からくりサーカスオリジナルストーリー
「島原傀儡舞〜元治二年・払暁〜

 

 その58 

 

「そっかあ……俺が、からくりをねぇ……」

 独り言のように続けていた言葉が、止まった。

 少しの間原田はうつむいていたが、

 やがて、顔を上げた。

「俺、彰義隊に入ぇったんだ」

「彰義隊だって?」

いい名前ぇだろ? 『甲陽鎮撫隊』よかよっぽどいい」

 原田は笑う。

 旧幕臣が前将軍慶喜警護の目的で結成した彰義隊は、幕府崩壊後の今も、江戸市中見回りに当たっている。

 当然、新政府の巡邏隊との軋轢が生じ、毎日のように小競り合いが起きているという。

 嬉々として薩長兵と乱闘する原田の姿を思い浮かべ、正二郎はつい苦笑した。

「知ってるかい、先生? 『情人(いろ)にもつなら彰義隊』ってよ」

 江戸界隈で、特に芸妓に人気のある彰義隊がそう謡われていたと、後になって知った。

 原田は続けた。
新橋、それから辰巳あたりの芸者がよ、
原田様原田様ってって、毎晩離してくんねぇんだよ」

 そして、笑った。

「原田君……」

 正二郎は言いよどんだ。

 原田が本気なのか、冗談で云ってるのか、彼にはわからなかった。

 アンジェリーナを見ても静かに微笑しているだけで、判断がつかなかった。

「だから、仕事の話はまた今度、な」

 眼を細くして、原田は手を振った。

 そして、立ち上がった。「そろそろ行ってやらねぇと、総司が寂しがるからな

「そうか……では」と、正二郎も腰を浮かせた。

「おっと、見送りはいけねぇ。今日は忙しいってんだろ?」手で制して原田が云った。

 そして二人に背を向けて、縁側へと歩く。

 そこで足が止まった。

 振り向きはしなかった。

「彰義隊ってった時、顔色が変わったね」

 しばらく間を置いてから、思い切ったように云った。「先生、何か知ってんのかい?」

「いや、そうじゃない」正二郎は口ごもった。「そうじゃないんだ、しかし……」

 その正二郎を遮って、原田が続けた。

「ははは、
 何年経っても正二先生は、
 ウソをつくのが下手だねぇ」

 ……正二郎は、口を開いた。

 新政府は……

 新政府は、すでに彰義隊の討伐を決定している。

 かつて、京都で助けた志士の何人かが、新政府の中枢にいた。

 そこから、正二郎の耳に伝わっている。

 話を聞いてる間も、背を向けたまま、原田は動かない。

 その顔を、表情を窺うことは、正二郎にはできなかった。

「ありがとよ、先生」

 何かを待つように立ち止まり、彼は、言葉を続けた。

「山南さんを……元新選組を、命がけでかくまってくれてんだな? 先生よぉ」

 正二郎は応えなかった。

「まぁ、何しろ山南さんはとっくに死んだ人間だ……薩長もそう厳しく詮議することぁねぇだろうがね」

 沈黙。

 ひとしきり云い終えると、原田はゆっくり、歩み始めた。

 

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