からくりサーカスオリジナルストーリー
「島原傀儡舞〜元治二年・払暁〜

 

 その57 

 

 笑い声が止んだ。

「……あんたたちは、全然変わんねぇな」

 静かに、云った。

 正二郎たちの返事を待たず、続けた。
俺達が……いや、世の中全部が変わっちまったんだ」

 原田が目を上げた。

 宙を見ながら、何か思ってるようだった。

 そんな彼に正二郎は何かを云おうとして、やめた。

「ああ……そうかもしれないね」ただ、うなずいてみせた。

 大政奉還。

 王政復古。

 鳥羽伏見の戦い。

 そして、江戸開城。

 まだ、一年と経たぬ間の出来事だった。

「しかし……」と、正二郎は云いかけた。

 だが、やはり、やめた。

 原田は手元の湯呑みに目を落とした。

 そして、呟いた。「新選組もそうだ。伏見で負け、淀で負け、甲府でもまたボロ負けだ」

 また一口啜った。

「源さんも、山崎君も、松原さんもそして……近藤さんまで死んじまった」

 近藤勇斬首の報せは、すでに江戸中に広まっていた。

 副長の土方歳三は、斉藤一や永倉新八らと宇都宮から奥羽へと転戦している。

 そして……沖田総司が病に倒れ、千駄ヶ谷に療養しているとは、今日、原田が報せてくれた。

 この足で見舞いに行くんだ、と、原田は手土産にするという鶏卵を披露した。

「……『甲陽鎮撫隊』かぁ……」

 甲府の闘いに臨んで名乗った隊名を、原田は口にした。

「……つまんねぇ名前だったよなぁ」

 そう、続けた。

 それから、何となく室内に目をやった。

 その屋敷は、京都の、島原の家よりずっと広い。

 他に、壁となく柱となく、子供のおもちゃのようなからくり細工が並んでいた。

 原田は正二郎に視線を戻した。

「山南さんがいたら、もっと小洒落た隊名をつけてくれたと思うんだ」

「そうか……」正二郎は応えた。

「あの人はそういうのが上手かったからな」

「ああ、そうだろうね」

 その正二郎の顔を、原田は見つめていた。

「……けど、うれしかったぜ」

 しばらく置いて、こう続けた。「まさか江戸で《才が》の名前が見られるとはなぁ」

《才賀機巧社》

 江戸で、からくり作りを生業として始めた。

 すでに正二郎も《才賀》と名乗っていた。

 そして、広告に作った錦絵の一枚を、偶然原田が見つけたのが、この訪問につながったという。

「手始めにからくりおもちゃを作っているがね」

「おもちゃか……そいつぁいいねぇ!

 原田は笑った。「正二先生は子供好きだったからな」

「こんな時代ですからね。せめて、子供たちが笑顔になれるようにと思いまして」

 そう云ったのはアンジェリーナだった。

 正二郎もうなずいた。

 ……懸糸傀儡の技術開発のために、とは云えなかった。

 が、玩具作りも同じに大切だ。そう思っている。

「さすが、さすがですね奥さん!」原田が云い、それから腕を組んだ。「やっぱ先生なんかにゃ勿体ねぇや」

「まあ」アンジェリーナが笑った。

「ところで、原田君」

「はい、なんすか?」

「山南君なんだが……ここに、いるんだ」

「……えっ?」

「あいにく今日は、芝浦工房へ出てるんだが」

 原田は、目を見開いていた。

「へえ……山南さんが、ねぇ……」

 そして、彼は大きくうなずいた。「そりゃあいい。じゃ、あんたの仕事を手伝ってんだね」

「ああ」

「そっか……そうか……こりゃあうれしいぜ。うん」

 

「君にも手伝ってもらいたい」

「……えっ?」

 

 不意に云われて、原田は戸惑ったようだ。

「人を集めている」正二郎は続けた。

 原田の目を見つめ、云った。「どうだ、ここで働いてくれないか?」

俺が? からくりの商売をかい?」

 原田が止まった。

 やがて、笑いながら手を振った。「止しとくれよ、俺ぁヤットウしか能のねぇ男だぜ」

「江戸の事情に通じた人間が欲しいんだ」正二郎は続けた。「不慣れな土地だからね」

「そいつぁ俺じゃなくても……」

「それだけではありませんわ」

 アンジェリーナが云う。「原田様のような明るい御仁なら、きっと何をしてもうまくいきますわよ」

「うへへへっへぇ……奥さんにそう云われるとなぁ」

 笑うと目が細くなるのも、あの時と変わらない。

 さっき云いかけてやめた言葉を、正二郎はもう一度思い返した。

(時が移ろうと、変わらない物だってあるんだよ、原田君)

 しかし、それを口にはしなかった。

 

【次の章を読む】  【目次に戻る】   【メニューに戻る】