこにも存在しないんだよ」
「馬鹿云え」と、原田が云う。
藤堂が続いた。「だからこそ、明里の所へ帰りゃいいんだろが」
「私達があの妓の弟を斬ったんだ」
「あんた、もう新選組じゃないだろ」
「『誠』の旗印は、みんなで作ったんだよ」そう、云った。「私達が京にいなければ、あの妓が悲しむことはなかったんだ」
「違うよ!」
「なあ、判ってくれよ。原田君」
山南はなお、静かに、制した。
「……私はもうどこにも、もちろん、明里の傍にも……居場所がないんだよ」
「山南さ……」