からくりサーカスオリジナルストーリー
「紫陽花忌〜振り返るには遠すぎる〜」
十章〜残影その2〜
「だめだだめだ!
こんなんじゃやってられやせんぜ!」
突然の加納の大声に、スタッフたちが驚いて顔を上げた。
「加納さん、ちょっとちょっと!」
全身のコードを取り外しにかかった加納を、山仲がとりなす。
「そんなコト言わないでくださいよ。たった今始めたばかりじゃないですか!」
『H』
対傀儡格闘における
運動能力総合検証
第二回
「瞬発力だ!」彼を囲む白衣の技師らに食いつきそうにして、加納は言った。「全然改善されてねえじゃないですかい……こんなカメみてぇな人形じゃ、繰る気だって出やしねえ」
「お言葉ですが」遠山が応える。「糸長とカムの調整で、計算上では前回比四・二五パーセント向上しているはずです。少なくともその追証をしていただかないことには……」
「だから! ンな小手先じゃ話にならねぇんですよ!」彼の言葉は鋭く、その語気は荒い。
「……確かにっ、未完成でも『H』の能力が高いのは認めやす!
この加納が、黒賀の加納が繰ってきた人形の中でも
まんざらじゃねぇ、花マル賞ですよっ……でもね!
作りかけ相手じゃ、こっちのプライドに障るんです……
ハッ!
マトモにやる気が出ねぇんですよォ!」
「そ、それは……」
その勢いに気圧されたのか、遠山は口ごもった。
「さっ、最終改良は……社長の命令がないと、その……」
「命令?……だったら、社長が戻ってくるまで中止ですねェ」
苛立つように加納は吐き捨て、またケーブルを外しにかかる。
「ったく! いつになったら戻ってくるんですかい、社長は
……あまり待たせんなら、村に帰りやすぜ!」
「待ってくださいっ!」遠山が応えた。「トップ会議は明日までです。ですから……」
「……じゃ仕方ねぇ、明日までですぜ」ケーブルの束を投げ捨て、加納が言った。
そして、
「おめえもおめぇだ、英!」
彼は、自分に対峙したまま呆然としている阿紫花に鉾先を向けた。
「何です、今のモサっと動きは……!
女子供に人形劇でも披露してるつもりですか?」
人形劇、と言われた瞬間、ビクンと両肩が動いた。
阿紫花は返す言葉もなく正面を、加納との間にある二体の傀儡をただただ凝視していた。
彼の繰る『トレジャーキーパー』が、無様にうち倒されている。
『H』にその両腕を掴まれ、プロレスの関節技を極められたような状態で二体の人形は、あたかも彫像のように静止している。
……これが彫像なら、『阿紫花英良の未熟』とでも命名しようか。
阿紫花は打ちひしがれ、手袋を外すことさえできぬまま、動けずにいた。
「組み合う前から呑まれてんですよ! やる気がねぇのなら、さっさと村に帰りなせぇ!」
朝から不機嫌だったのは何となく察していたが、
加納の言葉はいつになく手厳しい。
「……すいません」と、か細い声で謝るのが精一杯だった。
「まったくもう……どいつもこいつも……」
「どうしたんですか加納さん。いつになく荒れてますね」と、山仲が口を挟む。
それが、
「やっ……」
……それが、きっかけだった。
「山仲ぁ〜〜〜〜!」
雄叫びにも似た呼び声とともに、加納は山仲へと飛びつき、その体に抱きついた。
「あっ。加加加っ、加納さん!」
下着姿の加納に密着され、つい頬を染めながら応えると、
「……ゆうべ、ゆうべな。家に電話したんだよォ……」
顔を涙でくしゃくしゃにしながら加納は、激しく嗚咽をはじめた。
「そうしたらよォ……ううっ、ううう〜〜!」
「かっ、加納さん……。ですから涙を……うぇっ、鼻水まで!」
「うっ、ありがとよ……」と言うと、
加納は山仲の帽子をひったくって目頭を押さえ、
ついでに鼻をかみ、そして続けた。
「『もしもしパパだよぉ♪
イイコにしてたかなぁ?』」
「………………えっ?」
「って言ったんですよォ。そしたら……そしたらなぁ。ううっ、『もう……『もう……」
「もう?」
いつの間にか、山仲ばかりでなく、一同の耳目が加納に集まっている。
「……こともあろうに『もう、パパとお風呂入るのヤ〜』だってよ!……開口一声にですぜぇ! ううっ、ううううう〜〜!」
「…………か、加納さん…………?」
目を丸くした山仲が、声をかすらせながら言う。
「ちきしょう、誰かが……」しゃべり続ける加納の表情が、少しずつ変わっていった。「誰かが学校で余計な知恵をつけたに違いねぇんです! くそっ、ささやかな親子の団欒を奪いやがって……チキショウッ、バカヤロー!!」
「加納さん、落ち着いてくだ……ぐぅ、ぐえぇぇぇぇぇっ!」
絶叫とともに、
見境をなくした加納は、
そばにいた山仲の首に手をかける。
山仲の、
首を絞められる悲鳴にあわて、
周囲の者たちが
助けに駆け寄っていく。
そんな騒ぎも阿紫花には、まるで、どこか別の世界の出来事のように映っていた。